1. 略歴
フィン・E・キドランドの生涯は、ノルウェーの農場での幼少期から、アメリカ合衆国での著名な学術キャリアへと続く道のりを示しています。
1.1. 幼少期と背景
フィン・エルリング・キドランドは、1943年12月1日にノルウェー南西部のローガラン県イェスダールにあるオーレゴール近郊で生まれました。彼はイェーレン農業地域に位置するイェスダールのスーランにある家族経営の農場で、6人兄弟の長男として育ちました。彼は、両親が子供たちに多くの制限を課さない自由な育て方をしたと回想しています。フィン・キドランドは、友人のミンク農場で簿記の仕事をした後、青年期に数学と経済学に興味を持つようになり、これが理論経済学への関心のきっかけとなりました。
1.2. 教育
理論経済学への新たな関心を抱いたキドランドは、1968年にノルウェー経済大学(NHH)で理学士号(BSc)を取得しました。その後、彼はアメリカ合衆国で学業を続け、1973年にカーネギーメロン大学で経済学の博士号(PhD)を取得しました。彼の博士論文は『Decentralized Macroeconomic Planning分散化されるマクロ経済計画英語』と題され、エドワード・プレスコットの指導のもとで執筆されました。
1.3. 初期キャリアと学術活動の開始
博士号取得後、キドランドは1973年にノルウェー経済大学(NHH)に助教授として戻りました。しかし、1977年には再びアメリカ合衆国へと渡り、1978年にはカーネギーメロン大学の准教授として着任しました。それ以来、彼はアメリカ合衆国に居住し、学術キャリアを築いています。
2. 学術キャリアと所属
フィン・E・キドランドの学術キャリアは、主要な大学での教授職と、様々な研究機関との広範な連携によって特徴づけられます。
2.1. 教授職
キドランドは1977年にカーネギーメロン大学の教員となり、2004年まで経済学教授を務めました。この在職期間中、彼はテッパー・スクール・オブ・ビジネスで名誉あるリチャード・P・シモンズ特別教授の職を務めました。2004年7月1日には、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のヘンリー経済学教授に就任し、同大学内に集計経済学・金融研究所(LAEF)を設立しました。加えて、彼はノルウェー経済大学(NHH)で非常勤教授および客員教授の職も兼任しています。彼の学術活動はさらに広範にわたり、フーバー研究所やアルゼンチンブエノスアイレスにあるトルクァト・ディ・テラ大学など、様々な機関で客員研究員や客員教授を務めてきました。
2.2. 研究機関との連携
キドランドは、経済政策研究への深い関与を示す重要な研究機関との連携を維持しています。彼は、ダラス連邦準備銀行、クリーブランド連邦準備銀行、セントルイス連邦準備銀行、そしてミネアポリス連邦準備銀行など、複数の連邦準備銀行の研究員を務めています。さらに、彼はテキサス大学オースティン校のIC²研究所のフェローでもあります。
3. 主要な貢献と業績
フィン・E・キドランドの業績は、経済学、特にマクロ経済学と政策分析の分野に多大な影響を与えました。
3.1. 学術研究と著作
キドランドの専門分野は経済学全般と政治経済学に及びます。彼の主要な教育と研究の関心分野には、景気循環、金融政策、財政政策、そして労働経済学が含まれます。彼はこれらの分野で重要な理論的貢献をしており、その中には国際マクロ経済学における著名なパズルの一つであるバッカス=キーホー=キドランドの逆説の提示も含まれます。彼の研究は、定量的集計理論に重きを置いています。
3.2. リアルビジネスサイクル理論
キドランドの最も重要な業績は、エドワード・プレスコットと共にリアルビジネスサイクル理論(RBC)を共同で創始したことであり、これは彼らがノーベル経済学賞を受賞した主要な理由の一つとなりました。この画期的な研究は、1982年に両者が共同で執筆した論文『Time to Build and Aggregate Fluctuations時間と構築と総計変動英語』から始まりました。
RBC理論は、1セクターの最適成長モデルを基盤とし、経済に加わる実物的なショックが景気変動を引き起こす際に、代表的な経済主体がどのように反応するかを考察する理論です。キドランドとプレスコットは、当時主流であった貨幣的要因を強調する見方よりも実物的な側面を重視し、景気変動は経済のダイナミクスから必然的に生じるものであると主張しました。この主張は、非常に挑戦的な形で提示されたため、大きな反響を呼びました。
彼らが用いたカリブレーションと呼ばれる数値シミュレーションの手法も、当初は多くの反対に直面しました。しかし、1990年代初頭までには、この手法は広く受け入れられ、ケインズ学派の論文でも同様の手法が用いられるようになりました。静学的な手法が連立方程式を解いて解の挙動を調べるものであるのに対し、動学的な手法では連立微分方程式を解くことで解の挙動を調べますが、明示的な解を求めることは困難な場合が多いです。そこで、現実の数値に基づいてシミュレーションを進める分析手法は、キドランドらの論文発表以降、経済学研究において確固たる地位を確立しました。
3.3. 経済政策における時間的整合性
経済政策の動学的不整合性に関するキドランドの研究も、動学的マクロ経済学への彼の重要な貢献の一つです。この研究、特に1977年にエドワード・プレスコットと共同で発表した論文『Rules rather than discretion: The inconsistency of optimal plans裁量よりもルール:最適計画の非整合性英語』は、政策立案における重要な課題を浮き彫りにしました。
この理論は、ある時点では最適に見える政策が、後には最適でなくなる可能性があり、その結果、政策当局者が発表した計画から逸脱する誘惑に駆られることを示唆しています。これは政策の信頼性を損ない、長期的に見て最適な経済的成果が得られない状況を引き起こす可能性があります。キドランドの研究は、政策の信頼性を確保し、長期的な経済安定性を促進するためには、裁量的な政策調整に頼るのではなく、コミットメントとルールに基づいた政策枠組みの重要性を強調しました。この洞察は、中央銀行の独立性、財政政策のルール、そして信頼性のある経済制度の設計に関する議論に深く影響を与えています。
3.4. ノーベル経済学賞
2004年、フィン・E・キドランドは、エドワード・プレスコットと共にノーベル経済学賞(正式には「アルフレッド・ノーベルを記念するスウェーデン国立銀行経済学賞」)を共同受賞しました。この賞は、「動学的マクロ経済学への貢献:経済政策の時間的整合性と景気循環の原動力」が評価されたものです。この栄誉ある賞は、経済変動のメカニズムを理解し、効果的で信頼性のある経済政策を設計する上での彼らの研究の深い影響を強調しました。彼らの理論は、マクロ経済学の動学を分析するための新しい枠組みを提供し、この分野におけるその後の研究に大きな影響を与えました。
4. 著作
フィン・E・キドランドの経済理論と研究への重要な貢献を示す著名な学術論文と出版物を以下にリストアップします。
- "Endogenous Money, Inflation, and Welfare", (with: Espen Henriksen), Review of Economic Dynamics, April 2010.
- "Monetary Policy, Taxes, and the Business Cycle", (with: William Gavin, M. Pakko), Journal of Monetary Economics 54(6), September 2007; 1587-1611.
- "The Welfare Cost of Inflation in the Presence of Inside Money", (with: Scott Freeman, Espen Henriksen), in D.E. Altig & E. Nosal (eds.) Monteary Policy in Low-Inflation Economies, Cambridge University Press, 2006.
- "Quantitative Aggregate Theory", アメリカン・エコノミック・レビュー, 2006.
- "Home Production Meets Time to Build", (with: Paul Gomme, Peter Rupert), Journal of Political Economy, 2001.
- "Monetary Aggregate and Output", (with: Scott Freeman), アメリカン・エコノミック・レビュー, 2000.
- "Endogenous Money Supply and the Business Cycle", (with: William Gavin), Review of Economic Dynamics, 1999.
- "The Gold Standard as a Rule: An Essay in Exploration", (with: M. Bordo), Explorations in Economic History, 1995.
- "Dynamics of the Trade Balance and the Terms of Trade: The J-Curve?", (with: D. Backus, P. Kehoe), アメリカン・エコノミック・レビュー, 1994.
- "Intertemporal Preferences and Labor Supply", (with: V. Hotz, G. Sedlacek), エコノメトリカ, 1988.
- "Time to Build and Aggregate Fluctuations", (with: E. Prescott), エコノメトリカ 50, 1345-1371, 1982.
- "Rules rather than discretion: The inconsistency of optimal plans", (with: E. Prescott), Journal of Political Economy, 85, 473-490, 1977.
5. 私生活
フィン・E・キドランドは、その輝かしい学術生活の他に、多様な興味と家族とのつながりを持つ豊かな私生活を送っています。
5.1. 家族
フィン・E・キドランドは1968年にリヴ・チェルヴォルドと結婚し、ジョン・マーティン、エイリーク、カミラ、カリの4人の子供をもうけました。彼は現在、トーニャ・スクーラーと結婚しています。
5.2. 趣味と関心
キドランドはスポーツを好み、特にサッカーを頻繁にプレイしていました。彼はまた熱心な観戦者でもあり、しばしばサッカーの試合に足を運び、アルゼンチンのクラブであるボカ・ジュニアーズのサポーターです。彼はマラソンレースにも参加し、完走しています。スポーツ以外にも、キドランドは音楽、特にブルースに深い関心を持っています。また、ドゥカティのオートバイを愛車としていたことでも知られています。
6. 受賞と栄誉
ノーベル賞以外にも、フィン・E・キドランドは彼の著名なキャリアを通じて数々の主要な賞、フェローシップ、栄誉を受賞しています。
- フェロー、計量経済学会(1992年-現在)
- ジョン・スタウファー・ナショナル・フェローシップ、フーバー研究所(1982年-1983年)
- アレクサンダー・ヘンダーソン賞、カーネギーメロン大学(1973年)
- メンバー、ノルウェー科学アカデミー
- 国際商業会議所オスロ・ビジネス・フォー・ピース賞(2017年)
7. 影響と評価
キドランドの研究は、経済学、特にマクロ経済学の分野に深く永続的な影響を与えました。彼の革新的な方法論と理論的洞察は、経済学者が景気循環を分析し、経済政策を設計する方法を再構築し、社会の福祉に大きな示唆を与えています。
7.1. 学術的影響
キドランドの理論、特にリアルビジネスサイクル理論(RBC)と時間的整合性に関する研究は、マクロ経済学研究の状況を根本的に変えました。彼は、実物的なショックと景気循環の固有の性質を強調することで、当時の主流であった貨幣中心の視点に異議を唱え、大きな議論を巻き起こし、最終的にマクロ経済モデリングの焦点を変えました。
彼が先駆的に用いたカリブレーションと呼ばれる数値シミュレーションの手法は、経済学における定量的分析に革命をもたらしました。当初は懐疑的な見方もあったものの、この方法論は1990年代初頭までにはケインズ学派の経済学者にも広く受け入れられ、普及しました。このアプローチは、明示的な分析的解が得られない場合に、現実世界のデータに基づいて動的システムの挙動をシミュレーションすることで分析を可能にし、現代の経済学研究において確固たる不可欠なツールとなっています。彼の研究は、その後の世代の経済学者がより洗練された動学的確率的一般均衡(DSGE)モデルを開発するための基礎を築きました。
7.2. 社会的・政策的影響
キドランドの研究は、経済政策の策定と経済的安定性の理解に深い影響を与えました。経済政策の時間的整合性に関する彼の研究は、信頼性のある透明な政策枠組みの極めて重要な必要性を強調しました。この洞察は、中央銀行の独立性やルールに基づいた財政政策を提唱する上で不可欠であり、長期的な経済安定性と予測可能性を促進することを目的としています。このような安定性は、直接的に社会正義を扱うものではありませんが、持続的な経済成長と、より広範な社会福祉と貧困削減に貢献できる機会の創出のための前提条件となります。
リアルビジネスサイクル理論(RBC)は、経済変動を新たな視点から捉えることを可能にしました。この理論は、経済変動が貨幣的な撹乱だけでなく、しばしば実際の技術的または生産性ショックに対する自然な反応であることを示唆しています。この視点は、経済の低迷を管理するための政策立案者のアプローチに影響を与え、構造改革や供給サイドの政策に焦点を移すきっかけとなりました。RBC理論は効率性と市場メカニズムを強調しますが、その政策的含意は、経済の安定と成長が、所得不平等や経済的利益の公平な分配といった問題にも対処する形で追求されることを保証するために、批判的に検討される必要があります。これにより、安定と成長の恩恵が社会全体に広く共有されることが重要です。彼の研究は、マクロ経済分析のためのより堅牢なモデルを提供することで、より情報に基づいた政策対話に貢献しており、これはより大きな社会福祉と持続可能な発展に向けた経済的成果を導く上で不可欠です。