ムスタファ・アリ

2.1. 幼少期と背景

アディール・アラムは、イリノイ州シカゴで育った。彼には2人の兄がいる。幼少期からプロレスラーになることを強く志し、ブレット・ハート、エディ・ゲレロ、レイ・ミステリオ、ハーディー・ボーイズ、クリス・ジェリコ、ハヤブサといった多岐にわたるレジェンドたちを自身のアイドルとして崇拝していた。これらの選手たちの影響は、彼の革新的なプロレスリングスタイルに繋がっていく。

3.1. インディー団体時代 (2003-2016)

アディール・アラムは2003年2月2日にプロレスラーとしてデビューした。彼はDreamwave Wrestling、All American Wrestling (AAW)、Freelance Wrestling、GALLI Lucha Libre、IWA Mid-South、Jersey All Pro Wrestling (JAPW)、National Wrestling Alliance (NWA)、Proving Ground Pro、WrestleCircusなど、様々な独立プロモーションで活動した。

特にDreamwave Wrestlingでは、Dreamwave Alternative王座を2回、Dreamwave ヘビー級王座を1回獲得するなど、その才能を発揮した。しかし、プロレスラーとしての最初の6年間は、イスラム系の出自による差別を避けるため、敢えてマスクを着用してリングに上がっていた。彼はまた、家族を養うためにシカゴ郊外のホームウッドで警察官として夜勤を務めながら、昼間はプロレス活動を継続していた。この警察官としての4年間の経験は、彼の人間性と職業倫理に深く根ざしている。

3.2. WWE時代 (2016-2023)

ムスタファ・アリのWWEでの活動は、クルーザー級ディビジョンでの台頭から始まり、その革新的なスタイルとカリスマ性で注目を集めたが、度重なる負傷やギミックの変更、そして最終的な退団へと至る波乱に満ちた期間だった。

3.2.1. クルーザー級ディビジョン時代 (2016-2018)

2016年6月25日、ブラジルのレスラーであるズンビがビザの問題で参加できなくなったことを受け、WWEのクルーザー級クラシックトーナメントに彼の代役としてムスタファ・アリが選ばれた。同年7月20日、彼は父親の出身地であるパキスタンを代表してトーナメントに出場するも、1回戦でプエルトリコ代表のリンセ・ドラドに敗退した。

10月26日のNXTでは、リンセ・ドラドとタッグを組んでダスティ・ローデス・タッグ・チーム・クラシックに参戦したが、飯伏幸太とT.J.パーキンスのタッグに1回戦で敗れた。

2016年12月13日、ムスタファ・アリは205 Liveにベビーフェイスとしてデビューし、リンセ・ドラドとの試合はダブルカウントアウトとなった。2017年1月23日にはRawにも登場し、ジャック・ギャラガー、T.J.パーキンスと組んでアリヤ・ダバリ、ドリュー・グラック、トニー・ニース組に勝利した。

その後、ドリュー・グラックが205 Liveで「ノー・フライ・ゾーン」キャンペーンを開始したことにより、両者の抗争が勃発した。この抗争は2017年7月18日の205 Liveで行われた2本先取マッチでアリが勝利を収め、終結した。

2018年2月、アリはWWEクルーザー級王座トーナメントに参戦し、1回戦でジャック・ギャラガー、準々決勝でバディ・マーフィー、準決勝でドリュー・グラックを破り、レッスルマニア34での決勝に進出した。しかし、決勝でセドリック・アレクサンダーに敗れ、WWEクルーザー級王座の獲得はならなかった。

その後、バディ・マーフィーとの試合にヒデオ・イタミが介入したことから、アリはヒデオ・イタミとの抗争を開始した。2018年8月7日の205 Liveでイタミに敗れた後、アリは一時的に活動を休止した。10月24日の205 Liveでフォールズ・カウント・エニウェア・マッチでイタミに勝利し、抗争を終結させた。10月31日の205 Liveでトニー・ニースを破り、クルーザー級王座のナンバーワン・コンテンダーとなったが、サバイバー・シリーズでバディ・マーフィーに敗れ、再び王座獲得に失敗した。

3.3. インディー団体復帰 (2023-現在)

WWEからの退団後、ムスタファ・アリは2023年12月21日に、独立プロモーションでのブッキングを受け付けることを発表した。彼はその直後から精力的に活動を開始した。

2024年1月6日、フランスのAssociation les Professionnels du Catch (APC) の20周年記念興行で、WWE退団後初の試合を行い、エイグル・ブランに勝利した。その後も、Game Changer Wrestling (GCW) の『No Compadre』(1月12日)、Progress Wrestling の『Chapter 162: Light of The Dragon』(1月28日)、DEFY Wrestling(2月9日)といった様々なインディー団体で試合を行った。2月18日には、イギリスのRevolution Pro Wrestling (RevPro) の『High Stakes』に参戦し、ロビー・Xに勝利を収めている。

3.4. 新日本プロレス (2024)

2024年1月13日、新日本プロレスがカリフォルニア州サンノゼで開催したバトル・イン・ザ・バレーの会場で、ムスタファ・アリは事前収録されたビデオメッセージを通じて、高橋ヒロムに対してWindy City Riotでの対戦を表明した。

そして、同年4月12日にイリノイ州シカゴで開催されたWindy City Riotで、アリは高橋ヒロムと対戦し、勝利を収めた。しかし、8月29日にキャピタル・コリジョンで行われたリマッチでは、高橋ヒロムに敗北した。

3.5. TNAレスリング (2024-現在)

ムスタファ・アリは2024年1月25日のImpact!で、事前収録されたビデオメッセージを通じてTNAレスリングに初登場した。同年2月23日のノー・サレンダーで、彼はTNAでのデビュー戦を行い、クリス・セイビンに勝利してTNA Xディビジョン王座を獲得した。これはアリにとって主要団体での初の王座獲得であり、TNA史上、デビュー戦でタイトルを獲得した初の選手となった。

その後、彼はジェイク・サムシング、エース・オースティン、トレント・セブンを相手にTNAのペイ・パー・ビューでXディビジョン王座を防衛した。しかし、スラミバーサリーでマイク・ベイリーに敗れ、148日間の王座保持期間が終了した。この敗北は、アリにとってTNAでの初めての敗北であり、2023年以来の全体的な敗北でもあった。

8月1日のImpact!で、アリはTNA世界王座をニック・ネメスから奪取することに失敗した。同日、アリはTNAからの離脱を発表した。しかし、2025年1月23日のImpact!で、マイク・サンタナのセグメントに割り込み、TNAと契約したことを発表し、TNAに復帰した。

4.1. 主要な技

アリはハイフライヤースタイルのレスラーとして知られているが、彼の技のレパートリーは空中技に留まらない。

• 054
  • 彼の代表的なフィニッシュムーブの一つで、リバース450°スプラッシュである。これは205 Live時代に彼の代名詞となっていたが、2021年3月に「いつか孫と遊べるように」との理由で、自身の健康と将来を見据えこの技の引退を表明した。
• 450°スプラッシュ
• コウジクラッチ
  • ヒールターン後の2020年11月から使用し始めた技。うつ伏せ状態の相手の首元に肩固めの体勢で組みつき、自身の左足を相手の頭部に引っ掛け、その左足と首を同時に抱え込むように両手でクラッチして頸動脈を締め上げる足掛け式の変形肩固めである。

  その他、彼が使用する得意技は以下の通り。

  • バックブリーカー
    • 通常、カウンター、雪崩式の3種類を巧みに使い分ける。
  • ローリング・サンダー式ネックブリーカー
    • 自身がトップロープとセカンドロープの間から飛び込み、ローリング・サンダーで前転して相手の背後に飛び付き、ネックブリーカーを決める。
  • シットアウト・フェイスバスター
    • 自身がトップロープとセカンドロープの間から飛び込み、ローリング・サンダーで前転して両手で相手の頭を掴み、自身はジャンプして開脚で着地し、その流れで相手の顔面をマットに叩きつける。
  • リバース・フランケンシュタイナー
  • スーパーキック
  • ドロップキック
  • トルネードDDT
  • スパニッシュフライ
    • コーナートップで相手と向かい合った状態で首をロックし、その体勢のまま自身がムーンサルトプレスを行うことで、相手を強烈に背中から叩きつける技。

4.2. キャラクターと入場テーマ

ムスタファ・アリはデビュー当初、イスラム系のステレオタイプとは異なるキャラクターを演じ、その差別的なレッテル貼りに反対する姿勢を見せた。彼のベビーフェイスとしてのキャラクターは、その革新的な空中殺法と熱意により、すぐにファンからの支持を得た。特に、クルーザー級王座を巡るセドリック・アレクサンダーとの抗争中、アリは「205 Liveの心臓」、アレクサンダーは「205 Liveの魂」と称され、その存在感が際立った。

2020年のヒールターン後、彼はリトリビューションのリーダーとして、WWEのシステムに対する不満を訴える強烈なキャラクターを演じた。この時期、彼の入場テーマは『Disruptor』となり、グループの破壊的なイメージを象徴するものとなった。

WWE退団後、アリは政治家を演じるという新たなギミックを開始した。彼はシークレットサービスのような護衛を伴い、リングに登場し、「In Ali We Trust!」(「アリを信じよ！」)というキャッチフレーズを掲げた。この政治家ギミックは、実はWWE在籍中にクリエイティブチームに却下されていたものであり、彼はWWEでの制約から解放され、自身の表現したいキャラクターを実現している。このギミックは、彼が以前から抱いていた社会的なメッセージや、自身のルーツに関する問題意識を反映していると考えられている。

WWEでの彼の主な入場曲は以下の通りである。

• Put Em Up
• Go Hard(feat. Maino)
• Disruptor (現在使用中)

5.1. ビデオゲーム

ムスタファ・アリは、以下のWWEのビデオゲームでプレイアブルキャラクターとして登場している。

• WWE 2K19
• WWE 2K20
• WWE 2K22
• WWE 2K23

5.2. ドキュメンタリー

2009年、ムスタファ・アリは、イスラム系レスラーが悪役として扱われたり、テロリストとして型にはめられる問題に焦点を当てたドキュメンタリーの主題となった。このドキュメンタリーは、彼がプロレス界で直面した偏見や、多様性に対する理解の必要性を浮き彫りにする内容となっている。