1. 概要
ジャン=ピエール・モッキーは、映画監督、俳優、脚本家、プロデューサー、編集技師として多岐にわたるキャリアを築いたフランスの映画人である。彼の作品群は、社会の偽善や人間の愚かさを鋭く風刺し、現代社会が抱える問題を批判的に描くという一貫したテーマに貫かれている。特に、独立した映画製作スタイルと多作ぶりで知られ、フランス映画界において独自の地位を確立した。彼の映画はしばしば風刺的であり、社会の真実からインスピレーションを得ていた。

2. 人生と背景
2.1. 出生と家族
ジャン=ピエール・モッキーは、1929年7月6日にフランスのニースで、ポーランド系移民の家庭に生まれた。父はアダム・モキイェフスキでユダヤ系、母はジャンヌ・ジリンスカでカトリック系であった。一部の公称では1933年生まれとされていた時期もあったが、実際には1929年生まれが正確な情報とされている。
2.2. 幼少期と教育
モッキーは幼少期から映画界と関わりを持ち、1942年にはマルセル・カルネ監督の『Les visiteurs du soirフランス語』にエキストラとして初めて出演した。戦時中から戦後にかけては、俳優業と並行してタクシー運転手として生計を立てていた。その中で偶然乗客として知り合った俳優のピエール・フレネーに気に入られ、彼の庇護を受けるようになる。その後、パリ国立高等音楽・舞踊学校に入学し、著名な演出家ルイ・ジューヴェの指導を受けた。また、同級生であったジャン=ポール・ベルモンドとは親しい友となり、名前の混同を避けるため、自身の芸名を「ジャン=ピエール」とすることを決めた。
3. 映画キャリア
ジャン=ピエール・モッキーは、俳優としてキャリアをスタートさせた後、助監督経験を経て自らメガホンを取り、多作な監督としてフランス映画界で独自の地位を築いた。

3.1. 俳優としてのキャリア
モッキーは、フランス国内外の多様な映画作品で俳優として活躍した。初期の出演作には、ジャン・ドレヴィル監督の『Les Casse-piedsフランス語』(1948年)、ジャン・コクトー監督の『オルフェ』(1950年)、ベルナール・ボルドリー監督の『Le Gorille vous salue bienフランス語』(1957年)などがある。特にミケランジェロ・アントニオーニ監督の『敗北者たち』(1953年)での役柄を通じてイタリアで名声を得、以降イタリア映画への出演が相次いだ。
また、彼は自身が監督した多くの作品にも出演しており、『ソロ』、『L'Albatrosフランス語』、『L'Ombre d'une chanceフランス語』、『暴かれたスキャンダル』などが挙げられる。その他の出演作品には、『太陽と砂漠』(1949年)、『神は人間を必要とする』(1950年)、『Wedding Night (1950 film)Wedding Night英語』(1950年)、『Stain in the Snow英語』(1954年)、『The Big Flag英語』(1954年)、『モンテ・クリスト伯』(1954年)、『夏の嵐』(1954年)、『逃亡者』(1955年)、『赤い灯をつけるな』(1957年)、『壁にぶつかる頭』(1959年)、『À mort l'arbitreフランス語』(1984年)、『Vidangeフランス語』(1998年)、『Americano』(2011年)、『カルメンという名の女』(1983年)、『映画というささやかな商売の栄華と衰退』(1986年)、『モーリス・ジャールの軌跡』(2007年)、テレビシリーズ『ヒッチコック劇場 2007』(2007年-2013年)、『Monsieur Cauchemarフランス語』(2015年)などがある。
3.2. 監督としてのキャリア
モッキーは、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『夏の嵐』(1954年)やフェデリコ・フェリーニ監督の『道』(1954年)で助監督を務めた経験を持つ。彼はエルヴェ・バザンの小説『La Tête contre les mursフランス語』の映画化権を獲得し、フランソワ・トリュフォーと共に脚本を執筆したが、当初自身で監督する予定だったこの作品は、プロデューサーの意向によりジョルジュ・フランジュに監督が委ねられた。この作品はジャン=リュック・ゴダールに絶賛され、複数の映画祭で受賞するなど高い評価を得た。
翌1959年、モッキーは『今晩おひま?』で映画監督としてデビューした。当初は旧知のジャン=ポール・ベルモンドを主演に想定していたが、製作会社から当時人気があったジャック・シャリエの起用を求められた。1960年代には、『Un drôle de paroissienフランス語』(1963年)や『La Grande Lessiveフランス語』(1968年)といった型破りなコメディで幅広い観客に支持された。

五月革命以降は、よりダークな作風へと転じ、若いアナキスト集団を描いた『ソロ』(1969年)や、政治家の腐敗を暴いた『L'Albatrosフランス語』(1971年)などを発表した。1980年代には、ヘイゼル・スタジアムの悲劇の一年前に一部のサッカーファンの過激な行動を告発した『À mort l'arbitreフランス語』(1984年)や、ルルドへの巡礼を巡る偽善を暴いたコメディ『Le Miraculéフランス語』(1987年)で再び成功を収めた。1990年代から2000年代にかけては、以前ほどの興行的な成功は収められなかったものの、モッキーは情熱的に映画を撮り続けた。
彼は少ない予算と速いペースで撮影することで知られていた。また、パリのストラスブール・サン=ドニ地区にある映画館を買い取り、自身の作品やB級映画を上映する場として活用した。さらに、自身の監督作品の多くを統一デザインのDVDジャケットでリリースするなど、作品の流通にも独自の姿勢を示した。
3.3. 映画スタイルとテーマ
モッキー監督の映画は、その多くが社会風刺に満ち、社会の現実からインスピレーションを得ていた。初期の作品では、社会が課す制約に対する反抗を描いたが、後には『Bonsoirフランス語』のように、同性愛者の女性が同性愛嫌悪の親族から遺産を守るためにホームレスの男性を恋人のふりさせるという、ファルス的な要素に焦点を当てるようになった。
彼は偽善や人間の愚かさを批判し、現代社会が抱える問題に鋭く切り込んだ。例えば、『ソロ』では若きアナキストたちの姿を、『L'Albatrosフランス語』では政治家の腐敗を、『À mort l'arbitreフランス語』ではサッカーファンの過剰な行動を、『Le Miraculéフランス語』ではルルド巡礼を巡る偽善をそれぞれテーマとした。彼の作品は、常に批判的な視点と社会への深い洞察を特徴としていた。
3.4. 主な協力者
ジャン=ピエール・モッキーは、そのキャリアを通じて多くの著名な俳優や映画製作者と頻繁に協力した。特に、以下の俳優たちとの共同作業が知られている。
- ブールヴィル:『Un drôle de paroissienフランス語』、『La Cité de l'Indicible Peurフランス語』、『La Grande Lessiveフランス語』、『L'Étalonフランス語』など4作品に出演。
- フェルナンデル:『The Exchange英語』と『Life英語』の2作品に出演。
- ミシェル・シモン:『L'Ibis rougeフランス語』に出演。
- ミシェル・セロー:『Le Miraculéフランス語』を含む12作品に出演。
- フランシス・ブランシュ:『La Cité de l'Indicible Peurフランス語』を含む5作品に出演。
- ジャクリーヌ・マイヤン:5作品に出演。
- ジャン・ポワレ:8作品に出演。
また、以下のスター俳優たちも彼の作品に出演している。
- カトリーヌ・ドヌーヴ:『Agent troubleフランス語』
- クロード・ジャド:『Bonsoirフランス語』
- ジェーン・バーキン:『黒い蘭の追憶』
- ジャンヌ・モロー:『Le Miraculéフランス語』
- ステファーヌ・オードラン:『Les Saisons du plaisirフランス語』
4. 受賞歴と評価
ジャン=ピエール・モッキーは、その映画芸術への多大な貢献を称えられ、数々の賞を受賞し、回顧展が開催された。
- 2010年:キャリア全体を称えるアンリ・ラングロワ賞を受賞。
- 2013年:アルフォンス・アレー賞を受賞。
- 2015年:コニャック・ポラール映画祭で生涯功労賞を受賞。
また、彼の作品は以下の映画祭や機関で大規模な回顧展が開催された。
- 2012年:ベルフォール国際映画祭「アントルヴュ」
- 2014年:シネマテーク・フランセーズ
5. フィルモグラフィー
ジャン=ピエール・モッキーは、監督として多作であり、また数多くの作品で俳優としても活躍した。
5.1. 監督作品
- 1959年:『今晩おひま?』(Les Dragueursフランス語) - 監督デビュー作

- 1960年:『Un coupleフランス語』
- 1961年:『Snobs !フランス語』
- 1962年:『Les Viergesフランス語』
- 1963年:『Un drôle de paroissienフランス語』 - 第13回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品
- 1964年:『La Cité de l'Indicible Peurフランス語』 / 『La Grande Frousseフランス語』
- 1966年:『Your Money or Your Life (1966 film)Your Money or Your Life英語』
- 1966年:『Les Compagnons de la margueriteフランス語』
- 1968年:『La Grande Lessiveフランス語』
- 1969年:『ソロ』(Soloフランス語)
- 1970年:『L'Étalonフランス語』
- 1971年:『L'Albatrosフランス語』
- 1972年:『Chutフランス語』
- 1973年:『L'Ombre d'une chanceフランス語』
- 1974年:『暴かれたスキャンダル』(Un Linceul n'a pas de pochesフランス語)
- 1975年:『L'Ibis rougeフランス語』
- 1976年:『Le Roi des bricoleursフランス語』
- 1978年:『Le Témoinフランス語』
- 1979年:『Le Piège à consフランス語』
- 1982年:『リタン』(Litanフランス語)
- 1982年:『Y a-t-il un Français dans la salle ?フランス語』
- 1983年:『À mort l'arbitreフランス語』
- 1985年:『宝庫』(Le Pactoleフランス語)
- 1986年:『La Machine à découdreフランス語』
- 1987年:『Le Miraculéフランス語』 - 第37回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品
- 1987年:『Agent troubleフランス語』
- 1987年:『Les Saisons du plaisirフランス語』
- 1988年:『Une nuit à l'Assemblée Nationaleフランス語』
- 1988年:『Nice is Nice英語』(短編)
- 1988年:『Méliès 88フランス語』
- 1988年:『Divine enfantフランス語』
- 1990年:『Il gèle en enferフランス語』
- 1991年:『La Méthode Barnolフランス語』(短編)
- 1991年:『La vérité qui tueフランス語』(短編)
- 1991年:『Dis-moi qui tu haisフランス語』(短編)
- 1991年:『Ville à vendreフランス語』
- 1992年:『Le Mari de Léonフランス語』
- 1992年:『Bonsoirフランス語』
- 1995年:『黒い蘭の追憶』(Noir comme le souvenirフランス語)
- 1997年:『Robin des mersフランス語』
- 1997年:『Alliance cherche doigtフランス語』
- 1998年:『Vidangeフランス語』
- 1999年:『Tout est calmeフランス語』
- 1999年:『La candide madame Duffフランス語』
- 2000年:『Le Glandeurフランス語』
- 2001年:『La Bête de miséricordeフランス語』
- 2002年:『Les Araignées de la nuitフランス語』
- 2003年:『Le Furetフランス語』
- 2004年:『Touristes, oh yes !フランス語』
- 2004年:『Les Ballets écarlatesフランス語』
- 2005年:『Grabuge!フランス語』
- 2006年:『Le Dealフランス語』
- 2007年:『Le Bénévoleフランス語』
- 2007年:『13 フレンチ ストリート』(13 French Street英語)
- 2007年:『Le Diable en embuscadeフランス語』(短編)
- 2010年:『怒り』(Colèreフランス語)(テレビ映画)
- 2011年:『Crédit pour tousフランス語』
- 2011年:『Les Insomniaquesフランス語』
- 2011年:『Le dossier Torotoフランス語』
- 2012年:『À votre bon cœur, mesdamesフランス語』
- 2013年:『Le Mentorフランス語』
- 2013年:『Dors mon lapinフランス語』
- 2013年:『ル 르ナル ジョンヌ』(Le Renard jauneフランス語)
- 2014年:『Le Mystère des jonquillesフランス語』
- 2014年:『Calomniesフランス語』
- 2015年:『Tu es si jolie ce soirフランス語』
- 2015年:『Les Compagnons de la pomponetteフランス語』
- 2015年:『Monsieur Cauchemarフランス語』
- 2016年:『Le Cabanon roseフランス語』
- 2016年:『Rouges étaient les lilasフランス語』
- 2017年:『Vénéneusesフランス語』
- 2017年:『Votez pour moiフランス語』
- 2019年:『Tous flics !フランス語』
5.2. 出演作品
- 1946年:『The Eternal Husband (film)The Eternal Husband英語』
- 1948年:『ジャン・ドレヴィル監督の『Les Casse-piedsフランス語』
- 1949年:『太陽と砂漠』(Le Paradis des pilotes perdusフランス語)
- 1950年:『神は人間を必要とする』(God Needs Men英語)
- 1950年:『Wedding Night (1950 film)Wedding Night英語』
- 1950年:『オルフェ』(Orphéeフランス語)
- 1953年:『敗北者たち』(I vintiイタリア語)
- 1954年:『Stain in the Snow英語』
- 1954年:『The Big Flag英語』
- 1954年:『モンテ・クリスト伯』(Le Comte de Monte-Cristoフランス語)
- 1954年:『夏の嵐』(Sensoイタリア語) - 助監督も兼任
- 1955年:『逃亡者』(Gli Sbandatiイタリア語)
- 1957年:『赤い灯をつけるな』(Le rouge est misフランス語)
- 1957年:『ベルナール・ボルドリー監督の『Le Gorille vous salue bienフランス語』(別題:『情報は俺が貰った』)
- 1959年:『壁にぶつかる頭』(La Tête contre les mursフランス語) - 脚本も兼任
- 1959年:『今晩おひま?』(Les Dragueursフランス語) - 監督も兼任
- 1963年:『Un drôle de paroissienフランス語』 - 監督も兼任
- 1970年:『ソロ』(Soloフランス語) - 監督も兼任
- 1974年:『暴かれたスキャンダル』(Un Linceul n'a pas de pochesフランス語) - 監督も兼任
- 1982年:『リタン』(Litanフランス語) - 監督も兼任
- 1983年:『カルメンという名の女』(Prénom Carmenフランス語)
- 1984年:『À mort l'arbitreフランス語』 - 監督も兼任
- 1985年:『宝庫』(Le Pactoleフランス語) - 監督も兼任
- 1986年:『映画というささやかな商売の栄華と衰退』(Grandeur et décadence d'un petit commerce de cinémaフランス語)
- 1995年:『黒い蘭の追憶』(Noir comme le souvenirフランス語) - 監督も兼任
- 1998年:『Vidangeフランス語』
- 2007年:『モーリス・ジャールの軌跡』(In the Tracks of Maurice Jarre英語)
- 2007年-2013年:『ヒッチコック劇場 2007』(Myster Mocky présenteフランス語)(テレビシリーズ) - 監督も兼任
- 2011年:『Americano』(Americano (2011 film)Americano英語)
- 2015年:『Monsieur Cauchemarフランス語』 - 監督も兼任
6. 死去
ジャン=ピエール・モッキーは、2019年8月8日にパリで死去した。死因は腎不全であった。
7. 影響と評価
ジャン=ピエール・モッキーは、フランス映画界において極めて特異な存在であった。彼は独立系の映画製作者として、少ないリソースで多作を成し遂げ、主流の映画製作システムとは一線を画した。彼の作品は、その鋭い社会批評と風刺的なスタイルによって、観客や批評家から多様な評価を受けた。特に、社会の偽善や人間の愚かさを容赦なく暴く姿勢は、彼の作品に独特の深みとユーモアを与えた。彼は生涯を通じて、自身の芸術的ビジョンを追求し、商業的な成功に左右されることなく、独自の映画世界を築き上げた。その功績は、フランス映画の多様性と独立性を象徴するものとして、高く評価されている。