1. 生い立ち・生涯
坂口芳貞は、俳優、声優、演出家、教育者として多岐にわたる活動を展開し、その生涯を通じて日本の演劇界、声優界に大きな足跡を残した。
1.1. 出生地・幼少期
坂口芳貞は1939年10月2日、東京府(現在の東京都)に生まれた。身長は175 cmであった。
1.2. 学歴・演劇への入門
学習院中・高等科を卒業後、北海道大学文学部に進学した。大学1年生の5月頃、高校の同級生に誘われ、演劇研究会の裏方作業を手伝うことになった。その際、先輩から戯曲を読むように勧められたことがきっかけで、演劇の世界に足を踏み入れた。当初は裏方志望であったが、この出来事が彼の俳優としてのキャリアの出発点となった。
1.3. 文学座への所属と活動
1963年、坂口は文学座附属演劇研究所に第3期生として入所した。その後、1967年に文学座の座員となり、人見嘉久彦作『友絵の鼓』で初舞台を踏んだ。文学座では長年にわたり俳優として活動し、その演技力で多くの観客を魅了した。2011年からは文学座附属演劇研究所の所長も務め、後進の育成にも尽力した。
1.4. 桜美林大学での教育活動
坂口は桜美林大学総合文化学群の教授を務め、同学群の演劇専修長も担当した。長年の教育活動を通じて、演劇の理論と実践を学生たちに教え、多くの才能を育て上げた。後に同大学の名誉教授の称号を授与された。
1.5. 健康状態と晩年
2016年に大腸癌を発症し、晩年は病と闘いながらも精力的に活動を続けた。2019年末に体調が悪化し、2020年2月13日午前10時9分、大腸癌のため東京都内の自宅で死去した。80歳没。彼の遺作は、長年吹き替えを担当したモーガン・フリーマン出演の映画『ポイズンローズ』で、2019年10月末に収録された。翌月に公開された『エンド・オブ・ステイツ』では療養中のため出演が叶わず、モーガン・フリーマンの吹き替えは池田勝が引き継いだ。
2. 経歴
坂口芳貞は、俳優、声優、演出家、教育者として多岐にわたる職業的活動を展開し、各分野で顕著な業績を残した。
2.1. 俳優活動
坂口芳貞は、舞台、テレビドラマ、映画と幅広い分野で俳優として活躍した。
2.1.1. 舞台
坂口は文学座の座員として数多くの舞台に出演し、その存在感と演技力で高い評価を得た。また、演出家としても舞台作品を手がけた。
- 『友絵の鼓』(1967年、初舞台)
- 『東京原子核クラブ』(2006年、俳優座) - 大久保彦次郎
- 『定年ゴジラ』(文学座)
- 『城』
- 『くたばれハムレット』
- 『月がとっても蒼いから』
- 『人が恋しい西の窓』
- 『ホームバディ/カブール』
- 『風と共に去りぬ』(2011年、帝国劇場) - ミード博士
- 『棲家』(2019年、札幌・シアターZOO)
2.1.2. テレビドラマ
坂口は多くのテレビドラマに出演し、様々な役柄を演じた。
- 『記念樹』第8話「兄さん お父さん」(1966年)
- 大河ドラマ(NHK)
- 『春の坂道』(1971年) - 孫右衛門
- 『国盗り物語』(1973年) - 鳥居元忠
- 『勝海舟』(1974年) - 郡司千左衛門
- 『黄金の日日』(1978年) - 組頭
- 『草燃える』(1979年) - 紀行景
- 『獅子の時代』(1980年) - 弁士
- 『翔ぶが如く』(1990年) - 関勇徳
- 『八代将軍吉宗』(1995年) - 小笠原長重
- 『葵 徳川三代』(2000年) - 中村一氏
- 『功名が辻』(2006年) - 村長
- 『軍師官兵衛』(2014年)
- 『土曜日の女シリーズ 天使が消えていく』(1973年、NTV)※第3回は坂口吉貞でクレジット
- 『八州犯科帳』第7話「絵馬堂に消えた女」(1974年、CX / C.A.L) - 宿役人
- 『隠し目付参上』第9話「御仏は美男におわすか」(1976年、TBS)
- 『俺たちの旅』第24話「男の道はきびしいのです」(1976年、NTV)
- 『太陽にほえろ!』(NTV)
- 第194話「兄妹」(1976年)
- 第322話「誤射」(1978年)
- 第411話「長さんが人を撃った」(1980年)
- 『土曜ドラマ / 松本清張シリーズ・依頼人』(1977年、NHK) - 若手弁護士
- 『青春ド真中!』(1978年、NTV) - 加賀山宗雄 役
- 『特捜最前線』第116話「真夜中のデッドアングル!」(1979年、ANB)
- 『仮面ライダースーパー1』第8話「闘え一也!死のドグマ裁判」(1980年、MBS) - 海野
- 『御宿かわせみ』第1話「水郷から来た女」(1980年、NHK) - 番頭
- 『本日も晴天なり』(1981年 - 1982年) - 東島巡査 役
- 『Gメン'82』第6話「サラ金に来た雨合羽の男」(1982年、TBS) - サラ金店長
- 『モモ子シリーズ1「十二年間の嘘 乳と蜜の流れる地よ」』(1982年、TBS) - トルコ風呂のマネージャー
- 『父の詫び状』(1986年、NHK) - 体育教師
- 『銭形平次』第16話「神田川心中」(1987年、NTV) - 富坂辰蔵 役
- 『氷点』(1989年、ANB)
- 『火曜サスペンス劇場 / 殺人捜査』(1992年、NTV)
- 『腕におぼえあり2』(1992年、NHK) - 住職
- 『松本清張一周忌特別企画・或る「小倉日記」伝』(1993年、TBS) - ナレーション
- 『土曜ワイド劇場 / 松本清張没後10年企画・疑惑』(2003年、ANB) - 木下保 役
- 『警視庁・捜査一課長』(2018年) - 村本康晴 役
2.1.3. 映画
坂口は映画作品にも出演し、その演技を披露した。
- 『海抜0米』(1964年)
- 『エロス+虐殺』(1970年、吉田喜重監督、現代映画社製作、日本アート・シアター・ギルド配給)
- 『戦争と人間 第一部 運命の序曲』(1970年、山本薩夫監督、日活)
- 『戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河』(1971年、山本薩夫監督、日活)
- 『兄消える』(2019年、西川信廣監督、「兄消える」製作委員会)
2.2. 声優活動
坂口は声優としても非常に広範な活動を行い、アニメ、ビデオゲーム、そして特に吹き替えでその声を響かせた。
2.2.1. テレビアニメ
テレビアニメでは、様々なキャラクターに声を吹き込んだ。
- 1979年
- 『ルパン三世 (TV第2シリーズ)』(ウルフ)
- 1996年
- 『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』(多西、千本屋与兵衛、大久保利通)
- 1999年
- 『アレクサンダー戦記』(フィリポスII世)
- 『週刊ストーリーランド』(魔人、国務長官)
- 『名探偵コナン』(間宮満)
- 2001年
- 『破壊魔定光』(イド)
- 2005年
- 『MONSTER』(カレル・ランケ大佐)
- 2006年
- 『蟲師』(ムジカ)
- 『妖怪人間ベム(第2作)』(画商)
- 2007年
- 『シグルイ』(鳥居土佐守成次)
- 2010年
- 『テガミバチ REVERSE』(老人)
- 2016年
- 『ルパン三世 PART IV』(マーティン)
- 2018年
- 『バキ』(ゲリー・ストライダム〈初代〉)
2.2.2. 劇場アニメ
劇場アニメ作品でも、その声は多くのキャラクターに命を吹き込んだ。
- 『世界名作童話 アラジンと魔法のランプ』(1982年、指輪の精)
- 『六神合体ゴッドマーズ』(1982年、バール)
- 『走れメロス』(1992年、アレキス)
- 『人狼 JIN-ROH』(2000年、塔部八郎、ナレーション)
- 『茄子 アンダルシアの夏』(2003年、監督)
- 『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』(2007年、トンペティ)
- 『チベット犬物語 ~金色のドージェ~』(2012年、ティリン)
- 『ももへの手紙』(2012年、大おじ〈貞浜サチオ〉)
2.2.3. OVA
オリジナルビデオアニメーション(OVA)作品にも多数出演した。
- 『アップルシード』(1988年、ブリアレオス・ヘカトンケイレス)
- 『ロードス島戦記』(1990年、ギム)
- 『暗黒神伝承 武神』(1992年、僧正)
- 『世界の光 親鸞聖人』(1992年、弁空)
- 『超時空要塞マクロスII -LOVERS AGAIN-』(1992年、エクセグラン総司令)
- 『ブラック・ジャック』(1995年、エルネスト)
- 『銀河英雄伝説外伝 螺旋迷宮』(2000年、コーゼル大将)
- 『バイオニクル マスク・オブ・ライト ザ・ムービー』(2003年、ツラガワカマ)
- 『バイオニクル2 メトロ・ヌイの伝説』(2004年、ツラガワカマ)
- 『茄子 スーツケースの渡り鳥』(2007年、パオパオビール監督)
2.2.4. ゲーム
ビデオゲーム作品でも声優として参加した。
- 『ロードス島戦記~灰色の魔女~』(1988年、ギム)
- 『ロードス島戦記II~五色の魔竜~』(1991年、ギム)
- 『サクラ大戦3 ~巴里は燃えているか~』(2001年、レオン)
- 『ファイナルファンタジーXII』(2006年、最長老ウバル=カ)
2.2.5. 吹き替え
坂口芳貞は、海外の映画やテレビドラマの吹き替えにおいて、その独特のハスキーボイスと深みのある演技で多くの俳優の声を担当し、特にモーガン・フリーマンの専属吹き替え声優として絶大な支持を得た。
2.2.6. ナレーション・ボイスオーバー
ドキュメンタリー番組を中心に、ナレーションやボイスオーバーの仕事も多数担当した。
- 『NHKスペシャル』(NHK総合)
- 「日本海軍 400時間の証言」(2009年)
- 「原爆投下・いかされなかった極秘情報」(2011年)
- 『新・映像の世紀』第1集「百年の悲劇はここから始まった」(2015年) - フリッツ・ハーバー ※朗読
- 『映像の世紀プレミアム』第2集「戦争 科学者たちの罪と勇気」(2016年) - ジークムント・フロイト ※朗読
- 「731部隊 人体実験はこうして拡大した/隊員たちの素顔」(2018年)
- NHKドキュメント「野性発見の旅 ~ライオンとアンソニー・ホプキンス~ 」(アンソニー・ホプキンス)※ナレーション
- 『ミステリー・グースバンプス』(1995年 - 1998年、NHK版) - 日本語版オープニング・ナレーション
- 『ナイトメア・ルーム』(2001年 - 2002年、NHK版) - 日本語版オープニング・ナレーション
- 『アメリカン・ミュージック・ジャーニー』(2018年) - ナレーション
2.3. 演出活動
坂口は俳優としてだけでなく、演出家としても舞台作品を手がけた。
- 『三人姉妹』(2012年、紀伊国屋ホール) - 演出
3. 評価と影響
坂口芳貞は、その俳優としての演技力と声優としての卓越した技術、特に吹き替えにおける貢献により、高い評価を得た。彼の死去後も、その業績は後任の声優たちによって受け継がれている。
3.1. 演技・吹き替えに関する評価
坂口は、そのハスキーな声質と、シリアスな役からユーモラスな役までこなす幅広い演技力で知られた。特にモーガン・フリーマンの吹き替えでは、フリーマンの複雑なキャラクターを深く理解し、そのニュアンスを日本語で見事に再現した。坂口はフリーマンの演技について、「モーツァルトのクラシック、それにジャズとかがすごく似合ってるんだよね。私自身には似合ってないけど(笑)」と評し、また「老いて益々盛んですね」と感心するほど、彼の演技に敬意を払っていた。
『ロビン・フッド』(テレビ東京版)でフリーマンが「わが名はアジーム・エディンバシャール・アル・バキール!」と雄叫びを上げるシーンでは、一発で完璧に演じ切り、スタジオ中で拍手が起きたという逸話がある。
また、坂口は昔から黒人役の吹き替えが多く、初のレギュラーも『黒いジャガー』のリチャード・ラウンドトゥリーであった。これについて「声がハスキーだから乱暴な役が多いんです(笑)」と自嘲しつつも、二枚目役は少なかったものの、『冒険者たち』でアラン・ドロンを一度だけ吹き替えたことが印象的だったと述べている。
「今後声をアテてみたい俳優は?」と問われた際には、「ニコラス・ケイジがうんと老けたら、その役をやってみたい」と答え、「それまではね、頑張って長生きしたいですよ」と語っていた。
3.2. 後任と役柄の引き継ぎ
坂口の療養中および死去後、彼が担当していた主要な役柄は、他の声優たちによって引き継がれている。
後任 | キャラクター名 | 概要作品 | 後任の初担当作品 |
---|---|---|---|
池田勝 | アラン・トランブル大統領 | 『エンド・オブ・ホワイトハウス』シリーズ | 『エンド・オブ・ステイツ』 |
土師孝也 | ゲリー・ストライダム | 『バキ』 | 『範馬刃牙』 |
菅生隆之 | エリオット・メイソン | 『MACGYVER/マクガイバー』 | シーズン4の第19話 |
堀内賢雄 | サイラス・ラムズボトム | 『怪盗グルー』シリーズ | 『ミニオンズ フィーバー』 |
岩崎ひろし | サイラス・ラムズボトム | 『怪盗グルー』シリーズ | 『怪盗グルーのミニオン超変身』 |
石田圭祐 | パウエル | 『ダイ・ハード』 | スターチャンネル追加収録部分 |
『エンド・オブ・ステイツ』におけるアラン・トランブル大統領役は、坂口が『エンド・オブ・キングダム』まで担当していたが、療養に伴い出演が叶わなかったため、坂口と同じくモーガン・フリーマンの吹き替えを多く担当していた池田勝が役を引き継ぎ、ニック・ノルティが演じたクレイ・バニングと兼任して担当した。また、堀内賢雄は『カムバック・トゥ・ハリウッド!!』で坂口の持ち役であったモーガン・フリーマンの吹き替えを担当している。