1. 生涯と背景
グレゴリー・チャイティンは、その生涯を通じて数学とコンピュータ科学の分野に多大な影響を与えた。彼の幼少期の経験と教育は、後の独創的な研究の基礎を築いた。
1.1. 出生と幼少期
チャイティンは1947年6月25日にアルゼンチンで生まれた。彼の両親もアルゼンチン出身であり、チャイティン自身も幼少期の一部をアルゼンチンで過ごした。その後、彼はアメリカ合衆国に移住し、アメリカを拠点に活動するようになった。
1.2. 教育
チャイティンはブロンクス科学高校を卒業し、ニューヨーク市立大学に進学した。彼はまだ10代であったにもかかわらず、この時期にアルゴリズム複雑性の理論の基礎を独自に開発した。この初期の研究は、彼の後の学術的キャリアの出発点となり、情報理論および計算理論の発展に大きく寄与することとなる。
2. 数学・コンピュータ科学における貢献
チャイティンは、情報理論、計算理論、そして数学的論理学の分野において、革新的な業績を数多く残している。彼の研究は、これらの分野の基礎を築き、コンピュータ科学の発展にも貢献した。
2.1. アルゴリズム情報理論とコルモゴロフ複雑性
チャイティンは、アンドレイ・コルモゴロフやレイ・ソロモノフと共に、今日アルゴリズム情報理論(またはソロモノフ=コルモゴロフ=チャイティン複雑性、コルモゴロフ複雑性、プログラムサイズ複雑性とも呼ばれる)として知られる分野の創始者の一人と考えられている。彼の研究は、ペル・マルティン=レーフやレオニード・レヴィンらの業績と並び、理論計算機科学、情報理論、数理論理学の基礎的な部分を形成した。これは多くのコンピュータ科学のカリキュラムにおける共通の主題となっている。
2.2. チャイティンの定数 (Ω)
チャイティンは、チャイティンの定数Ωを定義した。これは実数であり、その数字は均等に分布しており、非公式には「ランダムなプログラムが停止する確率」を表すものとして説明されることがある。Ωは、定義可能であり、下方からの漸近近似は可能であるものの、上方からの近似は不可能であり、計算不可能であるという数学的特性を持つ。
2.3. メタ数学と不完全性
チャイティンは、ゲーデルの不完全性定理に匹敵するコンピュータ理論的な結果を導き出した。彼は、情報理論の分野において、ゲーデルの定理とよく似た「決定不可能な命題」を発見し、別の種類の不完全性定理を得た。チャイティンの定理によれば、十分な算術を表現可能な任意の理論において、いかなる数であっても特定の定数cよりも大きなコルモゴロフ複雑性を持つことを、その理論内で証明できないような上限cが存在する。ゲーデルの定理が嘘つきのパラドックスと関連しているのに対し、チャイティンの結果はベリーのパラドックスと関連している。
2.4. アルゴリズムとコンパイラ最適化
チャイティンは、コンパイラにおけるレジスタ割り当てを行うためにグラフ彩色を用いる手法の考案者でもある。このプロセスは「チャイティン・アルゴリズム」として知られており、コンピュータ科学、特にコンパイラ設計の分野で広く応用されている。
3. 哲学と思想
チャイティンは、数学、生物学、神経科学といった多岐にわたる分野において、独創的な哲学的見解を展開している。彼の思想は、現代の形而上学や数学の哲学、特に数学における認識論的な問題に大きな影響を与えている。
3.1. デジタル哲学
チャイティンは「デジタル哲学」と呼ばれる立場を擁護している。この哲学において、彼は宇宙や実在を情報と計算の観点から捉える。彼の見解では、アルゴリズム情報理論は、生物学(「生命」の形式的な定義、その起源、進化)や神経科学(意識の問題、心の研究)といった分野における問題を解決するための鍵となる。
3.2. 数学的真理の性質
チャイティンは、数学的真理の性質について独自の主張を展開している。彼は、自身の数理論理学とアルゴリズム情報理論における発見が、「理由なく真である数学的事実、偶然に真である数学的事実」の存在を示していると主張する。チャイティンは、数学者たちはそのような数学的事実を証明しようとする希望を捨て、準経験主義的な方法論を採用すべきだと提唱している。
3.3. 生物学・進化論へのアプローチ
チャイティンはメタ生物学の分野に関心を持ち、生命の定義、起源、進化のプロセスを情報理論的に定式化しようと試みている。彼は、進化論の情報理論的な定式化に興味を抱いている。
4. 経歴
グレゴリー・チャイティンは、研究者および教育者として、長年にわたり学術界で活躍してきた。
4.1. 研究活動
チャイティンは、IBMのトーマス・J・ワトソン研究所で研究員を務めていた。彼は現在も名誉研究員として同研究所に在籍している。また、彼はモハメド6世工科大学の高等研究所のメンバーでもある。彼は10冊以上の書籍を執筆しており、それらは約15の言語に翻訳されている。
4.2. 学術活動
チャイティンは、リオデジャネイロ連邦大学で教授職を務めるなど、大学や教育機関で教鞭をとる経験も持っている。
5. 受賞歴・栄誉
- 1995年:メイン大学より名誉博士号(Doctor of Science honoris causa)を授与された。
- 2002年:ブエノスアイレス大学(彼の両親が生まれた場所であり、チャイティンが青年期の一部を過ごした場所でもある)より名誉教授の称号を授与された。
- 2007年:ウォルフラム・リサーチよりライプニッツ・メダルを授与された。
- 2009年:コルドバ国立大学より名誉博士号(Doctor of Philosophy honoris causa)を授与された。

6. 主要著作
- Information, Randomness & Incompleteness (World Scientific, 1987)
- Algorithmic Information Theory (Cambridge University Press, 1987)
- Information-theoretic Incompleteness (World Scientific, 1992)
- The Limits of Mathematics (Springer-Verlag, 1998)
- 邦訳『数学の限界』黒川利明 (訳) エスアイビーアクセス、2001年
- The Unknowable (Springer-Verlag, 1999)
- 邦訳『知の限界』黒川利明 (訳) エスアイビーアクセス、2001年
- Exploring Randomness (Springer-Verlag, 2001)
- Conversations with a Mathematician (Springer-Verlag, 2002)
- 邦訳『セクシーな数学』黒川利明 (訳) 岩波書店、2003年
- From Philosophy to Program Size (Tallinn Cybernetics Institute, 2003)
- Meta Math!: The Quest for Omega (Pantheon Books, 2005)
- 邦訳『メタマス!』黒川利明 (訳) 白揚社、2007年
- Teoria algoritmica della complessità (G. Giappichelli Editore, 2006)
- Thinking about Gödel & Turing (World Scientific, 2007)
- Mathematics, Complexity and Philosophy (Editorial Midas, 2011)
- Gödel's Way (CRC Press, 2012)
- Proving Darwin: Making Biology Mathematical (Pantheon Books, 2012)
- 邦訳『ダーウィンを数学で証明する』水谷淳 (訳) 早川書房、2014年
- Philosophical Mathematics: Infinity, Incompleteness, Irreducibility (Academia.edu, 2024)