1. 概要
マーク・ブランデル(Mark Blundell英語、1966年4月8日生まれ)は、イギリス出身の元レーシングドライバー、スポーツコメンテーター、スポーツマネージャーである。1984年にフォーミュラ・フォードで四輪レースキャリアを開始し、国際F3000や全日本F3000といったジュニアフォーミュラで経験を積んだ。F1には4シーズン参戦し、通算3度の表彰台を獲得した。また、スポーツカーレースでも活躍し、1990年のル・マン24時間レースではポールポジションを獲得し、1992年には同レースで優勝を果たした。1996年からはアメリカのCARTに転向し、3勝を挙げた。引退後はITVでF1解説者を務めるなどメディア活動を行う傍ら、マーティン・ブランドルと共にスポーツマネジメント会社「2MBスポーツマネジメント」(現「MBパートナーズ」)を共同設立し、CEOを務めている。2019年にはBTCCで一時的に現役復帰したが、翌年引退を表明した。
2. 生い立ちとキャリアの礎
マーク・ブランデルは、ロンドンのチッピング・バーネットで生まれた。彼のレーシングキャリアは、若くしてモータースポーツへの情熱を抱いたことに始まる。
2.1. 幼少期とモータースポーツへの参入
ブランデルは14歳でモトクロスバイクレースに参戦し、イギリス各地で経験を積んだ。17歳で四輪レースに転向し、フォーミュラ・フォードでキャリアをスタートさせた。最初のシーズンで、イギリスジュニアフォーミュラフォード選手権で2位を獲得した。翌年には、Esso British英語とSnetterton Formula Ford 1600英語の両タイトルを獲得した。
2.2. ジュニアフォーミュラでのキャリア
その後、より強力なフォーミュラ・フォード2000カテゴリーに進出し、BBC Grandstand英語シリーズで優勝した。FF1600に戻ってヨーロッパ選手権レースに参戦し、ポールポジションを獲得して総合4位に入った。1986年にはフォーミュラ・フォード2000でヨーロッパタイトルを獲得した。
1987年にはF3000にステップアップし、同時にTOM'S-トヨタから数戦のF3レースにも参戦した。1988年にはワークスチームのローラに移籍し、F3000シーズンを総合6位で終えた。また、同年には全日本F3000選手権にもスポット参戦したが、ポイントを獲得することはできなかった。1989年シーズン途中にはウィリアムズF1のテストドライバーに就任し、FW13のテスト走行を行った。この時の走行は、テクニカルチーフであるパトリック・ヘッドから「非常にクレバーな走り」と評価された。
3. 主要なレースキャリア
ブランデルは、F1、スポーツカーレース、CARTといった主要なカテゴリーで輝かしいキャリアを築いた。
3.1. フォーミュラ1

1991年、ブラバム・ヤマハからF1にデビューした。シーズン途中の第3戦から新車BT60が投入され、第11戦ベルギーGPでは6位に入賞し、F1キャリア初ポイントを獲得した。この時期、ウィリアムズF1とのテスト契約も継続しており、翌1992年に向けたアクティブサスペンション開発テストにも貢献した。しかし、ブラバムは1992年の契約を継続せず、ブランデルはF1のレースシートを失うことになった。ウィリアムズからのテストドライバー継続のオファーも、フルタイムのレースシート獲得を望んでいたため辞退している。この時空席となったウィリアムズのテストシートは、後にデイモン・ヒルが引き継ぐこととなった。1992年はF1のレースシートを確保できなかったが、マクラーレンとテスト契約を結び、同時にスポーツカーレースへの参戦を継続した。
1993年、リジェからF1に復帰した。この年、リジェはウィリアムズからの技術支援によりセミオートマチックギアボックスを搭載しており、かつてウィリアムズでセミオートマの開発に携わったブランデルの経験が買われた。チームメイトはかつてブラバムでもコンビを組んだマーティン・ブランドルであり、この「MBコンビ」は話題を呼んだ。ブランデルは南アフリカGPとドイツGPでキャリア初の表彰台を2度獲得し、シーズンを総合10位で終える活躍を見せた。
1994年にはティレルに移籍し、片山右京のチームメイトとなった。予選では片山の速さの後塵を拝することもあったが、決勝では安定した走りを見せ、スペインGPで3位を獲得。これはヤマハエンジンにとってF1初の表彰台となった。最終的な獲得ポイントでは片山を上回ったが、翌年のシートは大手電話会社ノキアをスポンサーに付けたミカ・サロに奪われ、ブランデルは再びシート探しに奔走することになる。
1995年、ブランデルは再びマクラーレンと契約を結び、テストドライバーとなった。しかし、レギュラードライバーとして加入したナイジェル・マンセルがマシンのコックピットサイズの問題などで開幕2戦を欠場したため、代役として出走機会を得た。その後もマンセルがMP4/10の出来に不満を抱きチームを離脱したため、ブランデルは最終戦までレギュラーを務めることになった。チームメイトのミカ・ハッキネンを上回る6度の入賞(うち2度は4位)を記録するなど好成績を残したが、表彰台には手が届かなかった。この年、デビッド・クルサードのマクラーレンへの移籍加入が発表されたことで、ブランデルのF1キャリアは幕を閉じた。
F1キャリア全体で、ブランデルは3回の表彰台を獲得し、合計32ポイントを記録した。2001年にはプロスト・グランプリのテスト兼開発ドライバーとしての復帰交渉がかなり進展したが、契約には至らなかった。
3.2. スポーツカーレース
1989年と1990年、ブランデルは日産と契約し、WSPCに参戦した。1990年のル・マン24時間レースでは、予選専用エンジンを搭載した日産・R90CKをドライブし、2位に6秒以上もの大差をつける3分27秒02というタイムを記録し、ポールポジションを獲得した。これはル・マン24時間レースにおける最年少ポールポジション記録となった。
F1のシートを失った1992年、プジョーワークスと契約し、スポーツカー世界選手権(SWC)にフル参戦。同年、デレック・ワーウィック、ヤニック・ダルマスと共にプジョー・905を駆り、ル・マン24時間レースで総合優勝を果たした。
その後もスポーツカーレースへの参戦は続き、1995年にはマクラーレン・F1 GTRでル・マンに参戦し4位に入賞した。2001年にはMG-ローラチームでル・マンに出場したがリタイヤに終わった。2003年にはベントレーのワークスチームからデビッド・ブラバム、ジョニー・ハーバートと共にル・マン24時間レースに参戦し、2位を獲得した。また、同年にはセブリング12時間レースでも3位表彰台に上がっている。
3.3. CART (チャンプカー)
F1引退後の1996年、ブランデルは活躍の場をアメリカに移し、チャンプカー・ワールド・シリーズ(CART)のパックウェスト・レーシングに加入した。チームメイトは元F1ドライバーのマウリシオ・グージェルミンだった。
シーズン序盤のリオのオーバルコースでは、後に彼自身が「キャリアで最もひどい衝突だった」と語る高速クラッシュに見舞われた。この事故で足首と足の骨を骨折し、3レースを欠場せざるを得なかった。しかし、負傷にもかかわらず、U.S.500、デトロイトグランプリ、ミシガン国際スピードウェイでのレースで3度のトップ6フィニッシュを果たし、ルーキーランキング3位に入った。
1997年シーズン、ブランデルはデトロイト・ベル・アイル・グランプリで最終コーナーまで優勝目前だったが、燃料切れにより勝利を逃した。しかし、次戦のポートランドグランプリではジル・ド・フェランを0.027秒差で最終ストレートで抜き去り、見事優勝を果たした。その後もトロントとフォンタナで勝利を挙げ、シーズン合計3勝をマークし、選手権で総合6位という好成績を収めた。この年、彼はモータースポーツ専門誌『オートスポーツ』の英国年間最優秀ドライバー賞に選ばれた。
1999年、ゲートウェイ・インターナショナル・レースウェイでのテスト中のクラッシュにより、シーズン中盤の8レースを欠場することになった。2000年には最終シーズンとして再びパックウェストで参戦したが、選手権21位(18ポイント)に終わり、相互合意によりチームを去った。
4. レース引退後の活動とその他
ブランデルはレース引退後もモータースポーツ界に深く関わり、メディア活動やスポーツマネジメント、そして単発的なレース参戦を通じてその情熱を維持している。
4.1. メディア・放送活動
2002年のF1シーズンから、イギリスのITVテレビのF1解説者として活動を開始した。この役割は、ITVが2008年シーズン末にF1の放送権をBBCに譲渡するまで続いた。
4.2. スポーツマネジメント
2004年、ブランデルは元F1ドライバーであり友人でもあるマーティン・ブランドルと共にスポーツマネジメント会社「2MBスポーツマネジメント」を設立した。その後、ブランドルがテレビ解説者としての活動に専念するため会社を離れることになり、2009年1月以降はブランデルが単独でオーナーを務めることとなった。会社は「2MB」の名称を維持した後、2013年7月5日付で「MBパートナーズ」に改名された。同社は、マクラーレンのテストドライバーであるゲイリー・パフェット、インディカードライバーのマイク・コンウェイ、フェラーリジュニアのカラム・アイロット、BMWのサポートを受けるトム・ブロムクヴィスト、インディカードライバーのジョーダン・キング、英国F4チャンピオンのKiern Jewiss英語、そして英国GTドライバーのPatrick Kibble英語など、多くのドライバーをマネジメントしている。

4.3. その後のレース参戦
2001年以降、ブランデルのレース活動は徐々に減少したが、時折イベントに顔を出している。かつてはダレン・マニングの準備を助けるためにデイル・コイン・レーシングのチャンプカーのテストを行ったほか、2002年にはイギリスラウンドのWRCにスポット参戦し、MG・ZR S1600をドライブしたがリタイヤに終わった。2019年にはBTCCにアウディ・S3で参戦し、久々の現役復帰を果たしたが、この参戦は同年限りで、2020年1月には現役引退を正式に発表した。しかし、同年2月には自身のチーム「MBモータースポーツ」を設立し、BTCCにホンダ・シビックで参戦させ、自身はチーム監督を務めることを明らかにした。
5. 人物像
マーク・ブランデルの個人的な特徴や、キャリアの中で経験した興味深いエピソードを紐解く。
5.1. ヘルメットデザイン
ブランデルの愛用するヘルメットのデザインは、彼自身が1985年に考案したものである。黄色のベースに3本の赤いストライプと2本の黄色い隙間、そしてあごの部分には青いストライプが施されている。ヘルメットの頭頂部には青い丸の中に彼の金色のイニシャル「MB」が大きく描かれている。このイニシャルを頭頂部に配置したのは、将来F1でモナコグランプリを走ることを夢見ており、名物コーナーであるロウズ・ヘアピンの上階からカメラマンが撮影する際に、頭頂部のイニシャルが判りやすいだろう、という思いを巡らせて決定したという。ヘルメットの後部には、彼の祖父の言葉である「The Will To Win英語」(勝利への意志)というモットーが記されている。
5.2. マーティン・ブランドルとの関係
ブランデルとマーティン・ブランドルは、F1で2度チームメイトとなり、その名前が非常に似ていたことから、日本のF1メディアでは「ブラバムのブラ・ブラコンビ」や「MBコンビ」「アナウンサー泣かせ」「F1界の峰竜太と竜雷太」といったニックネームで話題となった。
7歳年上のブランドルとは非常に良好な関係を築いており、1991年のF1ルーキーイヤーにはブランドルがブランデルを助け、チームに馴染めるように配慮してくれたことに感謝していると述べている。この強い信頼関係は、2004年に彼らが共同でレーシングドライバーのマネジメント会社「2MBスポーツマネジメント」を設立する原動力となった。社名は両者のイニシャルが「MB」であることに由来している。ブランドルがテレビ解説業に専念するために会社を離れた後も、ブランデルが単独でオーナーを務め、社名は「2MB」を継承したが、2013年7月5日付けで「MBパートナーズ」に改名された。
5.3. 著名なエピソード
1996年、リオのオーバルコースで行われたCARTのレースでは、ブランデルはハイスピードクラッシュに見舞われた。彼はこの事故を自身のキャリアで「最もひどいクラッシュ」と語っている。
また、1995年日本グランプリの予選では、ブランデルは2日間ともにマシンを壊し、まともにタイムアタックができなかった。この結果、予選通過タイムはかろうじて1周した際の16分42秒640となり、グリッド最後尾の23番手に沈んだ。これは、当時リジェの鈴木亜久里が予選中にクラッシュして決勝不出場となったため、本来の24番手から繰り上がったものである。このタイムはポールポジションのミハエル・シューマッハの1分38秒023と比較すると、15分04秒617もの差があり、F1史上最も遅い予選通過タイムとして記録されている。当時のF1には107%ルールがなく、参戦台数24台で不出場以外での予選落ちがなかった。仮に107%ルールを適用すると、このタイムは961.651%に相当する。
6. 受賞と評価
マーク・ブランデルは、そのキャリアを通じていくつかの評価を受けている。特に1997年シーズンには、アメリカのCARTシリーズでの活躍が認められ、モータースポーツ専門誌『オートスポーツ』より「英国年間最優秀ドライバー賞」に選出された。これは彼のキャリアにおける重要な栄誉の一つである。
7. キャリア統計
マーク・ブランデルのレースキャリアに関する総合的な統計を以下に示す。
7.1. キャリア概要
シーズン | シリーズ | チーム | レース数 | 優勝回数 | ポールポジション | ファステストラップ | 表彰台 | ポイント | 順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1984 | フォーミュラ・フォード2000 | ? | ? | ? | ? | ? | 0 | ? | |
1985 | フォーミュラ・フォード1600 | ? | 6 | ? | ? | ? | ? | 1位 | |
フォーミュラ・フォード2000 | ? | 6 | ? | ? | ? | ? | ? | ||
フォーミュラ・フォード・フェスティバル | 1 | 0 | 0 | ? | 0 | 0 | 4位 | ||
1986 | フォーミュラ・フォード2000 | ? | ? | ? | ? | ? | 125 | 1位 | |
1987 | イギリス・フォーミュラ3選手権 | TOM'S GB | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 6 | 13位 |
国際F3000 | Fleetray Racing | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 5 | 15位 | |
BS Automotive | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||||
1988 | 国際F3000 | ローラ・モータースポーツ | 11 | 0 | 0 | 1 | 3 | 18 | 6位 |
全日本F3000選手権 | Footwork Racing International | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC | |
1989 | 国際F3000 | Middlebridge | 8 | 0 | 0 | 0 | 1 | 8 | 11位 |
WSPC | 日産モータースポーツ | 5 | 0 | 0 | 0 | 2 | 27 | 11位 | |
ル・マン24時間 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | N/A | DNF | ||
1990 | WSPC | 日産モータースポーツインターナショナル | 8 | 0 | 0 | 0 | 3 | 16 | 11位 |
ル・マン24時間 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | N/A | DNF | ||
1991 | F1 | モーター・レーシング・ディベロップメンツ | 14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 18位 |
1992 | ル・マン24時間 | プジョー・タルボ・スポール | 1 | 1 | 0 | 0 | 1 | N/A | 1位 |
1993 | F1 | リジェ Gitanes Blondes | 16 | 0 | 0 | 0 | 2 | 10 | 10位 |
1994 | F1 | ティレル | 16 | 0 | 0 | 0 | 1 | 8 | 12位 |
1995 | F1 | マクラーレン メルセデス | 15 | 0 | 0 | 0 | 0 | 13 | 10位 |
ル・マン24時間 | GTC ガルフ・レーシング | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | N/A | 4位 | |
1996 | PPG インディカー・ワールドシリーズ | パックウェスト・レーシング | 13 | 0 | 0 | 0 | 0 | 41 | 16位 |
1997 | PPG CART ワールドシリーズ | パックウェスト・レーシング | 17 | 3 | 0 | 2 | 5 | 115 | 6位 |
1998 | CART FedEx チャンピオンシップシリーズ | パックウェスト・レーシング | 19 | 0 | 0 | 0 | 0 | 36 | 18位 |
1999 | CART FedEx チャンピオンシップシリーズ | パックウェスト・レーシング | 12 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 23位 |
2000 | CART FedEx チャンピオンシップシリーズ | パックウェスト・レーシング | 20 | 0 | 0 | 0 | 0 | 18 | 21位 |
2001 | ル・マン24時間 | MG スポーツ&レーシング | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | N/A | DNF |
2002 | ル・マン24時間 | MG スポーツ&レーシング | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | N/A | DNF |
WRC | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC | ||
2003 | ル・マン24時間 | チーム・ベントレー | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | N/A | 2位 |
アメリカン・ル・マン・シリーズ | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 19 | 21位 | ||
2010 | Volkswagen Scirocco R-Cup | - | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | NC |
2011 | Rolex Sports Car Series | United Autosports w/ Michael Shank Racing | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 99 | 17位 |
Volkswagen Scirocco R-Cup | - | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC | |
ニュルブルクリンク24時間 - SP8 | フォルクスワーゲン・モータースポーツ | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | N/A | DNF | |
2012 | ブランパン・エンデュランスシリーズ | United Autosports | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC |
Volkswagen Scirocco R-Cup | - | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC | |
2013 | 英国GT選手権 | United Autosports | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC |
2017 | Mini Challenge UK | United Autosports | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | NC |
2019 | BTCC | TradePriceCars.com | 30 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 27位 |
ゲストドライバーのため、選手権ポイント対象外。
7.2. 国際F3000選手権の成績
年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | DC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1987年 | Fleetray Racing | SIL Ret | VAL 6 | SPA 2 | PAU | DON 9 | BRH 6 | BIR DNQ | 14位 | 5 | ||||
BS Automotive | PER 9 | IMO Ret | BUG Ret | JAR 8 | ||||||||||
1988年 | ローラ・モータースポーツ | JER 2 | VAL 5 | PAU Ret | SIL 9 | MNZ Ret | PER Ret | BRH 3 | BIR Ret | BUG 7 | ZOL 2 | DIJ Ret | 6位 | 18 |
1989年 | Middlebridge | SIL 3 | VAL Ret | PAU 6 | JER DNQ | PER Ret | BRH Ret | BIR 5 | SPA DNS | BUG Ret | DIJ 6 | 11位 | 8 |
7.3. 全日本F3000選手権の成績
年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1988年 | Footwork Racing International | SUZ | FUJ | MIN | SUZ | SUG | FUJ | SUZ | SUZ Ret | NC | 0 |
7.4. ル・マン24時間レースの成績
年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | 周回 | 総合順位 | クラス順位 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1989年 | 日産モータースポーツ | ジュリアン・ベイリー マーティン・ドネリー | 日産・R89C | C1 | 5 | DNF | DNF |
1990年 | 日産モータースポーツインターナショナル | ジュリアン・ベイリー ジャンフランコ・ブランカテリ | 日産・R90CK | C1 | 142 | DNF | DNF |
1992年 | プジョー・タルボ・スポール | デレック・ワーウィック ヤニック・ダルマス | プジョー・905 Evo 1B | C1 | 352 | 1位 | 1位 |
1995年 | GTC ガルフ・レーシング | レイ・ベルム マウリツィオ・サンドロ・サーラ | マクラーレン・F1 GTR | GT1 | 291 | 4位 | 3位 |
2001年 | MG スポーツ&レーシング Ltd. | ジュリアン・ベイリー ケビン・マクガリティー | MG-ローラ EX257 | LMP675 | 92 | DNF | DNF |
2002年 | MG スポーツ&レーシング Ltd. | ジュリアン・ベイリー ケビン・マクガリティー | MG-ローラ EX257 | LMP675 | 219 | DNF | DNF |
2003年 | チーム・ベントレー | デビッド・ブラバム ジョニー・ハーバート | ベントレー・スピード8 | LMGTP | 375 | 2位 | 2位 |
7.5. フォーミュラ1の成績
年 | エントラント | シャシー | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | WDC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1991年 | モーター・レーシング・ディベロップメンツ | BT59Y | ヤマハ V12 | USA Ret | BRA Ret | 18位 | 1 | |||||||||||||||
BT60Y | ヤマハ V12 | SMR 8 | MON Ret | CAN DNQ | MEX Ret | FRA Ret | GBR Ret | GER 12 | HUN Ret | BEL 6 | ITA 12 | POR Ret | ESP Ret | JPN DNPQ | AUS 17 | |||||||
1993年 | リジェ Gitanes Blondes | JS39 | ルノー V10 | RSA 3 | BRA 5 | EUR Ret | SMR Ret | ESP 7 | MON Ret | CAN Ret | FRA Ret | GBR 7 | GER 3 | HUN 7 | BEL 11 | ITA Ret | POR Ret | JPN 7 | AUS 9 | 10位 | 10 | |
1994年 | ティレル | 022 | ヤマハ V10 | BRA Ret | PAC Ret | SMR 9 | MON Ret | ESP 3 | CAN 10 | FRA 10 | GBR Ret | GER Ret | HUN 5 | BEL 5 | ITA Ret | POR Ret | EUR 13 | JPN Ret | AUS Ret | 12位 | 8 | |
1995年 | マルボロ マクラーレン メルセデス | MP4/10 | メルセデス V10 | BRA 6 | ARG Ret | SMR | ESP | 10位 | 13 | |||||||||||||
MP4/10B | MON 5 | CAN Ret | FRA 11 | GBR 5 | GER Ret | HUN Ret | BEL 5 | ITA 4 | PAC 9 | JPN 7 | AUS 4 | |||||||||||
MP4/10C | POR 9 | EUR Ret |
7.6. CARTの成績
年 | チーム | No. | シャーシ | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1996年 | パックウェスト・レーシング | 21 | レイナード 96i | フォード XB V8 t | MIA 17 | RIO 27 | SRF Inj | LBH Inj | NZR Inj | 500 5 | MIL 22 | DET 5 | POR 8 | CLE 11 | TOR 11 | MIS 6 | MDO 10 | ROA 20 | VAN 12 | LS 24 | 16位 | 41 | ||||
1997年 | パックウェスト・レーシング | 18 | レイナード 97i | メルセデス・ベンツ IC108D V8 t | MIA 14 | SRF 8 | LBH 13 | NZR 19 | RIO 8 | STL 24 | MIL 12 | DET 17 | POR 1 | CLE 9 | TOR 1 | MCH 2 | MDO 26 | ROA 16 | VAN 7 | LS 2 | FON 1 | 6位 | 115 | |||
1998年 | パックウェスト・レーシング | レイナード 97i | メルセデス・ベンツ IC108D V8 t | MIA 12 | MOT 10 | LBH 7 | 18位 | 36 | ||||||||||||||||||
レイナード 98i | メルセデス・ベンツ IC108E V8 t | NZR 20 | RIO 11 | STL 10 | MIL 12 | DET 22 | POR 22 | CLE 10 | TOR 26 | MIS 17 | MDO 19 | ROA 7 | VAN 12 | LS 25 | HOU 14 | SRF 11 | FON 6 | |||||||||
1999年 | パックウェスト・レーシング | レイナード 99i | メルセデス・ベンツ IC108E V8 t | MIA 8 | MOT 24 | LBH 13 | NZR 17 | RIO Inj | STL Inj | MIL Inj | POR Inj | CLE Inj | ROA Inj | TOR Inj | MIS Inj | DET 10 | MDO 13 | CHI 21 | VAN 19 | LS 12 | HOU 24 | SRF 19 | FON 16 | 23位 | 9 | |
2000年 | パックウェスト・レーシング | レイナード 2Ki | メルセデス・ベンツ IC108F V8 t | MIA 13 | LBH 8 | RIO 7 | MOT 19 | NZR 17 | MIL 17 | DET 11 | POR 20 | CLE 12 | TOR 22 | MIS 19 | CHI 23 | MDO 14 | ROA 11 | VAN 25 | LS 13 | STL 23 | HOU 20 | SRF 11 | FON 15 | 21位 | 18 |
7.7. 世界ラリー選手権の成績
年 | エントラント | 車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | WDC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2002年 | MG スポーツ&レーシング | MG・ZR S1600 | MON | SWE | FRA | ESP | CYP | ARG | GRC | KEN | FIN | GER | ITA | NZL | AUS | GBR Ret | NC | 0 |
7.8. アメリカン・ル・マン・シリーズの成績
年 | エントラント | クラス | シャーシ | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2003年 | チーム・ベントレー | LMGTP | ベントレー・スピード8 | ベントレー 4.0 L V8 t | SEB 3 | ATL | SON | TRO | MOS | AME | MON | MIA | PET | 21位 | 19 |
7.9. イギリスツーリングカー選手権の成績
年 | エントラント | 車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2019年 | TradePriceCars.com | アウディ・A3サルーン | BRH 1 14 | BRH 2 27 | BRH 3 19 | DON 1 23 | DON 2 Ret | DON 3 22 | THR 1 27 | THR 2 Ret | THR 3 Ret | CRO 1 21 | CRO 2 26 | CRO 3 19 | OUL 1 Ret | OUL 2 23 | OUL 3 18 | SNE 1 23 | SNE 2 21 | SNE 3 Ret | THR 1 27 | THR 2 26 | THR 3 27 | KNO 1 20 | KNO 2 24 | KNO 3 21 | SIL 1 Ret | SIL 2 18 | SIL 3 13 | BRH 1 22 | BRH 2 Ret | BRH 3 20 | 27位 | 5 |
8. 外部リンク
- [http://www.mark-blundell.com/ Official Website]
- [https://www.markblundellmotorsport.com/team/mark-blundell/ MB Motorsport Website]
- [https://web.archive.org/web/20080108021820/http://www.itv-f1.com/Team_Bio.aspx?PO_ID=30098 Mark Blundell at itv.com]
- [https://web.archive.org/web/20070329065839/http://www.planet-f1.com/story/0%2C18954%2C3262_2000507%2C00.html Mark 'git orf me barra' Blundell at www.planet-f1.com]