1. 幼少期およびアマチュア経歴
アンソニー・レルーは1982年10月28日にペンシルベニア州カーライルで生まれた。ディルズバーグにあるノーザン・ヨーク高校を卒業後、2001年MLBドラフトにおいて11巡目(全体345位)でアトランタ・ブレーブスから指名され、同年6月6日に契約を結んだ。
2. プロ選手経歴
レルーはアメリカのメジャーリーグおよび独立リーグ、そして日本のプロ野球と韓国のプロ野球で投手として活動した。
2.1. メジャーリーグ経歴
レルーはアトランタ・ブレーブスでメジャーデビューを果たした後、カンザスシティ・ロイヤルズ、ロサンゼルス・エンゼルスの傘下チームでプレーした。
2.1.1. アトランタ・ブレーブス
ドラフト指名後、レルーはブレーブスのマイナーリーグで4シーズンを過ごした。2005年9月4日、本拠地でのシンシナティ・レッズ戦でメジャーリーグデビューを果たした。2005年シーズンは、リリーフとして7試合に登板し、勝ち負けなし、5奪三振、防御率5.62を記録した。
2006年2月23日、ブレーブスと1年契約を締結し、1ヶ月後の3月23日にはAAA級リッチモンド・ブレーブスに降格した。リッチモンドでは16試合(うち15試合に先発)に登板し、3勝5敗、防御率7.48、69奪三振の成績だった。同年9月1日、ブレーブスはレルーをリッチモンドからロースターに昇格させた。翌日のフィラデルフィア・フィリーズ戦で2006年シーズン初登板を果たし、リリーフとして2イニングを投げ、5失点、1奪三振を記録した。2日後の9月4日に再びリッチモンドに降格した。
2007年5月8日、レルーはマーク・レッドマンに代わってリッチモンドから昇格し、サンディエゴ・パドレス戦で自身初のメジャー先発登板を果たした。この試合で6回を2安打2失点(2被本塁打)、7奪三振と好投し、自己最速となる154 km/h (96 mph)を記録したが、勝ち負けはつかなかった。その後再びリッチモンドに降格した。同年6月20日、トミー・ジョン手術を受け、シーズンを終了した。これにより60日間の故障者リスト入りとなった。手術からの回復はブレーブスの延長スプリングトレーニング施設があるフロリダ州南部で行われた。
2008年6月20日、ルーキーリーグの試合で1年ぶりに実戦復帰し、その後1ヶ月でAAA級リッチモンドに復帰した。2009年3月5日、トム・グラビンのロースター登録のためにAAA級グウィネット・ブレーブスにロースターから外され、その5日後の3月10日にブレーブスから解雇された。
2.1.2. カンザスシティ・ロイヤルズ
2009年3月18日、レルーはカンザスシティ・ロイヤルズとマイナーリーグ契約を締結した。この年はAA級ノースウエストアーカンソー・ナチュラルズでシーズンを過ごし、同年9月24日のボストン・レッドソックス戦でメジャー復帰を果たした。2010年2月にはロイヤルズと再契約を結んだ。
同年はAAA級オマハ・ロイヤルズで開幕を迎え、6月16日には肘の捻挫で故障者リスト入りしたルーク・ホチェバーに代わってロイヤルズに昇格した。翌6月17日のヒューストン・アストロズ戦に先発登板し、6回を3安打2失点、7奪三振と好投したが、勝ち負けはつかなかった。同年6月28日、シカゴ・ホワイトソックス戦で6回を3安打1失点、4奪三振と好投し、メジャーリーグでの自身初勝利を挙げた。しかしその後は3連敗を喫し、再びAAA級オマハに降格した。
2.1.3. ロサンゼルス・エンゼルス
2014年5月20日、レルーはロサンゼルス・エンゼルスとマイナーリーグ契約を締結した。同年オフにFAとなった。
2.2. 海外プロリーグ経歴
レルーは、日本プロ野球と韓国プロ野球というアジアの主要プロリーグでもプレーした。
2.2.1. 福岡ソフトバンクホークス (NPB)
2010年11月16日、レルーはオークランド・アスレチックスとマイナーリーグ契約を結んでいたが、同年12月25日に日本プロ野球の福岡ソフトバンクホークスと1年契約を締結した。
2011年は一軍登板が4試合にとどまり、同年12月2日に戦力外通告を受けた。ソフトバンクでの初登板は同年5月5日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(福岡Yahoo! JAPANドーム)で、9回表に4番手で救援登板し、1イニングを無失点に抑えた。初奪三振は同年6月6日の広島東洋カープ戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)で、9回裏に東出輝裕から見逃し三振を奪った。
2.2.2. KIAタイガース (KBO)
2012年1月15日、レルーは韓国プロ野球のKIAタイガースと契約を締結し、契約金は5.00 万 USDだった。この時、アレックス・グラマンも同時に契約した。KIAタイガースでの登録名はアンソニーとなった。
2012年シーズンは先発として32試合に登板し、11勝13敗、1セーブ、94奪三振、防御率3.83を記録し、チーム最多勝利数を挙げ、先発ローテーションを維持した。2013年もKIAタイガースと再契約した。同年は抑えに転向し、20セーブを記録したが、内容が悪く、次第に打たれるようになり、5点差の状況でもブロンセーブを記録するほどであったため、同年7月に二軍に降格した。その後、再び先発への転向を試みたが、二軍でも不調が続いたため、同年7月24日にウェーバー公示され、チームを退団した。彼の代替選手としてドウェイン・ビロウが獲得された。
2.3. 独立リーグ経歴
メジャーリーグや海外プロリーグでの活動の合間や終盤には、アメリカの独立リーグでもプレーした。
2.3.1. ヨーク・レボリューション
2014年4月11日、レルーはアメリカの独立リーグであるアトランティック・リーグのヨーク・レボリューションと契約した。2015年、再びヨーク・レボリューションと契約を結んだ。同年シーズン終了後にFAとなり、2016年以降はいずれの球団とも選手契約を結ばず、選手経歴を終えた。
2.4. 主要な業績
2010年11月21日、レルーはベネズエラ・プロフェッショナル野球リーグのナベガンテス・デル・マガジャネスに所属中、レオネス・デル・カラカス戦でノーヒットノーランを達成した。これはベネズエラのウィンターリーグ史上16人目の記録であり、現在に至るまで同リーグで達成された最後のノーヒットノーランである。
3. 投球スタイル
アンソニー・レルーは利き腕が左であるにもかかわらず、右で投球する特徴を持つ。平均球速は145 km/h (90 mph)で、最速は154 km/h (96 mph)を誇る速球(フォーシーム、ツーシーム)が中心である。その他、129 km/h (80 mph)前半でスプリッターのような軌道を描くチェンジアップ、スライダー、カーブを交える。しかし、本塁打を打たれることが多いという弱点も持っていた。
4. 選手引退後の経歴
2019年1月7日、レルーはかつて選手として所属したKIAタイガースと育成軍投手コーチとして契約した。2021年限りで同職を退任した。
5. 通算成績
年度 | リーグ | 登板 | 先発 | 完投 | 完封 | 無四球 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 勝率 | 打者 | 投球回 | 被安打 | 被本塁打 | 与四球 | 敬遠 | 与死球 | 奪三振 | 暴投 | ボーク | 失点 | 自責点 | 防御率 | WHIP |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2005 | ATL | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | --- | 37 | 8.0 | 9 | 1 | 5 | 2 | 0 | 5 | 0 | 0 | 5 | 5 | 5.63 | 1.75 |
2006 | ATL | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | --- | 15 | 2.0 | 5 | 0 | 3 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 5 | 5 | 22.5 | 4.00 |
2007 | ATL | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 57 | 11.2 | 14 | 4 | 7 | 1 | 0 | 9 | 0 | 1 | 10 | 10 | 7.71 | 1.80 |
2009 | KC | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 62 | 13.1 | 14 | 4 | 8 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 10 | 10 | 4.05 | 1.65 |
2010 | KC | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | .200 | 120 | 26.1 | 34 | 9 | 9 | 0 | 2 | 18 | 1 | 0 | 25 | 25 | 8.54 | 1.63 |
2011 | ソフトバンク | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | --- | 20 | 5.0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.80 | 1.40 |
2012 | 起亜 | 32 | - | 0 | 0 | 0 | 11 | 13 | 1 | 0 | .458 | 745 | 171.2 | 174 | 15 | 67 | 0 | 7 | 94 | 0 | 0 | 84 | 73 | 3.83 | 1.40 |
2013 | 起亜 | 30 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 20 | 0 | .000 | 159 | 36.0 | 42 | 1 | 15 | 0 | 3 | 25 | 0 | 0 | 18 | 18 | 4.50 | 1.58 |
MLB:5年 | 20 | 11 | 0 | 0 | 0 | 1 | 7 | 0 | 4 | .125 | 291 | 61.1 | 76 | 18 | 32 | 3 | 3 | 40 | 2 | 0 | 53 | 51 | 7.48 | 1.76 | |
NPB:1年 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | --- | 20 | 5.0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 1.80 | 1.40 | |
KBO:2年 | 62 | - | 0 | 0 | 0 | 11 | 16 | 21 | 0 | .407 | 904 | 207.2 | 216 | 16 | 82 | 0 | 10 | 119 | 0 | 0 | 102 | 91 | 3.94 | 1.43 |
この通算成績は2018年度シーズン終了時点のものである。
6. 背番号
- 50 (2005年、2007年)
- 59 (2006年)
- 41 (2009年)
- 54 (2010年)
- 57 (2011年)
- 44 (2012年 - 2013年)
- 89 (2019年 - 2021年)