1. 概要
オマール・ルーベン・ラロサ(Omar Ruben Larrosaスペイン語、1947年11月18日 - )は、アルゼンチン出身の元サッカー選手であり、現在はボカ・ジュニアーズのアシスタントコーチを務める。現役時代のポジションはミッドフィールダー。
ラロサは、選手として1967年にボカ・ジュニアーズでキャリアをスタートさせた。その後、数々のアルゼンチンのトップクラブで活躍し、特にCAウラカンやCAインデペンディエンテでは国内リーグのタイトル獲得に貢献した。キャリアのハイライトは、母国で開催された1978 FIFAワールドカップでサッカーアルゼンチン代表の一員として優勝を果たしたことである。選手引退後は、指導者としてCAウラカンやマレーシアのセランゴールFAなどで監督を務めた経験も持つ。その経歴は、アルゼンチンサッカーの黄金期を支えた選手の一人として高く評価されている。
2. 生い立ち
オマール・ルーベン・ラロサは、1947年11月18日にアルゼンチンのブエノスアイレス州ラヌースで生まれた。彼の若い頃の背景に関する具体的な詳細は少ないが、アルゼンチンがサッカーに深く根ざした文化を持つ国であることから、幼少期からサッカーに親しんでいたことは想像に難くない。
3. 選手経歴
オマール・ルーベン・ラロサは、1967年から1981年までの14年間にわたりプロサッカー選手として活躍した。そのキャリアを通じて、国内外の複数のクラブに所属し、重要なタイトルを獲得した。
3.1. クラブ経歴
ラロサのクラブキャリアは、1967年に名門ボカ・ジュニアーズで始まった。しかし、ボカではすぐにクラブを離れることになり、1969シーズンはアルヘンティノス・ジュニアーズでプレーした。アルヘンティノス・ジュニアーズは苦戦したものの、ラロサは良いパフォーマンスを見せ、その活躍が認められ、1970年に再びボカ・ジュニアーズへと戻ることになった。ボカ復帰後の1970シーズンには、ナシオナル選手権で自身初のトロフィーを獲得したが、決勝戦には出場しなかった。
翌1971年には中央アメリカに渡り、グアテマラの強豪CSDコムニカシオネスに加入。彼はこのクラブの象徴的な存在として活躍した。
1972年から1976年までの期間は、CAウラカンでプレーした。この時期はウラカンにとって比較的成功した時代であり、1973年にはメトロポリターノ選手権で優勝。さらに、1975年と1976年のメトロポリターノでは準優勝を果たし、1976年のナシオナル選手権では準決勝に進出した。
1977年、ラロサはCAインデペンディエンテに移籍し、1980年まで在籍した。この時期は選手としての彼の「黄金時代」と評されており、チームをナシオナル選手権の1977年と1978年の連覇に導く活躍を見せた。
インデペンディエンテを離れた1980年以降は、CAベレス・サルスフィエルドで短期間プレーした後、CAサン・ロレンソ・デ・アルマグロに加入した。しかし、サン・ロレンソにとって1981シーズンは悲惨な結果となり、クラブ史上初の1部リーグからの降格を経験した。この降格という大惨事を機に、ラロサは34歳で現役から引退した。
3.2. 代表経歴
オマール・ラロサは、母国で開催された1978 FIFAワールドカップのサッカーアルゼンチン代表メンバーに選出された。この大会でアルゼンチン代表は歴史的な優勝を飾り、ラロサもその一員として栄光を分かち合った。
決勝戦はサッカーオランダ代表との対戦となり、アルゼンチンが1対0でリードしていた65分にラロサは途中交代で出場した。しかし、オランダは82分に同点に追いつき、試合は延長戦にもつれ込んだ。延長戦でアルゼンチンはさらに2点を追加し、最終的に3対1で勝利を収め、初のワールドカップタイトルを獲得した。
3.3. 選手引退
サン・ロレンソ・デ・アルマグロでの1981シーズンが、オマール・ラロサの選手キャリアの終止符となった。このシーズンはサン・ロレンソにとって記録的な不振に陥り、クラブ史上初めて1部リーグからの降格という屈辱を味わった。この衝撃的な出来事が直接の引き金となり、ラロサは34歳でプロサッカー選手としてのキャリアを引退することを決意した。
4. キャリア統計
オマール・ラロサの選手としてのキャリア統計は以下の通りである。
- サッカーアルゼンチン代表(1977年-1978年):11試合出場、0得点
- アルゼンチン・プリメーラ・ディビシオン(1967年-1981年):509試合出場、85得点
5. 栄誉
オマール・ルーベン・ラロサが選手として獲得した主な栄誉は以下の通りである。
5.1. クラブ
- ボカ・ジュニアーズ
- ナシオナル選手権: 1970
- CSDコムニカシオネス
- グアテマラ・リーグ: 1971
- CAウラカン
- メトロポリターノ選手権: 1973
- CAインデペンディエンテ
- ナシオナル選手権: 1977, 1978
5.2. 代表
- サッカーアルゼンチン代表
- FIFAワールドカップ: 1978
6. 指導者経歴
選手引退後、オマール・ラロサは指導者としてのキャリアをスタートさせた。
彼は1998年にかつて選手として活躍したCAウラカンの監督を務めた。その後、2004年にはマレーシアのクラブ、セランゴールFAでも監督を務めた。
近年では、古巣であるボカ・ジュニアーズのアシスタントコーチを務めている。この役職は、彼の長年のサッカー経験と知識を若い選手たちに伝える重要な役割となっている。