1. 概要

アール・クルー(Earl Klughアール・クルー英語、1953年9月16日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト出身のアコースティックギタリスト、作曲家である。彼はジャズ、ポップ、リズム・アンド・ブルースの要素を融合させた独自の音楽スタイルを確立しており、特にナイロン弦ギターを用いたフィンガースタイルの演奏で知られている。その音楽は、甘く現代的なサウンドが特徴である。
クルーはこれまでに1度のグラミー賞を受賞し、13度のノミネートを経験している。また、彼のアルバムはビルボードのジャズ・アルバムチャートで23枚がトップ10入りを果たし、そのうち5枚は1位を獲得している。
2. 経歴
アール・クルーの音楽キャリアは、幼少期の教育から始まり、様々なアーティストとの出会いやコラボレーションを通じて独自のスタイルを確立していった。
2.1. 生い立ちと音楽教育
アール・クルーは1953年9月16日にアメリカ合衆国ミシガン州デトロイトで生まれた。6歳でピアノの訓練を開始したが、10歳でギターに転向した。彼はデトロイトのマンフォード高校に通っていた。
2.2. 音楽的影響
クルーは、13歳の時にペリー・コモの番組に出演したチェット・アトキンスのギター演奏に深く感銘を受けた。アトキンスはクルーに最も強い影響を与えた音楽家の一人であり、クルーは後にアトキンスの複数のアルバムにゲストとして参加している。アトキンスもまた、クルーのアルバム『マジック・イン・ユア・アイズ』にゲスト参加した。クルーはアトキンスと共に『Hee Haw』や1994年のテレビ特番「Read my Licks」など、複数のテレビ番組にも出演している。
アトキンス以外にも、クルーはボブ・ジェームス、レイ・パーカー・ジュニア、ウェス・モンゴメリー、ロリン・アルメイダから影響を受けている。また、彼は尊敬するアーティストの一人としてビル・エヴァンスを挙げており、「目指す音楽はビル・エヴァンスが奏でるピアノ曲のようなものである」という趣旨の発言をしている。
2.3. キャリア初期
クルーの最初のレコーディングは15歳の時で、ユセフ・ラティーフのアルバム『スイート16』に参加した。この頃、彼はギター演奏の指導も開始している。18歳の時にはジョージ・ベンソンのアルバム『ホワイト・ラビット』に参加し、その2年後の1973年にはベンソンのツアーバンドに加わった。
20歳の時、チック・コリア率いるリターン・トゥ・フォーエヴァーに加入し、エレクトリック・ギターを演奏するようになった。しかし、家族の病気を案じて2ヶ月で脱退した。この脱退は、エレクトリック・ギターよりもアコースティック・ギターへの思いが強かったためとも言われている。
その後、設立間もないGRPレコードのデイヴ・グルーシンに発掘され、1976年にブルーノート・レコードとキャピトル・レコードからファースト・アルバム『アール・クルー』を発表した。当時としては珍しい、アコースティック・ギター(ナイロン弦ギター)をメインにしたアルバムであり、以降デトロイトを拠点に、一貫してアコースティックを主体にした独自のスタイルで演奏活動を続けている。
2.4. 音楽スタイルと演奏技法
アール・クルーの音楽スタイルは、ナイロン弦のクラシックギターを主に使用し、フィンガースタイルで演奏する点に特徴がある。彼はサムピックを一切使用せず、指の爪で弦を弾く。彼の独特な演奏法は、師と仰ぐチェット・アトキンスの奏法に非常に似ており、チェット・アトキンス奏法そのものであると言っても過言ではない。しかし、クルーが発する音は非常に独特であり、アトキンスの奏法を研究しつつも、そこから独自のスタイルを築き上げた。
彼は10歳でギターに転向するまでピアノを習っており、現在でもレコーディングの際にキーボードを兼任することがある。また、自身のピアノソロのナンバーも存在する。彼はコード・ヴォイシングによる美しいハーモニーの名手として知られており、チェット・アトキンス奏法によるメロディラインとベースラインの両立に加え、その巧みなコードワークによって、ギター1本でピアノ並みの多彩なメロディーを実現しようとしている。彼の多数のソロ・アルバムは、この試みの集大成である。
クルーはジョージ・ベンソンを師に持ち、ビバップ的なインプロヴィゼーションの資質も持ち合わせている。彼のサウンドは、ジャズ、ポップ、リズム・アンド・ブルースといった様々な影響を融合させたものであり、彼独自の甘く現代的な音楽のポプリを形成している。
2.5. 主要なコラボレーションと活動
クルーはキャリアを通じて多くの著名なアーティストとコラボレーションを行ってきた。特にボブ・ジェームスとは、1979年に共演作『ワン・オン・ワン』をジェームス主宰のタッパンジー・レコードから発表し、1981年のグラミー賞で「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞」を受賞した。その後もジェームスとは『トゥー・オブ・ア・カインド』(1982年)、『クール』(1991年)で共演している。
また、ジョージ・ベンソンとは1987年に共作アルバム『コラボレーション』を発表した。
毎年春には、コロラド州コロラドスプリングスのブロードムーア・ホテル&リゾートで「ウィークエンド・オブ・ジャズ(Weekend of Jazzウィークエンド・オブ・ジャズ英語)」というイベントを主催している。このイベントには、ラムゼイ・ルイス、パティ・オースティン、チャック・マンジョーネ、ボブ・ジェームス、ジョー・サンプル、クリス・ボッティ、ロバータ・フラック、アルトゥーロ・サンドヴァルといった著名なジャズ・ミュージシャンが多数出演している。2010年11月には、この「ウィークエンド・オブ・ジャズ」をサウスカロライナ州のキアワ・アイランド・ゴルフ・リゾートでも開催した。
2.6. レコーディングキャリアと受賞歴
アール・クルーは30枚以上のアルバムをリリースしており、そのうち23枚がビルボードのジャズ・アルバムチャートでトップ10入りを果たし、5枚は1位を獲得している。
彼は1981年にボブ・ジェームスとの共演作『ワン・オン・ワン』でグラミー賞の「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス賞」を受賞した。これまでに合計13回のグラミー賞ノミネートを受けている。具体的には、『ドリーム・カム・トゥルー』で「ベスト・ジャズ・フュージョン・パフォーマンス」に、『ナイト・ソングス』と『ウィスパーズ・アンド・プロミセズ』で「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス」に、『ネイキッド・ギター』と『ザ・スパイス・オブ・ライフ』で「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム」にノミネートされている。
また、1977年には日本のジャズ雑誌『スイングジャーナル』から、アルバム『フィンガー・ペインティングス』が「1977年ベスト・レコーディング賞(パフォーマンス&サウンド部門)」を受賞している。彼のアルバムとCDの総売上は数百万枚に上り、現在も世界中でツアーを行っている。
3. ディスコグラフィ
アール・クルーは多岐にわたるジャンルで数多くのアルバムを発表しており、ソロ作品からコラボレーション、サウンドトラックまで幅広い作品群がある。
3.1. スタジオ・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1976 | 『アール・クルー』 | EMI | |
| 1976 | 『リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ』 | ブルーノート | |
| 1977 | 『フィンガー・ペインティングス』 | ブルーノート | |
| 1978 | 『マジック・イン・ユア・アイズ』 | ブルーノート | 旧邦題『瞳のマジック』 |
| 1979 | 『ハート・ストリング』 | ブルーノート | |
| 1980 | 『ドリーム・カム・トゥルー』 | EMI | グラミー賞「ベスト・ジャズ・フュージョン・パフォーマンス」ノミネート |
| 1980 | 『レイト・ナイト・ギター』 | ブルーノート | |
| 1981 | 『クレイジー・フォー・ユー』 | ブルーノート | |
| 1983 | 『ロー・ライド』 | キャピトル | |
| 1984 | 『ウィッシュフル・シンキング』 | EMI | |
| 1985 | 『ナイト・ソングス』 | キャピトル | グラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス」ノミネート |
| 1985 | 『ソーダ・ファウンテン・シャッフル』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1986 | 『ライフ・ストーリーズ』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1989 | 『ソロ・ギター』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1989 | 『ウィスパーズ・アンド・プロミセズ』 | ワーナー・ブラザース | グラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス」ノミネート |
| 1991 | 『ミッドナイト・イン・サン・フアン』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1993 | 『バラッズ』 | キャピトル | |
| 1994 | 『ムーヴ』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1996 | 『そよ風のオアシス』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1997 | 『ジャーニー』 | ワーナー・ブラザース | |
| 1999 | 『ピキュリア・シチュエーション』 | BMG (ウィンダム・ヒル・ジャズ) | |
| 2005 | 『ネイキッド・ギター』 | コッホ (コッホ・エンタテインメント) | グラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム」ノミネート |
| 2008 | 『ザ・スパイス・オブ・ライフ』 | コッホ (コッホ・エンタテインメント) | グラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・アルバム」ノミネート |
| 2013 | 『ハンド・ピックド』 | ヘッズ・アップ |
3.2. トリオ・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1991 | 『トリオ Vol.1』 | ワーナー・ブラザース | ジーン・ダンラップ、ラルフ・アームストロングと共演 |
| 1993 | 『トリオ Vol.2 サウンズ・アンド・ヴィジョンズ』 | ワーナー・ブラザース | ジーン・ダンラップ、ラルフ・アームストロング、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と共演 |
3.3. コラボレーション・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1979 | 『ワン・オン・ワン』 | タッパンジー | ボブ・ジェームスと共演。1981年グラミー賞「ベスト・ポップ・インストゥルメンタル・パフォーマンス」受賞 |
| 1982 | 『トゥー・オブ・ア・カインド』 | マンハッタン | ボブ・ジェームスと共演 |
| 1983 | 『ホテル・カリフォルニア/スーパー・ギター・デュオ』 | ヴァーヴ | 宮野弘紀と共演 |
| 1987 | 『コラボレーション』 | ワーナー・ブラザース | ジョージ・ベンソンと共演 |
| 1991 | 『クール』 | ワーナー・ブラザース | ボブ・ジェームスと共演 |
3.4. サウンドトラック・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1980 | 『ハウ・トゥ・ビート・ザ・ハイ・コスト・オブ・リヴィング』 | コロンビア | ヒューバート・ロウズと共演 |
| 1983 | 『マーヴィン&タイジ』 | キャピトル | パトリック・ウィリアムズと共演 |
| 1986 | 『ジャスト・ビトゥイーン・フレンズ』 | ワーナー・ブラザース | パトリック・ウィリアムズと共演 |
3.5. コンピレーション・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル |
|---|---|---|
| 1991 | The Best of Earl Klugh | ブルーノート |
| 1992 | The Best of Earl Klugh Volume 2 | ブルーノート |
| 1992 | 『ツイン・ベスト・ナウ』 | キャピトル |
| 1996 | Love Songs | ブルーノート |
| 1998 | 『ベスト・オブ・アール・クルー』 | ワーナー・ブラザース |
| 2003 | The Essential Earl Klugh | キャピトル |
| 2006 | Music for Lovers | キャピトル |
3.6. ビデオ・DVD
| 年 | タイトル | レーベル |
|---|---|---|
| 2001 | 『アール・クルー/IN CONCERT』 | イメージ・エンタテインメント (EMIアメリカ) |
| 2003 | Earl Klugh In Concert | BMG/イメージ |
4. 影響と評価
アール・クルーの音楽は、その独特なスタイルと幅広いジャンルへの融合を通じて、多くの後続のミュージシャンや音楽ファンに影響を与えてきた。
4.1. 音楽的影響力
彼のナイロン弦ギターによるフィンガースタイル演奏は、ジャズ、ポップ、リズム・アンド・ブルースといったジャンルを横断する独自のサウンドを確立し、現代音楽におけるアコースティックギターの可能性を広げた。特に、チェット・アトキンス奏法を基盤としつつ、ピアノ的なハーモニーやメロディラインをギター一本で表現する彼の技法は、多くのギタリストに影響を与えている。彼は現在も世界中でツアーを続け、その音楽的影響力を広げている。
4.2. 大衆メディアでの使用
アール・クルーの楽曲は、日本においてテレビ番組やラジオ番組のテーマ曲、BGMとして多数使用されており、その親しみやすいメロディが広く知られている。以下にその具体的な事例を挙げる。
- 『ルックルックこんにちは』 - 番組テーマ曲として、初代に「リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ」が、2代目に「Doc」が使用された。
- 『長野祐也の政界キーパーソンに聞く』 - エンディング・テーマに「Dance with me」が使用されている。
- サンテレビ - 2004年頃まで使用されていたオープニング映像のBGMに「Amazon」が使用された。
- 京都放送 - 近畿放送時代の1980年頃のクロージング映像のBGMに「Julie」が使用された。
- 『tssニュース』 - 天気予報のBGMに「ドリーム・カム・トゥルー」が使用されている。
- 『TSSスーパーニュース』 - 天気予報のBGMに「I Don't Want To Leave You Alone Anymore」が使用されている。
- 日テレNEWS24 - 「NNN24」時代の天気予報に『ジャーニー』収録の「Good As It Gets」が使用された。
- 『渡辺舞と永尾まりやのTuesday Night』(アール・エフ・ラジオ日本) - エンディングに「Good As It Gets」が使用されている。
- 『中村こずえのサウンドピクチャー』 - オープニング・テーマに「リヴィング・インサイド・ユア・ラヴ」が使用されている。
- ニッポン放送『鶴光の噂のゴールデンアワー』 - エンディングテーマ曲に「Take it from the top」が使用された。
- 中国放送(RCCラジオ) - 2022年3月27日までの天気予報のBGMに「Walk in the sun」、交通情報のBGMに「All Through the night」が使用された。また、同局制作『山野秀子のちいさなパティオ』の番組テーマ曲に「Far from Home」が使用されている。
- 『地方創生プログラム ONE-J』(TBSラジオ) - 9時台の企画コーナー『共立リゾートpresents~新たな発見を綴る~旅ノオト』(2021年4月 - 2023年6月)のオープニング・テーマに「Take It from the Top」とエンディング・テーマに「ウィッシュフル・シンキング」が使用された。
- 『Cheerful Cheers!』(NACK5) - オープニングテーマ曲に「Happy Song」が使用されている。
- NST新潟総合テレビ - 1980年代の番組宣伝やローカルCMのBGMとして『ドリーム・カム・トゥルー』収録の「If It's in Your Heart (It's in Your Smile)」と「Doc」が頻繁に使用された。
5. 外部リンク
- [http://www.earlklugh.com/main.html EarlKlugh.com (英語版)]