1. 生い立ちと教育
坂本賀勇は1959年7月23日に奈良県で生まれた。幼少期から任天堂の独創的なおもちゃに触れて育ち、それが後のゲーム開発への関心に繋がったと語っている。
彼は大阪芸術大学芸術学部デザイン学科を卒業し、その専門的な知識と感性をゲームデザインの世界で活かすこととなる。
2. 任天堂でのキャリア
坂本賀勇は大学を卒業した1982年に任天堂に入社し、以来、長年にわたり同社のゲーム開発を牽引してきた。彼のキャリアは、グラフィックデザイナーから始まり、ディレクター、プロデューサー、そしてシナリオライターに至るまで多岐にわたる。現在では、任天堂企画開発本部企画開発部統括を務めている。
2.1. 初期プロジェクトとファミリーコンピュータ時代
任天堂入社後、坂本が最初に関わったプロジェクトは、携帯型ゲーム機「ゲーム&ウオッチ」シリーズの『ドンキーコング』におけるタルやクレーンのピクセルアートデザインであった。また、アーケードゲーム『ドンキーコングJR.』のグラフィックデザインも担当した。
その後、彼はファミリーコンピュータ(Nintendo Entertainment System)向けタイトルの開発に注力し、『レッキングクルー』、『バルーンファイト』、『ガンスモーク』などのゲームでデザイナーを務めた。これらの初期の経験が、彼のゲーム開発における基礎を築いた。
2.2. 「ファミコン探偵倶楽部」シリーズの創作者
坂本賀勇は、日本におけるビジュアルノベルの基礎を築いた影響力のあるシリーズ「ファミコン探偵倶楽部」の生みの親であり、リードシナリオライター、ディレクターを務めた。
オリジナル作品である『ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者』(1988年)と『ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女』(1989年)では、ゲームデザインとシナリオを担当し、その後の物語重視のゲームに大きな影響を与えた。
2021年には、これらの初期作品のNintendo Switch版リメイクにおいて、オリジナルゲームデザイン、シナリオ、スーパーバイザー、プロデューサーとして再び関与した。さらに、2024年に発売されたシリーズ完全新作『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』では、プロデューサー、ゲームデザイン、シナリオを担当し、長年にわたりシリーズに貢献している。
2.3. 「メトロイド」シリーズの中心人物
坂本賀勇は、任天堂の象徴的なフランチャイズである「メトロイドシリーズ」において、その誕生から最新作に至るまで広範な関与を続けてきた中心人物である。
1986年に発売された初代『メトロイド』では、「Shikamoto」という別名でキャラクターデザインを担当し、主人公サムス・アランの造形に深く関わった。
その後、彼はシリーズの主要タイトルのディレクションを手がけた。具体的には、『スーパーメトロイド』(1994年)、『メトロイドフュージョン』(2002年、チーフディレクター、シナリオ、ストーリー)、『メトロイド ゼロミッション』(2004年)、『メトロイド アザーエム』(2010年、ディレクター、プロデューサー、ストーリー)などがある。
また、近年の作品ではプロデューサーとしてシリーズを支えており、『メトロイド サムスリターンズ』(2017年)や『メトロイド ドレッド』(2021年)の成功に貢献した。さらに、『メトロイドプライム フェデレーションフォース』(2016年)ではスペシャルアドバイザーを務めるなど、シリーズ全体にわたる彼の影響力は計り知れない。
2.4. その他の主要シリーズへの貢献
坂本賀勇は、「メトロイド」シリーズ以外にも、任天堂の他の著名なシリーズに重要な貢献をしている。
特に「メイド イン ワリオシリーズ」では、プロデューサーやスーパーバイザーとして深く関わっている。例えば、『あつまれ!!メイド イン ワリオ』(2003年、スーパーバイザー)、『まわるメイドインワリオ』(2004年、プロデューサー)、『さわるメイドインワリオ』(2004年、プロデューサー、ゲームデザイン)、『おどる メイド イン ワリオ』(2006年、プロデューサー、ゲームデザイン)、『メイドイン俺』(2009年、プロデューサー)、『ゲーム&ワリオ』(2013年、プロデューサー、ゲームデザイン)など、シリーズのユニークなゲームプレイとユーモアの確立に貢献した。
また、「リズム天国シリーズ」においても重要な役割を担っており、『リズム天国』(2006年、プロデューサー、ゲームデザイン)、『リズム天国ゴールド』(2008年、ゼネラルプロデューサー)、『みんなのリズム天国』(2011年、ゼネラルプロデューサー)、『リズム天国 ザ・ベスト+』(2015年、ゼネラルプロデューサー)など、シリーズの音楽とリズムが融合した独特の魅力を生み出す上で中心的な存在であった。
2.5. 講演活動
坂本は、2010年のゲーム・デベロッパーズ・カンファレンスにおいて初の海外講演を行った。彼は『メトロイド』や『メイド イン ワリオ』シリーズ以外の作品では日本国内での発売に携わることが多かったため、講演の冒頭で念入りな自己紹介を行った。

2.6. その他の特筆すべきゲームへの貢献
坂本賀勇は、上記の主要シリーズ以外にも、数多くの任天堂ゲームに様々な形で関与している。
『光神話 パルテナの鏡』(1986年)ではゲームデザインを担当し、初期の任天堂作品に貢献した。また、『バルーンキッド』(1990年)や『テレロボクサー』(1995年)ではディレクターを務めた。
「ゲーム&ウオッチギャラリー」シリーズでは『ゲームボーイギャラリー』(1997年)でアドバイザーを務め、過去の作品の再構築にも関わった。
その他、『トレード&バトル カードヒーロー』(2000年)ではディレクター、ゲームデザイン、スクリプトライターを兼任し、『高速カードバトル カードヒーロー』(2007年)ではプロデューサーを務めた。
また、『X』(1992年)ではディレクター、『カエルの為に鐘は鳴る』(1992年)ではシナリオ、『ポケットカメラ』(1998年)ではアディショナルスタッフ、『ピクロスDS』(2007年)ではスーパーバイザー、『キキトリック』(2012年)ではスーパーバイザー、『トモダチコレクション』(2009年)や『トモダチコレクション 新生活』(2013年)、『Miitomo』(2016年)ではプロデューサーを務めるなど、多岐にわたるジャンルのゲーム開発に貢献している。
3. 作品
坂本賀勇が関わった主なゲームタイトルを年表形式で示す。
年 | タイトル | 役割 | |
---|---|---|---|
1982年 | ドンキーコング (ゲーム&ウオッチ) | デザイナー | |
ドンキーコングJR. | グラフィックデザイナー | ||
1983年 | スヌーピー (ゲーム&ウオッチ) | デザイナー | |
マリオズボムアウェイ (ゲーム&ウオッチ) | デザイナー | ||
1984年 | バルーンファイト | グラフィックデザイナー | |
レッキングクルー | デザイナー | ||
ドンキーコングサーカス (ゲーム&ウオッチ) | デザイナー | ||
1986年 | ガンスモーク | デザイナー | |
メトロイド | キャラクターデザイン | ||
光神話 パルテナの鏡 | ゲームデザイン | ||
1987年 | 中山美穂のトキメキハイスクール | ディレクター、ゲームデザイン、シナリオ | |
1988年 | ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者 | ゲームデザイン、シナリオ | |
1989年 | ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女 | ゲームデザイン、シナリオ | |
1990年 | バルーンキッド | ディレクター | |
1992年 | X | ディレクター | |
カエルの為に鐘は鳴る | シナリオ | ||
ハローキティワールド | スペシャルサンクス | ||
1994年 | スーパーメトロイド | ディレクター | |
1995年 | テレロボクサー | ディレクター | |
1997年 | ゲームボーイギャラリー | アドバイザー | |
BS探偵倶楽部 雪に消えた過去 | 制作協力 | ||
1998年 | ポケットカメラ | アディショナルスタッフ | |
ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女 (スーパーファミコン版) | 原作、脚本、監督 | ||
1999年 | バルーンファイトGB | ディレクター | |
2000年 | トレード&バトル カードヒーロー | ディレクター、ゲームデザイン、スクリプトライター | |
とっとこハム太郎 ともだち大作戦でちゅ | プロデューサー | ||
2001年 | ワリオランドアドバンス ヨーキのお宝 | スーパーバイザー | |
2002年 | メトロイドフュージョン | チーフディレクター、シナリオ、ストーリー | |
メトロイドプライム | スペシャルサンクス | ||
2003年 | ワリオワールド | アドバイザー | |
あつまれ | メイド イン ワリオ | スーパーバイザー | |
2004年 | メトロイド ゼロミッション | ディレクター | |
まわるメイドインワリオ | プロデューサー | ||
さわるメイドインワリオ | プロデューサー、ゲームデザイン | ||
メトロイドプライム2 ダークエコーズ | スペシャルサンクス | ||
2005年 | メトロイドプライムピンボール | スペシャルサンクス | |
2006年 | リズム天国 | プロデューサー、ゲームデザイン | |
おどる メイド イン ワリオ | プロデューサー、ゲームデザイン | ||
メトロイドプライム ハンターズ | スペシャルサンクス | ||
2007年 | ピクロスDS | スーパーバイザー | |
高速カードバトル カードヒーロー | プロデューサー | ||
メトロイドプライム3 コラプション | スペシャルサンクス | ||
2008年 | リズム天国ゴールド | ゼネラルプロデューサー | |
うつすメイドインワリオ | プロデューサー | ||
2009年 | メイドイン俺 | プロデューサー | |
トモダチコレクション | プロデューサー | ||
メトロイドプライム トリロジー | スペシャルサンクス | ||
2010年 | メトロイド アザーエム | ディレクター、プロデューサー、ストーリー | |
2011年 | みんなのリズム天国 | ゼネラルプロデューサー | |
引ク押ス | スペシャルサンクス | ||
2012年 | キキトリック | スーパーバイザー | |
2013年 | ゲーム&ワリオ | プロデューサー、ゲームデザイン | |
トモダチコレクション 新生活 | プロデューサー | ||
2015年 | リズム天国 ザ・ベスト+ | ゼネラルプロデューサー | |
2016年 | Miitomo | プロデューサー | |
メトロイドプライム フェデレーションフォース | スペシャルアドバイザー | ||
2017年 | メトロイド サムスリターンズ | プロデューサー | |
2021年 | ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者 (Nintendo Switch版) | プロデューサー、シナリオ、スーパーバイザー | |
ファミコン探偵倶楽部PartII うしろに立つ少女 (Nintendo Switch版) | プロデューサー、シナリオ、スーパーバイザー | ||
メトロイド ドレッド | プロデューサー | ||
2024年 | ファミコン探偵倶楽部 笑み男 | プロデューサー、ゲームデザイン、シナリオ |
4. クリエイティブ・フィロソフィー
坂本賀勇は、ゲーム開発に対する独自の哲学を持っている。彼は、幼少期に触れた任天堂の製品がそうであったように、常にユニークで独創的なゲームを世に送り出すことを目指していると語る。その例として「メイド イン ワリオシリーズ」を挙げている。
また、任天堂の著名なゲームデザイナーである宮本茂とのプロフェッショナルな関係について、坂本は宮本氏と競合するのではなく、「宮本氏がやりそうなこととは常に異なる、非常にユニークなものを生み出す」ことが自身の使命であると考えている。この哲学は、彼の作品が持つ多様性と革新性によく表れている。
5. 評価とレガシー
坂本賀勇の作品は、ゲーム業界において高い評価を受けており、特にアドベンチャーゲームや物語重視のゲームジャンルに永続的な影響を与えている。彼の「ファミコン探偵倶楽部」シリーズは、日本のビジュアルノベルの先駆けとして、その後の多くの物語主導型ゲームに道を開いた。
また、「メトロイドシリーズ」における彼のキャラクターデザインやディレクションは、SFアクションアドベンチャーゲームの金字塔として、ジャンルの確立と発展に大きく貢献した。サムス・アランという女性主人公の創造は、ゲームにおけるキャラクター表現の可能性を広げた。
さらに、「メイド イン ワリオシリーズ」や「リズム天国シリーズ」といった作品では、従来のゲームの枠にとらわれない斬新なゲームプレイとユーモアを追求し、カジュアルゲーム市場にも新たな風を吹き込んだ。彼のゲームデザインは、プレイヤーに新鮮な驚きと楽しさを提供し、ゲームの多様な可能性を示している。坂本賀勇は、その独自のクリエイティブ・フィロソフィーと多岐にわたる貢献により、ゲーム文化全体に深く刻まれるレガシーを残している。