1. 生い立ちと教育
ベニート・ペレス・ガルドスの幼少期から学生時代、そして作家としての初期活動について述べます。彼の個人的背景と教育、そしてジャーナリズムや初期小説での文学的キャリアの始まりを扱います。
1.1. 幼少期と学業
ベニート・ペレス・ガルドスは、1843年5月10日にカナリア諸島のラス・パルマス・デ・グラン・カナリアにあるカノ通りで、陸軍中佐ドン・セバスティアン・ペレスとドニャ・ドローレス・ガルドスの10番目の末子として生まれ、ベニート・マリア・デ・ロス・ドロレスと洗礼を受けました。彼の生家は現在、カーサ・ムセオ・ペレス・ガルドスとして知られる博物館になっています。
彼はサン・アグスティン学校で学び、スペイン啓蒙主義の原則に基づいて教育を受けました。1862年にテネリフェ島で中等教育(バチジェラート芸術)を修了した後、同年マドリードに移住し、法学の学位取得を目指しましたが、これを完了することはありませんでした。大学在学中、ガルドスはアテネオ・デ・マドリードをはじめとする知識人や芸術家の集まりに頻繁に出入りしました。この時期にマドリードでの生活を深く知り、当時の政治的・歴史的事件を目の当たりにし、これらは彼のジャーナリズム作品や初期の小説に影響を与えました。
1.2. 初期における執筆活動
ガルドスは快適な生活を送り、初めは2人の姉妹と、その後は甥のホセ・ウルタド・デ・メンドーサの家で暮らしました。彼は毎朝日の出とともに起き、午前10時まで鉛筆で執筆しました。ペンを使うのは時間の無駄と考えていたためです。その後、小説の細部を収集するためにマドリードを散歩し、人々の会話に耳を傾けました。酒は飲まず、葉巻を絶えず吸っていました。午後はスペイン語、英語、フランス語で読書に時間を費やし、ウィリアム・シェイクスピア、チャールズ・ディケンズ、ミゲル・デ・セルバンテス、ロペ・デ・ベガ、エウリピデスといった古典を好みました。晩年にはレフ・トルストイも読み始めました。夕方には再び散歩に出かけましたが、コンサートがある場合は別で、彼は音楽をこよなく愛していました。就寝は早く、劇場に行くことはほとんどありませんでした。
ラモン・ペレス・デ・アヤラによれば、ガルドスは目立たないように地味な色のカジュアルな服装をしていました。冬には白いウールのスカーフを首に巻き、半分吸った葉巻を手に持ち、座っているときはそのそばにジャーマン・シェパード・ドッグがいました。彼は髪を短く刈る習慣があり、ひどい片頭痛に苦しんでいたようです。

1865年までに、彼は雑誌『ラ・ナシオン』に文学、芸術、音楽、政治に関する記事を掲載し始めました。1861年から1867年の間に3本の戯曲を完成させましたが、当時は出版されませんでした。1868年にはディケンズの『ピクウィック・クラブ』を翻訳し、スペインの読者にディケンズの作品を紹介しました。1870年には『レヴィスタ・デ・エスパーニャ』の編集者に任命され、歴史、文化から政治、文学に至る幅広いトピックについて意見を表明しました。1867年から1868年にかけて、彼は最初の小説『黄金の泉』(La Fontana de Oroラ・フォンターナ・デ・オロスペイン語)を執筆しました。これは1820年から1823年の時期を舞台にした歴史小説で、義理の姉からの資金援助を受けて1870年に自費出版されました。当初の批評家の反応は鈍かったものの、最終的にはスペイン小説の新時代の幕開けとして評価され、その文学的質と社会的・道徳的目的に対して高く称賛されました。
2. 主要な文学活動と作品
ベニート・ペレス・ガルドスの文学的な特徴、特に彼の小説と戯曲の多様なジャンルとその社会的意義を分析します。
2.1. 小説
ガルドスの小説が写実主義文学においてどのような位置を占め、彼の作品がどのような特徴を持つかを詳しく説明しますします。
ベニート・ペレス・ガルドスの小説は、スペイン各地の都市や町、村々(例えば、『アンヘル・ゲラ』におけるトレド)についての詳細な知識を示しています。彼は何度もイギリスを訪れており、最初はその地の1883年の旅行でした。特に『フォルトゥナータとハシンタ』に登場するマドリードの様々な地区や低階層の人物たちの描写は、チャールズ・ディケンズやオノレ・ド・バルザックのようなフランスの写実主義小説家のアプローチに類似しています。ガルドスはまた、技術や工芸にも強い関心を示しており、例えば『遺産を失った女』(La desheredadaラ・デセレダーダスペイン語)における縄作りの長大な描写や、『ブリンガス家の女』(La de Bringasラ・デ・ブリンガススペイン語)のヒロインがどのように髪の毛で絵を刺繍するかの詳細な記述に見られます。
ガルドスはエミール・ゾラや自然主義からも影響を受けました。これらの文学者たちは、登場人物が遺伝、環境、社会条件の相互作用によってどのように形成されるかを描写しようと努めました。この影響は、『禁じられたもの』(Lo prohibidoロ・プロイビードスペイン語、1884-85年)で最も明確に見られます。この作品は、作品の途中で死に至る信頼できない一人称語り手によって語られる点でも注目に値し、アンドレ・ジッドの『背徳者』(L'immoralisteリモーラリストフランス語)などの同様の実験に先立つものです。
また、ガルドスは教育者のフランシスコ・ヒネル・デ・ロス・リオスを通じてスペインで有名になった哲学者カール・クリスティアン・フリードリヒ・クラウスからも影響を受けました。その一例は彼の小説『友人のマンソ』(El Amigo Mansoエル・アミーゴ・マンソスペイン語、1882年)に見られますが、クラウセ主義の神秘的な傾向が、狂気と見なされる人々が時に示す知恵への彼の関心につながったことも明らかです。これは『フォルトゥナータとハシンタ』以降のガルドスの作品、例えば『ミャウ』(Miauミャウスペイン語、1888年)や彼の最終小説『不合理の理由』(La razón de la sinrazónラ・ラソン・デ・ラ・シンラソンスペイン語)における重要なテーマです。
2.1.1. 国民挿話
ベニート・ペレス・ガルドスは、スペイン史における主要な出来事を描く一大プロジェクトとして、歴史小説シリーズ『国民挿話』(Episodios Nacionalesエピソディオス・ナシオナーレススペイン語)を構想しました。このシリーズは1805年のトラファルガーの海戦から始まる壮大な物語です。最初の巻である『トラファルガー』(Trafalgarトラファルガースペイン語)は1873年に発表され、その後、不定期に巻を重ね、第46巻にして最終巻となる『カノバス』(Cánovasカノバススペイン語)は1912年に出版されました。
これらの歴史小説は商業的に成功し、ガルドスの当時の名声と収入の基盤となりました。彼はこれらの物語を執筆するために綿密な調査を行い、バランスの取れた幅広い視点を得るために、実際の出来事の生存者や目撃者を探し求めました。例えば、『トラファルガー』では、トラファルガーの海戦で船乗り見習いとして「サンティシマ・トリニダー号」に乗船していた老人が主要人物として描かれています。ガルドスはしばしば、描写する出来事の公式見解に対して批判的であり、当時のスペイン文化生活において支配的な勢力であったカトリック教会と問題を引き起こすことも少なくありませんでした。
メキシコ系スペイン人作家のマックス・アウブは、このシリーズについて次のように評しました。「もし(19世紀の)当時の歴史資料がすべて失われ、ガルドスの作品だけが残されたとしても、問題はないだろう。作者の爪が及んだ100年間、国の完全で生きた、真の生活がそこにある。歴史上の人物も想像上の人物も、永遠に存在する何百人もの人物が、どちらも真実として描かれている。世界で最も偉大な作家たち、数えるほどしかいない彼らだけが、これほどの偉業を成し遂げたのだ。さらに言えば、私はガルドスを同時代の小説界の栄光において、レフ・トルストイと肩を並べさせるだろう。なぜなら、彼らは永遠に存在する存在に命を与えただけでなく、自国の苦闘、栄光、そして不幸を通じて祖国の真髄を明らかにしたからである。ガルドスは、スペイン人がスペインを理解するために、すべての歴史家を合わせたよりも多くのことを成し遂げたのである」。
2.1.2. 主要な現代小説および後期小説
ベニート・ペレス・ガルドスの代表的な現代小説と心理小説に焦点を当て、各作品の深い洞察と社会批評を解き明かします。
文学評論家ホセ・モンテシノスは、ベニート・ペレス・ガルドスの小説を以下のグループに分類しています。
- 初期作品**: 『黄金の泉』(La Fontana de Oroラ・フォンターナ・デ・オロスペイン語)から『レオン・ロッホの家族』(La familia de León Rochラ・ファミリア・デ・レオン・ロッホスペイン語、1878年)までの作品群です。この中で最もよく知られているのは『ドニャ・ペルフェクタ』(Doña Perfectaドニャ・ペルフェクタスペイン語、1876年)で、若い急進派の人物が息苦しいほど聖職者支配の強い町に到着したことによる影響を描いています。『マリアネラ』(Marianelaマリアネラスペイン語、1878年)では、盲目だった若者が視力を回復した後、親友のマリアネラをその醜さから拒絶する物語です。
- 現代スペイン小説(novelas españolas contemporáneasノベラス・エスパニョーラス・コンテンポラーネアススペイン語)**: 『遺産を失った女』(La desheredadaラ・デセレダーダスペイン語、1881年)から『アンヘル・ゲラ』(Ángel Guerraアンヘル・ゲラスペイン語、1891年)までの作品群で、緩やかに関連する22の小説からなるシリーズです。これらは作者の文学的評価を確立した主要な作品であり、その中には彼の傑作『フォルトゥナータとハシンタ』(Fortunata y Jacintaフォルトゥナータとハシンタスペイン語、1886-87年)が含まれます。これらの作品は、オノレ・ド・バルザックの『人間喜劇』から借用された、繰り返し登場する人物の仕掛けによって結びつけられています。この中には、『ミャウ』(Miauミャウスペイン語、1888年)も含まれます。この作品では、政権交代により公務員の父親が失業し、見栄っ張りな家族が生計を失い、最終的に父親が自ら命を絶つ物語が描かれています。『アンヘル・ゲラ』は、敬虔で近づきがたい女性の心をつかもうとする不均衡な男性の物語であり、その過程で不可知論からカトリシズムへと転向していきます。
- 後期心理探求小説**: 後期に書かれた心理探求に重点を置いた小説の多くは対話形式で書かれています。これらの作品には、『不合理の理由』(La razón de la sinrazónラ・ラソン・デ・ラ・シンラソンスペイン語)などが含まれます。
また、『禁じられたもの』(Lo prohibidoロ・プロイビードスペイン語、1884-85年)は、信頼できない語り手である一人称で語られ、物語の途中で彼が死に至るという点で特に注目されます。これは、アンドレ・ジッドの『背徳者』(L'immoralisteリモーラリストフランス語)などの類似した実験に先立つものです。ガルドスは、バルザックやレフ・トルストイよりも写実的であり、チャールズ・ディケンズと同様に、中流階級の虚栄心や貧困への恐怖を描写しました。
2.2. 戯曲
ベニート・ペレス・ガルドスの最初の成熟した戯曲は、同名の小説を対話形式で書かれた『現実』(Realidadレアルリダースペイン語)の翻案でした。ガルドスは、観客と直接触れ合い、彼らの反応を目の当たりにすることに魅力を感じていました。1892年2月にリハーサルが始まり、初演の夜は劇場が満員になり、劇は熱狂的に受け入れられました。しかし、この劇は万能の批評的評価を得たわけではありませんでした。その理由は、当時の演劇の規範に合わない対話の写実性、娼婦の寝室を舞台にした場面、そして妻の不貞に対する非スペイン的な態度にありました。カトリック系の新聞は、作者を堕落した邪悪な影響を与える者として非難しました。この劇は20夜連続で上演されました。

1901年の彼の戯曲『エレクトラ』(Electraエレクトラスペイン語)は、激しい怒りと同様に誇張された熱狂の嵐を巻き起こしました。彼の多くの作品と同様に、ガルドスは聖職者中心主義とそれに伴う非人道的な狂信と迷信を標的にしました。上演は観客の反応によって中断され、作者は何度もカーテンコールに応じなければなりませんでした。3夜目の後、保守派と聖職者派が劇場の外でデモを組織し、警察が介入してデモに反発した労働者組織のメンバー2人を逮捕しました。衝突の結果、数人が負傷し、翌日の新聞は劇を支持する自由派とカトリック・保守派の非難に二分されました。この劇はマドリードだけで100回以上上演され、地方でも上演されました。1934年、33年後の再演でも、ほぼ同じ程度の騒動と怒りが引き起こされました。
3. 思想と政治活動
ベニート・ペレス・ガルドスの政治的見解の変遷、公的な関与、そして彼の作品に見られる反聖職者主義と社会批判の深掘りを通して、彼の思想的基盤を考察します。
3.1. 政治的見解と関与
ベニート・ペレス・ガルドスは、自らを政治家とは考えていませんでしたが、政治に深い関心を持っていました。彼の政治活動は自由主義者として始まり、その後共和主義、そしてパブロ・イグレシアス・ポッセの下で社会主義へと移行しました。
彼は初期にプラセデス・マテオ・サガスタ率いる進歩党に入党し、1886年にはプエルトリコのグアヤマ選出のマドリード国会議員(不在議員)に任命されました。彼はグアヤマを訪れることはありませんでしたが、代表者から地域の状況について報告を受け、住民を適切に代表する義務を感じていました。この任命は5年間続き、彼に政治の実際の運営を直接観察する機会を与え、これが彼の小説のいくつかの場面に生かされています。
20世紀初頭には共和党に入党し、1907年と1910年の議会では共和社会主義連合のマドリード・コルテス(議会)の代議士に選出されました。1914年にはラス・パルマス選出の代議士に選ばれました。しかし、彼は「自分を政治家とは感じていない」と述べ、すぐに「議事録や茶番のための」闘争から身を引き、衰えたエネルギーを小説と演劇に向けました。
3.2. 反聖職者主義と社会批判
ベニート・ペレス・ガルドスは、その文学活動全体を通じて、カトリック系の報道機関から常に怒りを買いました。彼は、宗教的信仰やキリスト教そのものというよりも、強固で教条主義的な宗教的権力の濫用を攻撃しました。実際、信仰の必要性は彼の多くの小説において非常に重要な特徴であり、聖職者や修道女に対する共感的な描写も数多く存在します。
彼の作品には、当時のスペイン社会の保守的な宗教権力に対する彼の批判的な視点が明確に表れており、これに伴う論争が度々起こりました。例えば、『ドニャ・ペルフェクタ』では、抑圧的な聖職者支配の強い町を訪れた若き急進派の人物が、その町に与える影響が描かれ、保守的な宗教的価値観と進歩的な思想との対立が浮き彫りになっています。また、『グロリア』(Gloriaグロリアスペイン語)も、宗教的狂信と教権主義をテーマにした社会小説です。ガルドスのこのような社会批判的なメッセージは、彼の作品の重要な側面であり、当時の社会状況に対する彼の深い洞察を示しています。
4. 晩年と死去
ガルドスは晩年に健康上の問題を抱え、1912年には失明しましたが、その後も口述筆記で執筆活動を続けました。この時期、彼は経済的にも困難に直面していました。
彼は1912年から1916年までの5年間、ノーベル文学賞にノミネートされましたが、受賞には至りませんでした。1904年のノーベル文学賞受賞者であるホセ・エチェガライも彼の推薦者の一人でした。彼がノーベル賞を受賞できなかった理由の一つには、その反聖職者主義的な姿勢が保守的なスペイン社会、特に伝統的なカトリック勢力から受賞を阻止するためのボイコットを受け、その文学的功績が正当に評価されないという背景がありました。
1914年3月には、エドゥアルド・ダート(政府首班)、銀行家のグスタボ・バウアー(ロスチャイルドのスペイン代表)、改革派の首領であるメルキアデス・アルバレス、アルバ公爵、作家のハシント・ベナベンテ、マリアーノ・デ・カビア、ホセ・エチェガライといった著名人からなる、ガルドスを称える国民的委員会が設立されました。しかし、政治家のアントニオ・マウラやアレハンドロ・レルー、教会関係者、社会主義者の代表は委員会には含まれませんでした。この委員会はガルドスを経済的に支援するための資金を集める目的で設立され、国王や当時の首相であるロマノネスも最初に寄付を行いました。しかし、1916年の第一次世界大戦勃発によりこの計画は中止され、集まった資金は彼の負債を清算するために必要な額の半分にも満たないものでした。しかし、同年、公共教育省は彼をセルバンテス没後300周年記念事業の責任者に任命し、月額1000 ESPの俸給を支給しました。このイベント自体は実現しませんでしたが、俸給はガルドスの残りの生涯にわたって継続されました。
1918年には、ミゲル・デ・ウナムーノやマリアーノ・デ・カビアと共に、国王による検閲と権威主義の拡大に反対する抗議運動に参加しました。文学的には、レフ・トルストイの作品に対する彼の敬愛が晩年の著作における精神主義に反映されています。また、同じロシア文学の潮流で、彼はスペインの運命に対するある種の悲観主義を隠すことができませんでした。これは、彼の最後の国民挿話の一つである『カノバス』(Cánovasカノバススペイン語、1912年)に見られる以下の文章にも表れています。
「平和的に権力を交代することに合意した二つの政党は、ただ予算を食い物にするだけを望む人間の二つの群れである。彼らには理想がなく、高邁な目標は何一つ彼らを動かさない。彼らはこの不幸で、非常に貧しく、非識字の民族の生活条件を少しも改善しないだろう。彼らは次々と政権に就き、すべてを今日のままにしておくだろう。そして、スペインを確実に死に至る消耗状態へと導くだろう。彼らは宗教問題にも、経済問題にも、教育問題にも取り組まないだろう。彼らは純粋な官僚主義、カシキスモ(地方ボス支配)、無益な推薦業務、縁故者への便宜供与、実践的効果のない法整備しか行わないだろう。そして、小さなランタン(偽りの希望)とともに進むのだ。」
1897年、ガルドスは王立スペイン語アカデミーの会員に選出されました。彼は1920年1月4日に76歳でマドリードで死去しました。彼の死の直前、マドリードで最も人気の高い公園であるブエン・レティーロ公園に、全額を市民の寄付によって賄われた彼の功績を称える銅像が除幕されました。その除幕式にガルドス自身も参加しました。すでに盲目であったガルドスは、彫像の顔を自らの手で探り、それが自分のものであることを認識すると、涙を流しながら彫刻家である親友のマチョに「素晴らしい、友よ、そしてなんて私に似ているんだ!」と語ったと伝えられています。
5. 遺産と評価
ベニート・ペレス・ガルドスがスペイン文学と社会に残した影響、そして後世における彼の評価について、肯定的側面と批判的側面の両方から多角的に提示します。
5.1. 肯定的評価と影響
ベニート・ペレス・ガルドスは、ミゲル・デ・セルバンテスに次ぐスペイン文学の巨人と見なされており、スペイン写実主義文学の代表的な小説家としての地位を確立しています。彼は非常に多作な作家であり、その豊かな創作力は広く知られています。
彼を研究する「ガルドシスタス」と呼ばれる学者たちは、彼をチャールズ・ディケンズ、オノレ・ド・バルザック、レフ・トルストイといった国際的な文学の巨人と同等の存在として評価しています。彼の作品はスペイン国内で現在でも非常に人気があります。彼の優れた観察力と正確な記憶力は、例えば『ドン・キホーテ』の重要な部分をそらんじて諳んじることができたことなど、彼が19世紀スペインの代表的な写実主義小説家としての地位を確立する上で大いに貢献しました。
5.2. 批判と論争
ベニート・ペレス・ガルドスの作品、思想、政治的行動は、常に保守的な勢力やカトリック教会から批判と論争の的となりました。特に彼の反聖職者主義的な傾向と、その後の左翼的な政治的志向は、社会に大きな波紋を投げかけました。
顕著な例として、彼がノーベル文学賞にノミネートされた際、その反聖職者主義的な姿勢を理由に、スペイン社会の保守層や伝統的なカトリック勢力から受賞を阻止するためのボイコットを受け、その文学的功績が正当に評価されないという事態が発生しました。この事実は、彼の進歩的な思想が当時のスペイン社会においていかに大きな反発を招いたかを示しています。また、彼の社会小説、例えば『ドニャ・ペルフェクタ』や『グロリア』に表れた、宗教的狂信や教権主義に対する批判は、当時の支配的な宗教権力との間で激しい論争を引き起こしました。
6. メディア化
ベニート・ペレス・ガルドスの小説は、数多くの映画化作品を生み出しています。
- 『ドニャ・ペルフェクタ』(Doña Perfectaドニャ・ペルフェクタスペイン語)は、1918年にエルシー・ジェーン・ウィルソン監督によって『美しき鎖』(Beauty in Chainsビューティ・イン・チェインズ英語)として映画化されました。
- ルイス・ブニュエル監督は、ガルドスの小説『ハルマ』(Halmaハルマスペイン語)に基づいて、1961年に『ビリディアナ』を製作しました(ブニュエル自身は原作を明言していませんが、関連が指摘されています)。ブニュエルはまた、1959年に『ナサリン』を、1970年に『哀しみのトリスターナ』を自身の監督作品として発表しており、いずれもガルドスの同名小説が原作となっています。
- 『疑い』(La Dudaラ・ドゥーダスペイン語)は、1972年にラファエル・ヒル監督によって映画化されました。
- 『祖父』(El Abueloエル・アブエロスペイン語)は、1998年にホセ・ルイス・ガルシ監督によって映画化され、翌年には国際的に公開されました。この作品は、それ以前にも1954年にアルゼンチンで同名の映画として翻案されています。
- 2018年には、スリランカのベネット・ラトナヤケ監督が『ネラ』(Nelaネラ英語)として映画化しました。
7. 記念と追悼
ベニート・ペレス・ガルドスを記念し、彼の功績を称える活動は多岐にわたります。
- 銅像**: マドリードで最も人気の高い公園であるブエン・レティーロ公園には、彼の名誉を称える銅像が建立されています。この銅像は、全額が市民からの寄付によって賄われたもので、彼の生前に除幕式が行われました。
- カーサ・ムセオ・ペレス・ガルドス**: 彼の生家であるラス・パルマス・デ・グラン・カナリアのトリアナ地区にある「カーサ・ムセオ・ペレス・ガルドス」(ガルドス生家博物館)は、彼を記念する重要な施設です。この家は1954年にグラン・カナリア島の議会によって取得され、1960年7月9日にガルドスの娘であるマリア・ペレス・ガルドス・コビアンによって開館しました。博物館には、ガルドスとその家族が所有していた文書、家具、楽器、絵画、写真などが展示されています。博物館の目的は、ガルドスの遺産を保存、研究し、普及させることです。国際会議、講演会、展覧会を支援し、出版事業も展開しています。また、彼の著作の完全なコレクションや、様々な言語に翻訳された作品を収蔵する図書館も併設しています。
- 貨幣**: 1982年より発行されていたスペインの1000ペセタ紙幣には、彼の肖像が描かれていました。
8. 主要作品リスト
ベニート・ペレス・ガルドスが生涯にわたって発表した主要な文学作品の包括的なリストです。
- 『黄金の泉』(La Fontana de Oroラ・フォンターナ・デ・オロスペイン語、1870年)
- 『影』(La Sombraラ・ソンブラスペイン語、1871年)
- 『大胆な男』(El Audazエル・アウダススペイン語、1871年)
- 『ドニャ・ペルフェクタ』(Doña Perfectaドニャ・ペルフェクタスペイン語、1876年)
- 『グロリア』(Gloriaグロリアスペイン語、1877年)
- 『マリアネラ』(Marianelaマリアネラスペイン語、1878年)
- 『レオン・ロッホの家族』(La Familia de León Rochラ・ファミリア・デ・レオン・ロッホスペイン語、1878年)
- 『遺産を失った女』(La Desheredadaラ・デセレダーダスペイン語、1881年)
- 『友人のマンソ』(El Amigo Mansoエル・アミーゴ・マンソスペイン語、1882年)
- 『センテーノ医師』(El Doctor Centenoエル・ドクトル・センテーノスペイン語、1883年)
- 『苦悩』(Tormentoトルメントスペイン語、1884年)
- 『ブリンガス家の女』(La de Bringasラ・デ・ブリンガススペイン語、1884年)
- 『禁じられたもの』(Lo Prohibidoロ・プロイビードスペイン語、1884-85年)
- 『フォルトゥナータとハシンタ』(Fortunata y Jacintaフォルトゥナータとハシンタスペイン語、1886-87年)
- 『セリン、トロピキージョス、テロス』(Celín, Tropiquillos y Therosセリン、トロピキージョス・イ・テロススペイン語、1887年)
- 『ミャウ』(Miauミャウスペイン語、1888年)
- 『未知』(La Incógnitaラ・インコグニタスペイン語、1889年)
- 『火あぶりのトルケマーダ』(Torquemada en la Hogueraトルケマーダ・エン・ラ・オゲーラスペイン語、1889年)
- 『現実』(Realidadレアルリダースペイン語、1889年)
- 『アンヘル・ゲラ』(Ángel Guerraアンヘル・ゲラスペイン語、1891年)
- 『トリスターナ』(Tristanaトリスターナスペイン語、1892年)
- 『十字架のトルケマーダ』(Torquemada en la Cruzトルケマーダ・エン・ラ・クルススペイン語、1893年)
- 『家のおかしな女』(La Loca de la Casaラ・ロカ・デ・ラ・カサスペイン語、1893年)
- 『煉獄のトルケマーダ』(Torquemada en el Purgatorioトルケマーダ・エン・エル・プルガトリオスペイン語、1894年)
- 『トルケマーダとサン・ペドロ』(Torquemada y San Pedroトルケマーダ・イ・サン・ペドロスペイン語、1895年)
- 『ナサリン』(Nazarínナサリンスペイン語、1895年)
- 『ハルマ』(Halmaハルマスペイン語、1895年)
- 『慈悲』(Misericordiaミセリコルディアスペイン語、1897年)
- 『祖父』(El Abueloエル・アブエロスペイン語、1897年)
- 『カサンドラ』(Casandraカサンドラスペイン語、1905年)
- 『魅惑された騎士』(El Caballero Encantadoエル・カバジェーロ・エンカンタドスペイン語、1909年)
- 『不合理の理由』(La Razón de la Sinrazónラ・ラソン・デ・ラ・シンラソンスペイン語、1915年)
- 国民挿話シリーズ**
- 『トラファルガー』(Trafalgarトラファルガースペイン語、1873年)など、全46巻。
- 戯曲**
- 『悪行は善を望まず』(Quien Mal Hace, Bien no Espereキエン・マル・アセ、ビエン・ノ・エスペーレスペイン語、1861年、紛失)
- 『モリスコの追放』(La Expulsión de los Moriscosラ・エクスプルシオン・デ・ロス・モリスコススペイン語、1865年、紛失)
- 『有能な若者』(Un Joven de Provechoウン・ホーベン・デ・プロベチョスペイン語、1867年?、1936年出版)
- 『現実』(Realidadレアルリダースペイン語、1892年)
- 『家のおかしな女』(La Loca de la Casaラ・ロカ・デ・ラ・カサスペイン語、1893年)
- 『ヘローナ』(Geronaヘローナスペイン語、1893年)
- 『サン・キンティンの女』(La de San Quintínラ・デ・サン・キンティンスペイン語、1894年)
- 『呪われた者たち』(Los Condenadosロス・コンデナドススペイン語、1895年)
- 『意志』(Voluntadボルンタドスペイン語、1896年)
- 『ドニャ・ペルフェクタ』(Doña Perfectaドニャ・ペルフェクタスペイン語、1896年)
- 『野獣』(La Fieraラ・フィエラスペイン語、1897年)
- 『エレクトラ』(Electraエレクトラスペイン語、1901年)
- 『魂と生命』(Alma y Vidaアルマ・イ・ビダスペイン語、1902年)
- 『マリウチャ』(Mariuchaマリウチャスペイン語、1903年)
- 『祖父』(El Abueloエル・アブエロスペイン語、1904年)
- 『バルバラ』(Barbaraバルバラスペイン語、1905年)
- 『愛と科学』(Amor y Cienciaアモール・イ・シエンシアスペイン語、1905年)
- 『ペドロ・ミニオ』(Pedro Minioペドロ・ミニオスペイン語、1908年)
- 『サラゴサ』(Zaragozaサラゴサスペイン語、1908年)
- 『カサンドラ』(Casandraカサンドラスペイン語、1910年)
- 『地獄のセリア』(Celia en los Infiernosセリア・エン・ロス・インフィエルノススペイン語、1913年)
- 『アルケステ』(Alcesteアルケステスペイン語、1914年)
- 『シモーナ修道女』(Sor Simonaソル・シモーナスペイン語、1915年)
- 『けちなサロモン』(El Tacaño Salomónエル・タカニョ・サロモンスペイン語、1916年)
- 『カスティーリャの聖フアナ』(Santa Juana de Castillaサンタ・フアナ・デ・カスティーリャスペイン語、1918年)
- 『アントン・カバジェーロ』(Antón Caballeroアントン・カバジェーロスペイン語、1922年、未完成)
- 短編小説**
- 『死によって生きる産業。コレラの音楽のエピソード』(Una industria que vive de la muerte. Episodio musical del cóleraウナ・インドゥストリア・ケ・ビベ・デ・ラ・ムエルテ。エピソディオ・ムシカル・デル・コレラスペイン語、1865年)
- 『原型の死亡記事』(Necrología de un proto-tipoネクロロヒア・デ・ウン・プロト-ティポスペイン語、1866年)
- 『言葉の陰謀。寓話物語』(La conjuración de las palabras. Cuento alegóricoラ・コンフラシオン・デ・ラス・パラブラス。クエント・アレゴリコスペイン語、1868年)
- 『社説』(El artículo de fondoエル・アルティクロ・デ・フォンドスペイン語、1871年)
- 『哲学者の妻』(La mujer del filósofoラ・ムヘール・デル・フィロソフォスペイン語、1871年)
- 『路面電車での小説』(La novela en el tranvíaラ・ノベラ・エン・エル・トランビアスペイン語、1871年)
- 『文学法廷』(Un tribunal literarioウン・トリブナル・リテラリオスペイン語、1872年)
- 『彼』(Aquélアケルスペイン語、1872年)
- 『風の中の羽根、あるいは羽根の旅』(La pluma en el viento o el viaje de la plumaラ・プルマ・エン・エル・ビエント・オ・エル・ビアヘ・デ・ラ・プルマスペイン語、1873年)
- 『ある庭で』(En un jardínエン・ウン・ハルディンスペイン語、1876年)
- 『雌ロバと雄牛』(La mula y el bueyラ・ムラ・イ・エル・ブエイスペイン語、1876年)
- 『夏』(El veranoエル・ベラーノスペイン語、1876年)
- 『王女と悪党』(La princesa y el granujaラ・プリンセサ・イ・エル・グラヌハスペイン語、1877年)
- 『6月』(El mes de junioエル・メス・デ・フニオスペイン語、1878年)
- 『テロス』(Therosテロススペイン語、1883年)
- 『店-避難所』(La tienda-asiloラ・ティエンダ-アシロスペイン語、1886年)
- 『セリン』(Celínセリンスペイン語、1889年)
- 『トロピキージョス』(Tropiquillosトロピキージョススペイン語、1893年)
- 『栄光の門』(El Pórtico de la Gloriaエル・ポルティコ・デ・ラ・グロリアスペイン語、1896年)
- 『パズル』(Rompecabezasロンペカベサススペイン語、1897年)
- 『ルラ』(Ruraルラスペイン語、1901年)
- 『グラスを交わして』(Entre copasエントレ・コパススペイン語、1902年)
- 『文学共和国』(La república de las letrasラ・レプブリカ・デ・ラス・レトラススペイン語、1905年)
- その他**
- 『ポルトガルの年代記』(Crónicas de Portugalクロニカス・デ・ポルトゥガルスペイン語、1890年)
- 『王立スペイン語アカデミー就任演説』(Discurso de Ingreso en la Real Academia Españolaディスクルソ・デ・イングレソ・エン・ラ・レアル・アカデミア・エスパニョーラスペイン語、1897年)
- 『覚書、記事、物語』(Memoranda, Artículos y Cuentosメモランダ、アルティクロス・イ・クエントススペイン語、1906年)
- 『スペイン政治 I』(Política Española Iポリティカ・エスパニョーラ・イースペイン語、1923年)
- 『スペイン政治 II』(Política Española IIポリティカ・エスパニョーラ・ドススペイン語、1923年)
- 『芸術と批評』(Arte y Críticaアルテ・イ・クリティカスペイン語、1923年)
- 『社会的容貌』(Fisonomías Socialesフィソノミアス・ソシアレススペイン語、1923年)
- 『私たちの劇場』(Nuestro Teatroヌエストロ・テアトロスペイン語、1923年)
- 『年代記 1883年から1886年』(Cronicón 1883 a 1886クロニコン・ミル・オチョシエントス・オチェンタ・イ・トレス・ア・ミル・オチョシエントス・オチェンタ・イ・セイススペイン語、1924年)
- 『トレド。その歴史と伝説』(Toledo. Su historia y su Leyendaトレド。ス・ヒストリア・イ・ス・レジェンダスペイン語、1927年)
- 『旅行と幻想』(Viajes y Fantasíasビアヘス・イ・ファンタシアススペイン語、1929年)
- 『回想録』(Memoriasメモリアススペイン語、1930年)
8.1. 英語訳作品
英語圏で翻訳・出版されたガルドスの作品をリストアップします。
- 『グロリア』(Gloriaスペイン語)
- 『ドニャ・ペルフェクタ』(Doña Perfectaスペイン語)
- 『マリアネラ』(Marianelaスペイン語)
- 『ザ・スペンドスリフツ』(La de Bringasスペイン語)
- 『トーメント』(Tormentoスペイン語)
- 『ミャウ』(Miauスペイン語)
- 『フォルトゥナータとハシンタ:既婚女性の二つの物語』(Fortunata y Jacintaスペイン語)
- 『遺産を失った女』(La desheredadaスペイン語)
- 『火あぶりのトルケマーダ』(Torquemada en la hogueraスペイン語)
- 『トルケマーダ』(Torquemadaスペイン語)
- 『ナサリン』(Nazarínスペイン語)
- 『ミセリコルディア』(Misericordiaスペイン語)
- 『ザット・ブリンガス・ウーマン:ブリンガス家』(La de Bringasスペイン語)
- 『トリスターナ』(Tristanaスペイン語)
- 『インフェルノ』(Tormentoスペイン語)
- 『ハルマ』(Halmaスペイン語)
- 『トラファルガー:物語』(Trafalgarスペイン語)
- 『ミャウ:悲喜劇』(Miauスペイン語)
- 『言葉の陰謀』(La conjuración de las palabrasスペイン語)
- 『レオン・ロッホの家族』(La familia de León Rochスペイン語)
- 『コンパッション』(Misericordiaスペイン語)
- 『友人のマンソ』(El amigo Mansoスペイン語)
- 『影』(La sombraスペイン語)
- 『トルケマーダ小説:火あぶりのトルケマーダ - 十字架のトルケマーダ - 煉獄のトルケマーダ - トルケマーダと聖ペテロ』(Torquemada en la hoguera. Torquemada en la Cruz. Torquemada en el Purgatorio. Torquemada y San Pedroスペイン語)
- 『黄金の泉カフェ:19世紀の歴史小説』(La Fontana de Oroスペイン語)
- 『私たちの友マンソ』(El amigo Mansoスペイン語)
- 『アンヘル・ゲラ』(Ángel Guerraスペイン語)
- 『未知』(La incógnitaスペイン語)
- 『現実』(Realidadスペイン語)
- 『ドン・フランシスコ・トルケマーダの岬:1.火あぶりのトルケマーダ。2.十字架のトルケマーダ。3.煉獄のトルケマーダ。4.トルケマーダと聖ペテロ』(Torquemada en la hoguera. Torquemada en la Cruz. Torquemada en el Purgatorio. Torquemada y San Pedroスペイン語)
- 『カルロス4世の宮廷:エスコリアルのロマンス』(La Corte de Carlos IVスペイン語)
- 『アラピレスの戦い』(La batalla de los Arapilesスペイン語)
- 『サラゴサ:スペインの勇気の歴史』(Zaragozaスペイン語)
- 『マエストラスゴ戦役』(La campaña del Maestrazgoスペイン語)
- 『ジェローナ』(Geronaスペイン語)
- 『王党派の志願兵』(Un voluntario realistaスペイン語)
- 『フアン・マルティン・エル・エンペシナード』(Juan Martin el Empecinadoスペイン語)
- 『エル・グランデ・オリエンテ』(El Grande Orienteスペイン語)
- 『アイタ・テトゥアン』(Aita Tettuaenスペイン語)
- 『祖父:五幕のドラマ』(El abueloスペイン語)
- 『公爵夫人サン・キンティン、ダニエラ』(La de San Quintínスペイン語)
- 『公爵夫人サン・キンティン:三幕劇』(La de San Quintínスペイン語)
- 『ベニート・ペレス・ガルドス。最高の小説』(Benito Pérez Galdós. Best Novelsスペイン語)