1. 生涯
ドミートリイ・フョードロヴィチ・エゴロフの生涯は、彼の学術的発展と、ロシア革命後の激動の時代における宗教的信念に基づく迫害という二つの側面によって特徴づけられる。
1.1. 出生と初期の生涯
ドミートリイ・エゴロフは1869年12月22日にモスクワで生まれた。彼の幼少期に関する具体的な情報は少ないが、後の学術的キャリアから、恵まれた教育環境にあったことが示唆される。
1.2. 学業と教育
エゴロフはモスクワ大学で学び、著名な数学者ニコライ・ブガエフの指導の下で博士号を取得した。その後、彼はモスクワ大学の教授に就任し、教育者としての道を歩み始めた。
1.3. 学術的経歴と教授活動
モスクワ大学の教授として、エゴロフは数学の研究と教育に尽力した。彼は1921年にモスクワ数学会の会長に選出され、1923年から1930年までその職を務めた。また、1923年にはモスクワ大学のステクロフ数学研究所(当時は力学・数学研究所)の所長に就任し、学会誌『Matematicheskii Sbornik』の編集も担当した。彼のリーダーシップの下、モスクワ数学会は活発な活動を展開した。
1.4. 後進の指導
エゴロフは優れた教育者であり、多くの才能ある数学者を育成した。彼の指導を受けた著名な弟子には、ニコライ・ルジンやパーヴェル・アレクサンドロフなどがいる。彼らは後にそれぞれ独自の学術的成果を上げ、ソビエト数学界の発展に大きく貢献した。エゴロフの教育は、弟子たちの研究活動に深い影響を与えた。
1.5. 宗教的信念と迫害
エゴロフはロシア正教会の篤実な信者であり、その信仰は彼の人生において非常に重要な位置を占めていた。ロシア革命後、ソビエト政権が無神論を掲げ、ロシア正教会に対する弾圧を強める中で、エゴロフは公然と教会を擁護する姿勢を貫いた。
彼の宗教的立場は、当時の政治体制と対立し、彼の学術的キャリアに深刻な影響を及ぼした。1929年、彼はステクロフ数学研究所の所長職を解任され、公に非難された。さらに1930年には「宗教的セクト主義者」として逮捕・投獄された。投獄後、彼はモスクワ数学会からも追放された。
エゴロフは投獄された後、自らの信念を貫くためにハンガーストライキを開始した。この行動により彼は刑務所の病院に移送され、最終的には同僚の数学者ニコライ・チェボタリョフの自宅に移された。彼の迫害は、ソビエト政権下における思想の自由や信教の自由の抑圧、そして人権侵害の悲劇的な事例として記憶されている。
1.6. 死と葬儀
ドミートリイ・フョードロヴィチ・エゴロフは、宗教的迫害とハンガーストライキの末、1931年9月10日にカザンで死去した。彼の遺体はカザンのアルスコエ墓地に埋葬された。彼の死は、ソビエト政権による学術界への介入と、個人の信教の自由に対する弾圧の象徴的な出来事となった。
2. 研究業績
エゴロフは、微分幾何学と解析学の分野で顕著な貢献をした。彼の研究は、同時代の数学者だけでなく、後世の学術界にも大きな影響を与えた。
2.1. 主要な研究分野
エゴロフは主に微分幾何学と解析学に焦点を当てて研究を行った。具体的な研究テーマとしては、ポテンシャル曲面や三重直交系、そして積分方程式に関する研究が挙げられる。これらの研究は、幾何学的な概念と解析的な手法を結びつけるものであった。
2.2. エゴロフの定理
エゴロフの最も有名な業績の一つは、彼の名を冠した「エゴロフの定理」である。この定理は実解析と積分理論における重要な結果であり、測度論において、ほとんど至るところ収束する可測関数列が、ある意味で一様収束することを示す。
彼はこの定理の証明を1911年に短い論文「Sur les suites des fonctions mesurables」で発表し、その結果は広く彼の名で知られるようになった。しかし、カルロ・セヴェリーニが同じ結果の証明をその1年前に1910年の論文「Sulle successioni di funzioni ortogonali」で発表していたことが後に判明している。セヴェリーニの業績は、レオニダ・トネリが再び注目するまで見過ごされていた。
2.3. 学術的影響
エゴロフの研究は、ジャン・ガストン・ダルブーの微分幾何学に関する業績や、アンリ・ルベーグの解析学における研究から影響を受けている。彼はこれらの先駆的な研究を取り入れつつ、独自の視点から数学の発展に貢献した。彼の研究は、特にモスクワ学派の数学者たちに大きな影響を与え、測度論や関数論の進展に寄与した。
3. 著作
ドミートリイ・フョードロヴィチ・エゴロフの主要な著作は以下の通りである。
- 「Sur les suites des fonctions mesurables」(1911年)
- この論文は、エゴロフの定理の証明を提示したもので、実解析と積分理論における彼の最も重要な貢献とされている。フランス語で書かれ、フランス科学アカデミーの『Comptes rendus hebdomadaires des séances de l'Académie des sciences』第152巻に掲載された。
4. 評価と影響
ドミートリイ・フョードロヴィチ・エゴロフの生涯と業績は、数学界における彼の貢献と、ソビエト連邦の歴史における宗教的迫害の悲劇という二つの側面から評価される。
4.1. 学術的評価
エゴロフは、微分幾何学と解析学の分野において重要な貢献をした数学者として高く評価されている。特に、彼の名を冠するエゴロフの定理は、測度論における基本的な結果であり、現代の実解析と積分理論において不可欠な概念となっている。この定理は、可測関数列の収束に関する深い洞察を提供し、その後の関数解析の発展に寄与した。彼の研究は、モスクワ数学学派の形成と発展にも大きな影響を与えた。
4.2. 歴史的および社会的評価
エゴロフの人生は、ロシア革命後のソビエト連邦における信教の自由と学問の自由の抑圧を象徴するものである。彼はロシア正教会の篤実な信者として、無神論を強制する国家権力に公然と抵抗したため、職を解かれ、投獄され、最終的に命を落とした。
彼の迫害は、ソビエト政権が全体主義的な支配を確立する過程で、個人の人権や思想の自由をいかに踏みにじったかを示す悲劇的な事例である。エゴロフの行動は、単なる宗教的信念の表明にとどまらず、国家による不当な介入に対する抵抗の象徴として、社会正義と人権の観点から批判的に評価されるべきである。彼の死は、学術的才能が政治的抑圧によって失われたことの痛ましい証拠であり、歴史の教訓として記憶されている。