1. 選手経歴
イ・ヒョンスンは、アマチュア時代に有望な左腕として注目され、プロ入り後は先発と救援の両方で活躍し、特に斗山ベアーズではクローザーとしてチームの優勝に大きく貢献した。
1.1. アマチュア時代
プロ入り前のイ・ヒョンスンは、学生時代からその才能を発揮し、早くも国際大会で韓国代表として活躍した。
1.1.1. 学生時代
イ・ヒョンスンは1983年10月11日に仁川広域市で生まれた。仁川書花小学校、大憲中学校、東山高等学校を経て、仁荷大学校体育教育科に入学した。東山高校在学中だった2002年のKBOリーグドラフトで現代ユニコーンズから2次3ラウンド(全体34位)で指名を受けたが、プロ入りを拒否し、仁荷大学校へ進学した。
1.1.2. 大学・アマチュア野球
仁荷大学校では、2002年に1年生ながら早くも頭角を現した。
1.1.3. 代表経歴(アマチュア)
イ・ヒョンスンはアマチュア時代から韓国代表として国際大会に出場した。
- 2002年には仁荷大学校1年生ながらインターコンチネンタルカップに韓国代表として初選出された。チーム最年少選手として左腕スペシャリストとして救援登板し、4イニングを無失点に抑える活躍を見せ、チームの銀メダル獲得に貢献した。
- 2004年には仁荷大学校3年生として世界大学野球選手権大会に出場し、呉昇桓や張元準と共にチームを銅メダルに導いた。
- 2005年のアジア野球選手権大会にも出場し、チームは4位となった。
1.2. プロ経歴
イ・ヒョンスンはプロ入り後、現代ユニコーンズ、ウリ・ヒーローズ、尚武野球団、そして斗山ベアーズでキャリアを積み重ね、先発とリリーフの両方で重要な役割を果たした。
1.2.1. 現代ユニコーンズ時代
イ・ヒョンスンは2006年に大学卒業後、現代ユニコーンズに入団した。この年はセットアッパーや左腕スペシャリストとしてリリーフ投手で起用され、70試合に登板し、防御率3.79、2勝、19ホールドを記録し、KBOリーグのホールド部門で3位に入った。シーズン終了後には2006年のインターコンチネンタルカップに韓国代表として出場し、イタリア戦で2イニング無失点でセーブを記録したが、別のイタリア戦では9回に3失点しセーブ失敗を喫した。
2007年シーズンは二年目のジンクスに苦しみ、45試合登板で防御率7.15、1勝2敗、2ホールドと成績を落とし、シーズンを通してほとんどを二軍で過ごした。
1.2.2. ウリ・ヒーローズ時代
2007年に現代ユニコーンズが解散した後、イ・ヒョンスンは既存の選手団を引き継いだ新球団のウリ・ヒーローズに移籍した。
2008年からは先発投手に転向し、先発転向初年度は防御率4.58、6勝8敗、120投球回を記録し、先発としての可能性を示した。
2009年は、投手陣が不安定な中で唯一安定した投球を見せ、防御率4.18、13勝10敗を記録し、自身初の2桁勝利を達成した。このシーズンは、勝利数でリーグ4位、投球回で5位、奪三振で10位、防御率で11位と、いずれも自己最高の成績を収め、チームの実質的なエースとして活躍した。
1.2.3. 尚武(サンム)野球団時代
イ・ヒョンスンは2011年末に軍服務義務を履行するため、尚武野球団に入隊した。2013年9月末に除隊したが、その5ヶ月前の4月に肘の負傷で手術を受け、同年は二軍で1試合の出場にとどまり、リハビリに専念した。
1.2.4. 斗山ベアーズ時代
2009年12月30日、イ・ヒョンスンは琴民鐡と現金10.00 億 KRWとの交換トレードで斗山ベアーズに移籍した。このトレードでは、彼と琴民鐡が以前使用していた背番号を交換して着用したというエピソードもある。
斗山移籍後の2010年は、先発としてシーズンを開始したが、指の負傷と制球難によりシーズン途中でブルペンに降格した。このシーズンは防御率4.75、3勝6敗を記録した。しかし、ポストシーズンでは、不調だった鄭載勳に代わり、7試合に登板して防御率0.96、1勝0敗、9.1イニングで11奪三振を記録するなど、ブルペンで重要な役割を果たした。
2011年はシーズンを通してリリーフとして起用され、3勝5敗、4セーブ、6ホールド、防御率4.82を記録した。
尚武野球団での兵役を終え、2014年に斗山ベアーズに復帰した。この年は65試合に登板し、防御率5.07、3勝3敗、15ホールドを記録した。
2015年シーズン中盤には、前年までクローザーを務めていた李庸燦の不調により空席となったクローザーの座を任され、チームの守護神として定着した。金泰亨監督は当初彼を先発として起用する計画だったが、クローザーとしての安定感からこの役割を継続することになった。この年、彼は18セーブを挙げた。ポストシーズンの準プレーオフでは、1勝2セーブ、防御率0の活躍でMVPに選出された。さらに、プレーオフ、韓国シリーズでも最高のパフォーマンスを見せ、3つのシリーズ合計で9試合にリリーフ登板し、13イニングを投げ1失点(自責点なし)に抑え、1勝1敗4セーブ、防御率0を記録し、チームの14年ぶりの韓国シリーズ優勝に大きく貢献した。
2016年には25セーブを挙げた。シーズン終了後、FA権を行使したが、3年総額27.00 億 KRWの大型契約で斗山に残留した。
2017年は成績を落とし、57試合登板で防御率3.98、3勝2敗、5セーブ、9ホールドとなった。
2018年は咸徳柱との配置転換によりクローザーの役割を失い、セーブを一つも記録できなかった。
2019年は高齢のため出場機会が大幅に減少し、入団以来最少となる9試合の登板にとどまり、未勝利に終わるなど自己ワーストの記録となった。同年オフには、かつてウリ・ヒーローズ時代の同僚だった高津臣吾と対談し、「私もあと2~3年で引退だと思います」「クローザーはチームが2時間以上勝っていても、(自分が投げた)10分間で負け試合にしてしまうこともある。そんなプレッシャーの中で投げるのは本当にきつかった」と語っている。
2020年には復活し、2年ぶりの白星を挙げ、シーズン62試合に登板した。
2021年は防御率1.93、5勝1敗、7ホールドと再び好成績を収めた。
2022年は防御率6.23と不振が続き、7月末に登録を抹消されて以降は二軍の試合にも出場せず、同年シーズン終了後に自由契約選手となり、現役を引退した。
1.3. 代表経歴(プロ)
プロ入り後もイ・ヒョンスンは韓国代表として主要な国際大会に出場し、チームの勝利に貢献した。
1.3.1. 2015 WBSCプレミア12
イ・ヒョンスンは2015年11月に開催された第1回WBSCプレミア12の韓国代表に選出され、プロ入り後初のA代表入りを果たした。この大会で韓国は初の優勝を果たし、イ・ヒョンスンも金メダル獲得に貢献した(大会記録は0勝1敗1セーブ)。
1.3.2. 2017 ワールド・ベースボール・クラシック
2017年シーズン開幕前の3月に開催された第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の韓国代表に選出された。チームは10位に終わった(大会記録は0勝1敗1セーブ)。
2. プレースタイル・ニックネーム
イ・ヒョンスンは左腕リリーフ投手として、特に満塁の危機を脱する能力で知られ、そのプレースタイルにちなんだニックネームを持っていた。
2.1. プレースタイル
イ・ヒョンスンは左投げのリリーフ投手であり、特に左腕スペシャリストやクローザーとして活躍した。満塁の危機でも冷静に切り抜け、失点を防ぐ能力に長けていた。
2.2. ニックネーム
イ・ヒョンスンは、満塁のピンチを背負っても、そこから無失点で切り抜けることが多かったため、ファンからは「満塁の変態(만루변태マンルビョンテ韓国語)」というニックネームが付けられた。
3. 通算記録
年度 | チーム | 平均自責点 | 試合 | 完投 | 完封 | 勝利 | 敗戦 | セーブ | ホールド | 勝率 | 打者 | 投球回 | 被安打 | 被本塁打 | 四球 | 死球 | 奪三振 | 失点 | 自責点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2006 | 現代 | 3.79 | 70 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 19 | 1.000 | 182 | 40.1 | 44 | 3 | 14 | 2 | 43 | 18 | 17 |
2007 | 7.15 | 45 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 5 | 0.333 | 105 | 22.2 | 33 | 1 | 9 | 0 | 14 | 19 | 18 | |
2008 | ウリ | 4.58 | 40 | 1 | 0 | 6 | 8 | 0 | 1 | 0.429 | 535 | 120 | 132 | 10 | 53 | 5 | 78 | 64 | 61 |
2009 | ヒーローズ | 4.18 | 30 | 0 | 0 | 13 | 10 | 0 | 0 | 0.565 | 716 | 170 | 161 | 25 | 66 | 5 | 120 | 84 | 79 |
2010 | 斗山 | 4.75 | 46 | 0 | 0 | 3 | 6 | 2 | 4 | 0.333 | 327 | 77.2 | 80 | 8 | 25 | 3 | 50 | 45 | 41 |
2011 | 4.82 | 50 | 0 | 0 | 3 | 5 | 4 | 6 | 0.375 | 325 | 74.2 | 85 | 8 | 26 | 5 | 50 | 43 | 40 | |
2014 | 5.07 | 65 | 0 | 0 | 3 | 3 | 0 | 15 | 0.500 | 259 | 55 | 68 | 2 | 23 | 3 | 39 | 34 | 31 | |
2015 | 2.89 | 41 | 0 | 0 | 3 | 1 | 18 | 2 | 0.750 | 191 | 46.2 | 45 | 3 | 10 | 2 | 41 | 16 | 15 | |
2016 | 4.84 | 56 | 0 | 0 | 1 | 4 | 25 | 1 | 0.200 | 260 | 57.2 | 65 | 8 | 17 | 7 | 41 | 36 | 31 | |
2017 | 3.98 | 57 | 0 | 0 | 3 | 2 | 5 | 9 | 0.600 | 235 | 52 | 62 | 4 | 16 | 4 | 38 | 23 | 23 | |
2018 | 4.99 | 39 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 6 | 1.000 | 140 | 30.2 | 39 | 4 | 14 | 1 | 21 | 18 | 17 | |
2019 | 3.00 | 9 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 2 | 0.000 | 22 | 6 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 2 | |
2020 | 5.31 | 62 | 0 | 0 | 2 | 1 | 2 | 10 | 0.667 | 195 | 42.1 | 48 | 2 | 21 | 2 | 42 | 27 | 25 | |
2021 | 1.93 | 38 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 7 | 0.833 | 90 | 23.1 | 16 | 1 | 6 | 0 | 20 | 6 | 5 | |
2022 | 6.23 | 23 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 1.000 | 43 | 8.2 | 13 | 2 | 4 | 1 | 9 | 6 | 6 | |
通算 | 15シーズン | 4.47 | 671 | 1 | 0 | 47 | 44 | 56 | 89 | 0.516 | 3625 | 827.2 | 895 | 81 | 304 | 40 | 610 | 441 | 411 |
4. 受賞歴・評価
イ・ヒョンスンは、2015年のKBOリーグ準プレーオフでMVPに選出された。また、同年には2015 WBSCプレミア12で韓国代表として金メダルを獲得し、優勝に大きく貢献した。
5. 個人史・その他
イ・ヒョンスンはプロキャリアにおいて複数の背番号を着用した。
2009年の斗山ベアーズへのトレードでは、彼と琴民鐡が互いの背番号を交換して着用したというエピソードがある。
5.1. 背番号
- 29 (2006年)
- 48 (2007年 - 2009年、2014年 - 2017年、2019年 - 2022年)
- 58 (2010年 - 2011年)
- 3 (2018年)
6. 出身学校
イ・ヒョンスン選手の学歴情報は以下の通りである。
- 仁川書花小学校
- 大憲中学校
- 東山高等学校
- 仁荷大学校