1. 概要
ラザル・アロノヴィチ・リュステルニク(Лазарь Аронович Люстерникラザル・アロノヴィチ・リュステルニクロシア語、Łazar Lusternikワザル・ルステルニクポーランド語、1899年12月31日 - 1981年7月23日)は、ソ連の著名な数学者である。彼は位相幾何学と微分幾何学における業績で特に知られ、これらの分野に変分原理を応用した。レフ・シュニレルマンと共に「三測地線定理」を証明し、これはアンリ・ポアンカレの予想に端を発する重要な成果である。この業績は「リュステルニク=シュニレルマン理論」として知られ、1946年にはその功績によりスターリン賞を受賞した。一方で、彼は師であるニコライ・ルジンの粛清に関与した「ルジン事件」や「ドミトリ・エゴロフ事件」といった学術界の政治的事件にも深く関わった。彼の名前を冠する数学的概念も複数存在し、後世の数学に大きな影響を与えた。
2. 生涯
ラザル・アロノヴィチ・リュステルニクの生涯は、ロシア革命後のソビエト連邦の激動の時代と重なり、彼の学術的キャリアと政治的関与が密接に絡み合っていた。
2.1. 出生と幼少期
リュステルニクは1899年12月31日に、当時ロシア帝国領であったポーランド立憲王国のズドゥンスカ・ヴォラで生まれた。彼の幼少期に関する具体的な情報は少ないが、この時代はロシア帝国の社会が大きく変革していく時期であり、彼の成長に影響を与えた可能性が考えられる。
2.2. 教育と学問的背景
彼は著名な数学者ニコライ・ルジンの指導を受けた学生の一人であった。ルジンはモスクワ学派の創始者の一人であり、リュステルニクは彼の指導のもとで数学の基礎と専門知識を習得した。ルジンの影響は、彼の後の研究分野や方法論に深く根差している。
3. 経歴と研究活動
リュステルニクはソビエト連邦の主要な学術機関で教鞭をとり、研究活動に従事した。彼の研究は主に位相幾何学と微分幾何学に集中し、変分原理を応用した独創的な手法で知られる。
3.1. 学術経歴
リュステルニクはモスクワ国立大学で数学の教授を務めた。また、彼は1934年から1948年までステクロフ数学研究所(ロシア科学アカデミーの一部)で、さらに1948年から1955年までレーベデフ精密力学・計算工学研究所(IPMCE)で研究活動を行った。これらの機関での彼の活動は、ソ連の数学研究の発展に貢献した。
3.2. 主な研究分野
彼の中心的な研究分野は位相幾何学と微分幾何学であった。特に、彼はこれらの分野に変分原理を応用する手法を確立した。このアプローチは、幾何学的な問題を変分法の観点から解析することを可能にし、新しい数学的ツールを提供した。彼の研究は、曲面上の測地線の存在といった具体的な問題の解決に貢献した。
4. 主要な業績と貢献
リュステルニクの数学への貢献は多岐にわたるが、中でもレフ・シュニレルマンとの共同研究は、彼の最も重要な業績として広く認識されている。
4.1. 三測地線定理
リュステルニクはレフ・シュニレルマンと共に「三測地線定理」を証明した。この定理は、アンリ・ポアンカレが提唱した予想に端を発しており、3次元空間における任意の凸体は、少なくとも3つの単純な閉測地線を持つことを示すものである。特に、軸の長さがわずかに異なる楕円体は、正確に3つの閉測地線を持つ臨界的なケースとして知られている。この定理は、微分幾何学における測地線の存在問題に重要な光を当てた。
4.2. リュステルニク=シュニレルマン理論
三測地線定理の証明の基礎となったのが、リュステルニクとシュニレルマンによって確立された「リュステルニク=シュニレルマン理論」である。この理論は、ポアンカレ、デビッド・バーコフ、そしてマーストン・モースの先行研究に基づいており、特にモース理論と密接に関連している。リュステルニク=シュニレルマン理論は、微分幾何学と位相幾何学の分野における数々の進歩をもたらし、多様体上の関数の臨界点の数を推定するための強力な手法を提供した。
4.3. 受賞歴
リュステルニクは、その卓越した数学的業績が評価され、1946年にスターリン賞を受賞した。この賞は、ソビエト連邦における科学、芸術、文学の分野で顕著な功績を上げた個人に贈られる最高の栄誉の一つであった。
5. 論争と政治的関与
リュステルニクのキャリアは、ソビエト連邦の学術界における政治的介入と無縁ではなかった。彼は、学術界における政治的粛清の過程に深く関与したことで知られている。
5.1. リュージン事件関連の活動
リュステルニクは、1930年に発生した「ドミトリ・エゴロフ事件」の扇動者の一人であった。この事件では、数学者ドミトリ・エゴロフが「反革命分子」として告発された。さらに、リュステルニクは1936年に彼の師であるニコライ・ルジンが政治的迫害を受けた「ルジン事件」において、その粛清過程に積極的に関与した参加者の一人であった。これらの活動は、ソビエト学術界における政治的圧力と、それが個人のキャリアや学術的関係に与えた深刻な影響を示すものとして、批判的に評価される。
6. 遺産と影響
リュステルニクの業績は、現代数学、特に位相幾何学と微分幾何学に永続的な影響を与えている。彼の理論と概念は、後続の研究の基礎となり、新たな発見へとつながった。
6.1. 自身にちなむ数学的概念
リュステルニクの業績を記念して、いくつかの重要な数学的概念に彼の名前が冠されている。これには、リュステルニク=シュニレルマン・カテゴリーや、リュステルニク=ペトの定理、そしてブルン=ミンコフスキーの定理のリュステルニクによる一般化などが含まれる。これらの概念は、多様体上の位相的構造や幾何学的性質を研究する上で不可欠なツールとなっている。
6.2. 後世への影響
リュステルニク=シュニレルマン理論は、その後の微分幾何学と位相幾何学の発展に多大な貢献をした。彼の研究は、非線形解析や変分法の分野における新たな研究方向を切り開き、多くの後世の数学者たちに影響を与えた。特に、多様体上の測地線や臨界点の存在に関する研究において、彼の理論は引き続き重要な役割を果たしている。