1. 初期生い立ちと背景
アレハンドロ・ファジャはコロンビアのポパヤンで生まれ、後にボゴタに居住した。彼のテニスキャリアは、父親の影響を強く受けて始まった。
1.1. 幼少期とテニスへの入門
ファジャは6歳の時にテニスコーチである父親の手ほどきでテニスを始めた。この初期の環境が、彼がプロテニス選手を目指す上での基盤を築いた。
2. ジュニアキャリア
アレハンドロ・ファジャはジュニア時代からその才能を発揮し、国際大会で顕著な成績を収めた。
2.1. ジュニアでの活躍
2001年の全仏オープンジュニアシングルスでは準決勝に進出し、コロンビアの若いテニス選手たちに大きな刺激を与えた。また、同年の全仏オープンジュニアダブルスでは、同胞のカルロス・サラマンカとペアを組み、ドイツのマルクス・バイヤーとフィリップ・ペッシュナーのペアを3-6, 7-5, 6-4で破り優勝した。これはコロンビア人選手として初めてのグランドスラムジュニアダブルスタイトル獲得という歴史的な快挙であった。
3. プロキャリア
アレハンドロ・ファジャは2000年にプロ転向し、185cm、77 kgの体格を活かしたプレースタイルで、長きにわたり国際テニス界で活躍した。

3.1. キャリア初期とプロ転向
2000年にプロテニス選手としてのキャリアを開始したファジャは、2001年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのコロンビア代表選手に選出された。
2004年の全仏オープンで4大大会に初出場し、2回戦に進出した。続くウィンブルドンでは、2回戦でロジャー・フェデラーと対戦し、センターコートでプレーする機会を得たが、1-6, 2-6, 0-6で敗れた。この後、一時的に世界ランキングを落としたものの、2006年には再び4大大会の舞台に戻ってきた。
2006年には、マウリシオ・ハダッド以来1996年ぶりにコロンビア人選手としてATPランキングトップ100入りを果たした。同年はキャリアハイとなる5大会でATPツアー本戦に出場。2月にメキシコシティ・チャレンジャーで決勝に進出し、4月にはボゴタ・チャレンジャーで優勝した。
2006年の全仏オープンでは初戦を突破し、2回戦で再びフェデラーと対戦した。また、ウィンブルドンでは、当時世界ランキング9位のニコライ・ダビデンコを4セットで破り、自身初、そしてコロンビア人選手としても初のトップ10選手に対する勝利を挙げた。この後、フィリップ・コールシュライバーに敗れた。同年には全米オープンにも初出場し、1回戦でフアン・マルティン・デル・ポトロを破ったが、2回戦でドミトリー・トゥルスノフに3-6, 6-7(4-7), 5-7で敗れた。2007年のソニー・エリクソン・オープンでは、世界ランキング9位のトミー・ハースをストレートで破り、リヨンのグランプリ・デ・テニス・ド・リヨンでは第5シードのイワン・リュビチッチを破って準決勝に進出するなど、徐々に実力を向上させていった。
3.2. ATPツアーでのシングルスキャリア
ファジャはATPツアーのシングルスで2度の決勝進出を果たしたが、優勝には至らなかった。
2013年7月には、地元コロンビアで開催されたコロンビア・オープンで初のシングルス決勝に進出したが、イボ・カロビッチに3-6, 6-7(4-7)で敗れ、ツアー初優勝を逃した。
2014年6月には、ゲリー・ウェバー・オープンでフィリップ・コールシュライバーを5-7, 7-6(5), 6-4で破り、コロンビア人選手として初めて芝のコートでの決勝に進出したが、決勝でロジャー・フェデラーに6-7(2-7), 6-7(3-7)で敗れた。
キャリアハイのシングルスランキングは2012年7月16日付で記録した世界48位である。
3.3. ATPツアーでのダブルスキャリア
ダブルスでは、2011年2月のSAPオープンでグザビエ・マリスとペアを組み、初のツアー決勝に進出した。しかし、決勝ではスコット・リプスキーとラジーブ・ラムのペアに4-6, 6-4, [8-10]で敗れ、準優勝となった。
キャリアハイのダブルスランキングは2009年8月3日付で記録した世界130位である。
3.4. グランドスラム大会での成績
ファジャはキャリアを通じて、4大大会に数多く出場し、特に全仏オープンで最高成績を収めた。

ファジャのグランドスラムシングルスでの年度別成績は以下の通り。
大会 | 2004 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
全豪オープン | A | A | A | Q2 | 2R | A | 3R | 1R | 3R | 2R | 2R | 1R | Q2 | A |
全仏オープン | 2R | Q1 | 2R | 1R | 2R | Q1 | 2R | 4R | 1R | 1R | 1R | 1R | Q1 | A |
ウィンブルドン | 2R | Q3 | 2R | 2R | 1R | 1R | 1R | 1R | 3R | 1R | 1R | 1R | Q2 | A |
全米オープン | Q2 | Q1 | 2R | Q2 | Q1 | 1R | 1R | 2R | 1R | A | 1R | Q3 | A | A |
ファジャのグランドスラムダブルスでの年度別成績は以下の通り。
大会 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 |
---|---|---|---|---|---|
全豪オープン | 1R | A | 1R | 1R | A |
全仏オープン | 1R | A | 1R | A | 2R |
ウィンブルドン | 1R | A | A | A | 1R |
全米オープン | 1R | A | A | A | 1R |
シングルスでの4大大会通算成績は21勝34敗、ダブルスでの通算成績は1勝10敗である。
3.5. ATPチャレンジャーおよびITFフューチャーズ
ATPチャレンジャーおよびITFフューチャーズサーキットでは、シングルスで14回の優勝と10回の準優勝を記録した。ダブルスでは10回の優勝と10回の準優勝を記録している。
主なシングルス決勝成績は以下の通り。
結果 | 日付 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 2002年6月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} Pablo González | 6-7(6-8), 6-7(2-7) |
準優勝 | 2002年6月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|BRA}} Eduardo Bohrer | 6-7(3-7), 6-7(1-7) |
優勝 | 2003年1月 | サンサルバドル(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|CHI}} ホルヘ・アギラール | 6-4, 6-4 |
優勝 | 2003年5月 | ペレイラ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|BRA}} ティアゴ・アウベス | 7-5, 6-3 |
優勝 | 2003年10月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|AUT}} マルコ・ミルネッグ | 7-5, 6-3 |
準優勝 | 2004年2月 | ワイコロア(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|RUS}} ドミトリー・トゥルスノフ | 5-7, 6-7(4-7) |
優勝 | 2004年3月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|CHI}} アドリアン・ガルシア | 4-6, 6-1, 6-2 |
優勝 | 2004年3月 | サリナス(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|LUX}} ジル・ミュラー | 6-7, 6-2, 6-2 |
準優勝 | 2005年7月 | ポソブランコ(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|CYP}} マルコス・バグダティス | 3-6, 3-6 |
準優勝 | 2005年7月 | ビンガムトン(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|GBR}} アンディ・マリー | 6-7(3-7), 3-6 |
準優勝 | 2006年4月 | メキシコシティ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|PAR}} ラモン・デルガド | 3-6, 6-4, 4-6 |
優勝 | 2006年4月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|BRA}} アンドレ・サ | 6-4, 6-2 |
準優勝 | 2007年11月 | ブラチスラヴァ(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|ITA}} シモーネ・ボレッリ | 6-4, 6-7(7-9), 1-6 |
優勝 | 2009年5月 | ペレイラ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|ARG}} オラシオ・セバジョス | 6-4, 4-6, 6-2 |
優勝 | 2009年9月 | カリ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|ARG}} オラシオ・セバジョス | 6-3, 6-4 |
優勝 | 2009年10月 | レンヌ(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|FRA}} ティエリー・アシオーネ | 6-3, 6-2 |
準優勝 | 2010年4月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|BRA}} ジョアン・ソウザ | 6-4, 4-6, 1-6 |
優勝 | 2011年9月 | カリ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|ARG}} エドゥアルド・シュワンク | 6-4, 6-3 |
準優勝 | 2011年10月 | メデジン(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|DOM}} ビクトル・エストレーリャ・ブルゴス | 7-6(7-2), 4-6, 4-6 |
優勝 | 2012年4月 | バランキージャ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|ARG}} オラシオ・セバジョス | 6-4, 6-1 |
優勝 | 2012年7月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} サンティアゴ・ヒラルド | 7-5, 6-3 |
優勝 | 2014年1月 | ヌーメア(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|CAN}} スティーブン・ディエス | 6-2, 6-2 |
優勝 | 2014年1月 | ブカラマンガ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|ITA}} パオロ・ロレンツィ | 7-5, 6-1 |
準優勝 | 2016年1月 | ヌーメア(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|FRA}} アドリアン・マナリノ | 7-5, 2-6, 2-6 |
主なダブルス決勝成績は以下の通り。
結果 | 日付 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
---|---|---|---|---|---|---|
準優勝 | 2000年10月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} パブロ・ゴンサレス | {{flagicon|ITA}} レオナルド・アッザロ | |
優勝 | 2001年8月 | デニア(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} パブロ・ゴンサレス | {{flagicon|ESP}} J. Fernandez-Rubio | |
優勝 | 2002年6月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|BRA}} Eduardo Bohrer | |
準優勝 | 2002年8月 | イルン(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|ESP}} マルク・フォルネル・メストレス | |
準優勝 | 2002年9月 | マドリード(フューチャーズ) | ハード | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|ESP}} ガブリエル・トルヒーヨ・ソレール | |
準優勝 | 2003年1月 | ラ・リベルタ(フューチャーズ) | ハード | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|ARG}} フアン・パブロ・ブジェジツキ | |
優勝 | 2003年5月 | アグアスカリエンテス(フューチャーズ) | ハード | {{flagicon|BRA}} ブルーノ・ソアレス | {{flagicon|BRA}} ロナウド・カルバーリョ | |
準優勝 | 2003年5月 | カリ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|USA}} ミルコ・ペハル | |
優勝 | 2003年10月 | ボゴタ(フューチャーズ) | クレー | {{flagicon|COL}} カルロス・サラマンカ | {{flagicon|BRA}} ロナウド・カルバーリョ | |
準優勝 | 2004年6月 | サービトン(チャレンジャー) | 芝 | {{flagicon|USA}} グレン・ワイナー | {{flagicon|AUS}} ネイサン・ヒーリー | |
優勝 | 2008年9月 | カリ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} フアン・セバスチャン・カバル | {{flagicon|ARG}} ブライアン・ダブル | |
優勝 | 2008年9月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} フアン・セバスチャン・カバル | {{flagicon|ARG}} アレハンドロ・ファブリ | |
優勝 | 2008年11月 | メデジン(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} フアン・セバスチャン・カバル | {{flagicon|ARG}} Juan-Pablo Amado | |
準優勝 | 2009年5月 | ペレイラ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} フアン・セバスチャン・カバル | {{flagicon|BRA}} ジョアン・ソウザ | |
優勝 | 2009年11月 | ボゴタ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} アレハンドロ・ゴンサレス | {{flagicon|ARG}} ディエゴ・アルバレス | |
準優勝 | 2009年10月 | モンス(チャレンジャー) | ハード | {{flagicon|RUS}} テイムラズ・ガバシュビリ | {{flagicon|UZB}} デニス・イストミン | |
準優勝 | 2011年4月 | バランキージャ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} エドゥアルド・ストゥルバイ | {{flagicon|ITA}} フラビオ・チポラ | |
準優勝 | 2011年4月 | ペレイラ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} エドゥアルド・ストゥルバイ | {{flagicon|URU}} マルセル・フェルダー | |
優勝 | 2016年9月 | バランキージャ(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} エドゥアルド・ストゥルバイ | {{flagicon|COL}} ゴンサロ・エスコバル | |
優勝 | 2016年10月 | メデジン(チャレンジャー) | クレー | {{flagicon|COL}} エドゥアルド・ストゥルバイ | {{flagicon|BRA}} アンドレ・ゲム |
3.6. 国別対抗戦
ファジャは2001年からデビスカップのコロンビア代表として活躍し、通算22勝11敗の戦績を残した。
2012年にはロンドンオリンピックのテニス競技に出場。シングルス1回戦で第1シードのロジャー・フェデラーと対戦し、3-6, 7-5, 6-3で敗れた。
また、2002年の中央アメリカ・カリブ海競技大会では、男子ダブルスで銀メダルを、男子団体で銅メダルを獲得した。
4. プレイスタイル
アレハンドロ・ファジャは左利きで、両手打ちのバックハンドを特徴とする選手であった。このプレイスタイルは、彼のキャリアにおける多くの印象的な試合で重要な役割を果たした。
5. 引退
アレハンドロ・ファジャは2017年10月のフェアフィールドでのチャレンジャー大会出場を最後に、2018年1月に34歳で現役を引退した。
6. 評価
アレハンドロ・ファジャは、コロンビアテニス界における先駆者の一人として高く評価されている。特に、1996年以来となるコロンビア人選手のATPランキングトップ100入りや、コロンビア人選手として初めて芝のコートでのツアー決勝進出を果たしたことは、彼の功績として特筆される。
また、2010年のウィンブルドン選手権1回戦でロジャー・フェデラーを相手に2セットを先行し、勝利まであと3ポイントに迫る大番狂わせ寸前の試合を演じたことは、彼のキャリアの中で最も記憶に残る試合の一つとして語り継がれている。この試合は、ファジャの粘り強さと、トップ選手にも通用する実力を示すものであった。
彼のキャリアを通じての活躍は、コロンビアの若いテニス選手たちに大きなインスピレーションを与え、国際テニス界におけるコロンビアの存在感を高めることに貢献した。