1. 概要
ペ・ギソク(배기석ペ・ギソク韓国語、1987年5月29日 - 2010年7月21日)は、大韓民国のプロボクサーである。2010年7月17日に行われた試合後に意識不明となり、4日後の7月21日に23歳で死亡した。彼の死は、韓国拳闘委員会(KBC)の試合承認プロセスに対する批判や、金得九、崔堯三といった過去の韓国人ボクサーの死亡事故を想起させ、国内のボクシング界における選手保護のあり方や労働権に関する議論を巻き起こした。遺族はKBCを相手に訴訟を提起したが、一審・二審ともに敗訴している。
2. 生涯とプロボクシング経歴
ペ・ギソクは、経済的に困難な家庭環境に育ち、家族を支えるために過酷な労働に従事しながらボクシングの道を歩んだ。プロデビュー後も決して順風満帆なキャリアではなく、試行錯誤を続けた。
2.1. 幼少期と背景
ペ・ギソクは、1987年5月29日に釜山広域市で生まれた。彼の家族は経済的に恵まれず、彼は生計を立てるために工場で1日10時間にも及ぶ重労働を続けていた。ボクシングは、そのような厳しい環境下で家族を支えるための手段の一つであり、彼にとって生活を維持する上で重要な役割を果たしていた。彼の最後の試合は、正式に引退する前の最後の試合と位置づけられていた。
2.2. プロデビューと戦績
ペ・ギソクは2003年5月にプロボクシングデビューを果たした。彼のプロ通算戦績は、7勝(4KO)7敗1分である。彼は2009年に一度KO負けを喫しており、同年10月にも4回TKOで敗れている。これらの戦績は、彼のキャリアが常に順調ではなかったことを示している。
3. 運命的な試合
ペ・ギソクの命を奪った運命的な試合は、2010年7月17日に忠清南道礼山郡で行われた。
3.1. 試合経過と負傷
2010年7月17日、ペ・ギソクは忠清南道礼山郡で、ジョン・ジンギとの韓国スーパーフライ級王座決定戦に臨んだ。この試合で、ペ・ギソクは自身の適正体重とされる階級よりも上の階級で戦っていた。試合は8回で、ペ・ギソクがTKO負けを喫した後、意識を失った。直ちに病院へ搬送され、脳外科手術を5時間行った。手術後、彼の体温、血圧、脈拍はほぼ正常に戻ったものの、彼は意識不明のままだった。
3.2. 死亡と医学的所見
試合から4日後の2010年7月21日、ペ・ギソクは大田広域市の病院で、脳出血により23歳の若さで死亡した。KBCの金宰奉コミッショナーは、「衝突後、ペが意識を失い、病院に送った」と述べている。
4. その後の反響と論争
ペ・ギソクの死は、韓国社会において大きな反響を呼び、特にボクシング界の安全対策と責任に関する激しい論争を巻き起こした。
4.1. 韓国拳闘委員会への批判
多くのボクシング評論家や関係者は、韓国拳闘委員会(KBC)がこの試合を承認すべきではなかったと批判した。ペ・ギソクは、過去に2009年のKO負け、そして同年10月の4回TKO負けといった戦績があり、加えて彼は適正体重より上の階級で戦うことになっていたにもかかわらず、KBCは10ラウンドの韓国タイトルマッチを承認した。このような過去の戦績や健康状態を考慮せず、試合を強行したKBCの判断は、選手保護の義務を怠ったものとして強く非難された。
4.2. 法廷闘争
ペ・ギソクの死後、彼の遺族は試合を主催した韓国拳闘委員会に対し、事故の責任を問い訴訟を提起した。しかし、一審、二審ともに遺族側の訴えは退けられ、KBCの責任は認められなかった。この法廷闘争は、ボクシング界における選手保護の法的責任の所在について、社会に改めて問題を提起する結果となった。
5. 遺産と影響
ペ・ギソクの死は、単なる一ボクサーの悲劇として終わることなく、韓国のボクシング界全体、ひいてはスポーツ界における選手安全と労働権に関する議論に深い影響を与えた。
5.1. ボクサー死亡事故の歴史的背景
韓国のボクシング界では、ペ・ギソクの他にも試合中に選手が死亡する悲劇が繰り返されてきた。特に有名なのは、1982年にWBAライト級タイトルマッチ後に死亡した金得九と、2007年のクリスマスに試合後に意識を失い、2008年1月に死亡した元WBCライトフライ級王者崔堯三の事例である。これらの過去の事故は、ボクシングにおける選手の安全問題が長年にわたり改善されていないことを浮き彫りにし、社会の認識に警鐘を鳴らしてきた。ペ・ギソクの死は、このような悲劇が再び繰り返されたことを示すものであり、ボクシング選手の生命の安全に対する歴史的経緯と社会認識の甘さが改めて問われることとなった。
5.2. 拳闘規則への影響と選手保護の議論
ペ・ギソクの死亡事件は、韓国のボクシング界において安全規則の強化と選手保護システムの改善を求める議論に大きな影響を与えた。彼の死をきっかけに、ボクサーの健康状態の厳格なチェック、試合前のメディカルチェックの強化、過去のKO負け記録を持つ選手の試合承認基準の見直しなど、より厳格な安全基準の導入が求められるようになった。
さらに、この事件は、プロボクサーという職業が抱える特殊な労働環境や、労働権、社会保障の観点からの選手保護の重要性にも光を当てた。経済的に不安定な中で生活のために危険な試合に臨むボクサーたちの実情が改めて注目され、彼らが適切な医療保障や引退後の生活保障を受けられるような制度設計の必要性が議論されるきっかけとなった。ペ・ギソクの悲劇的な死は、韓国ボクシング界における安全文化と選手福祉の改善に向けた重要な転換点の一つとして記憶されている。
6. 外部リンク
- [https://boxrec.com/boxer/360924 Boxrec]
- [http://www.mcot.net/cfcustom/cache_page/81538.html MCOT.netによる報道]