1. 概要
ネクミ・ゲンチャルプ(Necmi Gençalpネクミ・ゲンチャルプトルコ語、1960年1月1日生まれ)は、トルコ出身の元レスリング選手であり、現在は指導者としても活動している。彼は1988年のソウルオリンピックのフリースタイルレスリング82kg級で銀メダルを獲得し、トルコを代表するレスリング選手の一人として知られている。国際大会では、地中海競技大会での金メダルや、ヨーロッパ選手権、レスリングワールドカップ、バルカンゲームズでの銀メダルなど、数々の実績を残した。
2. 生涯
ネクミ・ゲンチャルプの生涯は、幼少期にレスリングと出会い、トルコ国内で頭角を現し、国際舞台で活躍するに至るまでの道のりであった。怪我による一時的な中断を乗り越え、彼は1988年のソウルオリンピックで輝かしい銀メダルを獲得し、そのキャリアの頂点を迎えた。
2.1. 幼少期とレスリングへの入門
ネクミ・ゲンチャルプは1960年1月1日にヨズガトで生まれた。彼は1975年、いとこであるオメル・スザンの勧めをきっかけにレスリングを始めた。幼少期からレスリングに打ち込み、その才能はすぐに開花した。
2.2. 初期キャリアとナショナルチーム選抜
ゲンチャルプは、1978年にトルコ国内のジュニア選手権と成人選手権の両方で優勝し、その実力を示した。この活躍が認められ、翌1979年にはトルコ国家代表チームに選抜された。
3. 主な活動と実績
ネクミ・ゲンチャルプは、1979年の国際大会デビュー以来、数多くの主要な国際大会で目覚ましい成績を収めた。特に1980年代後半には、そのキャリアの絶頂期を迎え、オリンピックでの銀メダル獲得という偉業を達成した。
| 大会名 | 開催年 | 開催地 | 種目 | 階級 | メダル |
|---|---|---|---|---|---|
| オリンピック | 1988年 | ソウル | フリースタイル | 82kg級 | 銀 |
| ヨーロッパレスリング選手権 | 1989年 | アンカラ | フリースタイル | 82kg級 | 銀 |
| レスリングワールドカップ | 1990年 | トレド | フリースタイル | 82kg級 | 銀 |
| 地中海競技大会 | 1987年 | ラタキア | フリースタイル | 82kg級 | 金 |
| ドイツグランプリ | 1987年 | アシャッフェンブルク | フリースタイル | 82kg級 | 銅 |
| バルカンゲームズ | 1979年 | ヤンボル | フリースタイル | 74kg級 | 銀 |
3.1. 初期国際大会キャリア
1979年5月、ゲンチャルプはブルガリアのヤンボルで開催されたバルカンゲームズで国際大会デビューを果たした。この大会のフリースタイル74kg級で、彼はブルガリアのバレンティン・ライチェフに次ぐ銀メダルを獲得した。
1980年8月には、自国トルコのブルサで開催されたヨーロッパジュニア選手権大会のグレコローマン74kg級に出場したが、ブルガリアのストヤン・ヴァシリエフに敗れ4位に終わった。
1981年4月、ポーランドのウッチで開催されたヨーロッパ選手権のフリースタイル82kg級では7位を記録した。さらに、1982年8月にはカナダのエドモントンで開催された世界選手権に出場し、12位の成績を残した。
3.2. ナショナルチーム復帰と主要大会参加 (1985-1987年)
国際大会での活動後、ゲンチャルプは怪我により一時的に国家代表チームから外れることになったが、1985年に復帰を果たした。同年5月、東ドイツのライプツィヒで開催されたヨーロッパ選手権では10位を記録した。
1987年3月にはイスタンブールで開催されたヤシャール・ドゥ記念大会でメフメト・テュルカヤに次ぐ銀メダルを獲得。同月、西ドイツのアシャッフェンブルクで開催されたドイツグランプリでは、ソ連のユーリ・ヴォロビエフとチェコスロバキアのユーリ・ロヒニャに次いで銅メダルを獲得した。
同年5月、ブルガリアのヴェリコ・タルノヴォで開催されたヨーロッパ選手権では5位に入賞し、8月にはフランスのクレルモン=フェランで開催された世界選手権で6位を記録した。その後、9月にシリアのラタキアで開催された地中海競技大会のフリースタイル82kg級では、シリアのムハンマド・アクラドを破り、金メダルを獲得した。
3.3. 1988年ソウルオリンピック銀メダル
1988年3月、イスタンブールで開催されたヤシャール・ドゥ記念大会では、ソ連のアレクサンドル・サプコに次いで準優勝を果たした。この好成績を受け、同年9月に韓国のソウルで開催された1988年ソウルオリンピックにトルコ代表として出場した。
フリースタイル82kg級の予選B組では、東ドイツのハンス・クシュテートナーを除く全ての選手に勝利し、グループ1位で予選を突破した。特に、7回戦では1984年ロサンゼルスオリンピックの優勝者である米国のマーク・シュルツを相手に14-0で優勢勝ちを収めるという快挙を成し遂げた。
決勝では、予選A組1位の韓国の韓明愚と対戦したが、3-0で敗北し、銀メダルを獲得した。この銀メダルは、彼のキャリアにおける最も重要な功績となった。
3.4. 後期キャリア (1989-1990年)
ソウルオリンピックの翌年、1989年5月にはアンカラで開催されたヨーロッパ選手権に出場し、決勝に進出した。決勝では1988年ソウルオリンピックの銅メダリストであるチェコスロバキアのロヒニャと対戦したが、両選手が消極的な試合展開を見せたため、失格処分となり、優勝者なしの共同銀メダルという結果になった。
同年9月、スイスのマルティニーで開催された世界選手権に出場したが、ソ連のイェルマディ・ザブライロフ、米国のメルヴィン・ダグラス、フランスのアルシド・ルグランに次いで4位に終わった。
1990年3月には、米国オハイオ州のトレドで開催されたレスリングワールドカップに出場し、ソ連のヴォロビエフに次いで準優勝を飾った。
4. コーチとしての経歴
ネクミ・ゲンチャルプは1991年に現役を引退した。引退後はレスリング指導者の道に進み、トルコ聴覚障害者レスリング国家代表チームの監督を務めた。現在は、彼の故郷であるヨズガトのレスリングチームの指導にあたっている。
5. 外部リンク
- [https://www.iat.uni-leipzig.de/datenbanken/dbwrestling/daten.php?spid=AD51A1B5B60E41BB98CD5D686F77A98F Foeldeak Wrestling Databaseのネクミ・ゲンチャルプのプロフィール]
- [https://www.olympedia.org/athletes/60328 Olympediaのネクミ・ゲンチャルプのプロフィール]
- [https://web.archive.org/web/20170704095353/http://www.sports-reference.com/olympics/athletes/ge/necmi-gencalp-1.html Sports Referenceのネクミ・ゲンチャルプのプロフィール(アーカイブ)]