1. 学歴
ハインリヒ博士の学術的な経歴は、ドイツでの基礎教育から始まり、アメリカでの博士研究へと続いた。
1.1. ドイツでの学業
ハインリヒは、1994年にドイツのゲッティンゲン大学で物理学の修士号(Diplomドイツ語)を取得し、1998年には同大学で博士号を取得した。1994年から1998年まで、彼はR・G・ウルブリッヒの指導のもとで研究助手として活動し、初期の研究経験を積んだ。
1.2. IBMアルマデン研究所での博士研究
博士号取得後、ハインリヒは2001年までIBMアルマデン研究所でカブリ賞受賞者であるドン・アイグラーのチームでポスドク研究員として勤務した。この期間に彼は、その後のキャリアの基礎となる重要な経験を積み、最終的に同研究所の研究員兼エンジニアとして採用された。
2. 経歴
アンドレアス・ハインリヒ博士のキャリアは、ドイツからアメリカ、そして韓国へと活動拠点を移しながら、ナノサイエンスと量子技術の分野で多岐にわたる重要な役割を担ってきた。
2.1. IBMアルマデン研究所
ハインリヒは、ゲッティンゲンを離れてIBMアルマデン研究センターで働くことを希望し、その移住費用をアレクサンダー・フォン・フンボルト財団からの奨学金で賄った。ドイツの雑誌『シュテルン』は、ハインリッヒの海外移住をドイツの「頭脳流出」の一例として報じた。
IBMアルマデン研究所での数年間の勤務を経て、彼は2005年に表面磁性ナノ構造および走査型プローブ顕微鏡(SPM)研究グループのリーダーに就任し、2016年までその職を務めた。この間、彼はスピン励起分光法とナノ秒STMの開発に貢献し、2012年にはその功績が認められアメリカ物理学会のフェローに選出された。また、2012年からはドイツのシュトゥットガルトにあるマックス・プランク固体研究所の科学諮問委員会の委員も務めている。
2.2. 韓国での活動
ハインリヒ博士は、2016年に韓国へと活動の場を移し、教育者および研究機関の責任者として新たな役割を担った。
2.2.1. 梨花女子大学校 碩座教授
2016年、ハインリヒ博士は梨花女子大学校の碩座教授に就任した。この職は、彼が韓国における学術活動の基盤を築く上で重要な役割を果たした。
2.2.2. IBS 量子ナノ科学センター長
梨花女子大学校への着任と同時に、ハインリヒ博士は基礎科学研究院(IBS)量子ナノ科学研究団の創設ディレクターに任命された。この研究団は、量子コヒーレントシステムに関する科学的基盤をナノスケールで探求し、特に表面上のスピンに焦点を当てて、量子技術の未来を設計することを目指している。

量子ナノ科学研究団の研究協力館は、2018年に着工式が行われ、2019年のIBS量子ナノ科学会議中に正式に開設された。この建物は、STM研究室としては世界でも有数の低振動レベルを誇る設計となっている。研究団の長期的な目標の一つは、清浄な表面や界面上の分子や原子の量子状態を完全に制御することであり、これにより高感度な量子センサーの開発が可能になると期待されている。
3. 主要研究と成果
アンドレアス・ハインリヒ博士は、走査型トンネル顕微鏡(STM)技術の革新、原子操作によるデータストレージの限界探求、そして量子ナノサイエンスの最先端分野における画期的な研究を通じて、科学技術の発展に大きく貢献してきた。
3.1. スキャンニング・トンネリング顕微鏡(STM)技術開発
ハインリヒ博士は、時間分解能を10万倍向上させたナノ秒STMを開発し、STM技術に革命をもたらした。この技術により、高速な電子スピン緩和時間の原子分解能での測定が可能になった。また、X線吸収分光法とスピン励起分光法を統合する研究も進めた。
2015年には、STMと電子スピン共鳴(ESR)を組み合わせたESR-STMを開発し、ナノ電子ボルトの精度でスピンの単一原子測定を可能にした。さらに、2022年にはこのESR-STM技術を個々の分子に拡張することに成功し、分子レベルでの量子状態の制御と測定に向けた新たな道を開いた。
3.2. 原子操作とデータストレージ
ハインリヒ博士の研究チームは、個々の原子を操作して情報を記録する技術の開発において、画期的な成果を上げた。
3.2.1. 「少年と原子」制作
データストレージの限界を探る中で、ハインリヒ博士のチームは、数千個の個々の原子を動かすことで制作されたストップモーション・アニメーション短編映画『少年と原子』(A Boy and His Atom英語)を制作した。この映画は、「世界最小のストップモーション映画」としてギネス世界記録に認定され、科学と芸術の融合を示す象徴的な作品となった。
3.2.2. 単一原子メモリ研究
ハインリヒ博士のチームは、データストレージの限界を克服するための研究を進め、従来の技術で百万個の原子を必要としたデータストレージを、わずか12個の原子で実現できることを示した。さらに、その5年足らず後には、この数を単一の原子にまで減らすことに成功した。この単一原子レベルでの情報記録技術は、韓国の科学技術情報通信部によって、2018年の最も実質的な国内研究成果の一つとして評価された。
3.3. 量子ナノ科学と単一原子MRI
ハインリヒ博士がディレクターを務める量子ナノ科学研究団は、ナノスケールにおける量子コヒーレントシステムの科学的基盤を研究しており、特に表面上のスピンに焦点を当てている。

IBMアルマデン研究所との共同研究では、個々の原子の磁気共鳴画像法(MRI)スキャンを行うことに成功した。これは、量子状態の制御と測定、および高感度量子センサーの開発に向けた量子ナノ科学の最先端研究における重要な一歩である。
4. 学術的地位と活動
アンドレアス・ハインリヒ博士は、その卓越した学術的業績と科学技術への貢献により、国際的な学術界で高い地位を確立し、様々な専門的な活動に携わっている。
4.1. 学会活動と会員資格
ハインリヒ博士は、2012年にスピン励起分光法とナノ秒STMの開発における功績が認められ、アメリカ物理学会のフェローに選出された。また、アメリカ科学振興協会のフェローでもある。2016年には、中国科学院のプレジデント国際フェローシップ・イニシアティブ(PIFI)から特別フェローシップを授与された。
4.2. 諮問・委員会活動
彼は、2012年以来、ドイツのマックス・プランク固体研究所の科学諮問委員会の委員を務めており、外部機関における重要な諮問活動にも参加している。
5. 受賞歴
アンドレアス・ハインリヒ博士は、その優れた学術的業績と科学技術への貢献に対し、数々の著名な賞を受賞している。
| 年 | 賞の名称 | 授与機関 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2024 | ソウル市名誉市民 | ソウル特別市 | |
| 2023 | フンボルト賞 | アレクサンダー・フォン・フンボルト財団 | |
| 2021 | カール・フリードリヒ・ボンヘッファー・レクチャー賞 | マックス・プランク学際科学研究所 | |
| 2020 | ハインリッヒ・ローレル・メダル | 日本真空科学会 | |
| 2018 | 国家研究開発優秀成果100選 | 科学技術情報通信部 | 世界最小のメモリ貯蔵単位に関する研究成果 |
| 2018 | ファインマン・ナノテクノロジー賞 | フォアサイト・インスティテュート | 表面上の原子・小分子操作、データストレージ・計算への応用における進歩に対して |
| 2018 | ジョセフ・F・キースリー測定科学進歩賞 | アメリカ物理学会 | 単一原子・単一スピン限界での非弾性電子トンネル分光法の開発を含む、高度な走査型プローブ機器の設計・構築による測定科学のブレークスルーに対して |
| 2016 | 特別フェローシップ | 中国科学院 (PIFI) | |
| 2014 | アウトスタンディング・テクニカル・アチーブメント・アワード | IBM | |
| 2012 | フェロー | アメリカ物理学会 | スピン励起分光法とナノ秒STMの開発に対して |
| 2011 | ベスト・オブ・IBMアワード | IBM | |
| 2011 | コーポレート・アワード | IBM | |
| 2010 | アウトスタンディング・テクニカル・アチーブメント・アワード | IBM | |
| 2007 | アウトスタンディング・イノベーション・アワード | IBM | |
| 2003 | リサーチ・ディビジョン・アワード | IBM | |
| 1998 | フェオドール・リネン奨学金 | アレクサンダー・フォン・フンボルト財団 |