1. 生涯
サンドラ・ムーア・フェイバーは1944年12月28日にボストンで生まれた。彼女の生涯は、科学への深い情熱と、天文学分野における画期的な発見に捧げられた。
1.1. 幼少期と教育
フェイバーはスワースモア大学で物理学を主専攻とし、数学と天文学を副専攻として学び、1966年に学士号を取得した。その後、ハーバード大学の大学院に進学し、I・ジョン・ダンジガーの指導のもと、観測天文学の光学分野を専門とした。博士論文のテーマは「多重系における楕円銀河の測光」であった。この時期、彼女が利用できた観測施設はキットピーク国立天文台のみであり、その技術は彼女の論文の複雑な要件を満たすには不十分であったが、困難な環境の中で研究を続け、1972年に博士号を取得した。
1.2. 私生活
フェイバーは1967年6月9日、スワースモア大学で物理学を専攻していた1年後輩のアンドリュー・レイ・フェイバーと結婚した。夫妻にはロビンとホリーという二人の娘がいる。
2. 経歴と研究
フェイバーの専門的な活動は、天文学研究の最前線で多岐にわたる貢献をしてきた。彼女は数々の画期的な発見をなし、大型望遠鏡の開発に深く関与し、重要な共同研究プロジェクトを主導した。
2.1. 天文学界への参入と初期の研究
1972年、フェイバーはカリフォルニア大学サンタクルーズ校のリック天文台の教員に加わり、同天文台で初の女性教員となった。この着任は、当時の天文学界における女性研究者の地位を向上させる上で重要な一歩であった。
2.2. 主要な研究業績
フェイバーは、銀河の特性、ダークマターの存在、および銀河の形成と進化に関する理論において、天文学分野に多大な貢献をした。
2.2.1. フェイバー=ジャクソン関係
1976年、フェイバーは大学院生であったロバート・ジャクソンとの共同研究において、銀河の明るさと銀河内の恒星の軌道速度および運動の間に明確な関係があることを発見した。この法則は、二人の名前を冠して「フェイバー=ジャクソン関係」として知られるようになり、銀河の距離を推定する上で重要なツールとなった。
2.2.2. ダークマター研究
1979年、フェイバーは共同研究者ジョン・S・ギャラガーと共に、当時発表されていたダークマターの存在に関する全ての証拠を収集した論文を発表した。さらに1983年には、ダークマターが高速で動くニュートリノ(「熱いダークマター」)ではなく、まだ発見されていない低速で動く粒子(「冷たいダークマター」)で構成されている可能性が高いことを示す独創的な研究成果を発表した。この「冷たいダークマター」の概念は、その後の宇宙論研究の基礎を築いた。
2.2.3. 銀河の形成と進化に関する理論
1984年頃、フェイバーはジョエル・プリマック、ジョージ・ブルーメンサル、マーティン・リーズと協力し、ダークマターが銀河の形成と進化にどのように寄与したかについての理論を詳細に解明した。これは、ビッグバンから現在に至るまでの銀河の形成と進化の過程を説明する世界初の提案であり、一部の細部は後に修正されたものの、この論文は現在も宇宙の構造情報に関する主要なパラダイムとして機能している。この研究チームはまた、高速で流れる銀河の流れを発見した。
2.3. 大型望遠鏡および機器開発への貢献
フェイバーは、世界最大級の望遠鏡と天文観測機器の開発において中心的な役割を果たした。
2.3.1. W・M・ケック天文台
1985年、フェイバーはハワイに建設されたW・M・ケック天文台の建設に深く関与した。カリフォルニア大学バークレー校の物理学者ジェリー・ネルソンがケック望遠鏡を設計したが、フェイバーは大型光学望遠鏡のアイデアを世界中に広める上で重要な役割を担った。ケック望遠鏡は、36個の六角形のセグメントで構成される直径10 mの主鏡を持つ革新的な設計を採用しており、世界で2番目に大きな光学望遠鏡である。
フェイバーは、ケックI望遠鏡のファーストライト機器を監督する科学運営委員会の共同議長を務めた。彼女はケックIの主鏡の光学品質の高さにこだわり続け、その後ケックII望遠鏡の建設にも携わった。また、宇宙論的に遠方の銀河のスペクトルを取得するため、ケック望遠鏡に搭載されたDEIMOS(Deep Imaging Multi-Object Spectrograph)機器の開発を主導した。1996年にファーストライトを迎えたケックII望遠鏡用の新しい光学分光器の追加も彼女の最近の業績の一つであり、これにより遠方銀河の観測能力は13倍に向上した。
2.3.2. ハッブル宇宙望遠鏡
フェイバーは、ハッブル宇宙望遠鏡のために最初の広視野惑星カメラを開発する作業に1985年から関わった。1990年には、軌道上での広視野惑星カメラの試運転を支援した。彼女自身、この時期をキャリアの中で最も胸が高鳴り、世間にもよく知られた時期の一つと振り返っている。ハッブル望遠鏡の光学系に欠陥があることが判明した際、フェイバーと彼女のチームは、その原因が球面収差であることを診断する上で重要な役割を果たした。
2.4. 主要プロジェクトと共同研究
フェイバーは、天文学研究における複数の重要な共同研究および大規模プロジェクトに参加した。
2.4.1. セブンサムライ・プロジェクト
1980年代後半、フェイバーは「セブンサムライ・プロジェクト」と呼ばれる8年間の共同研究に参加した。このプロジェクトは、400個の銀河のサイズと軌道速度をカタログ化することを試みた。この当初の目標は達成されなかったものの、このグループは任意の銀河までの距離を推定する方法を開発し、これは宇宙全体の密度を測定する最も信頼できる方法の一つとなった。
2.4.2. ヌーカー・チーム
フェイバーは、ハッブル宇宙望遠鏡を使用して銀河の中心にある超大質量ブラックホールを探索する「ヌーカー・チーム」の主任研究員を務めた。
2.4.3. CANDELSプロジェクト
彼女は他の科学者たちと共に、ハッブル宇宙望遠鏡によって実施された宇宙の最大規模の調査プロジェクトである「CANDELSプロジェクト」を立ち上げ、これに従事している。
2.5. リーダーシップと学術活動
フェイバーは、研究活動だけでなく、学術機関の運営や学術誌の編集においてもリーダーシップを発揮した。
2.5.1. 大学天文台長としての活動
2012年8月1日、彼女はカリフォルニア大学天文台の暫定台長に就任した。この期間中、彼女は天文台の運営と研究活動の推進に貢献した。
2.5.2. 学術誌編集者としての活動
2012年から2021年まで、サンドラ・フェイバーはエヴァイン・ファン・ディスフックと共に学術誌『Annual Review of Astronomy and Astrophysics』の共同編集者を務めた。また、出版元であるAnnual Reviewsの取締役会メンバーも務めている。
3. 著作と出版物
サンドラ・フェイバーは、数多くの学術論文や著作に貢献している。彼女は学術誌『Annual Review of Astronomy and Astrophysics』の共同編集者も務めた。以下に主な著作の一部を挙げる。
- Faber, Sandra. (1995) Die bibliographischen Hilfsmittel des HBZ: Vorstellung, Probleme und Ergebnisse bei der kooperativen Katalogerstellung (仮題:HBZの書誌情報ツール:共同図書目録の作成における提示と問題および結果)
- Faber, S M. (1996). The design and assembly of camera lens cells for fluid couplants using elastomeric lens mounts. (仮題:エラストマーレンズマウントを用いた流体カプラント用カメラレンズセルの設計と組み立て)
- Hawking, Stephen; Faber, Sandra. (2000) Stephen Hawking's Universum / 4, Der Joker: Dunkle Materie / unter Mitarb. von Sandra Faber. (仮題:スティーブン・ホーキングの講義集:第4編、ジョーカー:ダークマター/F・フェイバーとの講話付)
4. 批判と論争
サンドラ・フェイバーは、ハワイのマウナ・ケア山に建設が計画されているTMT(Thirty Meter Telescope)を巡る論争に関連して、批判の対象となったことがある。この計画は、ハワイ先住民がマウナ・ケア山を聖地と見なしているため、建設予定地を巡って強い抗議活動が展開され、道路が封鎖される事態に至った。
2016年にフェイバーが送信したメールが流出し、その内容が人種差別的であると批判された。このメールは、TMT建設現場で抗議活動が行われている中で、職員の安全について言及したものであったが、その表現がハワイ先住民の感情を軽視し、彼らの信仰や権利に対する理解を欠いていると受け止められた。この件は、科学プロジェクトが地域社会や文化、特に先住民族の権利や信仰とどのように共存していくべきかという、より広範な社会問題として議論を呼んだ。
5. 受賞と栄誉
サンドラ・フェイバーは、その卓越した科学的業績と天文学への貢献に対して、数多くの賞と栄誉を受けている。
- 1977年:アルフレッド・P・スローン財団フェローシップ
- 1978年:ハーバード大学バート・J・ボック賞
- 1985年:米国科学アカデミー会員選出
- 1985年:ダニー・ハイネマン賞天体物理学部門
- 1986年:スワースモア大学名誉学位
- 1989年:アメリカ芸術科学アカデミー会員選出
- 1993年:NASAグループ功績賞
- 1996年-1997年:テキサス大学アントワネット・ド・ヴォークルール講師職およびメダル
- 1997年:ウィリアムズ大学名誉学位
- 2001年:アメリカ哲学協会会員選出
- 2005年:パリ天体物理学研究所メダル
- 2006年:ハーバード大学百周年記念メダル
- 2006年:ハーバード大学監督委員会委員
- 2006年:シカゴ大学名誉学位
- 2009年:フランクリン研究所バウアー賞および科学業績賞
- 2010年:ペンシルベニア大学名誉学位
- 2011年:ミシガン大学名誉学位
- 2011年:アメリカ天文学会ヘンリー・ノリス・ラッセル講師職
- 2012年:太平洋天文学会ブルース・メダル
- 2012年:ドイツ天文学会カール・シュヴァルツシルト・メダル
- 2012年:国家科学メダル
- 2017年:グルーバー賞宇宙論部門
- 2017年:クラリベイト引用栄誉賞
- 2018年:アメリカ哲学協会マゼラン・プレミアム賞
- 2020年:王立天文学会ゴールドメダル
- 2020年:アメリカ天文学会レガシーフェロー選出
- カーネギー科学協会理事会メンバー
- 小惑星283277番は彼女にちなんで「フェイバー」と命名された。
