1. 概要
岡部憲明(おかべ のりあき、1947年12月9日生まれ)は、日本の著名な建築家であり、インダストリアルデザイナーです。静岡県に生まれ、早稲田大学で建築を学びました。彼はフランス政府給費研修生として渡仏後、約20年間にわたり世界的な建築家レンゾ・ピアノと協働し、ポンピドゥーセンターの設計監理に参加するなど、ヨーロッパでのキャリアを積みました。1988年にはRenzo Piano Building Workshop Japanの代表として関西国際空港旅客ターミナルビルの国際設計競技を勝ち抜き、その設計と監理を主導しました。
1995年に自身の設計事務所である岡部憲明アーキテクチャーネットワークを設立し、建築設計のみならず、小田急ロマンスカーの「VSE」「MSE」「EXEα」「GSE」、箱根登山鉄道「アレグラ号」といった鉄道車両のデザインなど、インダストリアルデザインの分野にも活動の幅を広げました。また、神戸芸術工科大学教授として後進の指導にもあたり、学術的な貢献も行っています。彼の作品は、その革新性と機能性、そして日本の公共空間や交通インフラに与えた影響によって高く評価されています。妻は美学者でキュレーターの岡部あおみです。
2. 経歴
岡部憲明は、建築家としての幅広いキャリアを通じて、国際的な経験と多様な分野での業績を積み重ねてきました。彼のキャリアは、日本の教育機関での基盤構築から、著名な建築家との国際的な協働、そして自身の設計事務所設立による独立した活動へと展開しています。
2.1. 生い立ちと教育
岡部憲明は1947年12月9日に静岡県富士宮市で生まれました。彼は東京都立両国高等学校を卒業後、早稲田大学理工学部建築学科に進学し、建築の基礎を学びました。1971年に同学科を卒業後、日本の山下寿郎設計事務所に勤務し、実務経験を積みました。
2.2. レンゾ・ピアノとの協働
1972年、岡部はフランス政府給費研修生として渡仏し、その才能を国際的な舞台で開花させました。1974年には、当時建設中だったパリの象徴的な建築物であるポンピドゥーセンターの設計チームに参加し、世界的な建築家レンゾ・ピアノとの長期にわたる協働を開始しました。彼はレンゾ・ピアノと共にフランスやイタリアを拠点に約20年間活動し、ポンピドゥーセンターの設計監理など数多くのプロジェクトに携わりました。1977年にはPiano + Rice Associatiを設立、1981年にはRenzo Piano Building Workshop Parisのチーフアーキテクトに就任し、1986年にはフランス政府公認建築家の資格を取得しました。
1988年、岡部はRenzo Piano Building Workshop Japanの代表取締役として、関西国際空港旅客ターミナルビルの国際設計競技で勝利を収めました。彼はこの重要なプロジェクトにおいて、設計から建設監理まで一貫して責任者を務めました。この旅客ターミナルビルの主要構造トラスの模型は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の建築・デザイン部門に収蔵されています。
2.3. 独立と組織設立
関西国際空港旅客ターミナルビルの建設後、岡部は1995年に東京に自身の設計事務所である岡部憲明アーキテクチャーネットワークを設立し、独立した活動を開始しました。彼の活動範囲は伝統的な建築設計に留まらず、インダストリアルデザイン分野にも拡大しました。その一例として、小田急ロマンスカーVSEのデザインが挙げられます。2009年には、ベルギーの建築家ジャン=ミシェル・ジャスパースおよびランドスケープアーキテクトのアルドリック・ヘイアマンと協力し、駐日ベルギー大使館の設計も手掛けました。
2.4. 学術活動
岡部憲明は、建築実務の傍ら、学術分野においても貢献しています。1998年には神戸芸術工科大学の教授に就任し、後進の育成に尽力しました。また、2007年には同大学で博士(芸術工学)の学位を取得しています。
3. 主要作品
岡部憲明は、建築からインダストリアルデザインまで多岐にわたる分野で、革新的かつ機能的な作品を手掛けてきました。特に、公共交通機関のデザインは彼の代表的な業績の一つです。
3.1. 建築プロジェクト
岡部憲明が関わった主要な建築プロジェクトは以下の通りです。
名称 | 年 | 所在地 | 備考 |
---|---|---|---|
関西国際空港旅客ターミナルビル | 1994年 | 大阪府 | レンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップ・ジャパンとして設計・監理。主要構造トラスの模型がニューヨーク近代美術館に収蔵。 |
牛深ハイヤ大橋 | 1997年 | 熊本県天草市 | 熊本県くまもとアートポリス参加施設。 |
ヴァレオユニシアトランスミッション厚木工場 | 2000年 | 神奈川県厚木市 | |
桜新町の集合住宅 | 2002年 | 東京都世田谷区 | |
一の宮町農林水産物処理加工施設・直売所「四季彩」 | 2003年 | 熊本県阿蘇市 | 熊本県くまもとアートポリス参加施設。 |
駐日ベルギー大使館 | 2009年 | 東京都 | ベルギーの建築家ジャン=ミシェル・ジャスパース、ランドスケープアーキテクトのアルドリック・ヘイアマンとの協働。 |
COLONY箱根 | 2017年 | 神奈川県箱根町 |
3.2. インダストリアルデザイン
岡部憲明は特に鉄道車両のデザインにおいてその手腕を発揮し、数々の名作を生み出しています。

- 小田急ロマンスカー「VSE」(2004年)
- 2005年度グッドデザイン賞、鉄道友の会第49回ブルーリボン賞受賞車両。2022年に定期運行を終了し、2023年に完全に引退しました。
- 小田急ロマンスカー「MSE」(2007年)
- 2008年度グッドデザイン賞、第52回ブルーリボン賞受賞車両。
- 箱根登山電車「アレグラ号」(2014年)

- 大山観光電鉄大山鋼索線新型車両(2015年)
- 小田急ロマンスカー「EXEα」(2017年)
- 小田急ロマンスカー「GSE」(2018年)
- 2018年度グッドデザイン賞、第62回ブルーリボン賞受賞車両。
4. 受賞歴
岡部憲明は、その建築およびデザイン活動において、国内外から高い評価を受け、数々の賞を受賞しています。
- 1985年 - EQUERRE D'ARGENT賞SPECIAL MENTION(シュルンベルジェ社改装計画に対して)
- 1995年 - 日経BP技術賞大賞(関西国際空港の人工島と旅客ターミナルビルの設計・施工技術に対して)
- 1995年 - 日本建築学会作品賞(関西国際旅客ターミナルビルに対して)
- 1998年 - 土木学会田中賞
- 2001年 - 土木学会デザイン賞最優秀賞(牛深ハイヤ大橋に対して)
- 2002年 - BCS賞(ヴァレオユニシアトランスミッション厚木工場に対して)
5. 著書
岡部憲明は、自身の建築哲学や経験に関する複数の書籍を執筆しています。
- 「関西国際空港旅客ターミナルビル」レンゾピアノビルディングワークショップ (講談社)1994年11月
- 関西国際空港ターミナルビルに関する詳細な内容。
- 「エッフェル塔のかけら-建築家の旅」岡部憲明(紀伊国屋書店)1997年11月
- 彼の建築家としての旅と思索を綴ったエッセイ。
- 「パリ -キクカワ プロフェッショナル ガイド Vol.2/1994」岡部憲明(建築・都市ワークショップ)1994年11月
- 「可能性の建築-人間と空間を考える(NHK人間講座)」岡部憲明(日本放送出版協会)2004年3月
- 「可能性の建築-空間・時間・建築が創る建築の未来(NHKライブラリー)」岡部憲明(日本放送出版協会)2005年12月
- NHKの「人間講座」や「NHKライブラリー」で発表された内容をまとめたもので、建築と人間、空間の関係性、未来の建築の可能性について論じています。
- 「ピーター・ライス自伝-あるエンジニアの夢みたこと」岡部憲明監訳(鹿島出版会)1997年2月
- 著名な構造家ピーター・ライスの自伝の監訳を務めました。
6. 人物
岡部憲明の公的な人物像は、彼の多岐にわたる建築・デザイン活動と密接に結びついています。
彼の妻は、美学者でありキュレーターである岡部あおみです。
7. 評価と影響
岡部憲明は、その長年にわたる国際的なキャリアと、建築からインダストリアルデザインに至る幅広い分野での顕著な業績によって、日本国内外の建築・デザイン界に大きな影響を与えました。特に、レンゾ・ピアノとの協働を通じて培われた革新的な設計思想と、関西国際空港旅客ターミナルビルという国家的プロジェクトを成功に導いた手腕は、彼のキャリアの象徴です。
彼のデザインは、単なる美しさだけでなく、機能性、快適性、そして公共性といった要素を高度に融合させています。特に、小田急ロマンスカーシリーズや箱根登山鉄道「アレグラ号」に代表される鉄道車両のデザインは、利用者に新しい体験と感動を提供し、日本の交通インフラにおけるデザインの重要性を改めて示しました。これらの車両は、美しい外観だけでなく、窓からの眺望を最大限に活かす構造や快適な座席配置など、細部にわたる配慮がなされています。
また、神戸芸術工科大学での教鞭を通じて、次世代の建築家やデザイナーの育成にも貢献しており、その学術的活動もまた彼の遺産の一部です。岡部憲明の作品と活動は、日本の現代建築史、特に公共建築や交通デザインの分野において、重要な足跡を残しています。