1. 概要
ロイ・デュアン・ウォード(Roy Duane Wardロイ・デュアン・ウォード英語)は、アメリカ合衆国の元プロ野球選手(投手)。主にMLBのリリーフ投手として、アトランタ・ブレーブスとトロント・ブルージェイズで活躍しました。特にブルージェイズでは、セットアッパーとしてチームを支え、1993年にはクローザーとしてリーグ最多の45セーブを記録し、セーブ王のタイトルを獲得しました。同年にはMLBオールスターゲームにも選出され、ブルージェイズのワールドシリーズ連覇に大きく貢献し、キャリアの頂点を極めました。引退後は、野球解説者として活動しています。
2. 幼少期とアマチュア時代
2.1. 出生と幼少期
ロイ・デュアン・ウォードは1964年5月28日にアメリカ合衆国ニューメキシコ州リオアリバ郡パークビューで生まれました。彼はニューメキシコ州のファーミントンで幼少期を過ごしました。ファーミントンは、石油とガス産業が盛んな小さな都市であり、アマチュア野球プログラムで知られています。ウォードは1988年以降、ネバダ州ラスベガスに居住しています。
2.2. アマチュア野球
ウォードはファーミントン高校(通称「スコーピオンズ」)を卒業し、その才能を発揮しました。彼はアメリカン・アマチュア・ベースボール・コングレスが主催する野球リーグで優れた成績を収めました。また、1965年からファーミントンで開催されている18歳以下の野球トーナメント、コニー・マック・ワールドシリーズでもスター選手として活躍しました。
3. プロ野球選手としての経歴
3.1. ドラフトとメジャーリーグ初期
ウォードは、その強烈な速球を武器とする投手として知られていました。1982年のMLBドラフトで、アトランタ・ブレーブスから1巡目(全体9位)で指名され、プロ入りを果たしました。これは、ニューメキシコ州出身の選手としては、2015年のMLBドラフトで全体2位指名されたアレックス・ブレグマンに次ぐ、ジム・クレンメル(1971年)と並ぶ高順位での指名でした。
1986年4月12日にメジャーデビューを果たしましたが、目立った成功を収めることができず、同年7月6日に投手ドイル・アレクサンダーとのトレードでトロント・ブルージェイズへ移籍しました。
3.2. トロント・ブルージェイズ時代
3.2.1. セットアッパーとしての役割
ブルージェイズに移籍後、ウォードは1988年から1992年シーズンにかけて、チームの最も信頼できるセットアッパーの一人として活躍しました。彼の投球スタイルは、時速90マイル台中盤の力強い速球と、切れ味鋭いスライダーを特徴としていました。彼はリリーフ投手としてチームのブルペンを支え、ブルージェイズが初のワールドシリーズ優勝を達成した1992年もその重要な一員でした。
特に1991年シーズンには、アメリカンリーグ最多となる81試合に登板し、23セーブを記録しました。また、107.1投球回で132奪三振を記録するなど、その高い奪三振能力も際立っていました。
3.2.2. クローザーとしての全盛期と活躍
長年トム・ヘンケの影に隠れていましたが、1993年シーズンにウォードはチームのクローザーの役割を引き継ぎました。この年、彼はレギュラーシーズンで45セーブを挙げ、ブルージェイズの球団記録を更新しました。これはアメリカンリーグにおいて、カンザスシティ・ロイヤルズのジェフ・モンゴメリーと並んで最多のセーブ数であり、ウォードは自身初のセーブ王のタイトルを獲得しました。
また、1993年のMLBオールスターゲームでは、アメリカンリーグのクローザーとして登板し、9対3の勝利に貢献しました。ウォードは1993年のワールドシリーズにおいてブルージェイズが連覇を果たす上で極めて重要な役割を担い、キャリアの頂点を極めました。ワールドシリーズでは、フィラデルフィア・フィリーズ戦で2つのセーブを挙げました。具体的には、第1戦(トロントでの8対5の勝利)と、乱打戦となった第4戦(フィラデルフィアでの15対14の勝利)でセーブを記録しました。特に第4戦では、ブルージェイズが最終的に6点を奪って逆転した後、ウォードが最後の4アウトを取り、勝利を確実なものにしました。さらに、ブルージェイズの優勝を決めた第6戦では、ウォードがリリーフ登板した後にジョー・カーターがサヨナラホームランを放ち、ウォードは勝利投手となりました。
3.3. 全盛期以降と引退
1993年以降、ウォードのキャリアは怪我によって困難なものとなりました。彼は1993年以降、メジャーリーグでセーブを記録することはありませんでした。特に1994年シーズンは、上腕二頭筋腱炎のため全休しました。復帰を試みた1995年シーズンもわずか4試合に登板しただけで、本来の投球を取り戻すことができず、同年限りでブルージェイズを退団し、現役を引退しました。彼のキャリア通算防御率は3.28、通算121セーブを記録しました。
4. キャリア成績と主要な記録
4.1. 主要タイトルと記録
- 最多セーブ投手:1回(1993年)
- MLBオールスターゲーム選出:1回(1993年)
- トロント・ブルージェイズ球団におけるシーズン最多セーブ記録(45セーブ、1993年)
4.2. 全体的なキャリア成績
ウォードのプロ野球選手としてのキャリア全体の主要な統計は以下の通りです。
年 | チーム | 登板 | 先発 | 完投 | 完封 | 無失点試合 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 勝率 | 打者数 | 投球回 | 被安打 | 被本塁打 | 与四球 | 死球 | 奪三振 | 暴投 | 捕逸 | 失点 | 自責点 | 防御率 | WHIP | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1986 | ATL | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 73 | 16.0 | 22 | 2 | 8 | 0 | 0 | 8 | 0 | 1 | 13 | 13 | 7.31 | 1.88 |
1986 | TOR | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 15 | 2.0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 1 | 1 | 1 | 0 | 4 | 3 | 13.50 | 3.50 |
'86計 | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | .000 | 88 | 18.0 | 25 | 2 | 12 | 0 | 1 | 9 | 1 | 1 | 17 | 16 | 8.00 | 2.06 | |
1987 | TOR | 12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | 57 | 11.2 | 14 | 0 | 12 | 2 | 0 | 10 | 0 | 0 | 9 | 9 | 6.94 | 2.23 |
1988 | TOR | 64 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 3 | 15 | 9 | .750 | 487 | 111.2 | 101 | 5 | 60 | 8 | 5 | 91 | 10 | 3 | 46 | 41 | 3.30 | 1.44 |
1989 | TOR | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 10 | 15 | 5 | .286 | 494 | 114.2 | 94 | 4 | 58 | 11 | 5 | 122 | 13 | 0 | 55 | 48 | 3.77 | 1.33 |
1990 | TOR | 73 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 8 | 11 | 11 | .200 | 508 | 127.2 | 101 | 9 | 42 | 10 | 1 | 112 | 5 | 0 | 51 | 49 | 3.45 | 1.12 |
1991 | TOR | 81 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 6 | 23 | 17 | .538 | 428 | 107.1 | 80 | 3 | 33 | 3 | 2 | 132 | 6 | 0 | 36 | 33 | 2.77 | 1.05 |
1992 | TOR | 79 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 4 | 12 | 24 | .636 | 414 | 101.1 | 76 | 5 | 39 | 3 | 1 | 103 | 7 | 0 | 27 | 22 | 1.95 | 1.13 |
1993 | TOR | 71 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 45 | 0 | .400 | 282 | 71.2 | 49 | 4 | 25 | 2 | 1 | 97 | 7 | 0 | 17 | 17 | 2.13 | 1.03 |
1995 | TOR | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 25 | 2.2 | 11 | 0 | 5 | 0 | 1 | 3 | 2 | 0 | 10 | 8 | 27.00 | 6.00 |
通算:9年 | 462 | 2 | 0 | 0 | 0 | 32 | 37 | 121 | 67 | .464 | 2783 | 666.2 | 551 | 32 | 286 | 39 | 17 | 679 | 51 | 4 | 268 | 243 | 3.28 | 1.26 |
4.3. 背番号
- 48(1986年 - 同年途中)
- 31(1986年途中 - 1993年、1995年)
5. 引退後のキャリア
5.1. 放送活動
プロ野球選手を引退後、ロイ・ウォードは野球界との繋がりを保ち続けました。2014年からは、トロント・ブルージェイズのラジオ放送に登場し、Sportsnet 590 The Fanの野球解説者として活動しています。彼は、レギュラーのカラーコメンテーターであるジョー・シダルの代役を務めることもあります。