1. 生涯
エンリク・ヴァロール・イ・ヴィーヴェスの生涯は、バレンシア語の復興と標準化、そしてバレンシアの文化を守るための闘いと密接に結びついていました。彼はジャーナリストとしてキャリアをスタートさせ、政治活動に深く関与し、そのために投獄される経験もしましたが、晩年にはその功績が広く認められ、多くの栄誉を受けました。
1.1. 幼少期と教育
エンリク・ヴァロールは1911年に、スペイン・アリカンテ県ラルコイアー郡のカスタージャにある裕福な家庭に生まれました。彼の幼少期については詳細な記録は少ないものの、この地方の文化と言語が彼の後の活動の基盤となりました。
1.2. ジャーナリズムと初期のキャリア
1930年、19歳になったヴァロールは、アリカンテでジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせました。彼はバレンシア語の風刺新聞『El Tio Cuc』に寄稿し、この週刊誌での執筆が彼の最初の言語に関する著作となりました。当初はスペルミスが混じったスペイン語風のカタルーニャ語で書かれていましたが、この経験を通じてヴァロールはカタルーニャ語の正書法と文法を習得していきました。同時期には、バレンシアで発行されていた民族主義系の新聞『La República de les Lletres』、『El Camí』、『El País Valencià』などにも寄稿し、活発な言論活動を展開しました。
1.3. 政治活動と投獄
スペイン第二共和政時代に入ると、ヴァロールは政治活動に深くのめり込んでいきました。彼の主な政治目標は、バレンシア州の自治州化を達成することでした。また、アリカンテをカタルーニャ語圏の一部として確立することも主張しました。スペイン内戦が勃発すると、彼は共和国政府を強く支持しました。
内戦終結後、彼は一時的に政治活動から身を引き、文学に専念しました。しかし、1960年代には再びバレンシアナショナリズムに関わる地下政治活動に加わりました。この活動が原因で、ヴァロールはフランシスコ・フランコの独裁政治下にあったスペイン国の政治犯として、1966年から1968年まで投獄されました。この投獄経験は、彼の人生における重要な転換点となりました。
1.4. 後年の活動と評価
刑務所を出所した後、ヴァロールは戦後ほぼ最初のバレンシア語による雑誌『Gorg』(バレンシア語で「渦」または「車輪」の意)の創刊に参加しました。彼は「教科でない事は、学ぶ事がない」という言葉を残しており、この言葉は彼の教育と文化に対する深い信念を示しています。フランコの独裁体制が終わりを告げると、ヴァロールは自身の意見や文学作品を自由に発表できるようになりました。彼はカタルーニャ語圏全体から、多くの重要な文学的および言語学的な賞を受賞するという栄誉を得ました。
1990年代には、バレンシアの文化団体や文学グループの間で、ヴァロールをノーベル文学賞の候補として推薦する動きがありましたが、2000年に彼が突然死去したため、その実現には至りませんでした。今日、バレンシア州中の通りや広場、学校、協会など、多くの公共施設に彼の名前が冠されており、その功績は広く記憶されています。
1.5. 死去
エンリク・ヴァロール・イ・ヴィーヴェスは、2000年1月13日にバレンシアで突然の死を迎えました。彼の死去は、長年にわたりバレンシア語の復興と文化の発展に尽力してきた偉大な人物の生涯の終わりを告げるものでした。
2. 言語学への貢献
エンリク・ヴァロールは、バレンシア語の語彙収集、復権、そして標準化に多大な貢献をしました。彼の言語学的な著作は、バレンシア語の規範を確立し、その教育を促進する上で不可欠なものとなっています。
2.1. 事典編纂への参加と語彙収集
ヴァロールの言語学的な活動は、アリカンテの週刊誌『El Tio Cuc』への寄稿から始まりました。彼はフランセスク・デ・ボルジャ・モルの指揮のもとで、カタルーニャ語の諸方言間の対訳辞書である「カタルーニャ語-バレンシア語-バレアレス語辞書」の編纂に参加しました。このプロジェクトにおいて、彼は特に南部バレンシア語の語彙を収集し、辞書に組み込むことに貢献しました。
2.2. バレンシア語標準化に関する著作
ヴァロールは、カルレス・サルバドールやマヌエル・サンチス・グアルネールらと共に、バレンシア語の標準化を推進した主要な人物の一人でした。彼はバレンシア語の規範を確立するための重要な著作を多数発表しました。
主な著作には以下のものがあります。
- 『Curs de la llengua valenciana』(『バレンシア語講座』、1961年、雑誌『Gorg』掲載)
- 『Millorem el llenguatge』(『我々は言語をよりよくする』、1971年)
- 『Curso medio de gramática catalana referida especialmente al País Valenciano』(『ヴァレンシア地方で話される中級カタルーニャ語文法』、1973年)
1983年には、ヴァロールは『La flexió verbal』(『動詞の活用』)を出版しました。この著作は、広範囲にわたるバレンシア語の諸方言の動詞の活用を収集し、整理したもので、バレンシア語の動詞の規範的な使用における主要な参考書となりました。この本は、バレンシアの学生にとって不可欠な学習教材として現在も使用されています。また、彼の文学作品、特に『ロンダージェス・ヴァレンシアーネス』には、バレンシア語の豊かな語彙が収められています。
3. 文学作品
エンリク・ヴァロールは、言語学者としての業績に加え、多岐にわたる文学作品を残しました。特に、バレンシアの伝統的な民話の収集と再話、そして小説の執筆において重要な足跡を残しています。
3.1. 民話収集(Rondalles)
ヴァロールの文学作品の中で最もよく知られているのは、彼の民話収集です。彼はバレンシアの口承文化に深く根差した伝統的な民話を集め、それを文学的な物語として再構成しました。
代表作は『ロンダージェス・ヴァレンシアーネス』(Rondalles valencianesロンダージェス・ヴァレンシアーネスカタルーニャ語、1950年-1958年)で、この中には36のバレンシアの民話が収められています。これらの物語は、バレンシアの文化や風習、人々の知恵やユーモアを生き生きと伝えています。
3.2. 小説
ヴァロールは小説家としても活動しました。彼の最初の小説は『L'ambició d'Aleix』(『ランビシオー・ダレッシュ』)で、1940年代から1950年代にかけて執筆が開始され、1960年に出版されるまで改稿が続けられました。
彼の小説作品の中で最も重要とされるのは、『Cicle de Cassana』(『カサーナの物語』)と題された三部作です。この三部作は以下の小説で構成されています。
- 『Sense la terra promesa』(『約束された土地なしに』、1960年)
- 『Temps de batuda』(『バトゥーダの時代』、1983年)
- 『Enllà de l'horitzó』(『地平線の向こうに』、1991年)
『カサーナの物語』三部作は、フランコ独裁政権によって抑圧され隠匿された、1916年から1939年までのバレンシアの集団的記憶を回復することを目的として書かれました。また、1982年には『La idea de l'emigrant』(『移民の思想』)を出版しています。
3.3. その他の文学活動
民話収集や長編小説以外にも、ヴァロールは類似したスタイルの文学作品を発表しています。これには『Narracions de la Foia de Castalla』(『フォイア・デ・カスタージャの物語』、1953年)や『Meravelles i picardies』(『メラヴェージェス・イ・ピカルディエス』、1964年-1970年)などがあります。これらの作品もまた、バレンシアの豊かな口承文化や地域の物語を再話する形で、彼の文学的才能を示しています。
4. 受賞歴と栄誉
エンリク・ヴァロールは、その文学的および言語学的な多大な功績により、生涯にわたって数多くの重要な賞や栄誉を受けました。
- 1983年:バレンシア県議会からサンチス・グアルナー賞(Premi Sanchis Guarner)を授与。
- 1985年:バレンシア市役所からバレンシア芸術賞(Premi de les Lletres Valencianes)を授与。
- 1986年:カタルーニャ語研究所(IEC)文献学部門のメンバーに就任。
- 1987年:カタルーニャ芸術名誉賞(Premi d'Honor de les Lletres Catalanes)をオムニウム・クルトゥラルから授与。
- 1987年:バレンシア文献学大学間研究所諮問委員会メンバーに就任。
- 1993年:バレンシア大学名誉博士号授与。
- 1993年:カタルーニャ自治州政府からサン・ジョルディ十字勲章授与。
- 1996年:ソシエタット・コラル・エル・ミカレット(Societat Coral El Micalet)からミケレット・ドヌール(Miquelet d'Honor)を授与。
- 1997年:バレンシア自然ハイキング研究所(Institut Valencià d'Excursionisme i Natura)からカバニージェス賞(Premi Cavanilles)を授与。
- 1998年:バレアレス諸島大学名誉博士号授与。
- 1999年:ジャウメ1世大学名誉博士号授与。
- 1999年:アリカンテ大学名誉博士号授与。
- 1999年:バレンシア工科大学名誉博士号授与。
5. 影響と記念
エンリク・ヴァロールの業績は、後世のバレンシアの文化、言語、教育に計り知れない影響を与えました。彼の言語学的な著作は、バレンシア語の標準化と教育の基盤となり、特に『動詞の活用』はバレンシア語学習の重要な教材として現在も用いられています。また、彼の収集した民話は、バレンシアの豊かな口承文化を保存し、次世代に伝える上で極めて重要な役割を果たしました。
ヴァロールの功績を称え、現代のバレンシア州では、多くの通りや広場、学校、協会などの公共施設に彼の名前が冠されています。これは、彼がバレンシアの言語と文化の復興に果たした貢献が、今日においても高く評価されていることの証です。
例えば、バレンシア大学には彼の功績を記念する銘板が設置されており、その功績が称えられています。
また、ピカーニャには彼の姿をかたどった記念像が建立されており、地域社会における彼の存在の大きさを物語っています。

さらに、ムロ・デ・アルコイにも彼の像が建てられ、その功績が広く称えられています。

これらの記念碑は、ヴァロールがバレンシアのアイデンティティと文化の守護者として、いかに深く人々の心に刻まれているかを示しています。