1. 概要
ハリー・リチャード・モーガン (Harry Richard "Cy" Morganハリー・リチャード・"サイ"・モーガン英語、1878年11月10日 - 1962年6月28日) は、アメリカ合衆国オハイオ州メグズ郡ポメロイ出身のメジャーリーグベースボール (MLB) の投手。1903年から1913年にかけて、セントルイス・ブラウンズ、ボストン・レッドソックス、フィラデルフィア・アスレチックス、シンシナティ・レッズで計10シーズンにわたりプレーした。彼は、フィラデルフィア・アスレチックスが1910年と1911年のワールドシリーズで優勝する上で重要な役割を果たした。通算成績は、210試合登板、172先発、107完投、15完封、78勝78敗、防御率2.51を記録している。
2. 生涯
サイ・モーガンは、その生涯を野球選手として、そして選手引退後も注目される活動を通じて送った。本セクションでは、彼の出生から幼少期、そして野球選手としてのキャリアの始まりについて詳述する。
2.1. 出生と幼少期
ハリー・リチャード・モーガンは、1878年11月10日にアメリカ合衆国オハイオ州メグズ郡ポメロイで生まれた。彼は右投げ右打ちの選手であった。
2.2. 初期野球経歴
サイ・モーガンは、1903年にメジャーリーグベースボールのセントルイス・ブラウンズでプロとしてのキャリアを開始し、その後、野球界で活躍する道を進んだ。彼の初期のプロ入りまでの詳細な経歴については、明確な記録は少ないものの、すぐにメジャーリーグの舞台に到達した。
3. メジャーリーグ経歴
サイ・モーガンのメジャーリーグにおける選手としてのキャリアは、数々のチームでの活躍と、特にフィラデルフィア・アスレチックスでのワールドシリーズ優勝への貢献に特徴づけられる。このセクションでは、彼の所属チームとその期間、主要な成績、そして年度ごとの詳細な記録について説明する。
3.1. 所属チームと活動期間
サイ・モーガンは、メジャーリーグにおいて以下のチームでプレーした。
- セントルイス・ブラウンズ: 1903年 - 1905年、1907年
- ボストン・レッドソックス: 1907年 - 1909年
- フィラデルフィア・アスレチックス: 1909年 - 1912年
- シンシナティ・レッズ: 1913年
3.2. 主な成績と記録
モーガンは、1910年と1911年にフィラデルフィア・アスレチックスの一員としてワールドシリーズ優勝に貢献した。特に1911年には、チームの主力投手であるジャック・クームズやチーフ・ベンダーがシーズン序盤に本来の力を発揮できない中、彼がチームの投手陣を支える重要な役割を果たしたことが、1912年の「リーチ・ガイド」によって高く評価された。
彼のキャリアにおける特筆すべき記録は以下の通りである。
- 1909年には、アメリカンリーグで9イニングあたりの被安打率が6.26とリーグトップを記録し、これはフィラデルフィア・アスレチックスのシーズン記録でもある。
- フィラデルフィア・アスレチックスの球団史上、キャリア通算の9イニングあたりの被安打率(6.86)で歴代1位。
- MLBキャリア通算防御率(2.51)で歴代42位。
- MLBキャリア通算の9イニングあたりの被安打率(7.35)で歴代25位。
通算10シーズンで、210試合に登板し、172先発、107完投、15完封、3セーブを記録した。投球回数は1,445と3分の1イニング、被安打1,180、許した得点586、自責点403、被本塁打18、与四球578、奪三振667、死球95、暴投59、対戦打者5,497、ボーク5という成績を残し、勝敗は78勝78敗、防御率は2.51であった。
3.3. 年度別投手成績
サイ・モーガンのメジャーリーグにおける年度別投手成績は以下の通りである。
| 年 | 球団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | セ | ブ | 勝 利 | 敗 戦 | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ | ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | WHIP |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1903 | セントルイス・ブラウンズ | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | 57 | 13.0 | 12 | 0 | 6 | 2 | 6 | 2 | 0 | 12 | 6 | 4.15 | 1.38 |
| 1904 | 8 | 3 | 2 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | 207 | 51.0 | 51 | 3 | 10 | 2 | 24 | 1 | 0 | 23 | 21 | 3.71 | 1.20 | |
| 1905 | 13 | 8 | 5 | 1 | 0 | 2 | 5 | .286 | 346 | 77.1 | 82 | 1 | 37 | 9 | 44 | 9 | 0 | 59 | 31 | 3.61 | 1.54 | |
| 1907 | 10 | 6 | 4 | 0 | 0 | 2 | 5 | .286 | 250 | 55.0 | 77 | 3 | 17 | 2 | 14 | 4 | 0 | 43 | 37 | 6.05 | 1.71 | |
| ボストン・レッドソックス | 16 | 13 | 9 | 2 | 0 | 6 | 6 | .500 | 435 | 114.1 | 77 | 1 | 34 | 3 | 50 | 2 | 1 | 35 | 25 | 1.97 | 0.97 | |
| '07計 | — | 26 | 19 | 13 | 2 | 0 | 8 | 11 | .421 | 685 | 169.1 | 154 | 4 | 51 | 5 | 64 | 6 | 1 | 78 | 62 | 3.30 | 1.21 |
| 1908 | 30 | 26 | 17 | 2 | 1 | 14 | 13 | .519 | 834 | 205.0 | 166 | 7 | 90 | 10 | 99 | 7 | 0 | 78 | 56 | 2.46 | 1.25 | |
| 1909 | 12 | 10 | 5 | 0 | 1 | 2 | 6 | .250 | 254 | 64.2 | 52 | 0 | 31 | 6 | 30 | 5 | 0 | 19 | 17 | 2.37 | 1.28 | |
| フィラデルフィア・アスレチックス | 28 | 26 | 21 | 5 | 0 | 16 | 11 | .593 | 882 | 228.2 | 152 | 3 | 71 | 16 | 81 | 6 | 1 | 56 | 42 | 1.65 | 0.98 | |
| '09計 | — | 40 | 36 | 26 | 5 | 1 | 18 | 17 | .514 | 1136 | 293.1 | 204 | 3 | 102 | 22 | 111 | 11 | 1 | 75 | 59 | 1.81 | 1.04 |
| 1910 | 36 | 34 | 23 | 3 | 0 | 18 | 12 | .600 | 1125 | 290.2 | 214 | 0 | 117 | 18 | 134 | 14 | 0 | 92 | 50 | 1.55 | 1.14 | |
| 1911 | 38 | 30 | 15 | 2 | 1 | 15 | 7 | .682 | 1028 | 249.2 | 217 | 0 | 113 | 21 | 136 | 6 | 3 | 109 | 75 | 2.70 | 1.32 | |
| 1912 | 16 | 14 | 5 | 0 | 0 | 3 | 8 | .273 | 388 | 93.2 | 75 | 0 | 51 | 5 | 47 | 3 | 0 | 56 | 39 | 3.75 | 1.35 | |
| 1913 | シンシナティ・レッズ | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .000 | 12 | 2.1 | 5 | 0 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 4 | 4 | 15.43 | 2.57 |
| MLB通算:10年 | 210 | 172 | 107 | 15 | 3 | 78 | 78 | .500 | 5818 | 1445.1 | 1180 | 18 | 578 | 95 | 667 | 59 | 5 | 586 | 403 | 2.51 | 1.22 | |
4. 引退後の活動と死去
サイ・モーガンは選手として引退した後も、特定の活動に従事し、その生涯を終えた。本セクションでは、彼の引退後の人生と、彼の死に関する情報について記述する。
4.1. 引退後の活動
サイ・モーガンは、現役選手であった1911年に公開されたタンハウザー・カンパニーの映画『The Baseball Bugザ・ベースボール・バグ英語』に出演した。この映画には、フィラデルフィア・アスレチックスのチームメイトであるチーフ・ベンダー、ジャック・クームズ、ルーブ・オールドリングといったスター選手も共演している。

4.2. 死去
サイ・モーガンは、1962年6月28日にウェストバージニア州ホイーリングで死去した。死因は冠状動脈疾患とされている。
5. 評価と遺産
サイ・モーガンは、メジャーリーグの投手として、特にフィラデルフィア・アスレチックスの黄金期を支えた重要な存在であった。彼のプレーは、チームの成功に大きく貢献し、その成績は現代においても高く評価されている。
5.1. 肯定的評価
サイ・モーガンは、1910年と1911年の2年連続ワールドシリーズ制覇に貢献し、アスレチックスの歴史において不可欠な選手の一人として記憶されている。特に、1911年シーズンには、エース級の投手が不調に陥る中で、彼がチームの投手陣の重責を担い、安定した投球で勝利に貢献したことは、彼の信頼性と能力の高さを示すものである。彼のキャリア通算防御率2.51や、9イニングあたりの被安打率の低さは、その投球術がいかに優れていたかを物語っている。
5.2. 議論と再評価
サイ・モーガンに関する特筆すべき議論や再評価の動きは、現存する情報からは確認できない。彼のキャリアは、一貫して安定した投手としての評価が中心である。
6. 関連項目
- メジャーリーグベースボールの選手一覧 M
- ワールドシリーズ
- セントルイス・ブラウンズ
- ボストン・レッドソックス
- フィラデルフィア・アスレチックス
- シンシナティ・レッズ
- ジャック・クームズ
- チーフ・ベンダー
- ルーブ・オールドリング
7. 外部リンク
- [https://www.baseball-reference.com/players/m/morgacy01.shtml サイ・モーガン - Baseball-Reference.com]
- [https://www.baseball-reference.com/bullpen/morgan003har.shtml サイ・モーガン - Baseball-Reference Bullpen]