1. 概要
リチャード・ルイス・ジングラス(Richard Louis Gingrasリチャード・ルイス・ジングラス英語、1952年1月17日 - )は、アメリカの起業家であり、デジタルメディアとジャーナリズム分野における先駆者である。1979年からインタラクティブ・デジタルメディアの分野で活動を始め、Googleでニュース担当副社長を務めるなど、主要なテクノロジー企業で重要な役割を担ってきた。彼はインターネットにおけるジャーナリズムの革新を強く提唱しており、ニュースの未来を過去の誤解に基づいて構築することに警鐘を鳴らしている。また、加速モバイルページ(AMP)プロジェクトの創設に貢献し、高品質なジャーナリズムの信頼性向上を目指すトラスト・プロジェクトを共同設立するなど、デジタルニュースエコシステムの発展に多大な影響を与えている。彼のキャリアは、初期のオンラインサービスからブロードバンドの普及、そして現代のニュース配信技術に至るまで、デジタルメディアの進化と深く結びついている。
2. 経歴
リチャード・ジングラスは、デジタルメディアの黎明期から現在に至るまで、その進化の最前線で活躍してきた。彼のキャリアは、革新的な技術とジャーナリズムへの深い洞察によって特徴づけられている。
2.1. 初期キャリアとデジタルメディア黎明期 (1979年-1995年)
ジングラスのインタラクティブ・デジタルメディア分野での活動は、1979年に始まった。彼は、放送テレテキスト技術を用いたインタラクティブテレビを通じて、数百世帯の試験家庭に配信される初のインタラクティブオンラインニュースマガジンの一つを制作した。この取り組みは、PBSのサービス(ロサンゼルスのKCET)の一環として行われ、学校向けのサービスコンポーネントも含まれていた。
1983年から1986年にかけては、「サイレント・ラジオ」というニュースおよび広告サービスのために、アメリカ上位50市場のテレビ局ネットワークを組織し、サイドバンドデータ配信を提供した。このサービスは、小売店の電子ディスプレイで表示された。
1987年から1992年には、Appleが出資したスタートアップ企業であるMediaWorksを設立し、社長を務めた。MediaWorksは、フォーチュン500企業向けに初期のニュースエージェントおよびエグゼクティブサポートソフトウェアを開発した。
2.2. Appleおよび@Home時代 (1990年代初頭-2000年)
1990年代初頭、ジングラスはApple Computerでオンラインサービス「eWorld」の開発を主導した。これはウェブ登場以前のオンラインサービスであり、当時としては革新的とされたが、高価であり、多くの加入者を集めるには至らなかった。このサービスはMacintoshのみで利用可能であったが、PC版も計画されていた。
1996年初頭には、初期の消費者向けブロードバンドネットワークである@Home Networkにプログラミング担当副社長兼編集長として加わった。彼は@Homeのブロードバンド対応オンラインポータルの立ち上げを担当した。@Homeは、クライナー・パーキンスと主要なアメリカのケーブルテレビ会社との提携により、高速インターネットアクセスを提供するために設立された。2000年半ばに@HomeはExciteと合併し、ジングラスはExciteと@Homeの両ポータルの責任者となった。
1996年初頭から2000年半ばにかけて、彼はExcite@Homeでオンラインサービス部門を統括し、同社の消費者向け製品部門であるExcite Studiosのシニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーを務めた。Excite StudiosにはExcite検索エンジンも含まれていた。
2.3. Salon Media Group (2000年代半ば-2011年)
2011年7月まで、ジングラスはSalon Media GroupのCEOを務めた。同社はニュースサイト「Salon.com」と、先駆者的な仮想コミュニティであるThe WELLを運営していた。彼は1995年にSalonの最初のシード資金を調達して以来、Salonと長きにわたる関係を築いてきた。
2.4. 起業家としての活動
2002年、ジングラスはGoodmail Systemsを共同設立し、CEO兼会長を務めた。Goodmail Systemsは、Yahoo!やAmerica Onlineなどの大手電子メールプロバイダーを通じて提供される認定電子メールサービスを開発した。
また、2000年から2001年にはMyPublisherの暫定社長を務め、Apple ComputerがiPhotoの一部として導入したカスタムハードカバー写真集サービスのデザインを指導した。
2.5. Googleでの役割 (2007年-現在)
2007年から2008年にかけて、ジングラスはGoogleのエグゼクティブチームの戦略顧問を務め、ニュースとテレビの進化に関する戦略に焦点を当てた。
現在、彼はGoogleのニュース担当副社長を務めている。彼はGoogle検索やGoogleニュースでニュースがどのように提示されるかについて取り組み、またオープンインターネットに影響を与える公共政策の問題についても世界中で関与している。2018年5月には、過去の誤解に基づいてニュースの未来を構築することに警鐘を鳴らした。
3. 主要な取り組みと貢献
リチャード・ジングラスは、デジタルジャーナリズムの信頼性とアクセシビリティを向上させるための重要なプロジェクトを主導してきた。
3.1. 加速モバイルページ (AMP) プロジェクト
ジングラスは、加速モバイルページ(AMP)プロジェクトの創設における主要な推進者の一人である。AMPは、World Wide Webの速度を向上させ、広告のユーザーエクスペリエンスを改善することを目的としたオープンソースの取り組みである。このプロジェクトは、モバイルデバイスでのコンテンツ読み込み速度を劇的に向上させ、ユーザーがより迅速に情報にアクセスできるようにすることを目指している。
3.2. Trust Project
2014年後半、彼はサンタクララ大学マークラ倫理センターのサリー・ラーマンと共にトラスト・プロジェクトを共同設立した。トラスト・プロジェクトは、高品質なジャーナリズムの信頼性を向上させるために、ジャーナリズムのアーキテクチャをどのように強化できるかを探求するジャーナリズムコミュニティのグローバルな取り組みである。このプロジェクトは、ニュースの透明性を高め、読者が信頼できる情報源を識別できるようにするための指標を開発している。
3.3. ニュース・技術・イノベーションセンター
ジングラスは、ニュース・技術・イノベーションセンター(Center for News, Technology, and Innovation)の設立理事を務めている。このセンターは、デジタル社会におけるジャーナリズムの進化に、実現可能な政策と技術がどのように影響を与えるかについてより深い理解を深めることを目指す、グローバルな政策研究機関である。センターの理事会には、元ワシントン・ポスト編集主幹のマーティ・バロンや、ノーベル平和賞受賞ジャーナリストのマリア・レッサなどが名を連ねている。
4. 哲学と提唱活動
リチャード・ジングラスは、デジタル時代におけるジャーナリズムの変革と、開かれた情報環境の構築に深くコミットしている。
4.1. ジャーナリズム革新
彼はインターネットにおけるジャーナリズムの革新を強く提唱してきた。ジングラスは、ニュースの消費が「速く」から「即座に」へと変化する現代の環境において、ジャーナリズムが適応し、進化する必要性を強調している。彼は、デジタル技術がジャーナリズムに新たな機会をもたらすと同時に、信頼性や品質の維持といった課題も提起していると認識している。
4.2. オープンなニュースエコシステム
ジングラスは、多様な声と表現を包含する「開かれたニュースエコシステム」の構築に向けたビジョンと努力を続けている。2016年3月14日には韓国ソウルの江南区にあるGoogleキャンパスで「報道機関のための開かれたニュースエコシステム」と題した講演を行い、「即座のコンテンツ消費環境において、多様な声と表現を盛り込むニュースエコシステムを構築する」と強調した。彼は、この開かれたエコシステムが、市民がより広範な情報にアクセスし、健全な公共議論を促進するために不可欠であると考えている。
5. 個人生活
ジングラスは、プロフェッショナルな活動に加えて、個人的なプロジェクトや慈善活動、ユニークな趣味を持っている。
5.1. 風刺プロジェクトと慈善活動
2003年2月、彼はジョン・ポインデクスターが米国防総省内で管理していた秘密監視プロジェクトの開示を受けて、「Total Information Awareness Gift Shop」という風刺的なウェブサイトを立ち上げた。ジングラスによると、このサイトからの収益はすべてアメリカ市民自由連合(ACLU)に寄付されている。このプロジェクトは、政府の監視に対する彼の批判的な姿勢と、市民的自由への支援を示している。
5.2. 個人的な関心事
ウェストバージニア大学での卒業式スピーチの際、彼は「Google自身の『バーニングマン』」と紹介された。これは、ジングラスがカリフォルニア州北部沿岸で構築することで知られている複雑な焚き火への言及である。彼は2013年11月に開催されたNewsfoo Unconferenceで、これらの焚き火について講演を行った。この趣味は、彼の創造的で型にはまらない側面を反映している。
6. 役員就任歴と受賞歴
リチャード・ジングラスは、そのキャリアを通じて数々の組織で役員を務め、デジタルメディア分野への貢献が評価されてきた。
6.1. 役員就任歴
彼は以下の主要な組織の理事を務めている。
- First Amendment Coalition
- International Center for Journalists
- World Computer Exchange
6.2. 受賞歴と評価
2012年秋、彼はルイジアナ州立大学からデジタルメディアの進化への貢献を称えるマンシップ賞を受賞した。
2013年5月には、ウェストバージニア大学リード・スクール・オブ・ジャーナリズムの卒業式でスピーチを行った。
2013年には、ハーバード大学シュレンシンガー・センター・オン・ザ・プレス・ポリティクス・アンド・パブリック・ポリシーが制作したデジタルメディア口述歴史プロジェクトの対象となった。
2015年秋には、ルイジアナ州立大学マンシップ・スクール・オブ・コミュニケーションズの卒業式でスピーチを行った。
7. 影響力と遺産
リチャード・ジングラスは、1979年以来、インタラクティブ・デジタルメディアとジャーナリズムの分野において、その先見性と継続的な革新へのコミットメントにより、多大な影響を与えてきた。彼は初期のオンラインニュース配信から、ブロードバンドの普及、そして現代のモバイルインターネットにおけるニュース消費の最適化に至るまで、常に最前線で活動してきた。
加速モバイルページ(AMP)プロジェクトの推進やトラスト・プロジェクトの共同設立、そしてニュース・技術・イノベーションセンターの設立理事としての役割は、彼が単なる技術開発者ではなく、ジャーナリズムの品質と信頼性、そして開かれた情報エコシステムの維持・発展に深く関与していることを示している。特に、Googleのニュース担当副社長としての彼の役割は、世界中の何十億もの人々がニュースにアクセスする方法に直接的な影響を与えている。
彼のキャリアは、デジタル時代におけるジャーナリズムの課題(情報の過負荷、信頼性の低下、収益モデルの変化)に対し、技術的解決策と倫理的枠組みの両面からアプローチすることの重要性を体現している。風刺ウェブサイトを通じた市民的自由への支援や、バーニングマンのような個人的な関心事も、彼の多面的な視点と、テクノロジーが社会と文化に与える影響に対する深い関心を反映している。ジングラスの遺産は、デジタルニュースの未来を形作り、より速く、より信頼性の高い、そしてより多様な情報環境を構築するための継続的な努力として記憶されるだろう。