1. Overview
アレクサンダー・ゲレーロ・ペレスは、キューバ出身の元プロ野球選手であり、主に外野手や内野手として活躍しました。彼は母国キューバのリーグでプレーした後、2013年にキューバから亡命し、MLBのロサンゼルス・ドジャースでキャリアを積みました。その後、NPBの中日ドラゴンズや読売ジャイアンツに所属し、特に中日時代には本塁打王のタイトルを獲得するなど、強打者として知られました。
2. 幼少期と背景
アレクサンダー・ゲレーロは、キューバの野球リーグでキャリアをスタートさせ、後に亡命を経てアメリカでの居住権を獲得しました。
2.1. 出生とキューバでの初期野球キャリア
ゲレーロは1986年11月20日にキューバのラス・トゥーナス州で生まれました。彼は17歳だった2004年にセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルのラス・トゥーナスに入団し、プロ野球選手としてのキャリアをスタートさせました。2010年から2011年にかけてはオールスターチームに選出されるなど、国内リーグで顕著な活躍を見せました。また、キューバ代表としても国際大会に出場しており、2011年のワールド・ポート・トーナメントと2012年のハーレムベースボールウィークでは代表チームの一員としてプレーし、ハーレムベースボールウィークでは金メダルを獲得しています。2013年のワールド・ベースボール・クラシックでは初期の代表候補に選ばれましたが、最終ロースターには残らず、そのことに不満を抱き、シーズンを欠場したと報じられています。
2.2. キューバからの亡命と米国居住権の取得
ゲレーロは2013年にキューバを脱出し、ハイチで居住権を取得しました。同年9月9日には、アメリカ合衆国財務省外国資産管理局からアメリカの球団との契約許可を得て、ドミニカ共和国でトレーニングを開始しました。
3. メジャーリーグベースボール(MLB)キャリア
ゲレーロは亡命後、MLBのロサンゼルス・ドジャースと契約し、メジャーリーグの舞台でプレーしました。
3.1. ロサンゼルス・ドジャースとの契約
2013年10月21日、ゲレーロはロサンゼルス・ドジャースと4年総額2800.00 万 USDで契約合意したと報じられました。この契約には、契約金として1000.00 万 USDが含まれており、30歳シーズン後にはフリーエージェントとなる権利も含まれていました。ドジャースは翌10月22日に正式に契約を発表しました。契約前にはエージェントを巡る問題も報じられ、当初の代理人が無許可であることが判明したため、スコット・ボラスに切り替えています。契約後、ゲレーロはドミニカン・ウィンターリーグのシバオ・ギガンテスに所属してプロデビューを果たしましたが、ハムストリングの故障に悩まされ、12試合の出場にとどまり、打率.289を記録しました。
3.2. ロサンゼルス・ドジャース時代(2014年 - 2016年)
ロサンゼルス・ドジャースでのゲレーロは、メジャーリーグデビューを果たし、印象的な活躍を見せる一方で、負傷やチームメイトとの衝突といった困難にも直面しました。
3.2.1. 2014年シーズン
2014年、ゲレーロはドジャースの開幕ロースター25人枠に入り、3月22日にオーストラリアのシドニー・クリケット・グラウンドで行われたアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でメジャーデビューを果たしました。彼は代打として出場しましたが、ダイヤモンドバックスが右腕投手を投入したため、ドジャースはさらに左打ちの代打を送ったため、打席に立つことなく交代しました。翌日、彼は初めての公式打席に立ちましたが、三振に終わりました。シドニーでの2試合の開幕シリーズを終えた後、ゲレーロはAAA級のアルバカーキ・アイソトープスに降格しました。

同年5月20日、アルバカーキ・アイソトープス対ソルトレイク・ビーズの試合中に、ゲレーロはチームメイトのミゲル・オリーボとの口論の末、ダグアウト内でオリーボに殴られ、耳の一部を噛みちぎられるという事件に見舞われました。この負傷により、彼は耳の再接着手術を受けることになり、数日間入院し、長期離脱を余儀なくされました。
マイナーリーグでは、主に二塁手として51試合に出場したほか、左翼手として9試合、遊撃手として4試合、三塁手として1試合プレーしました。65試合の出場で打率.329、15本塁打、49打点という成績を残しました。9月1日のロースター拡大に伴い、彼はメジャーリーグに再昇格しました。9月13日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦では、エリック・コーディエからレフトへの単打を放ち、メジャー初安打を記録しました。このシーズンはドジャースで11試合に出場し、主に代打として起用され、打率は.077でした。
3.2.2. 2015年シーズン
2015年のスプリングトレーニングで、ゲレーロはマイナーリーグへの降格を拒否できるという契約条項を行使する意向を明確にしました。彼は春季キャンプで好調な打撃を見せ、守備の懸念があったにもかかわらず、ドジャースの開幕ロースター入りを勝ち取りました。
シーズン初先発となった試合で、ゲレーロは5打数3安打を記録し、その中にはアリゾナ・ダイヤモンドバックスのオリバー・ペレスから放った自身初のメジャーリーグ本塁打も含まれていました。シーズン開幕から2週間後、彼の打撃は好調で、当時の三塁手だったフアン・ウリーベの出だしが遅かったこともあり、彼をレギュラー三塁手にするよう求める声が上がりました。しかし、ウリーベが調子を取り戻したため、ゲレーロは引き続き三塁手や左翼手、代打を務めるユーティリティープレイヤーとして起用されました。レギュラーではなかったものの、彼はメジャーリーグで初のフルマンスとなった2015年4月にルーキー・オブ・ザ・マンスを受賞しました。この月、彼はわずか13試合の出場で打率.423、5本塁打、13打点を記録しました。
6月2日、コロラド・ロッキーズ戦でドジャースが3点ビハインドの9回表、2死満塁の最後のストライクという状況で、ゲレーロはセンターフェンスを越える自身初の満塁本塁打を放ち、これが決勝点となりドジャースを勝利に導きました。シーズン終盤には打撃成績が落ち込んだものの、このシーズンは117試合に出場し、11本塁打、36打点、打率.224を記録しました。
3.2.3. 2016年シーズンと退団
2016年、ゲレーロはスプリングトレーニング中に膝を負傷し、シーズンを故障者リストで迎えることになりました。5月に3つの異なるマイナーリーグレベルでリハビリを行い、16試合に出場しましたが、打率.136と不調でした。チームへの合流準備が整った際、メジャーのロースターに空きがなかったため、ドジャースは5月31日に彼をDFA(Designated For Assignment)とし、40人枠から外しました。その後、ドジャースは6月8日にゲレーロを自由契約としました。
4. 日本プロ野球(NPB)キャリア
ドジャース退団後、ゲレーロは日本プロ野球に活躍の場を移し、中日ドラゴンズと読売ジャイアンツでプレーしました。
4.1. 中日ドラゴンズ時代(2017年)
2016年11月26日、ゲレーロは日本プロ野球の中日ドラゴンズと契約を締結しました。背番号は42、年俸は1.50 億 JPYでした。
2017年シーズン序盤は日本の野球への適応に苦労しましたが、徐々に調子を上げ、5月28日の東京ヤクルトスワローズ戦から6月3日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦にかけて、球団新記録となる6試合連続本塁打を放ちました。これは王貞治やランディ・バースが持つNPB記録の7試合連続本塁打には一歩及ばず、6月4日の楽天戦ではヒットを記録できませんでした。彼は三塁手や左翼手としての守備もこなし、1年を通してチームの主力として貢献しました。この来日1年目で打率.279、35本塁打を記録し、セ・リーグの本塁打王のタイトルを獲得しました。また、監督推薦で2017年オールスターゲームにも選出されました。オフの残留交渉では、球団側はマネーゲームに応じない姿勢を示し、交渉は決裂。中日は12月2日にゲレーロの退団を発表しました。
4.2. 読売ジャイアンツ時代(2018年 - 2019年)
2017年12月15日、ゲレーロはNPBの読売ジャイアンツと2年総額8.00 億 JPYの契約で合意しました。背番号は5に決定しました。
2018年シーズンは4月に打率.329、5本塁打と好スタートを切りましたが、セ・パ交流戦前後から失速しました。6月半ばにはコンディション不良で二軍に降格し、首脳陣とのコミュニケーション不足も報じられるなど、一軍復帰は8月26日までずれ込みました。復帰直後は本塁打を量産したものの、すぐに調子を落とし、シーズン終盤にはスタメンから外れることが多くなりました。この年は15本塁打、40打点にとどまりました。シーズン終了後、中島宏之の入団や、成績不振で辞任した高橋由伸監督の後任として就任した原辰徳監督の意向(背番号44を外国人大砲の番号とする)も踏まえ、背番号が44に変更されることが発表されました。
2019年シーズンは、3月30日の広島東洋カープ戦で今季初のスタメン出場を果たし、4打点を挙げる活躍を見せました。4月2日の阪神タイガース戦では2試合連続本塁打を放つなど、幸先の良いスタートを切りました。しかし、5月5日時点では30試合に出場して打率.226、4本塁打、13打点と低迷し、5月6日に二軍に降格となりました。一軍再昇格後は8月に本塁打を量産し、チームの再浮上に貢献しました。最終的に本塁打は2年ぶりに20本を超え(21本)、OPSも.863を記録しましたが、9月に再び調子を落としたこともあり、打率は.237と前年を下回りました。9月15日の阪神戦では8回2死から2ラン本塁打を放ち、チームを逆転勝利に導く活躍も見せました。契約満了に伴い、12月2日に自由契約となりました。
5. NPB退団後
日本プロ野球を退団後、ゲレーロは台湾でのプレーを試みました。
5.1. 富邦ガーディアンズ時代(2021年)
2021年5月、ゲレーロは台湾プロ野球の富邦ガーディアンズと契約合意しました。しかし、契約直後にCOVID-19のパンデミックにより台湾がロックダウン状態となり、彼は入国することができませんでした。国境が再開された後、ゲレーロは試合に出場することなくチームとの契約を破棄しました。
6. 選手としての特徴
ゲレーロは、攻撃力と守備の多才さを兼ね備えた選手として知られていました。
6.1. プレースタイルと強み
彼は内野手と外野手のどこでも守れるユーティリティープレイヤーとして評価されていました。身長182 cmとMLB選手の中では比較的小柄ながら、2015年にMLBで11本塁打を放つなど、長打力のある打者として知られていました。キューバ時代は主に遊撃手としてプレーしていましたが、ドジャースでは三塁手や左翼手を務めました。
6.2. 打撃特性とニックネーム
ゲレーロの打撃の特徴として、ソロ本塁打の比重が高い点が挙げられました。特に本塁打王を獲得した2017年には、35本塁打中22本がソロ本塁打であり、これは約63パーセントを占め、2ランが8本、3ランが5本でした。また、得点圏打率は.258でした。2018年も、全15本塁打中11本がソロ本塁打であり、約73パーセントに上りました。このようなソロ本塁打の多さから、インターネット上では名前をもじって「ソローロ」というニックネームで呼ばれることもありました。
7. 著名な出来事
彼のキャリアにおいて、特に注目された出来事の一つに、マイナーリーグ時代に起こったチームメイトとの衝突があります。
7.1. ミゲル・オリーボとの衝突
2014年5月20日、ゲレーロがAAA級のアルバカーキ・アイソトープスに所属していた際、チームメイトのミゲル・オリーボとダグアウト内で口論となり、身体的な争いに発展しました。この際、オリーボがゲレーロの耳の一部を噛みちぎるという衝撃的な事件が発生しました。ゲレーロは直ちに形成外科手術を受け、この負傷により長期離脱を余儀なくされました。
8. 受賞と記録
ゲレーロは、メジャーリーグと日本プロ野球の両方で個人タイトルや記録を達成しています。
8.1. 主要タイトルと表彰
- 本塁打王:1回(2017年)
- ルーキー・オブ・ザ・マンス:1回(2015年4月)
8.2. キャリア記録
- NPBにおける連続試合本塁打記録:6試合(中日ドラゴンズ球団記録、2017年)
9. 個人情報
ゲレーロのプロキャリアにおいて使用した背番号や、球場での登場曲、個人的な人間関係に関する情報です。
9.1. 背番号
- 7 (2014年 - 2015年、ロサンゼルス・ドジャース)
- 42 (2017年、中日ドラゴンズ)
- 5 (2018年、読売ジャイアンツ)
- 44 (2019年、読売ジャイアンツ)
9.2. 登場曲
- 「Pa' La Camara」Chacal(2017年)
- 「Superbien」El Taiger(2018年 - 2019年6月)
- 「Caro」Bad Bunny(2019年7月 - 同年終了)
9.3. 人間関係
ゲレーロは、同じくキューバから亡命した野球選手であるヤディル・ドレイクと親交がありました。ドレイクが日本球界入りする際には、ゲレーロの助言があったとされています。
10. 年度別打撃成績
| 年 度 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2014 | LAD | 11 | 13 | 13 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | .077 | .077 | .077 | .154 |
| 2015 | 106 | 230 | 219 | 25 | 51 | 9 | 1 | 11 | 95 | 36 | 1 | 0 | 0 | 2 | 7 | 0 | 2 | 57 | 7 | .233 | .261 | .434 | .695 | |
| 2017 | 中日 | 130 | 510 | 469 | 67 | 131 | 22 | 3 | 35 | 264 | 86 | 1 | 0 | 0 | 2 | 24 | 0 | 15 | 98 | 13 | .279 | .333 | .563 | .896 |
| 2018 | 巨人 | 82 | 323 | 287 | 34 | 70 | 17 | 0 | 15 | 132 | 40 | 2 | 3 | 0 | 1 | 29 | 0 | 6 | 62 | 8 | .244 | .325 | .460 | .785 |
| 2019 | 101 | 333 | 287 | 33 | 68 | 16 | 2 | 21 | 151 | 54 | 1 | 0 | 1 | 1 | 40 | 2 | 4 | 59 | 5 | .237 | .337 | .526 | .863 | |
| MLB:2年 | 117 | 243 | 232 | 25 | 52 | 9 | 1 | 11 | 96 | 36 | 1 | 0 | 0 | 2 | 7 | 0 | 2 | 63 | 7 | .224 | .251 | .414 | .665 | |
| NPB:3年 | 313 | 1166 | 1043 | 134 | 269 | 55 | 5 | 71 | 547 | 180 | 4 | 3 | 1 | 4 | 93 | 2 | 25 | 219 | 26 | .258 | .332 | .524 | .856 | |
11. 年度別守備成績
| 年 度 | 球 団 | 三塁(3B) | 左翼(LF) | 外野 | |||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
| 2014 | LAD | - | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | - | ||||||||||
| 2015 | 22 | 10 | 34 | 1 | 3 | .978 | 29 | 29 | 1 | 2 | 0 | .938 | - | ||||||
| 2017 | 中日 | 32 | 20 | 53 | 3 | 3 | .961 | - | 89 | 146 | 7 | 1 | 1 | .994 | |||||
| 2018 | 巨人 | - | - | 76 | 103 | 2 | 3 | 0 | .972 | ||||||||||
| 2019 | - | - | 89 | 105 | 3 | 1 | 0 | .991 | |||||||||||
| MLB | 22 | 10 | 34 | 1 | 3 | .978 | 32 | 31 | 1 | 2 | 0 | .941 | - | ||||||
| NPB | 32 | 20 | 53 | 3 | 3 | .961 | - | 254 | 354 | 12 | 5 | 1 | .987 | ||||||