1. Early Life
アンドリュー・ジェニングスの幼少期から青年期にかけての人生の歩みは、後の彼の調査報道ジャーナリストとしてのキャリアに大きな影響を与えた。
1.1. Birth and Family Background
ジェニングスは1943年9月3日にスコットランドのカークカルディで生まれた。彼の父は学校の校長を務め、母は主婦であった。彼は、現在のレイトン・オリエントFCの前身クラブであるクラプトン・オリエントの元サッカー選手の孫にあたる。幼少期に家族と共にイングランドのロンドンへ移住した。
1.2. Education
ジェニングスはハル大学で学んだ。この教育期間中に培われた知識と批判的思考力は、後の彼のジャーナリストとしてのキャリアの基盤となった。
2. Media Career
ジェニングスのメディアキャリアは、初期の地方紙での経験から始まり、次第に国際的な大組織の不正を暴く調査報道へと発展していった。
2.1. Early Career
ジェニングスのジャーナリストとしてのキャリアは、『バーンリー・イブニング・スター』で始まった。その後、1960年代後半には権威ある『サンデー・タイムズ』のインサイトチームの一員となり、調査報道の専門知識を深めた。彼はさらに、BBCラジオ4の番組『チェックポイント』で調査報道ジャーナリストとして活動し、コカイン密輸やシチリアマフィアによる殺人事件といった犯罪組織の活動を深く掘り下げた。
1986年、BBCはスコットランド・ヤードの腐敗に関する彼のドキュメンタリーの放送を拒否した。この決定に抗議し、ジェニングスはBBCを辞職。その後、彼はこの未放送の取材内容を自身の最初の著書『スコットランド・ヤードのコカイン・コネクション』として発表し、この作品は『ワールド・イン・アクション』で放送された。
BBCを辞職後、ジェニングスはグラナダ・プロダクションズに移籍し、いくつかの国際的な調査や小規模なドキュメンタリーを制作した。1989年には、イラン・コントラ事件における英国の関与を調査した彼の作品がニューヨークTVフェスティバルで金メダルを受賞した。1993年には、初の西側テレビクルーの一員としてチェチェン共和国に入り、コーカサス地域のマフィア活動を調査した。1997年には『ワールド・イン・アクション』で英国オリンピック競泳コーチのハミルトン・ブランドに関する調査を行い、1998年には鉄道民営化に関するドキュメンタリーを発表した。
2.2. Investigations for BBC Panorama
ジェニングスがBBCの時事ドキュメンタリー番組『パノラマ』に出演し、IOCやFIFAの腐敗に焦点を当てた調査報道を行ったことは、彼のキャリアにおいて特に重要な時期となった。
2.2.1. The Beautiful Bung: Corruption and the World Cup (2006)
2006年6月、『パノラマ』で「美しき賄賂:腐敗とワールドカップ」と題されたエピソードが放送された。この番組でジェニングスはFIFA内部の複数の贈収賄疑惑を調査した。これには、FIFAのスポーツマーケティング会社であるISLのマーケティング権確保のための数百万ドル規模の賄賂や、ゼップ・ブラッターがFIFA会長の地位を維持するための票買収、そしてCONCACAF会長のジャック・ワーナーに起因するとされる賄賂と不正行為が含まれていた。
2.2.2. FIFA and Coe (2007)
2007年10月には、続編として「FIFAとコー」というエピソードが放送された。この回では、元英国オリンピック選手であるセバスチャン・コーとFIFA倫理委員会との関係性が詳細に調査された。
2.2.3. FIFA's Dirty Secrets (2010)
2010年11月29日に初放送された『FIFAの汚れた秘密』は、ジェニングスの最も著名な番組となった。この30分の調査報道は、2018 FIFAワールドカップの開催地投票を控えたFIFA執行委員会のメンバーに対する腐敗疑惑を掘り下げたものであった。ジェニングスは、ブラジルサッカー連盟会長であり2014 FIFAワールドカップ組織委員会の委員長を務めたリカルド・テイシェイラ、CONMEBOL会長のニコラス・レオス、そしてCAF会長のイッサ・ハヤトゥの全員が、テレビマーケティング会社から賄賂を受け取ったと主張した。
FIFAの副会長であったハヤトゥは、これらの告発を全面的に否定し、言及された資金は実際にはアフリカサッカー連盟に支払われたものであると主張した。ハヤトゥは、このドキュメンタリーを制作したBBCを告訴しようと試みた。
このドキュメンタリーは、2018 FIFAワールドカップと2022 FIFAワールドカップの開催地決定が発表されるわずか3日前に放送されたため、物議を醸した。一部の視聴者は、イングランドが2018年ワールドカップの開催機会を逃すのではないかと懸念し、BBCの非愛国主義的な側面を批判する声もあったが、BBCは番組で行った主張を擁護した。最終的にロシアが2018年ワールドカップの開催権を獲得し、カタールが2022年ワールドカップの開催地に決定した。イングランドが招致に失敗した後、このドキュメンタリーがその大きな要因となったかどうかの疑問が浮上し、番組は視聴者から51件の苦情を受けた。
2.2.4. FIFA, Sepp Blatter and Me (2015)
2015年12月、ジェニングスはBBCの『パノラマ』のために『FIFA、ゼップ・ブラッターと私』と題する番組を制作し、これまでのFIFAに対する調査活動の総括を発表した。
3. Books
アンドリュー・ジェニングスは、彼の調査報道の成果を多数の著書として発表し、スポーツ界の腐敗に関する詳細な記録を世に残した。
3.1. Scotland Yard's Cocaine Connection
1989年に出版された彼の最初の著書は、『スコットランド・ヤードのコカイン・コネクション』である。この本は、彼がBBCで放送を拒否されたスコットランド・ヤードの腐敗に関するドキュメンタリーの内容を基にしており、ロンドン警視庁内部のコカイン関連の不正行為を暴いた。
3.2. The Lords of the Rings: Power, Money and Drugs in the Modern Olympics
1992年に出版された『リングの支配者たち:近代オリンピックにおける権力、金銭、そして薬物』は、オリンピックにおける広範な腐敗を深く掘り下げた作品である。この著書は、オリンピックの理想の裏側にある権力闘争、不正な金銭の流れ、そしてドーピング問題に焦点を当て、その隠された実態を暴露した。
3.3. The New Lords of the Rings
1996年に出版された『新・リングの支配者たち』は、前作『リングの支配者たち』の続編であり、オリンピックにおける権力、金銭、薬物問題に関する彼の継続的な調査をまとめたものである。この本は、スポーツ界の腐敗が根深く続いていることを示唆している。
3.4. The Great Olympic Swindle
2000年に出版された『大オリンピック詐欺』は、オリンピックにおけるさらなる不正行為や詐欺行為を調査し、その醜聞を詳細に報じた。この著書もまた、スポーツの祭典の裏側にある暗い側面を浮き彫りにした。
3.5. FOUL! The Secret World of FIFA
2006年に出版された『ファウル!FIFAの秘密の世界:賄賂、票の操作、チケットスキャンダル』は、FIFAの隠された世界に迫った衝撃的な作品である。この著書では、FIFA内部における大規模な贈収賄、投票操作、そしてチケット詐欺といった不正行為が詳細に暴露された。
3.6. Omertà: Sepp Blatter's FIFA Organised Crime Family
2014年に出版された『オメルタ:ゼップ・ブラッターのFIFA組織犯罪ファミリー』は、ゼップ・ブラッター体制下のFIFAを「組織犯罪ファミリー」と形容し、その秘密主義と不正行為をマフィアの「オメルタ(沈黙の掟)」になぞらえて批判的に分析した。
3.7. The Dirty Game: Uncovering the Scandal at FIFA
2015年に出版された『汚れたゲーム:FIFAのスキャンダルを暴く』は、FIFAにおける一連のスキャンダルを詳細に明らかにした著書である。この作品は、同年から表面化したFIFA幹部の逮捕など、彼の長年の調査が結実する時期に出版された。この著書は木村博江による翻訳で『FIFA 腐敗の全内幕』として文藝春秋から日本語版も出版されている。
4. Awards and Recognition
アンドリュー・ジェニングスのジャーナリズム活動は、その誠実さと影響力から数々の賞と栄誉によって認められた。
4.1. Play the Game Award
2011年、ジェニングスはイェンス・ワインライヒと共に「プレイ・ザ・ゲーム・アワード」を受賞した。この賞は、「世界の主要なスポーツ組織における不正行為と腐敗を文書化し、公にするという彼のたゆまぬ活動」が評価されたものである。
4.2. Royal Television Society Award
2000年、ジェニングスはチャンネル4ニュースで放送されたオリンピックにおける腐敗に関する調査報道に対し、「英国王立テレビジョン協会賞」を受賞した。
4.3. Integrity in Journalism Award
1999年、彼はOATH(オリンピックを名誉あるものにする擁護者たち)によって設立された最初の「ジャーナリズムにおける誠実さ賞」を授与された。
4.4. Gerlev Prize
1998年には、「スポーツにおける言論の自由と民主主義への貢献」を理由に「ゲルレフ賞」が授与された。
4.5. Honorary Life Member of American Swimming Coaches Association
1996年、ジェニングスは米国水泳コーチ協会の名誉終身会員の称号を授与された。これは、競泳におけるドーピングスキャンダルと隠蔽工作に関する彼の徹底的な調査活動が評価されたものである。
4.6. New York TV Festival Award
1992年、彼はニューヨークTVフェスティバルで「最優秀国際ドキュメンタリー賞」を受賞した。これは、1989年にイラン・コントラ事件における英国の関与を調査した作品に対するものである。
5. Personal Life
ジェニングスの私生活は、彼の公的なジャーナリストとしての顔とは対照的に、控えめに保たれていた。
5.1. Family
ジェニングスはジェニーン・ウィアーと結婚していたが、彼女は1974年に亡くなった。彼らには一人の娘がおり、またジェニーンの先妻との間に二人の子供がいた。その後、ジェニングスはクレア・サンブルックと内縁関係を結び、彼が亡くなるまでその関係は続いた。彼らには二人の子供がいた。
6. Death
アンドリュー・ジェニングスの死は、長年にわたる彼の健康問題の後に訪れた。
6.1. Circumstances of Death
2015年、ジェニングスはニューヨークを訪問中に脳卒中を発症した。その後、2022年1月8日、カーライルの病院で78歳で死去した。死因は大動脈瘤破裂であった。
7. Legacy and Impact
アンドリュー・ジェニングスの生涯にわたる功績は、スポーツ界の透明性と説明責任の向上、そして調査報道の重要性に計り知れない影響を与えた。
7.1. Impact on Sports Governance
彼のIOCとFIFAに対する執拗な調査は、これらの国際スポーツ統括団体の閉鎖的な体質に風穴を開け、広範な腐敗の存在を世界に知らしめた。彼の報道は、組織内部の倫理規範の見直しや、より厳格なガバナンス体制の導入を促すきっかけとなった。特にFIFA幹部が逮捕される2015年のスキャンダルは、彼の長年の調査が正当であったことを証明するものであり、スポーツ行政の健全化に向けた国際的な動きを加速させた。彼の活動は、スポーツ組織が社会に対する説明責任を果たすことの重要性を強く訴えかけるものであった。
7.2. Contribution to Investigative Journalism
ジェニングスは、調査報道の分野において傑出した貢献をした。彼は、たとえ相手が巨大な権力を持つ国際組織であっても、粘り強く事実を追求し、不正を暴くジャーナリストの使命を体現した。彼の手法は、公的な記録の徹底的な分析、内部告発者との信頼関係構築、そして隠された真実を明るみに出すための不屈の精神に基づいていた。彼の作品は、権力者や既得権益団体が隠蔽しようとする情報にアクセスし、それを読者や視聴者に届ける調査報道の模範として、多くの後続ジャーナリストに影響を与え続けている。彼の死後も、彼の遺志は、スポーツ界に限らず、あらゆる分野における透明性と説明責任を求める動きの中で生き続けている。
8. 外部リンク
- [https://web.archive.org/web/20141112104926/http://transparencyinsport.org/ Transparency in Sport(個人ウェブサイト)]