1. プロ入り前およびアマチュア経歴
嶋重宣はプロ入り前、幼少期から高校時代にかけて卓越した野球の才能を示し、全国レベルでの注目を集めた。
1.1. 幼少期と高校時代
嶋重宣は小学1年生の時に野球を始めた。中学時代は上福岡シニアに所属し、三澤興一の2年後輩、高橋和幸の1年先輩にあたる。中学1年次から投手としてその才能を発揮し、3年次には関東大会に出場した。中学卒業後は、当時埼玉栄高校野球部監督だった若生正廣を慕い、若生が転職した東北高校へ入学した。
東北高校では、2年春の第65回選抜高等学校野球大会、夏の第75回全国高等学校野球選手権大会、3年春の第66回選抜高等学校野球大会と、計3度も甲子園に出場。高校通算で28本塁打を記録するなど、打撃面でも非凡な才能を見せた。同学年で同じ左腕投手である小野仁(秋田経法大附高)とともに、最速140|km/h}}を超えるストレートを武器とする全国屈指の左腕として注目された。2年秋の東北大会準決勝では小野と直接対決し、ともに延長16回を完投する激闘を演じた。この試合で嶋は19奪三振、小野は24奪三振を記録する快投を見せ、東北高校が1対0でサヨナラ勝ちを収める4時間を超える試合となった。
3年時には、小野とともに高校生として史上初めて野球日本代表に選出され、キューバ戦に登板。嶋は4番のオレステス・キンデランから三振を奪う活躍を見せた。また、同学年の県内ライバルには仙台育英高の金村曉がいた。
1994年度ドラフト会議において、広島東洋カープから2位指名を受け、投手としてプロ入りした。背番号は、直前にフリーエージェントで読売ジャイアンツへ移籍した同じ左腕投手、川口和久が着用していた「34」を受け継いだ。
2. プロ選手経歴
嶋重宣はプロ入り後、広島東洋カープと埼玉西武ライオンズでプレーし、投手から野手への転向を経て、そのキャリアを大きく変貌させた。
2.1. 広島東洋カープ時代 (1995-2011)
嶋のプロ野球選手としてのキャリアは、広島東洋カープで始まった。投手として期待されながらも負傷に苦しみ、打者としての才能を開花させ「赤ゴジラ」として一時代を築いた。
2.1.1. ポジション変更と初期の困難
プロ入り初期は投手として活動したが、相次ぐ故障に苦しみ、大成することができなかった。1997年9月21日の対読売ジャイアンツ戦でプロ初先発を経験し、投手ながらタイムリーヒットを放つなど、その打撃センスは当時から評価されていた。1998年3月7日の対ヤクルトスワローズとのオープン戦(福山市民球場)では、初球で飯田哲也に頭部死球を与え、わずか1球で危険球退場となる珍しい記録も樹立している。
1999年には持ち前の打撃力を活かす形で野手へ転向。早くもシーズン後半には一軍昇格を果たし、打率.280、プロ入り初を含む3本塁打を記録するなど活躍を見せた。このオフには退団した笘篠賢治が着けていた背番号「00」を受け継いだ。しかし、当時の広島の外野手層は厚く、前田智徳、緒方孝市、金本知憲といったレギュラーがおり、左の代打としても浅井樹らが控えていたため、一軍での出場機会に恵まれなかった。また、自身も持病の腰痛に苦しむなど、一軍昇格のチャンスを逃すこともあった。
2003年は一軍でわずか2打席の出場に留まり、オフには球団から戦力外通告を受ける方針であった。当初はトライアウトを受ける予定だったが、嶋の才能を高く評価していた一軍打撃コーチの内田順三が球団に残留を働きかけ、チームに留まることができた。この時、背番号が「55」に変更された。
2.1.2. 2004年ブレイクのシーズン
2004年は嶋重宣にとって転機の年となった。オープン戦から好成績を残し、2002年オフに金本知憲が阪神タイガースへ移籍して以来、レギュラーが不在だった外野の一角を埋める候補として、開幕一軍入りを勝ち取った。4月には主に2番打者として出場し、4割を超える高打率を記録するなど大活躍を見せ、一気に右翼手のレギュラーに定着した。この活躍が認められ、監督推薦によりオールスターゲームにも初出場を果たした。
シーズン後半戦からはチームのクリーンナップを任されるようになり、グレッグ・ラロッカに次ぐチーム2位の32本塁打を放つなど、長打力も存分に発揮した。その後も順調に安打を量産し続け、一時は当時のリーグ記録であったロバート・ローズの192安打の更新も期待されたが、シーズン終盤に疲労と腰痛などの影響で失速した。それでも最終的に189安打を放ち、1976年の張本勲(182安打)を抜いて、左投左打選手の年間最多安打の日本プロ野球記録を更新した。
このシーズン、嶋は首位打者と最多安打のタイトルを獲得し、さらにベストナインにも選出された。シーズンオフには日米野球のメンバーにも選ばれ、その強打と左打席での豪快なスイングから、往年の強打者松井秀喜になぞらえてつけられた「赤ゴジラ」の愛称が、同年のユーキャン新語・流行語大賞でも話題となるなど、多方面から注目を浴びた一年となった。
2.1.3. 広島での晩年

2005年は他球団からの警戒もあり、打率が一度も3割に到達することはなかったが、後半戦からは本来の調子を取り戻し、打率.288、27本塁打を記録した。
2006年は打率がさらに低下し、前半戦は2割7分台に留まった。腰痛の悪化も相まって、このシーズン以降は打順が下位になったり、スタメンを外れることも多くなった。しかし、代打としては重要な場面で本塁打を放つなど存在感を示した。後半戦に入ると打撃の調子を上げ、8月23日には2本塁打を放ち、3年連続で20本塁打を達成した。しかし、9月25日にバットスイングからくる右肩痛を発症し、登録抹消された。当時の監督であるマーティ・ブラウンは、「今季の残り試合数を考えれば、もう戻らない」と、嶋に無理をさせないためにそれ以上の出場をさせなかった。
2007年はシーズン前にアメリカに渡ってトレーニングを行い、節制するなど体調管理に努めてシーズンに臨んだ。しかし、前年の肩痛が再発したため、前半から中盤にかけては深刻な不振に陥った。9月以降にようやく調子を取り戻したが、前年よりもさらに低い成績に終わった。ただし、長打力は健在で、新井貴浩とほぼ遜色ない本塁打率を記録した。
2008年はレギュラーの座を剥奪され、3、4月は代打での出場が中心となり、二軍落ちも経験するなど、苦しいスタートとなった。しかし、内田順三コーチと二人三脚で打撃フォームの改造に取り組み、5月25日の対千葉ロッテマリーンズ戦で同点となる代打3点本塁打を放った。さらに6月12日にもロッテ戦で代打逆転2点本塁打を放つなど、調子を取り戻し、先発出場も増えた。オールスターゲーム明け後は完全にスタメンに復帰した。規定打席には届かなかったものの、4年ぶりに打率3割を記録した。打席数は少ないながらも、四球40個は栗原健太の42個に次ぐチーム2位であり、出塁率.394は規定未満ながらもリーグ5位相当の数字であった。一方、本塁打数は前年の半分の7本に落ち込み、2004年から継続していた連続2桁本塁打記録は4年で途切れた。同年オフの10月9日には群馬県館林市内の病院で内視鏡による左ひじ関節の手術を受けた。
2009年のオープン戦序盤は、左ひじ痛の影響もあり21打数無安打と苦しんだ。しかし、3月22日に広島市民球場で行われた最後の一軍試合となった阪神とのオープン戦では、6回に石川俊介からホームランを放ち、以降の3試合で8打数4安打2本塁打と復調の兆しを見せた。しかし、シーズンでは不調に終わり、打率.229と結果を残すことができなかった。
2010年は、赤松真人、廣瀬純、天谷宗一郎、ジェフ・フィオレンティーノなど、外野の定位置を競うライバルが多く、序盤は代打としての起用が主だった。しかし、天谷やフィオレンティーノが打撃面で結果を残せなかったため、次第に先発出場の機会を増やしていった。栗原が長期離脱した際には代役を務め、23試合に4番打者として出場した。規定打席には届かなかったものの、3年ぶりに二桁本塁打をマークするなど、2009年よりも成績を向上させた。シーズン中に国内移籍が可能なFA権を取得したが、10月に権利を行使せずに広島に残留することを表明した。
2011年7月24日には海外FA権を取得したが、こちらも行使しないことを表明した。7月31日の対中日ドラゴンズ戦(マツダスタジアム)では、延長11回に代打として出場し、河原純一からプロ入り初のサヨナラ安打を放った。
2.2. 埼玉西武ライオンズ時代 (2012-2013)
2012年のオープン戦では、同じ左打ちの外野手の後輩である岩本貴裕や松山竜平といった若手が好調だったため、嶋の出場機会は限られていた。
同年3月10日、江草仁貴との交換トレードで、嶋の地元球団である埼玉西武ライオンズへ移籍することが発表された。背番号は「42」となった。開幕からDHとしてスタメン出場し、3月31日にはプロ入り通算1000試合出場(史上448人目)を果たした。4月8日の対福岡ソフトバンクホークス戦(西武ドーム)では新垣渚から移籍後初となる逆転満塁本塁打を放つ活躍も見せたが、最終的には27試合の出場で打率1割台と結果を残すことができなかった。
2013年は9試合の出場に終わり、シーズン終了後に戦力外通告を受けた。そして10月2日、現役引退が発表された。
3. 選手としての特徴・人物
嶋重宣は投手としてプロ入りするも、野手転向後にその打撃センスを大いに開花させ、独特なプレースタイルを確立した。
3.1. 投手時代
高校時代には全国屈指の左腕投手として注目を集め、最速147|km/h}}を記録する剛腕だった。広島のスカウトを務めた備前喜夫は、投手時代の嶋について「とにかく球が速く、粗削りな面もあったが、制球力も十分にあった」と語っている。プロ入り後は左のエース候補として期待されていたが、度重なる故障に苦しみ、投手としては大成することができなかった。
3.2. 野手転向後
恵まれた体格を活かした長打力が最大の武器であり、レギュラー定着後は主にクリーンナップを務めた。高校時代から天才的な打撃技術が高く評価されており、広島のスカウトを務めた苑田聡彦は、「(嶋は)構えに無理がなく、テイクバックが柔らかいから間ができる。右投手も左投手も関係なく打てる。広角に打てるし、安打も本塁打も打てた」と振り返っている。また、苑田は嶋に投手として大成してほしいという強い思いがあり、入団時の嶋に対し、首脳陣に打者転向を勧められないように「人前でバットを振るな」と伝えていたという逸話もある。
4. 引退後の経歴
嶋重宣は現役引退後、指導者として野球界に貢献し続けている。
4.1. コーチ経歴
2013年10月22日、現役引退を発表した直後に、古巣である埼玉西武ライオンズの二軍守備走塁コーチ兼打撃コーチ補佐への就任が発表された。その後、シーズン中に「補佐」の肩書きが取れ、二軍守備走塁コーチ兼打撃コーチとなった。
その後も西武のコーチとして様々な役職を歴任しており、2015年は二軍外野守備・走塁兼打撃コーチ、2016年から2018年までは一軍打撃コーチを務めた。2019年には二軍打撃兼外野守備・走塁コーチ、2020年は二軍打撃コーチ、2021年は三軍打撃野手コーチ、2022年は二軍野手コーチを歴任した。2023年からは再び一軍打撃コーチを務めたが、2024年はチーム打率が.212、得点が350と両リーグワーストに終わり、同年10月10日にコーチ契約の終了が発表された。
5. 受賞、タイトルおよび記録
嶋重宣がプロ野球選手としてそのキャリアで達成した主な受賞、タイトル、個人記録を以下に示す。
5.1. タイトルおよび表彰
- 首位打者:1回(2004年)
- 最多安打:1回(2004年)
- ベストナイン:1回(2004年)
- 優秀JCB・MEP賞:1回(2004年)
- 報知プロスポーツ大賞:1回(2004年)
5.2. 個人記録
5.2.1. 投手記録
- 初登板:1997年6月29日、対ヤクルトスワローズ13回戦(倉敷マスカットスタジアム)、9回表に5番手で救援登板、2四球1被安打で降板
- 初先発:1997年9月21日、対読売ジャイアンツ25回戦(広島市民球場)、2回1/3を3失点(自責点2)で敗戦投手
- 初奪三振:1997年9月21日、対読売ジャイアンツ25回戦(広島市民球場)、2回表に元木大介から
5.2.2. 打撃記録
- 初出場:1997年6月29日、対ヤクルトスワローズ13回戦(倉敷マスカットスタジアム)、9回表に投手記録として登板
- 初先発出場:1997年9月21日、対読売ジャイアンツ25回戦(広島市民球場)、投手記録として先発出場
- 初打席・初安打・初打点:1997年9月21日、対読売ジャイアンツ25回戦(広島市民球場)、2回裏にバルビーノ・ガルベスから中前先制適時打
- 初本塁打:1999年8月3日、対横浜ベイスターズ15回戦(呉二河球場)、7回裏に小山田保裕の代打で出場、横山道哉から右越ソロ
- 初盗塁:1999年9月10日、対横浜ベイスターズ21回戦(横浜スタジアム)、2回表に二盗(投手:川村丈夫、捕手:谷繁元信)
5.2.3. 主要な節目記録
- 100本塁打:2007年10月6日、対横浜ベイスターズ24回戦(広島市民球場)、1回裏に吉見祐治から中越3ラン ※史上252人目
- 1000試合出場:2012年3月31日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(札幌ドーム)、5番・指名打者として先発出場 ※史上448人目
5.2.4. その他の記録
- オールスターゲーム出場:1回(2004年)
- シーズン安打数球団新記録:189安打(2004年)
6. 通算成績
嶋重宣のプロ経歴における年度別通算成績を以下に示す。
6.1. 投手成績
年 度 | 所 属 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ イ ブ | ホ ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 故 意 四 球 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ ーク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | WHIP |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1997 | 広島 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 15 | 2.1 | 5 | 0 | 5 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 2 | 7.71 | 4.29 |
通算:1年 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | -- | .000 | 15 | 2.1 | 5 | 0 | 5 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 2 | 7.71 | 4.29 |
6.2. 打撃成績
年 度 | 所 属 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 2 塁 打 | 3 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 刺 | 犠 牲 バ ン ト | 犠 牲 フ ラ イ | 四 球 | 故 意 四 球 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | OPS |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1997 | 広島 | 2 | 1 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 1.000 | 1.000 | 2.000 |
1999 | 47 | 126 | 118 | 12 | 33 | 7 | 1 | 3 | 51 | 20 | 1 | 2 | 1 | 0 | 6 | 0 | 1 | 29 | 0 | .280 | .320 | .432 | .752 | |
2000 | 41 | 54 | 52 | 6 | 13 | 4 | 0 | 0 | 17 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 13 | 0 | .250 | .278 | .327 | .605 | |
2001 | 17 | 17 | 16 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 1 | .188 | .235 | .188 | .423 | |
2002 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
2003 | 2 | 2 | 2 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | .500 | .500 | .500 | 1.000 | |
2004 | 137 | 615 | 561 | 94 | 189 | 23 | 3 | 32 | 314 | 84 | 6 | 3 | 1 | 3 | 48 | 2 | 2 | 104 | 13 | .337 | .389 | .560 | .949 | |
2005 | 144 | 625 | 560 | 77 | 161 | 23 | 0 | 27 | 265 | 77 | 4 | 2 | 0 | 7 | 53 | 1 | 5 | 112 | 10 | .288 | .350 | .473 | .824 | |
2006 | 128 | 530 | 495 | 56 | 133 | 12 | 0 | 24 | 217 | 69 | 2 | 4 | 0 | 5 | 27 | 0 | 3 | 102 | 11 | .269 | .308 | .438 | .746 | |
2007 | 105 | 315 | 285 | 28 | 65 | 16 | 1 | 14 | 125 | 48 | 4 | 4 | 0 | 2 | 23 | 0 | 4 | 52 | 5 | .228 | .293 | .439 | .732 | |
2008 | 108 | 345 | 301 | 35 | 93 | 18 | 0 | 7 | 132 | 35 | 0 | 3 | 0 | 1 | 40 | 1 | 3 | 44 | 4 | .309 | .394 | .439 | .833 | |
2009 | 89 | 198 | 175 | 12 | 40 | 9 | 0 | 2 | 55 | 17 | 3 | 1 | 0 | 5 | 15 | 2 | 3 | 34 | 7 | .229 | .293 | .314 | .607 | |
2010 | 123 | 377 | 343 | 48 | 90 | 21 | 0 | 14 | 153 | 46 | 0 | 2 | 0 | 3 | 25 | 0 | 6 | 53 | 7 | .262 | .321 | .446 | .767 | |
2011 | 54 | 141 | 125 | 13 | 32 | 9 | 1 | 2 | 49 | 8 | 1 | 0 | 0 | 1 | 14 | 0 | 1 | 19 | 1 | .256 | .333 | .392 | .725 | |
2012 | 西武 | 27 | 82 | 74 | 2 | 13 | 2 | 0 | 1 | 18 | 7 | 0 | 1 | 0 | 1 | 7 | 0 | 0 | 11 | 1 | .176 | .244 | .243 | .487 |
2013 | 9 | 8 | 7 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 1 | .143 | .250 | .143 | .393 | |
通算:16年 | 1034 | 3437 | 3116 | 385 | 868 | 144 | 6 | 126 | 1402 | 421 | 22 | 22 | 2 | 28 | 262 | 7 | 28 | 579 | 62 | .279 | .337 | .450 | .790 |
- 各年度の太字はリーグ最高
6.3. 守備成績
年 度 | 球 団 | 投手 | 外野 | 一塁 | |||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | 試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
1997 | 広島 | 2 | 1 | 2 | 0 | 1 | 1.000 | - | - | ||||||||||
1999 | - | 21 | 25 | 1 | 0 | 0 | 1.000 | 22 | 151 | 7 | 0 | 11 | 1.000 | ||||||
2000 | - | 27 | 25 | 1 | 1 | 0 | 1.000 | 2 | 10 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | ||||||
2001 | - | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 9 | 1 | 1 | 1 | .909 | ||||||
2003 | - | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | .--- | - | |||||||||||
2004 | - | 137 | 192 | 5 | 5 | 2 | .975 | - | |||||||||||
2005 | - | 143 | 226 | 7 | 3 | 1 | .987 | - | |||||||||||
2006 | - | 122 | 202 | 7 | 7 | 3 | .968 | - | |||||||||||
2007 | - | 82 | 123 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | - | |||||||||||
2008 | - | 81 | 115 | 1 | 1 | 1 | .991 | - | |||||||||||
2009 | - | 46 | 52 | 0 | 1 | 0 | .981 | - | |||||||||||
2010 | - | 81 | 135 | 2 | 2 | 0 | .986 | - | |||||||||||
2011 | - | 35 | 45 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | - | |||||||||||
通算 | 2 | 1 | 2 | 0 | 1 | 1.000 | 778 | 1142 | 27 | 20 | 7 | .983 | 27 | 170 | 8 | 1 | 12 | .994 |
7. 背番号
嶋重宣がプロ選手およびコーチ経歴中に着用した背番号を以下に示す。
- 34(1995年 - 1999年)
- 00(2000年 - 2003年)
- 55(2004年 - 2011年)
- 42(2012年 - 2013年)
- 80(2014年 - 2024年)
8. 外部リンク
- [http://npb.jp/bis/players/61563880.html NPB.jp 日本野球機構]
- [http://baseball-reference.com/register/player.cgi?id=shima-001shi Baseball-Reference.com]
- [http://baseball-reference.com/japan/player.cgi?id=shima-001shi Baseball-Reference (Japan)]
- [http://www.thebaseballcube.com/players/profile.asp?P=Shigenobu-Shima The Baseball Cube]
- [https://twitter.com/shigenobu42 嶋 重宣 (@shigenobu42) - Twitter]
- [http://www.chugoku-np.co.jp/Carp/04kikaku/shima/index.html 中国新聞「10年目の首位打者 嶋重宣物語」]