1. 来歴とキャリア
山口敬之は、ジャーナリストとしての初期キャリアからTBSテレビ退社後の様々な活動に至るまで、多様な経歴を持つ。
1.1. 生い立ちと教育
山口敬之は1966年5月4日に東京都で生まれた。筑波大学附属駒場中学校・高等学校を卒業後、慶應義塾大学経済学部で学びを終えた。
1.2. 初期ジャーナリストとしての活動
大学卒業後の1990年、東京放送(TBS)に入社し、報道局に配属された。報道カメラマンとしての経験を積み、ロンドン支局、臨時プノンペン支局、そしてワシントン支局長を務めた。また、社会部、政治部に所属し、『報道特集』のプロデューサーも担当した。特に2007年には、当時TBSの政治部記者として、第一次安倍政権の安倍晋三首相(当時)の辞任を他社に先駆けてスクープしたことでも知られる。この際、彼は安倍首相本人や麻生太郎外相、与謝野馨官房長官(いずれも当時)ら主要閣僚を含む多数の政界関係者から取材を行った。
1.3. TBS退社後の活動
2015年4月23日付でワシントン支局長を解任され、報道局から営業局へ異動となった。その後、2016年5月30日付でTBSテレビを退社し、ジャーナリストとしての活動と並行してアメリカのシンクタンク「イースト・ウエスト・センター」の客員研究員に転身した。現在は個人事業主として活動している。
また、社会活動も多岐にわたり、2016年1月15日には政治団体「日本シンギュラリティ党」の代表に就任。同年3月には一般財団法人「日本シンギュラリティ財団」を設立し、齊藤元章との共同代表として代表理事を務めた。さらにスーパーコンピュータ開発会社のPEZY Computingの顧問、2016年11月から2017年5月までは広告代理店エヌケービーの子会社顧問を務めた。
2. 安倍晋三との関係性
山口敬之は、元日本国首相である安倍晋三との間で個人的および専門的な密接な関係を築き、その関係性は彼のキャリアや後の論争にも影響を与えた。
2.1. 伝記作家としての活動
山口は、安倍晋三の個人的な伝記作家として知られている。『週刊新潮』2017年5月18日号では「目下、安倍首相に最も近いジャーナリストとは山口敬之を措いて他にない」と評され、『月刊Hanada』2017年2月号では、阿比留瑠比とともに「安倍総理を最もよく知る二人の政治記者」と紹介された。彼は自らを「誰よりも政権中枢を取材してきたジャーナリスト」と表現している。安倍首相が衆議院解散を決断した際に書き上げたばかりの演説草稿を読み聞かせるほど、両者の間には深い信頼関係があったとされる。
安倍が首相在任中には、『総理』と『暗闘』の2冊の伝記を出版した。また、山口の実姉が安倍昭恵と聖心女子学院中等科、聖心女子学院高等科、聖心女子専門学校で同じ学年にいたことも、両家の関係の深さを示すものとして言及されている。
2.2. 安倍晋三銃撃事件に関する論争
2022年7月8日に発生した安倍晋三銃撃事件に関連し、山口の言動は大きな論争を巻き起こした。
2.2.1. フライング投稿
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2022年7月8日、安倍晋三銃撃事件の第一報を受け、安倍昭恵夫人(当時)は新幹線で京都へ向かった。同日15時20分に京都駅に到着した昭恵夫人とほぼ同時刻の15時36分、山口は自身のFacebookに安倍と麻生太郎とのスリーショット写真を掲載し、「信頼できる情報筋から、救命措置の甲斐なく安倍晋三元首相がお亡くなりになったとの情報が入りました。悔しく、残念です」と投稿した。この投稿は1時間ほどの間に450回以上シェアされ、実業家のひろゆき氏が山口の投稿のスクリーンショットを自身のTwitterに掲載したことで、さらに拡散された。ひろゆき氏の投稿はリツイート数1万を超えた。
しかし、安倍元首相の死亡が医師によって確認されたのは17時3分であり、大手メディアがその第一報を報じたのは17時48分から49分にかけてであった。山口の「フライング投稿」に対して批判が集中したが、同日19時3分、山口はFacebookを更新し、「各方面に二重三重の確認を取った上で公開したのであって、ご家族への配慮や情報リテラシーの面でも問題があったとは思いません」と反論した。しかしその後、7月11日付のFacebook上で態度を一転させ、「正確な情報確認を怠っており、発信についても冷静さを欠いていた」として謝罪した。
2.2.2. 複数犯説
山口は安倍晋三銃撃事件について、単独犯説に疑問を呈し、独自の「複数犯説」を提唱している。2022年8月6日、彼は文化人放送局のYouTubeチャンネルで、「悪意を持ったスナイパーがガリウム弾を打ち込んで、安倍氏の心臓を激しく損傷して即死させた上で、その痕跡を消す為に生きていることにして長く輸血をしたという仮説が成立する」と述べた。この発言は一部のユーザーによって拡散された。
2023年5月26日発売の『月刊Hanada』7月号からは、複数犯説を唱える連載を開始。同年7月3日には、「世界日報」も山口の連載を取り上げ、「事件発生から単独犯を疑う声が絶えない。(中略)陰謀論では片付けられない不審点が、あまりに多い」と述べ、山口の論説を後押しした。彼の『月刊Hanada』における主な連載コラムは以下の通り。
- 2023年7月号 『安倍元総理暗殺「疑惑の奈良県警」』
- 2023年9月号 『「陰謀論」と呼ぶマスコミの無責任』
- 2023年11月号 『政権内部にも渦巻く「○○単独犯説」への不信感』
- 2024年1月号 『銃創への説明が二転三転!奈良県警発表の絶対的矛盾』
- 2024年2月号 『「○○単独犯」と反トランプ勢力』
3. 主要な論争と法的紛争
山口敬之は、そのキャリアを通じて数々の社会的な論争や法的紛争に関与してきた。特に伊藤詩織氏による性暴力訴訟は、日本社会における#MeToo運動の象徴的な事件として国内外で注目された。
3.1. 伊藤詩織氏による性暴力訴訟
2015年にジャーナリストの伊藤詩織氏が山口敬之氏から性暴力を受けたと訴え、それに伴う一連の法的闘争が繰り広げられた。この事件は、日本社会における性犯罪に対する認識とジェンダー平等の議論に大きな影響を与え、#MeToo運動の重要な契機となった。
3.1.1. 事件の背景と初期捜査
2015年4月3日、当時TBSのワシントン支局長として一時帰国中だった山口は、東京都内で伊藤詩織氏と会食した。その後、同日深夜から4月4日早朝にかけて、山口がホテルで伊藤に対し準強姦行為を働いたとして、伊藤は警視庁に被害届を提出した。しかし、東京地方検察庁は2016年7月22日、嫌疑不十分として山口を不起訴処分とした。
この不起訴処分には、安倍晋三首相(当時)や山口と親しい関係にあった中村格(当時警視庁刑事部長)が、山口への逮捕状執行を停止するよう指示したとされる疑惑が報じられた(『週刊新潮』など)。伊藤はその後、検察審査会に申し立てを行ったが、2017年9月21日、東京第六検察審査会は「慎重に審査したが、検察官がした不起訴処分の裁定を覆すに足る事由がなかった」として不起訴相当と議決し、山口は不起訴処分が確定した。
この事件と自身の経験を綴った伊藤の手記『Black Box』は日本語と英語で出版され、国際的な注目を集めた。また、伊藤詩織監督のドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』は、2024年のナショナル・ボード・オブ・レビューでトップ5ドキュメンタリーに選ばれ、第97回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。
3.1.2. 民事訴訟とその後の控訴審
刑事事件での不起訴処分を受け、2017年9月28日、伊藤は「望まない性行為で精神的苦痛を受けた」として、山口に対し1100万円(1100.00 万 JPY)の損害賠償を求める民事訴訟を東京地方裁判所に提起した。
2019年2月、山口は逆に「伊藤氏の記者会見での発言などで社会的信用を奪われた」として、伊藤を相手に1億3000万円(1.30 億 JPY)の慰謝料と謝罪広告の掲載を求める反訴を提起した。山口は、性行為は合意の上であり、その後の告発は自身の名誉を傷つけたと主張したが、この反訴は後に彼の証言の矛盾から棄却された。
2019年12月18日、東京地裁(鈴木昭洋裁判長)は、山口が伊藤に対して同意なく性行為に及んだことを認定し、山口に伊藤への慰謝料など330.00 万 JPYの支払いを命じた。同時に山口の伊藤への請求は棄却された。山口はこの判決に「内容に全く納得いかない」として、原訴訟と反訴の両方について控訴する方針を示し、2020年1月6日に東京高裁へ控訴した。
2022年1月25日、東京高裁(中山孝雄裁判長)は、山口が同意なく性行為に及んだとする一審判決を追認し、治療関係費約2.00 万 JPYを加えた約332.00 万 JPYの賠償を山口に命じた。一方、伊藤の著書や会見などによって名誉を傷つけられたとする山口の主張の一部も認め、伊藤に対し、デートレイプドラッグを使用したという証拠がないまま著書で主張したことへの損害賠償として55.00 万 JPYの支払いを命じた。双方この判決を不服として最高裁判所に上告した。
2022年7月8日、最高裁(山口厚裁判長)は山口、伊藤双方の上告を棄却し、山口に約332.00 万 JPYの賠償を命じた高裁判決と、伊藤に55.00 万 JPYの賠償を命じた高裁判決が確定した。
3.1.3. 山口氏による刑事告訴と結果
2019年6月、山口は伊藤が「虚偽の犯罪被害を捏造して警察や裁判所に訴え出た上に、『デートレイプドラッグを盛られた』など、裁判では一切主張していない事を含め、ウソや捏造や根拠のない思い込みを世界中で繰り返し発信して、私の名誉を著しく毀損し続けている」として、虚偽告訴罪と名誉毀損で伊藤を刑事告訴した。2020年9月28日には伊藤が同容疑で書類送検された。しかし、2020年12月25日、東京地検は山口の訴えを退け、伊藤を不起訴処分とした。
この件について、2022年1月24日、山口はHanadaプラスにおいて、「しかし百歩譲って、伊藤氏が本当に覚えていないとしても、それは警察の言うとおり、飲みすぎて記憶が飛んでしまった『アルコール性健忘』なのであって、そもそも犯罪行為など全くなかったのである。(中略)『犯罪事実がなかった』以上、警察も検察も検察審査会も、伊藤氏の主張を退ける。当たり前のことである」と述べ、自身の犯罪性を全面的に否定した。
3.2. その他の個人との係争
山口敬之は、伊藤詩織氏との訴訟以外にも、複数の著名人との間で名誉毀損訴訟などの法的係争を抱えている。
3.2.1. 小林よしのり氏との係争
2019年1月24日、山口は漫画家の小林よしのり氏を相手に民事訴訟を提起した。山口は、小林が雑誌『SAPIO』2017年8月号に掲載された漫画「ゴーマニズム宣言」において「事実と全く異なる虚偽情報を流布」し、自身を「根拠も示さず犯罪者と決めつけ」「繰り返し誹謗中傷した」ことが「名誉毀損であり、人権侵害である」と主張した。一方、小林は山口の提訴を受け、自身のブログで「裁判は小学館の弁護士に任せる。わしは表現者なので、言論・表現の自由を行使して、権力と戦いつつ、「公」のために描く!それだけである」とコメントした。
2023年10月19日、東京地裁(島崎邦彦裁判長)は、小林氏が山口を全裸姿で描くなどした一部表現について、「過度にあざける表現で、このような描写を繰り返す必要性は乏しい」として「違法な名誉感情侵害と肖像権侵害が認められる」と判断し、小林氏らに計132.00 万 JPYの支払いを命じた。
3.2.2. 有田芳生氏との係争
前参院議員でジャーナリストの有田芳生氏が2017年3月から2019年12月にかけて、山口が伊藤詩織氏から性的暴行を受けたと訴えられたことについて、「人間としてもっとも卑しく恥ずかしい唾棄すべき鬼畜の所業です」などと非難するTwitterへの投稿を行った。さらに、伊藤氏の著書を読んだ感想として、山口が伊藤に対し、薬物を使ったかのようにツイートするなどした。これに対し、山口は「国会議員が民間人の名誉を堂々と毀損することが許されない」と反発し、2021年5月、有田氏を東京地裁に提訴した。
2023年1月24日、東京地裁は判決で山口の訴えを一部認め、有田氏に対し、35.00 万 JPYを支払うよう命じた。
3.2.3. 大石晃子氏との係争
れいわ新選組所属の大石晃子衆議院議員が、山口が伊藤詩織氏を反訴したことに対し「クソ野郎」とTwitterに投稿したことについて、山口は880万円(880.00 万 JPY)の損害賠償を求める裁判を起こした。大石議員は1件目の投稿で「(山口が伊藤に)計画的な強姦を行った」とし、2件目で「1億円超のスラップ訴訟を伊藤さんに仕掛けた」「人を暴力で屈服させようという思い上がったクソ野郎」と書いていた。
2023年7月18日、東京地裁(荒谷謙介裁判長)は、ツイートはいずれも「重要な部分は真実と認められる」と判断し、大石氏の投稿には反訴を問題提起する公共性があったとする一方、「クソ野郎」という表現は「激しい侮辱」だとして、名誉毀損の成立を認めた。「計画的な強姦を行った」などの投稿については、「真実と信じる相当な理由がある」として違法性を否定した。判決は、大石氏に22.00 万 JPYの支払いと投稿の一部削除を命じた。
しかし、2024年3月13日、東京高等裁判所(相沢真木裁判長)は、一審判決を取り消し、山口の請求を棄却した。「クソ野郎」との表現が「直ちに人身攻撃となり、意見や論評の域を逸脱したとは断じられない」と判断した。
3.3. 「韓国軍慰安婦」に関する論争
山口は、ベトナム戦争時における韓国軍による「韓国軍慰安婦」の存在について記事を発表した。ワシントン支局長時代の2015年、米国立公文書記録管理局(NARA)の公文書から、ベトナム戦争時にサイゴン(現ホーチミン)に韓国兵限定で使用する「トルコ風呂」と呼ばれる慰安所が設置され、ベトナム人女性に売春させていた事実が判明したとして、『週刊文春』(2015年4月2日号)に発表した。
この記事について、韓国の左派日刊紙ハンギョレ(英字電子版)は、「(朴大統領にとって、この一件の調査に乗り出すことは)恐らく不快なことであると思われるが、(文春の記事の)主張に反論するのは困難である。ベトナム戦争中に起きた民間人への虐殺だけでなく、韓国軍が(ベトナム戦争時の)慰安所の運営・管理に関与していたかどうかについて、韓国政府はベトナム当局と協力して真実を見つける時がきたのだ」と記し、調査の必要性を訴えた。一方、『週刊新潮』はこの記事について「捏造」の可能性が高いと主張し、週刊文春と反論の応酬を繰り広げた。
4. 著作
山口敬之が執筆・出版した主要な著書は以下の通り。
- 『総理』(幻冬舎、2016年)
- 『暗闘』(幻冬舎、2017年)
- 『中国に侵略されたアメリカ』(ワック、2021年)
5. メディア出演
山口敬之が出演した主要なテレビ番組やラジオ番組を以下に示す。
5.1. テレビ
- TBSテレビ退社以降
- 『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)
- 『モーニングショー』(テレビ朝日)
- 『スーパーJチャンネル』(テレビ朝日)
- 『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日) - 2016年11月20日、27日
- 『Mr.サンデー』(フジテレビ・関西テレビ)
- 『ニュースザップ』(BSスカパー!) - 2016年8月2日、11月22日
- 『真相深入り!虎ノ門ニュース』(DHCシアター) - 2016年10月18日、2017年1月31日
5.2. インターネット動画配信
- 『みのもんたのよるバズ!』(AbemaTV)
- TBSテレビ時代
- 『ひるおび!』
- 『あさチャン!』
- 『いっぷく!』
- 『NEWS23』
5.3. ラジオ
- TBSテレビ退社以降
- 『ザ・ボイス そこまで言うか!』(ニッポン放送) - 2016年7月12日、8月3日、9月14日、10月20日、10月26日、2017年1月25日
- TBSテレビ時代
- 『荻上チキ・Session-22』(TBSラジオ) - 2014年11月4日
6. メディアでの描かれ方
山口敬之は、他のメディア作品において、その人生や関連事件が描写されることがある。
米倉涼子主演のNetflixオリジナルドラマ『新聞記者』では、ユースケ・サンタマリア演じる「豊田進次郎」という人物が、裁判所から逮捕状が出ているにもかかわらず逮捕を免れるキャラクターとして登場するが、この豊田進次郎の一部は山口敬之がモデルとなったものであるとされている。TBSラジオ『たまむすび』の映画評論家は、この作品を紹介する際に、豊田進次郎を「のりゆきっている」と表現した。