1. 生涯
赤松健の人生は、幼少期の転居経験から始まり、漫画家としてのキャリアを確立するまでの道のりを経て、政治の舞台へと進出した。
1.1. 幼少期と教育
赤松健は1968年7月5日に愛知県名古屋市で生まれた。父親が農林水産省の官僚であったため、転勤が多く、家族は山形県、東京都北区、熊本県、東京都東久留米市、神奈川県川崎市など、日本各地を転々とした。特に東久留米市で育った期間が長い。
海城高等学校を卒業後、中央大学文学部文学科国文学専攻に進学した。高校時代はマイコン部に所属し、部長を務めた。1985年にはPC-8801向けにアクションRPG『PALADINパラディン日本語』を制作し、ボーステックから発売された。大学ではアニメーション研究会、漫画研究会、映画研究会に所属した。この頃から同人誌の制作活動に積極的に取り組み、コミックマーケットでは「水野 亜和みずの あわ日本語」というペンネームで作品を販売していた。彼は『美少女戦士セーラームーン』をアニメや漫画に触れるきっかけとして挙げている。
1.2. 漫画家デビュー
1993年、赤松は『ひと夏のKIDSゲーム』で第50回週刊少年マガジン新人漫画賞に入選し、審査員特別賞を受賞した。この受賞を機にプロの漫画家としての活動を開始し、同作は講談社の『マガジンFRESH』に掲載された。翌1994年には、同社の『週刊少年マガジン』で『A・Iが止まらない!』の連載を開始した。
2. 漫画家としての活動
赤松健は、その独創的な作風と商業的成功により、日本の漫画界に大きな足跡を残した。
2.1. 代表作と人気
赤松の作品は、特に美少女とラブコメディの要素を組み合わせたジャンルで人気を博した。

- 『ラブひな』: 1998年から2001年まで『週刊少年マガジン』に連載され、彼の人気を決定づけた代表作である。この作品は美少女ラブコメディの分野で本領を発揮し、日本国内で累計600万部以上の売り上げを記録した。2002年にはアメリカ合衆国でも発売され、西洋の読者からも「可愛い」と評され、作者自身もその反響に驚いたという。
- 『魔法先生ネギま!』: 2003年から2012年まで『週刊少年マガジン』に連載された、赤松にとって最も長期にわたる連載作品となった。
- 『UQ HOLDER!』: 『魔法先生ネギま!』の続編として、2013年に『週刊少年マガジン』で連載を開始し、後に『別冊少年マガジン』に移籍し、2022年に完結した。この作品は、後述する「同人マークどうじんマーク日本語」が初めて採用された作品としても知られる。
これらの主要作品は、アニメ化やCD化などのメディアミックス展開も盛んに行われた。特に『魔法先生ネギま!』はテレビドラマ化もされている。赤松の漫画は、男性主人公が多数の女性キャラクターに囲まれるという特徴的なテーマを多く扱っている。
2.2. 受賞歴と商業的成功
赤松健は、漫画家として数々の栄誉と商業的成功を収めてきた。
2001年には『ラブひな』で第25回講談社漫画賞少年部門を受賞した。彼の漫画作品は、全世界で累計5000万部以上の発行部数を誇る。
また、ユニクロからは『週刊少年マガジン』と『週刊少年サンデー』の創刊50周年を記念したコラボレーションTシャツとして、『ラブひな』と『魔法先生ネギま!』のデザインが2種類発売された。
漫画家としての交流も深く、『ハヤテのごとく!』の作者である畑健二郎とは対談を行い、共にコラボレーションイラストを描いたことがきっかけで友好関係を築いた。これにより、2011年8月には両者の劇場版アニメが史上初の同時上映を果たすことになった。
3. 事業および著作権関連活動
赤松健は、実業家としての側面も持ち、デジタルコンテンツの普及と著作権保護に積極的に取り組んできた。
3.1. Jコミ設立と絶版漫画配信
2010年、赤松は絶版漫画の電子書籍を無料かつDRMフリーの広告モデルで配信する企業「Jコミ」(現在のマンガ図書館Z)を設立し、代表取締役社長に就任した。この事業の目的は、絶版となった漫画が中古市場で売買されても漫画家の利益にならない現状や、ファイル共有ソフトやスキャンレーションによる違法流通が止められない状況を改善し、漫画家が利益を得られる「絶版マンガの図書館」を構築することにあった。Jコミ設立に際し、彼は『週刊少年マガジン』(講談社)との専属契約を解除している。
実験的に『ラブひな』全14巻を広告付きで1か月間無料公開したところ、1週間で170万ダウンロードを記録し、大きな反響を呼んだ。この成功を受け、講談社や集英社などの大手出版社もJコミとの連携を開始し、2011年には正式にサービスが開始された。同年、Jコミが松山せいじの漫画『奥サマは小学生おくさまはしょうがくせい日本語』を公開した際には、当時の東京都副知事である猪瀬直樹が東京都青少年の健全な育成に関する条例の改正を巡る議論の中で同作を物理的販売規制の例として挙げたことで、Jコミの存在が広く知られることとなった。
3.2. 著作権保護と二次創作支援
赤松は、クリエイターの権利保護と創作活動の活性化のため、著作権侵害への法的対応や二次創作活動の支援にも力を入れている。

2013年には、二次創作の同人誌作成や同人誌即売会での無断配布を有償・無償問わず原作者が許可する意思を示すための新たなライセンスとして「同人マークどうじんマーク日本語」の導入を提唱し、コモンズスフィアによって公開された。これは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉で著作権侵害の非親告罪化が議論された際、第三者による告発などで権利者が黙認したいケースでも訴訟に発展する事態を防ぐことを目的としたもので、自身の作品『UQ HOLDER!』で初めて採用された。
また、漫画の海賊版サイト「漫画村まんがむら日本語」に広告料を支払い出稿していた広告代理店2社に対し、著作権侵害を助長したとして損害賠償を求める訴訟を起こした。2021年12月21日、東京地方裁判所は赤松の主張を認め、請求通り1100.00 万 JPYの支払いを命じる判決を言い渡した。2022年6月29日には、知的財産高等裁判所が第一審の東京地裁判決を支持し、広告代理店側の控訴を棄却した。
4. 政治活動
赤松健は、漫画家としてのキャリアを経て、日本の政治舞台へと進出した。彼は「表現の自由」の擁護を掲げ、国会議員として多岐にわたる活動を行っている。

4.1. 政界進出と選挙
2021年12月16日、赤松は自身のTwitterで、翌2022年7月に予定される第26回参議院議員通常選挙に自由民主党から立候補する意向を表明し、同年12月22日に自民党から比例代表候補として正式に公認された。彼は「表現の自由」を守ることを主要な公約とし、選挙運動中には、漫画、アニメ、ゲームなどの日本の創作物に対する国内外からの「外部圧力」による規制の動きを批判し、そのような規制は「合理的にアプローチされるべき」と訴えた。
選挙戦では、全国47都道府県すべてを自ら訪問して遊説を行い、政策ビラもイラストを多用した「同人誌風」のデザインにするなど、漫画家らしい独自の選挙運動を展開した。2022年7月10日の参議院選挙で、赤松は比例区の全候補者中トップとなる52万8053票を獲得し、初当選を果たした。これにより、彼は漫画家として史上初めて国会議員となった。初当選した新人議員は通常、各派閥から勧誘を受けるが、赤松は「表現の自由」を強固に訴え、献金なども受けないことを明言していたため、当選後に派閥からの勧誘が一切なかったという。
4.2. 国会議員としての活動
国会議員として、赤松は自身の専門分野である漫画やアニメ、ゲームなどのコンテンツに関する政策提言を積極的に行っている。当選後、彼が最初に取り組んだイニシアティブの一つは、過去および現在の日本のビデオゲームをプレイ可能な状態で保存するための法的枠組みに関するタスクフォースの設立であった。
彼は「漫画、アニメに国境はない」という持論に基づき、「漫画外交」を展開している。これは海外の漫画、アニメ、文化施設、美術館、博物館などを視察する活動を含み、海外の要人と面会した際には直筆の似顔絵を進呈している。彼は、知的財産を活用することが日本の勝利への道であると主張している。また、他の国と比較して「日本の強みは創造の自由である」と述べ、日本の作品が外国の基準によって規制される状況は避けるべきだと提言している。
4.3. 政府要職と政策
2024年11月13日、赤松は第2次石破内閣において文部科学大臣政務官兼復興大臣政務官に就任した。
彼の主な政策的見解は以下の通りである。
- 憲法: 憲法改正に賛成しており、特に第9条に自衛隊の存在を明記すべきだと主張している。緊急事態条項の設置については「どちらともいえない」と回答している。
- 外交・安全保障: 敵基地攻撃能力の保有には「どちらかといえば賛成」の立場。普天間基地の辺野古移設についても「どちらかといえば賛成」としている。ロシアによるウクライナ侵攻に対する日本政府の制裁措置については「適切だ」と評価。防衛費については「ある程度増やすべき」と回答している。徴用工訴訟問題や慰安婦問題を巡る日韓対立については、「互いに譲歩すべきだ」と関係改善を提言している。
- ジェンダー: 選択的夫婦別姓制度の導入と同性婚を可能とする法改正に賛成しているが、クオータ制の導入には反対している。
- その他: アベノミクスについては「評価するが、修正すべきだ」と回答。「原子力発電への依存度を今後どうするべきか」という問いには「下げるべき」と回答している。国会議員の被選挙権年齢の引き下げに賛成。インボイス制度には反対の立場を取っている。漫画やアニメなどの創作物の表現規制に反対しており、アニメ・漫画等を活用した外交を推進している。また、フリーランスへの支援強化も訴えている。
彼の政治活動の背景には、長女が4年以上不登校であった経験があり、その際に漫画作品に救われたという個人的な体験が、表現規制反対や不登校支援への強い動機となっている。
5. 表現の自由の擁護
赤松健の活動の中核をなすのは、「表現の自由」に対する揺るぎない信念と、それを守るための具体的な行動である。彼は漫画家として活動していた頃から、創作物の表現が規制される可能性のある動きに対し、積極的に反対活動を行ってきた。
5.1. 検閲への反対とロビー活動
赤松は、アニメや漫画における表現の自由の強力な擁護者であり、政府による検閲や著作権法の拡大の試みに反対する立場を明確にしている。
2011年、彼は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の下で提案された著作権法の変更が、日本の二次創作(同人)文化を「破壊する」と警告し、その後も継続的に懸念を表明した。
2013年には、日本漫画家協会のスポークスマンとして、自由民主党とその提携政党が提案した児童ポルノ禁止法改正案に反対する他のクリエイターたちに加わった。この法案の草案には、ロリコン漫画のような完全に架空の描写も定義に含まれていたためである。赤松は国会議事堂や自民党本部を訪れて懸念を表明し、最終的に2014年に可決された法案には、露骨なアニメや漫画の禁止は含まれなかった。彼は2018年に日本漫画家協会の常務理事に就任している。
2019年には、政府の小委員会が提案した著作権法拡大計画に対し、赤松と日本漫画家協会は懸念を表明した。この計画では、ブログやTwitterに違法に投稿されたアニメ画像やイラストのダウンロードやスクリーンショット、楽曲の歌詞のコピー&ペーストも違法となる可能性があった。
2020年には、国会で議員に漫画の未来について助言するよう招かれ、「他国と比較して、日本の強みは創造の自由である」と述べ、「日本の作品が外国の基準によって規制される状況は避けるべきだ」と主張した。
2010年11月29日、東京都青少年健全育成条例の改正を巡り、いわゆる非実在青少年が問題となった際には、ニコニコ動画の討論配信に現役漫画家として参加し、非実在青少年や児童ポルノを漫画業界がどのように受け止めているか意見を述べた。
2013年5月30日には、漫画家のちばてつやと松本零士を伴って議員会館を訪れ、当時の民主党代表であった海江田万里を含む与野党の議員と面会し、児童ポルノ禁止法の対象に漫画やアニメなどの創作物を含めることを規定した附則第2条の文言の削除を求めた。この文言はその後、削除された。
赤松と同じく表現規制反対派の議員である山田太郎が結成した「表現の自由を守る会ひょうげんのじゆうをまもるかい日本語」の最高顧問に就任し、表現規制に対して反対活動を続けている。
6. 人物
赤松健は、家庭人としての一面や、漫画家としての活動を支える個人的な背景も持っている。
6.1. 家族
妻はプロのコスプレイヤーであり、元アイドルの赤松佳音である。夫妻には二人の娘がいる。長女は小学校時代に4年間以上不登校を経験しており、その際に漫画作品に救われたという。この経験が、赤松の政治家としての表現規制反対や不登校支援の活動につながっている。
6.2. その他
血液型はB型である。
実弟である赤松智あかまつ さとし日本語は、旧スクウェア(現スクウェア・エニックス)の社員で、『デュープリズムデュープリズム日本語』、『ファイナルファンタジーXファイナルファンタジーテン日本語』、『ファイナルファンタジーX-2ファイナルファンタジーテンツー日本語』、『キングダム ハーツキングダムハーツ日本語』、PS2版『半熟英雄はんじゅくヒーロー日本語』などの音楽プログラムを担当していた。
赤松は『魔法先生ネギま!まほうせんせいネギま!日本語』の頃まで「Level-Xレベルテン英語」という同人サークルを主宰していたが、プロとしての仕事が多忙になったため活動を停止した。大学入学まで同人誌即売会への参加経験はなかったという。彼は自身の作品の二次創作同人誌が、たとえ成人向け表現を含むものであっても、他の作家によって執筆されることを歓迎するスタンスを取っている。また、『ドージンワーク』の作者であるヒロユキと対談した経験もある。大暮維人とも親交が深く、『マガジン』誌上で対談したり、大暮の作品『エア・ギア』では『魔法先生ネギま!』のエピソードが丸ごとコピーされて使用されるという、コラボレーションともとれる描写があった。
アシスタントとしては、綾永らん、まぎぃ、MAX、みのる、山下、みつはしが知られている。
彼はアニメ『ラブひな』に「赤松先生」役で声優出演もしている。
7. 作品一覧
赤松健が関わった主要な作品を以下に示す。
7.1. 漫画
- 『ひと夏のKIDSゲームひと夏のキッズゲーム日本語』(1993年、マガジンFRESH、読み切り)
- 『A・Iが止まらない!エー・アイがとまらない!日本語』(1994年 - 1997年、『週刊少年マガジン』→『マガジンSPECIAL』)
- 『いつだってMyサンタ!いつだってマイサンタ!日本語』(1997年、『週刊少年マガジン』、読み切り)
- 『ラブひなラブひな日本語』(1998年 - 2001年、『週刊少年マガジン』)
- 『魔法先生ネギま!まほうせんせいネギま!日本語』(2003年 - 2012年、『週刊少年マガジン』)
- 『ネギま!?neoネギま!?ネオ日本語』(2006年 - 2009年、『コミックボンボン』および『マガジンSPECIAL』、原作)
- 『ネギほ(幼)文ネギほようぶん日本語』(2010年 - 2011年、『別冊少年マガジン』、原作)
- 『UQ HOLDER!ユーキューホルダー!日本語』(2013年 - 2022年、『週刊少年マガジン』→『別冊少年マガジン』)
- 『陸上防衛隊まおちゃんりくじょうぼうえいたいまおちゃん日本語』(2003年 - 2004年、『マガジンSPECIAL』、原作のみ)
7.2. アニメ
- 『陸上防衛隊まおちゃんりくじょうぼうえいたいまおちゃん日本語』(2002年、原作、キャラクターデザイン)
- 『ラブひな』(ストーリー、特別編2話で本人役の声優も担当)
- 『魔法先生ネギま!』(ストーリー)
- 『うた∽かた』(エンディングイラスト、第11話)
- 『いつだってMyサンタ!いつだってマイサンタ!日本語』(ストーリー)
- 『劇場版 ハヤテのごとく! HEAVEN IS A PLACE ON EARTH』(スペシャルサンクス)
- 『UQ HOLDER!』(ストーリー)
- 『寄宿学校のジュリエットきしゅくがっこうのジュリエット日本語』第10話(2018年、エンドカード)
- 『かくしごとかくしごと日本語』第3話(2020年、素材協力)
- 『16bitセンセーション ANOTHER LAYERシックスティーンビットセンセーションアナザーレイヤー日本語』第1話(2023年、エンドカード)
7.3. ゲーム
- 『PALADINパラディン日本語』(1985年、ボーステック、PC-8801版)
8. 評価と影響
赤松健は、漫画家、実業家、そして政治家として、日本の文化と社会に多大な影響を与えてきた。
8.1. 文化への貢献
赤松は、その革新的な取り組みによって漫画産業の発展に大きく貢献した。特に、絶版漫画の無料デジタル配信プラットフォーム「Jコミ」(現・マンガ図書館Z)の設立は、漫画家が過去の作品から利益を得る新たな道を開き、デジタル文化の普及を促進した。また、二次創作活動を支援するための「同人マーク」の提唱と実践は、クリエイターコミュニティにおける権利関係の円滑化に寄与し、創作活動の活性化に貢献した。彼の作品は、海外の読者からも高い評価を受け、日本の漫画文化の国際的な認知度向上にも一役買っている。
8.2. 社会的・政治的影響
赤松健は、漫画やアニメなどの創作物に対する規制の動きに対し、一貫して「表現の自由」を擁護する立場を取り、そのためのロビー活動や政策提言を積極的に行ってきた。児童ポルノ禁止法改正や著作権法改正の議論において、彼の発言や行動は、創作物の自由な表現を守る上で重要な役割を果たした。
2022年に漫画家として初めて国会議員となったことは、日本の政治における新たな一歩として注目された。彼は自身の経験と専門知識を活かし、漫画外交の推進や、日本のビデオゲームの保存に関する法的枠組みの検討など、文化コンテンツ振興のための具体的な政策を提唱している。彼の政治活動は、創作物の規制緩和やデジタルコンテンツに関する政策形成に影響を与え、日本の文化産業が国際競争力を維持・強化するための基盤作りに貢献している。