1. 概要
カート・スズキ(Kurtis Kiyoshi Suzuki英語、日本名:鈴木 清すずき きよし日本語、1983年10月4日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州マウイ島ワイルク出身の元プロ野球選手(捕手)。右投右打。愛称は「ズック」(Zook英語)。彼の祖父母が愛知県名古屋市出身であることから、スズキ自身は日系アメリカ人4世である。
スズキはカリフォルニア州立大学フラトン校でカレッジ野球をプレーし、2004年にはカレッジ・ワールドシリーズで優勝を果たした。この年、彼は大学野球最優秀捕手に贈られるジョニー・ベンチ賞、カレッジ・ベースボール・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに贈られるブルックス・ウォレス賞、そしてビッグ・ウェスト・カンファレンスのプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
2004年のMLBドラフトでオークランド・アスレチックスから2巡目(全体67位)で指名され、2007年にMLBデビューを果たした。ミネソタ・ツインズに所属していた2014年にはMLBオールスターゲームに選出され、打率.288と自己最高の成績を記録した。ワシントン・ナショナルズに復帰した2019年には、チームのワールドシリーズ優勝に貢献し、カレッジ・ワールドシリーズとMLBワールドシリーズの両方で優勝を経験した初の選手となった。ロサンゼルス・エンゼルスでプレーした後、2022年シーズン限りでの現役引退を表明し、2023年からはエンゼルスのGM特別補佐を務めている。
2. 初期生い立ちと背景
カート・スズキはハワイ州マウイ島ワイルクで、ウォーレン・スズキとキャスリーン・スズキの間に生まれた。2001年にヘンリー・ペリン・ボールドウィン高校を卒業し、高校最終学年時には打率.328を記録した。若い頃にはハワイのMLBスカウトであるウォルター・イサム・コマツバラから指導を受けていた。
彼は日系アメリカ人4世であり、祖父母が愛知県名古屋市出身である。マウイ島で育ち、日系人のルーツを持つ家庭環境で成長した。
3. 大学野球経歴
スズキはカリフォルニア州立大学フラトン校に進学し、カリフォルニア州立大学フラトン・タイタンズ野球チームでプレーした。大学時代には、2003年のカレッジ・ワールドシリーズに出場し、翌2004年のカレッジ・ワールドシリーズでは、テキサス・ロングホーンズとの決勝戦で7回裏に2死から勝ち越しとなるRBI単打を放ち、チームを3対2の勝利に導き、全米大学一に輝いた。
2004年には、大学野球界で最高の捕手に贈られるジョニー・ベンチ賞を受賞した。また、ベースボール・アメリカ誌とカレッジ・ベースボール誌の両方でオールアメリカンに選出された。さらに、カレッジ・ベースボール・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーに贈られる初のブルックス・ウォレス賞も受賞し、ビッグ・ウェスト・カンファレンスのプレーヤー・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。
4. プロ経歴
スズキのプロ野球選手としてのキャリアは、2004年のMLBドラフトでの指名から始まり、マイナーリーグでの着実な成長を経て、MLBでの長きにわたる活躍、そして引退に至るまで、複数の球団を渡り歩いた。
4.1. ドラフト及びマイナーリーグ時代
2004年のMLBドラフトでオークランド・アスレチックスから2巡目(全体67位)で指名を受け、7月16日に契約を結んだ。同年はA-級バンクーバー・カナディアンズでプレーし、46試合で打率.297を記録し、わずか1失策に抑えた。
2005年はA+級ストックトン・ポーツで初のフルシーズンを過ごし、114試合に出場して打率.277、12本塁打、65打点、長打率.440を記録した。守備面では15失策、19捕逸を喫し、特に捕球に課題が見られた。しかし、2年連続でベスト・ディフェンシブ・キャッチャーに選出され、チームの有望株ランキングで10位(前年は9位)にランクインした。
2006年にはAA級ミッドランド・ロックハウンズに昇格し、99試合で打率.285、出塁率.392、OPS.807を記録した。7月9日にはオールスター・フューチャーズゲームに出場し、ベースボール・アメリカ誌が選ぶAA級オールスター・チームにも選出された。シーズン終了後にはチーム内の有望株リストで3位にランクされ、3年連続でベスト・ディフェンシブ・キャッチャーに選ばれるなど、マイナーリーグで着実に成長を続けた。
2007年シーズンはAAA級サクラメント・リバーキャッツで開幕を迎えた。
4.2. オークランド・アスレチックス時代


2007年6月9日、控え捕手のアダム・メルヒューズがテキサス・レンジャーズへトレードされたため、メジャーリーグに初昇格した。6月12日のヒューストン・アストロズ戦で代打として出場し、メジャーデビューを果たした。6月14日のアストロズ戦ではライト前に自身初のメジャー安打を放った。7月16日には、成績が低迷していたベテラン正捕手のジェイソン・ケンドールがシカゴ・カブスにトレードされたため、正捕手に抜擢された。翌7月17日のレンジャーズ戦では、ハワイ出身の日系人投手であるシェーン・コミネが5番手として登板し、メジャー史上初のハワイ出身バッテリーが誕生した。8月16日のシカゴ・ホワイトソックス戦で初のサヨナラ本塁打を放ち、9月10日のシアトル・マリナーズ戦では初の満塁本塁打を記録するなど、68試合に出場して経験を積んだ。このシーズンは打率.249、7本塁打、39打点だったが、盗塁阻止率は19%と低調だった。
2008年は開幕から正捕手としてプレーし、初めて規定打席に到達した。148試合に出場し、打率.279、7本塁打、42打点、出塁率.346を記録した。守備では捕手としてリーグ最多の141試合に出場し、盗塁阻止率37%(アメリカンリーグ5位)、5捕逸、23暴投に抑えた。8月16日のホワイトソックス戦では代打でサヨナラ本塁打を記録した。
2009年は打率.274、自己最多の15本塁打、88打点を記録し、出塁率.313をマークした。自己最多となる53本の長打を放ち、アスレチックスでは球団史上2人目の捕手として打点王に輝いた。また、チーム内で安打数(156)、二塁打数(37)、塁打数(240)でトップとなり、本塁打と得点ではチームメイトのジャック・カストに次ぐ2位だった。守備では捕手として2年連続でア・リーグ最多の135試合に出場した。
2010年7月23日、アスレチックスと4年総額およそ1625.00 万 USDの契約延長に合意した。このシーズンは打率.242、13本塁打、71打点を記録し、捕手としてリーグ3位の123試合に出場した。
2011年は打率.237、14本塁打、44打点を記録し、捕手としてリーグ3位の129試合に出場した。
2012年には、マリナーズとのMLB日本開幕戦のメンバーとして来日した。開幕に先立って東京ドームで開催されたプレシーズンゲームでは、読売ジャイアンツ戦でレビ・ロメロから、阪神タイガース戦ではランディ・メッセンジャーから本塁打を記録した。この試合では、東日本大震災で被災した福島県の親戚を招待していた。
4.3. ワシントン・ナショナルズ時代
2012年8月3日、マイナーリーグ捕手のデビッド・フレイタスとのトレードで、ワシントン・ナショナルズへ移籍した。移籍後は43試合に出場し、打率.267、5本塁打、25打点を記録した。
2013年は、ウィルソン・ラモスとプラトーンで出場機会を分け合った。79試合に出場し、打率.222、3本塁打、25打点だった。5月12日には、ジョン・タンペイン審判によるストライク判定に抗議し、自身初のMLBでの退場処分を受けた。
4.4. オークランド・アスレチックスへの復帰
2013年8月22日、マイナーリーガーのダコタ・バッカスとのトレードで、再びオークランド・アスレチックスに復帰した。復帰後は15試合に出場し、打率.303、2本塁打、7打点と好調だった。オフの11月1日にFAとなった。
4.5. ミネソタ・ツインズ時代

(2015年8月22日)
2013年12月23日、ミネソタ・ツインズと年俸275.00 万 USDの1年契約を結んだ。
2014年5月20日のサンディエゴ・パドレス戦では、自身初のランニング本塁打を記録した。この年、自身初のMLBオールスターゲームに選出され、ツインズのチームメイトであるグレン・パーキンスと共に試合を締めくくった。7月31日には、ツインズと総額1200.00 万 USDの2年契約(2017年の球団オプション付き)に合意した。このシーズンは正捕手として131試合に出場し、打率.288と自己最高の成績を記録し、3年ぶりに規定打席に到達した。守備面では4失策で守備率.995を記録したが、盗塁阻止率は85回中21回を刺して25%だった。
2015年も正捕手を務め、2年連続で131試合に出場したが、打率.240、5本塁打、50打点に終わった。捕手としてア・リーグ2位の130試合に出場し、守備率は.997を記録したが、盗塁阻止率は15%に留まった。
2016年は106試合に出場し、打率.258、8本塁打、49打点を記録した。6月18日のニューヨーク・ヤンキース戦では、アロルディス・チャップマンの時速164 km/h (102 mph)の速球から自身8年ぶりとなる代打本塁打を記録した。守備では99試合で捕手を務め、5失策、守備率.993だった。この他、4試合で指名打者としても出場した。オフの11月3日にFAとなった。
4.6. アトランタ・ブレーブス時代
2017年1月30日、アトランタ・ブレーブスと1年150.00 万 USDで契約を結んだ。ブレーブスではタイラー・フラワーズの控えとして出場し、少ない打席数ながら打率.283、自己最多の19本塁打、50打点を記録した。守備ではR.A.ディッキーのナックルボールに苦戦し、自己ワーストの10捕逸を喫した。シーズン終了前の9月23日、ブレーブスと1年350.00 万 USDで契約延長に合意した。
2018年は105試合に出場し(先発捕手としては83試合)、打率.271、12本塁打、50打点を記録した。オフの10月29日にFAとなった。
4.7. ワシントン・ナショナルズ(第2期)
2018年11月19日、古巣のワシントン・ナショナルズと2年1000.00 万 USDで契約を結び、6年ぶりの復帰が決定した。
2019年はヤン・ゴームズと出場機会を分け合う形で85試合に出場した。9月3日のニューヨーク・メッツ戦では、9回に6点差を逆転するサヨナラ本塁打を放ち、劇的な勝利に貢献した。9月7日のブレーブス戦で右肘の炎症を負ったが、重症ではなく2週間で復帰した。最終成績は打率.264、17本塁打、63打点だった。守備面では盗塁阻止率が10%と低調だった。
ポストシーズンのナショナルリーグディビジョンシリーズ(NLDS)では4試合に出場したが無安打に終わり、第5戦では顔面付近に死球を受けて途中交代した。ナショナルリーグチャンピオンシップシリーズ(NLCS)第3戦で初安打を記録した。
ヒューストン・アストロズとの2019年のワールドシリーズ第2戦では、ジャスティン・バーランダーから決勝点となる本塁打を放ち、ハワイ出身の選手としてワールドシリーズで本塁打を打った初の選手となった。しかし、第3戦で股関節屈筋の負傷により途中交代し、シリーズの残り試合には出場できなかった。それでもチームは7試合制の激戦を制し、球団史上初のワールドシリーズ制覇を成し遂げ、スズキは自身初のワールドシリーズリングを手にした。
2020年は33試合に出場し、打率.270、2本塁打、17打点を記録した。このシーズンは28個の盗塁を許し、ナショナルリーグ最多タイだった。オフの10月28日にFAとなった。
4.8. ロサンゼルス・エンゼルス時代
2021年1月15日、ロサンゼルス・エンゼルスと1年150.00 万 USDの単年契約を結んだ。この年は主にバックアップ捕手として72試合に出場し、打率.224、6本塁打、16打点だった。4月20日には、捕手としてキャリア通算10,000刺殺を記録した16人目の選手となった。4月26日のテキサス・レンジャーズ戦では大谷翔平とバッテリーを組み、大谷の1072日ぶりの勝利を引き出した。オフの11月3日にFAとなった。
2022年3月16日、エンゼルスと1年175.00 万 USDで再契約した。9月20日、このシーズン限りでの現役引退を表明した。現役最後の出場は、自身の39歳の誕生日である10月4日、古巣であるオークランド・アスレチックス戦だった。
5. 選手としての特徴と評価
スズキは、その守備能力と勝負強い打撃で知られる捕手である。ベースボール・アメリカ誌の有望株リストでは、2007年版で89位にランクされた。
打席内では「待球打法」に徹するスタイルで、特に左投手を得意としたが、右投手に対してはやや苦戦する傾向が見られた。その勝負強さから、デーブ・ジョンソンからは「カート・クラッチ」という愛称を付けられた。ガッツがあり、タフな捕手として評価されていたが、初期の守備能力には改善の余地があるとも指摘されていた。しかし、本人は「打撃よりもまずは守備、それがチームと投手陣から信頼を勝ち取る手段」と語っており、守備に対する意識が非常に高かった。2008年以降、その守備能力は高いレベルで安定した。しかし、年齢とともに守備力は徐々に低下し、2018年のポップタイムの平均は2.08秒で、メジャーリーグでワースト3位だった。
マイナーリーグでの4年間の通算成績は、打率.283、出塁率.380、OPS.799を記録している。
彼の左上腕には漢字で「鈴木」という入れ墨が彫られている。
6. 主な受賞歴と功績
スズキはキャリアを通じて数々の重要な受賞歴と功績を積み重ねてきた。
- 2004年のカレッジ・ワールドシリーズ優勝
- ジョニー・ベンチ賞:1回(2004年)
- ブルックス・ウォレス賞:1回(2004年)
- ビッグ・ウェスト・カンファレンスのプレーヤー・オブ・ザ・イヤー:1回(2004年)
- オールスター・フューチャーズゲーム選出:1回(2006年)
- MLBオールスターゲーム選出:1回(2014年)
- 2019年のワールドシリーズ優勝
7. 私生活
スズキは2007年1月にレネー・マリー・スズキ(旧姓ヴィグネリー)と結婚した。二人はカリフォルニア州立大学フラトン校で出会い、レネーもバレーボール選手として同大学のタイタンズでプレーしていた。
夫妻には3人の子供がいる。長女は2011年4月に生まれ、スズキは彼女の誕生後に一時的に父親休暇を取得した。長男は2013年11月に、次男は2016年7月にそれぞれ誕生している。
8. 引退後の活動
現役引退後、スズキは野球界に留まり、新たな役割を担っている。
2023年3月5日、ロサンゼルス・エンゼルスのGM特別補佐にエディ・グアダードと共に就任することが発表された。
9. 慈善活動
2012年、スズキは妻のレネーと共に「カート・スズキ・ファミリー財団」(Kurt Suzuki Family Foundation)を設立した。この財団は、慢性疾患や腎臓病に関する科学研究を支援することを目的とした慈善非営利団体である。
また、スズキ夫妻は、元タイタンズの捕手であるジョン・ウィルハイトを支援している。ウィルハイトは、ニック・アデンハートが死亡した自動車事故で重傷を負った。スズキ夫妻は、オーランド・カブレラ夫妻とともに、ウィルハイトの回復をサポートしている。
10. 詳細情報
10.1. 年度別打撃成績
年 度 | 球 団 | 打撃成績 | ||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 刺 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | OPS | |||
2007年 | OAK | 68 | 248 | 213 | 27 | 53 | 13 | 0 | 7 | 87 | 39 | 0 | 0 | 3 | 5 | 24 | 0 | 3 | 39 | 4 | .249 | .327 | .408 | .735 |
2008年 | 148 | 588 | 530 | 54 | 148 | 25 | 1 | 7 | 196 | 42 | 2 | 3 | 2 | 1 | 44 | 2 | 11 | 69 | 20 | .279 | .346 | .370 | .716 | |
2009年 | 147 | 614 | 570 | 74 | 156 | 37 | 1 | 15 | 240 | 88 | 8 | 2 | 1 | 7 | 28 | 0 | 8 | 59 | 14 | .274 | .313 | .421 | .734 | |
2010年 | 131 | 544 | 495 | 55 | 120 | 18 | 2 | 13 | 181 | 71 | 3 | 2 | 0 | 4 | 33 | 3 | 12 | 49 | 22 | .242 | .303 | .366 | .669 | |
2011年 | 134 | 515 | 460 | 54 | 109 | 26 | 0 | 14 | 177 | 44 | 2 | 2 | 3 | 7 | 38 | 1 | 7 | 64 | 14 | .237 | .301 | .385 | .686 | |
2012年 | 75 | 278 | 262 | 19 | 57 | 15 | 0 | 1 | 75 | 18 | 1 | 0 | 2 | 2 | 9 | 0 | 3 | 53 | 3 | .218 | .250 | .286 | .536 | |
WSH | 43 | 164 | 146 | 17 | 39 | 5 | 0 | 5 | 59 | 25 | 1 | 0 | 2 | 3 | 11 | 3 | 2 | 20 | 2 | .267 | .321 | .404 | .725 | |
'12計 | 118 | 442 | 408 | 36 | 96 | 20 | 0 | 6 | 134 | 43 | 2 | 0 | 4 | 5 | 20 | 3 | 5 | 73 | 5 | .235 | .276 | .328 | .605 | |
2013年 | 79 | 281 | 252 | 19 | 56 | 11 | 1 | 3 | 78 | 25 | 2 | 0 | 2 | 4 | 20 | 6 | 3 | 32 | 2 | .222 | .283 | .310 | .593 | |
OAK | 15 | 35 | 33 | 6 | 10 | 2 | 0 | 2 | 18 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 3 | 0 | .303 | .343 | .545 | .888 | |
'13計 | 94 | 316 | 285 | 25 | 66 | 13 | 1 | 5 | 96 | 32 | 2 | 0 | 2 | 4 | 22 | 6 | 3 | 35 | 2 | .232 | .290 | .337 | .627 | |
2014年 | MIN | 131 | 503 | 452 | 37 | 130 | 34 | 0 | 3 | 173 | 61 | 0 | 1 | 1 | 7 | 34 | 0 | 9 | 46 | 9 | .288 | .345 | .383 | .727 |
2015年 | 131 | 479 | 433 | 36 | 104 | 17 | 0 | 5 | 136 | 50 | 0 | 0 | 6 | 4 | 29 | 4 | 7 | 59 | 14 | .240 | .296 | .314 | .610 | |
2016年 | 106 | 373 | 345 | 34 | 89 | 24 | 1 | 8 | 139 | 49 | 0 | 0 | 1 | 4 | 18 | 0 | 5 | 48 | 9 | .258 | .301 | .403 | .704 | |
2017年 | ATL | 81 | 309 | 276 | 38 | 78 | 13 | 0 | 19 | 148 | 50 | 0 | 0 | 1 | 2 | 17 | 2 | 13 | 39 | 5 | .283 | .351 | .536 | .887 |
2018年 | 105 | 388 | 347 | 45 | 94 | 24 | 0 | 12 | 154 | 50 | 0 | 0 | 0 | 6 | 22 | 0 | 13 | 43 | 6 | .271 | .332 | .444 | .776 | |
2019年 | WSH | 85 | 309 | 280 | 37 | 74 | 11 | 0 | 17 | 136 | 63 | 0 | 1 | 0 | 3 | 20 | 1 | 6 | 36 | 10 | .264 | .324 | .486 | .809 |
2020年 | 33 | 129 | 111 | 15 | 30 | 8 | 0 | 2 | 44 | 17 | 1 | 0 | 0 | 3 | 11 | 0 | 4 | 19 | 4 | .270 | .349 | .396 | .745 | |
2021年 | LAA | 72 | 247 | 219 | 17 | 49 | 8 | 0 | 6 | 75 | 16 | 0 | 0 | 2 | 3 | 12 | 0 | 11 | 44 | 7 | .224 | .294 | .342 | .636 |
2022年 | 51 | 159 | 139 | 10 | 25 | 4 | 0 | 4 | 41 | 15 | 0 | 0 | 1 | 2 | 15 | 0 | 2 | 29 | 3 | .180 | .266 | .295 | .561 | |
MLB:16年 | 1635 | 6163 | 5563 | 594 | 1421 | 295 | 6 | 143 | 2157 | 730 | 20 | 11 | 27 | 67 | 387 | 22 | 119 | 751 | 148 | .255 | .314 | .388 | .702 |
- 2022年度シーズン終了時
10.2. 年度別守備成績
年 度 | 球 団 | 捕手(C) | 一塁手(1B) | |||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 捕 逸 | 企 図 数 | 許 盗 塁 | 盗 塁 刺 | 阻 止 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
2007年 | OAK | 66 | 431 | 32 | 2 | 0 | .996 | 7 | 36 | 29 | 7 | .194 | - | |||||
2008年 | 141 | 927 | 53 | 6 | 4 | .994 | 5 | 87 | 55 | 32 | .368 | - | ||||||
2009年 | 135 | 923 | 68 | 5 | 7 | .995 | 3 | 108 | 81 | 27 | .267 | - | ||||||
2010年 | 123 | 825 | 35 | 8 | 5 | .991 | 7 | 85 | 66 | 19 | .224 | - | ||||||
2011年 | 129 | 914 | 55 | 7 | 7 | .993 | 5 | 136 | 98 | 38 | .279 | - | ||||||
2012年 | 75 | 491 | 37 | 2 | 4 | .996 | 4 | 60 | 37 | 23 | .383 | - | ||||||
WSH | 43 | 324 | 24 | 3 | 3 | .991 | 2 | 33 | 28 | 5 | .152 | - | ||||||
'12計 | 117 | 815 | 61 | 5 | 7 | .994 | 6 | 93 | 65 | 28 | .301 | - | ||||||
2013年 | 78 | 556 | 30 | 5 | 5 | .992 | 0 | 59 | 53 | 6 | .102 | - | ||||||
OAK | 15 | 65 | 5 | 1 | 0 | .986 | 3 | 6 | 4 | 2 | .333 | - | ||||||
'13計 | 93 | 621 | 35 | 6 | 5 | .991 | 3 | 65 | 57 | 8 | .123 | - | ||||||
2014年 | MIN | 119 | 737 | 39 | 4 | 1 | .995 | 3 | 85 | 64 | 21 | .247 | - | |||||
2015年 | 130 | 825 | 35 | 3 | 8 | .997 | 3 | 94 | 80 | 14 | .149 | - | ||||||
2016年 | 99 | 679 | 28 | 5 | 2 | .993 | 1 | 64 | 52 | 12 | .188 | - | ||||||
2017年 | ATL | 77 | 553 | 42 | 3 | 2 | .995 | 10 | 55 | 42 | 13 | .236 | - | |||||
2018年 | 93 | 744 | 33 | 5 | 5 | .994 | 3 | 62 | 50 | 12 | .194 | - | ||||||
2019年 | WSH | 75 | 666 | 27 | 3 | 1 | .996 | 6 | 50 | 45 | 5 | .100 | - | |||||
2020年 | 30 | 271 | 10 | 0 | 2 | 1.000 | 1 | 33 | 28 | 5 | .152 | - | ||||||
2021年 | LAA | 69 | 597 | 33 | 10 | 5 | .984 | 7 | 43 | 35 | 8 | .186 | - | |||||
2022年 | 44 | 341 | 10 | 1 | 1 | .997 | 2 | 42 | 35 | 7 | .167 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1.000 | |
MLB | 1540 | 10869 | 596 | 73 | 62 | .994 | 72 | 1138 | 882 | 256 | .225 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1.000 |
- 2022年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
10.3. 記録
- オールスター・フューチャーズゲーム選出:1回(2006年)
- MLBオールスターゲーム選出:1回(2014年)
10.4. 背番号
- 28(2007年 - 同年途中、2019年 - 2020年)
- 6(2007年途中 - 同年終了)
- 24(2008年、2012年途中 - 2013年途中、2017年 - 2018年、2021年 - 2022年)
- 8(2009年 - 2012年途中、2014年 - 2016年)
- 22(2013年途中 - 同年終了)