1. 生い立ちと教育
上野優作は、幼少期から学生時代にかけてサッカーに打ち込み、特に全国大会での優勝やユニバーシアードでの活躍など、輝かしい実績を残しました。
1.1. 生誕と幼少期
上野優作は1973年11月1日に栃木県真岡市で生まれました。中学1年生だった1986年には、真岡市立真岡中学校のサッカー部で全国中学校サッカー大会に出場し、優勝という快挙を成し遂げています。当時の真岡中学校には、上野の2年先輩に当たる中三川哲治も在籍していました。彼の実子である上野瑶介もサッカー選手として活動しています。
1.2. 大学時代
栃木県立真岡高等学校を卒業後、上野は筑波大学に進学し、1992年から1995年まで在籍しました。大学在学中には、ユニバーシアードサッカー日本代表のエースストライカーとして活躍。1993年ユニバーシアード(バッファロー開催)に続き、1995年夏季ユニバーシアード(福岡開催)では、日本代表の優勝に大きく貢献しました。
2. 選手経歴
上野優作はプロサッカー選手として、複数のクラブでフォワードとして活躍し、数々の重要なタイトル獲得や昇格に貢献しました。
2.1. クラブ経歴
大学卒業後、上野優作は1996年にJ1リーグに昇格したばかりのアビスパ福岡に入団し、プロキャリアをスタートさせました。加入初年度からレギュラーの座を獲得し、チームの攻撃を牽引しました。しかし、1998年頃から出場機会が減少し始め、1999年にはほとんどの試合で控え選手としての出場にとどまりました。福岡での4シーズンで、Jリーグ通算110試合に出場し17得点を記録しました。
2000年にはサンフレッチェ広島に移籍。久保竜彦の控えとして加入しましたが、高橋泰や途中加入の栗原圭介といった選手が評価されたため、出場機会はほとんど得られず、リーグ戦5試合出場1得点に終わりました。
2001年、上野はJ2リーグの京都サンガF.C.へ移籍。ここでは黒部光昭らと共に活躍し、チームの2001年J2リーグ優勝とJ1リーグ昇格に大きく貢献しました。京都では2シーズンでリーグ戦65試合に出場し12得点を挙げ、2002年には天皇杯優勝も経験しました。
2003年からはアルビレックス新潟へ移籍。ここではレギュラーとして活躍し、我那覇和樹と並んで日本人最多の13ゴールを記録しました。特に2003年最終節では決勝ゴールを挙げ、新潟の2003年J2リーグ優勝とJ1リーグ昇格に貢献しました。新潟では3シーズンでリーグ戦105試合に出場し20得点を挙げました。
2006年には、かつて在籍したサンフレッチェ広島に期限付き移籍で復帰し、翌2007年には新潟からの戦力外通告を受けて完全移籍しました。2006年シーズンは21試合に出場しましたが、2007年シーズンは出場機会が全くありませんでした。
2007年6月、上野はかねてからオファーを受けていた地元のクラブであるJFLの栃木SCに完全移籍しました。栃木SCでは中心選手として活躍し、2シーズンでリーグ戦47試合に出場し10得点を記録。2008年にはチームのJ2リーグ昇格に貢献し、同年末に現役を引退しました。プロキャリア12年間で、公式戦通算419試合に出場し69得点を記録しました。
2.2. 代表経歴
上野優作は、年代別の日本代表としても活躍しました。
- U-20日本代表:AFCユース選手権1992 (1992年)
- ユニバーシアード日本代表:バッファロー (1993年)、福岡 (1995年)
2.3. 現役引退
2008年シーズン終了後、栃木SCのJ2リーグ昇格に貢献したことを機に、上野優作はプロサッカー選手としての現役生活を引退しました。
3. 指導者・監督経歴
現役引退後、上野優作はサッカー指導者の道に進み、複数のクラブや日本代表で重要な役割を歴任しました。
3.1. 初期指導者としての役割
現役引退後の2009年、上野優作はかつて選手として在籍した栃木SCのフロント入りを果たし、地域活性化グループテクニカルディレクターに就任しました。2010年には栃木SCのトップチームアシスタントコーチに就任し、同年中にJFA 公認S級コーチライセンスを取得しています。2012年にはヘッドコーチに昇格し、2013年から2014年にかけてはアカデミーダイレクター兼ユース監督を務めました。2015年には再びトップチームヘッドコーチを務めましたが、同年9月に「現体制では厳しかった」と語り、ヘッドコーチを辞任しました。
栃木SCを退任した翌月となる2015年10月、上野は浦和レッドダイヤモンズの育成部門コーチに就任しました。2018年4月2日には、堀孝史監督と天野賢一ヘッドコーチの契約解除に伴い、育成ダイレクターであった大槻毅がトップチーム監督に就任した際に、暫定的にトップチームコーチを兼任しました。同年4月22日、オズワルド・オリヴェイラの監督就任に伴うチーム体制再編で、大槻の後任として育成ダイレクター兼ユース監督に就任し、育成部門に戻りました。2019年5月には、浦和のトップチームヘッドコーチに就任しました。
2021年1月21日、上野はサッカー日本代表のコーチに就任しました。彼は2022 FIFAワールドカップにおける日本代表のカタールでのキャンペーンを監督するテクニカルチームの一員として活動しました。日本サッカー協会のウェブサイトにも彼のプロフィールが掲載されています ([https://www.jfa.jp/national_team/staff/UENO_Yusaku.html ナショナルコーチングスタッフ|日本代表|JFA |日本サッカー協会])。
3.2. FC岐阜監督時代
2022年12月15日、上野優作はJ3リーグに所属するFC岐阜の監督に就任することが発表され、2023年シーズンから指揮を執りました。前シーズン(2022年)にリーグ14位に低迷していたチームの順位を6位にまで引き上げ、チームを立て直す手腕を見せました。
しかし、2024年6月27日、FC岐阜の監督を辞任することが発表されました。辞任の背景には、再び「現体制では厳しかった」という趣旨の発言があったと伝えられています。監督辞任と同時に、同クラブのフットボールコーディネーターに就任し、2024年12月までその職を務めました。
3.3. その後の指導者としての役割
FC岐阜のフットボールコーディネーターを退任後、上野優作は2025年シーズンから清水エスパルスのコーチに就任することが発表されました。
4. 私生活
上野優作には、サッカー選手として活動している実子の上野瑶介がいます。
5. エピソード
上野優作の選手経歴および指導者経歴には、いくつかの興味深いエピソードがあります。
- 1995年夏季ユニバーシアードでの退場**: 1995年夏季ユニバーシアードの準決勝でスタメンフォワードだった上野は、試合前半の早い時間帯に相手選手と小競り合いを起こし、一発退場となりました。チームはその後勝ち進み優勝しましたが、彼はチームに多大な迷惑をかけたこと、そして自身が決勝戦に出場できなかったことを非常に悔やみ、プロ入り後はクリーンなプレーを心がけるようになりました。
- 新潟サポーターからの人気**: アルビレックス新潟のJ1昇格に大きく貢献した功労者であるため、現在でも新潟サポーターからは絶大な人気があります。彼が広島に移籍した後、新潟スタジアムで新潟と対戦した際には、新潟サポーターから「優作コール」が送られました。
- Jリーグ最速得点アシスト**: 2006年4月22日に行われたJ1リーグ第9節のセレッソ大阪戦(広島ビッグアーチ)において、佐藤寿人のJリーグ最速得点(開始8秒)をアシストしました。
- 山下芳輝との関係**: 栃木SCでチームメイトとなった山下芳輝とは、共に1996年にアビスパ福岡へ新人として同期入団しており、プロキャリアのスタートを同じクラブで迎えました。
6. 記録
上野優作の選手および監督としての公式戦の記録は以下の通りです。
6.1. 選手成績
| クラブ成績 | リーグ戦 | カップ戦 | リーグカップ | 通算 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | クラブ | リーグ | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | |
| 日本 | リーグ | 天皇杯 | Jリーグ杯 | 通算 | |||||||
| 1995 | 筑波大 | - | - | - | 2 | 0 | 2 | 0 | |||
| 1996 | 福岡 | J1 | 27 | 7 | 2 | 0 | 11 | 0 | 40 | 7 | |
| 1997 | 31 | 8 | 3 | 1 | 5 | 1 | 39 | 10 | |||
| 1998 | 24 | 1 | 2 | 0 | 2 | 1 | 28 | 2 | |||
| 1999 | 28 | 1 | 1 | 0 | 4 | 2 | 33 | 3 | |||
| 2000 | 広島 | J1 | 5 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 7 | 1 | |
| 2001 | 京都 | J2 | 42 | 10 | 4 | 2 | 2 | 0 | 48 | 12 | |
| 2002 | J1 | 23 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | 27 | 2 | ||
| 2003 | 新潟 | J2 | 41 | 13 | 3 | 0 | - | 44 | 13 | ||
| 2004 | J1 | 30 | 5 | 1 | 1 | 6 | 0 | 37 | 6 | ||
| 2005 | 34 | 2 | 1 | 1 | 3 | 0 | 38 | 3 | |||
| 2006 | 広島 | 21 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | 29 | 0 | ||
| 2007 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2007 | 栃木SC | JFL | 19 | 2 | 0 | 0 | - | 19 | 2 | ||
| 2008 | 28 | 8 | 2 | 0 | - | 30 | 8 | ||||
| J1通算 | 223 | 27 | 12 | 3 | 43 | 4 | 278 | 34 | |||
| J2通算 | 83 | 23 | 7 | 2 | 2 | 0 | 92 | 25 | |||
| JFL通算 | 47 | 10 | 2 | 0 | - | 49 | 10 | ||||
| その他通算 | - | - | 2 | 0 | 2 | 0 | |||||
| 総通算 | 353 | 60 | 21 | 5 | 47 | 4 | 426 | 71 | |||
- その他の公式戦:1998年 J1参入決定戦 5試合2得点
- Jリーグ初出場:1996年3月16日 Jリーグ第1節 ジュビロ磐田戦(ヤマハスタジアム)
- Jリーグ初得点:1996年4月17日 Jリーグ第8節 横浜フリューゲルス戦(東平尾公園博多の森球技場)
6.2. 監督成績
| 年度 | クラブ | 所属 | リーグ戦 | カップ戦 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 勝点 | 試合 | 勝 | 分 | 敗 | Jリーグ杯 | 天皇杯 | |||
| 2023 | 岐阜 | J3 | 6位 | 54 | 38 | 14 | 12 | 12 | - | 3回戦敗退 |
| 2024 | 11位 | 26 | 18 | 7 | 5 | 6 | 1回戦敗退 | 2回戦敗退 |
- ※2024年の成績は退任時点のものです。
7. タイトル・栄誉
上野優作は選手および監督として、以下のようなタイトルや栄誉を獲得しています。
7.1. 選手としてのタイトル
- クラブ**
- 京都サンガF.C.
- J2リーグ:1回(2001年)
- 天皇杯:1回(2002年)
- アルビレックス新潟
- J2リーグ:1回(2003年)
- 栃木SC
- 日本フットボールリーグ準優勝:1回(2008年)
- 京都サンガF.C.
- 代表**
- ユニバーシアード:1995年(金メダル)
7.2. 監督としてのタイトル
- 個人**
- J3リーグ月間優秀監督賞:2回(2023年6月、2024年2月・3月)