1. 概要
藤波朱理は、日本の女子フリースタイルレスリング界を代表する選手であり、その圧倒的な強さと驚異的な連勝記録で知られている。2024年のパリオリンピックでは初出場ながら金メダルを獲得し、世界選手権やアジア選手権、アジア競技大会でも複数回の優勝を誇る。彼女のキャリアは、中学時代からの公式戦無敗記録という前例のない偉業によって特徴づけられ、その連勝記録は139に達している。

2. 人物・背景
藤波朱理は、レスリング一家に生まれ育ち、幼少期から競技に親しんできた。その家庭環境と幼い頃からの経験が、彼女の競技者としての揺るぎない基盤を築いている。
2.1. 家族
藤波朱理は、レスリング選手であった父・藤波利和と、2017年の世界選手権フリースタイル74 kg級で銅メダルを獲得し、現在は総合格闘家としても活動する兄・藤波勇飛の影響を強く受けて育った。父は1988年のソウルオリンピック代表候補にも選ばれた経歴を持ち、家族全員がレスリングに深く関わっている。このような環境が、彼女が競技を始める大きなきっかけとなり、その後のキャリア形成に多大な影響を与えた。
2.2. 幼少期とレスリングの始まり
藤波朱理は4歳の時にレスリングを始めた。父や兄がレスリング選手であったことが、彼女がこの競技に足を踏み入れるきっかけとなった。四日市市立西朝明中学校1年生の時には、ジュニアクイーンズカップ中学生の部40 kg級で優勝を飾るなど、早くからその才能を開花させた。しかし、中学2年生の時には全国中学生レスリング選手権大会44 kg級の決勝で1学年上の伊藤海に敗れ、これが彼女の公式戦における唯一の敗北となっている。この経験が、その後の驚異的な連勝記録への原動力となったとも言える。
3. 競技者としての経歴
藤波朱理は、ジュニア時代から国内外の主要な大会で圧倒的な強さを見せ、シニアに上がってからもその勢いは衰えることなく、数々の金メダルと記録を打ち立ててきた。
3.1. ジュニア時代の戦績
中学時代から藤波は傑出した才能を示し、数々のジュニア大会で優勝を重ねた。
- 2016年: ジュニアクイーンズカップ中学生の部40 kg級で優勝。
- 2017年: ジュニアクイーンズカップ中学生の部44 kg級で優勝。全国中学生選手権44 kg級で2位。全日本女子オープン選手権(中学生の部)48 kg級で優勝。全国中学選抜選手権48 kg級で優勝。
- 2018年: クリッパン女子国際大会カデットの部49 kg級で優勝。ジュニアクイーンズカップカデットの部49 kg級で優勝。JOC杯カデットの部49 kg級で優勝。アジアカデット選手権49 kg級で優勝。全国中学生選手権52 kg級で優勝。世界カデット選手権49 kg級で優勝。全日本女子オープン選手権(中学生の部)52 kg級で優勝。U15アジア選手権54 kg級で優勝。全国中学選抜選手権54 kg級で優勝。
3.2. シニア時代の戦績と主な大会
高校進学後、藤波はシニアの舞台でもその実力を遺憾なく発揮し、国内外の主要大会で金メダルを量産した。
3.2.1. 世界選手権
藤波朱理は世界選手権で2度の優勝経験を持つ。
2021年、高校3年生で初出場したオスロ世界選手権53 kg級では、対戦相手に1ポイントも与えることなく、全ての試合をテクニカルフォール勝ちで制し、圧倒的な強さで金メダルを獲得した。これは日本史上5人目の高校生女王という快挙であった。
2023年のベオグラード世界選手権53 kg級では、準々決勝で世界ランキング1位であるエクアドルのルシア・ヤミレト・ジェペス・グスマンに7ポイントを奪われる苦戦を強いられたものの、16ポイントを奪った後にフォール勝ちを収めた。この試合で、2019年2月からの国際大会における連続無失点試合記録が30で途切れた。しかし、その後も勝ち進み、決勝では元世界チャンピオンで中立選手(AIN)名義で出場したベラルーシのワネサ・カラジンスカヤを10-0のテクニカルフォールで破り、2度目の世界選手権優勝を飾った。この優勝により、規定によりパリオリンピック代表に内定した。
3.2.2. オリンピック
2024年8月、藤波はパリオリンピックの53 kg級にオリンピック初出場を果たした。8月8日の決勝戦では、再びエクアドルのルシア・ヤミレト・ジェペス・グスマンと対戦し、10-0のテクニカルスペリオリティーで勝利し、見事金メダルを獲得した。この偉業により、中学時代からの公式戦連勝記録を137に伸ばした。
3.2.3. アジア競技大会
2023年10月、杭州アジア競技大会53 kg級に出場した藤波は、決勝で東京オリンピック銀メダリストである地元中国の龐倩玉を10-0のテクニカルフォールで破り、金メダルを獲得した。この勝利により、彼女の連勝記録は130に達した。
3.2.4. アジア選手権
藤波はアジア選手権でも複数回優勝している。
2022年4月、ウランバートルアジア選手権53 kg級で優勝した。
2023年4月、アスタナアジア選手権53 kg級では、全試合を無失点のテクニカルフォール勝ちで優勝を飾り、吉田沙保里が達成したオリンピック3連覇に並ぶ119連勝を記録した。
3.2.5. その他の国際大会
藤波はオリンピックや世界選手権以外の国際大会でも輝かしい戦績を残している。
2023年2月のザグレブ・オープンでは、決勝で東京オリンピック3位であるモンゴルのボロルツヤ・バトオチルを破るなど、全試合を無失点のテクニカルフォール勝ちで優勝し、連勝記録を111に伸ばした。
2023年3月のダン・コロフ-ニコラ・ペトロフ国際大会(ブルガリア・ソフィア)55 kg級でも優勝し、連勝記録を116に更新した。
3.2.6. 国内大会と記録
藤波は国内大会でも圧倒的な強さを見せ、数々の優勝と特筆すべき連勝記録を樹立している。
三重県立いなべ総合学園高等学校に進学後、父親がレスリング部監督を務める同校で、1年生でインターハイで優勝。
2020年の全日本レスリング選手権大会には高校2年生で初出場ながら53 kg級で優勝を飾った。
2021年の全日本選抜選手権では、準決勝で元世界チャンピオンの奥野春菜、決勝で入江ななみを破って53 kg級で初優勝し、75連勝を記録した。
同年12月の全日本選手権では53 kg級で2連覇を達成し、連勝記録を86に伸ばした。
2022年4月に日体大へ進学。直後のジュニアクイーンズカップジュニアの部で53 kg級で2連覇。
同年6月の全日本選抜選手権では、決勝で再び奥野春菜を破って53 kg級で2連覇を達成。この勝利により、吉田沙保里、伊調馨に次ぐ史上3人目の100連勝を達成した。
同年8月の全日本学生選手権には1階級上の55 kg級に出場し、公式戦103連勝で初優勝を飾った。
同年9月には左足リスフラン靭帯損傷のため、大事を取って世界選手権出場を回避した。
同年12月の全日本選手権では決勝で奥野を5-0で破り、53 kg級で3連覇と106連勝を達成した。
2023年6月の全日本選抜選手権では、準々決勝で東京オリンピック金メダリストの志土地真優にフォール勝ちするなどして決勝に進出。決勝では至学館大学の清岡もえを10-0のテクニカルフォールで破り53 kg級で優勝。これにより、吉田沙保里の119連勝を超える122連勝を達成した。この大会で明治盃を受賞している。
2024年1月にはSTIカップ東日本大学女子リーグ戦に59 kg級で出場し、育英大学戦で2階級上である57 kg級世界チャンピオンの櫻井つぐみを5-0で破るなど3戦全勝し、連勝記録を133に伸ばした。
同年3月には右肘を脱臼したため(後に左肘と訂正)、出場予定だったアジア選手権を回避した。
同年11月には東日本大学女子リーグ戦に59 kg級で出場し、2戦ともフォール勝ちを収め、連勝記録は139となった。今後はロサンゼルスオリンピックに向けて57 kg級に階級を変更する予定である。
3.3. 連勝記録
藤波朱理のキャリアを象徴する最大の特筆事項は、中学時代からの公式戦における驚異的な連勝記録である。2017年の全国中学生選手権での敗北以降、彼女は国内外の公式戦で一度も敗れることなく、連勝記録を積み重ねてきた。
- 2021年5月: 全日本選抜選手権優勝により75連勝。
- 2021年10月: オスロ世界選手権優勝により83連勝。
- 2021年12月: 全日本選手権優勝により86連勝。
- 2022年4月: ジュニアクイーンズカップ優勝により93連勝。
- 2022年6月: 全日本選抜選手権優勝により100連勝を達成。これは吉田沙保里、伊調馨に続く史上3人目の大台突破であり、その強さが改めて示された。
- 2022年8月: 全日本学生選手権優勝により103連勝。
- 2022年12月: 全日本選手権優勝により106連勝。
- 2023年2月: ザグレブ・オープン優勝により111連勝。
- 2023年3月: ダン・コロフ-ニコラ・ペトロフ国際大会優勝により116連勝。
- 2023年4月: アジア選手権優勝により119連勝。これは吉田沙保里の記録に並ぶものであった。
- 2023年6月: 全日本選抜選手権優勝により122連勝を達成し、吉田沙保里の記録を更新した。
- 2023年9月: 世界選手権優勝により127連勝。
- 2023年10月: アジア競技大会優勝により130連勝。
- 2024年1月: STIカップ東日本大学女子リーグ戦での勝利により133連勝。
- 2024年8月: パリオリンピック金メダル獲得により137連勝。
- 2024年11月: 東日本大学女子リーグ戦での勝利により139連勝。
この連勝記録は、藤波の技術、精神力、そして日々の努力の結晶であり、彼女がレスリング界における「絶対女王」としての地位を確立していることを示している。
4. 受賞・受章歴
藤波朱理は、その輝かしい競技成績と社会への貢献が認められ、数々の賞や栄誉を受けている。
- 日本スポーツ賞奨励賞(2024年)
- 四日市市スポーツ特別栄誉賞(2024年)
- 三重県県民栄誉賞(2024年)
- 紫綬褒章(2024年)
- プロレス大賞レスリング特別表彰(2025年)
5. 評価と影響
藤波朱理の圧倒的なパフォーマンスは、日本女子レスリング界に新たな希望と刺激を与えている。彼女の連勝記録は、単なる数字以上の意味を持ち、多くの若手選手にとって目標であり続けている。特に、吉田沙保里や伊調馨といったレジェンドの記録を次々と塗り替える姿は、日本女子レスリングの世代交代を象徴する出来事として注目されている。
その強さの秘訣は、卓越した技術と、どんな相手にも臆することのない精神力、そして常に高みを目指す向上心にあると評価されている。彼女の試合は常に観客を魅了し、レスリングという競技の魅力を広く伝える役割も果たしている。今後、彼女がどのような記録を打ち立て、どのような影響をレスリング界に与えていくのか、国内外から大きな期待が寄せられている。
開催年 | 大会名 | 階級 | 成績 |
---|---|---|---|
2016年 | ジュニアクイーンズカップ 中学生の部 | 40 kg級 | 優勝 |
2016年 | JOC杯カデットの部 | 40 kg級 | 3位 |
2016年 | 全国中学生選手権 | 40 kg級 | 3位 |
2016年 | 全日本女子オープン選手権 中学生の部 | 40 kg級 | 3位 |
2016年 | 全国中学選抜選手権 | 40 kg級 | 2位 |
2017年 | ジュニアクイーンズカップ 中学生の部 | 44 kg級 | 優勝 |
2017年 | 全国中学生選手権 | 44 kg級 | 2位 |
2017年 | 全日本女子オープン選手権(中学生の部) | 48 kg級 | 優勝 |
2017年 | 全国中学選抜選手権 | 48 kg級 | 優勝 |
2018年 | クリッパン女子国際大会 カデットの部 | 49 kg級 | 優勝 |
2018年 | ジュニアクイーンズカップ カデットの部 | 49 kg級 | 優勝 |
2018年 | JOC杯カデットの部 | 49 kg級 | 優勝 |
2018年 | アジアカデット選手権 | 49 kg級 | 優勝 |
2018年 | 全国中学生選手権 | 52 kg級 | 優勝 |
2018年 | 世界カデット選手権 | 49 kg級 | 優勝 |
2018年 | 全日本女子オープン選手権(中学生の部) | 52 kg級 | 優勝 |
2018年 | U15アジア選手権 | 54 kg級 | 優勝 |
2018年 | 全国中学選抜選手権 | 54 kg級 | 優勝 |
2019年 | クリッパン女子国際大会 カデットの部 | 53 kg級 | 優勝 |
2019年 | ジュニアクイーンズカップ カデットの部 | 53 kg級 | 優勝 |
2019年 | インターハイ | 53 kg級 | 優勝 |
2019年 | 全日本女子オープン選手権(高校生の部) | 53 kg級 | 優勝 |
2020年 | クリッパン女子国際大会 カデットの部 | 53 kg級 | 優勝 |
2020年 | 全日本選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2021年 | ジュニアクイーンズカップ ジュニアの部 | 53 kg級 | 優勝 |
2021年 | 全日本選抜選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2021年 | 世界選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2021年 | 全日本選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2022年 | ジュニアクイーンズカップ ジュニアの部 | 53 kg級 | 優勝 |
2022年 | アジア選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2022年 | 全日本選抜選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2022年 | 全日本学生選手権 | 55 kg級 | 優勝 |
2022年 | 全日本選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | ザグレブ・オープン | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | ダン・コロフ-ニコラ・ペトロフ国際大会 | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | アジア選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | 全日本選抜選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | 世界選手権 | 53 kg級 | 優勝 |
2023年 | アジア大会 | 53 kg級 | 優勝 |
2024年 | パリオリンピック | 53 kg級 | 優勝 |
6. 外部リンク
- [https://www.iat.uni-leipzig.de/datenbanken/dbwrestling/daten.php?spid=548F50F352864698BA6FDC497782F606 Foeldeak Wrestling Database プロフィール]
- [https://olympics.com/en/paris-2024/athlete/akari-fujinami_1939711 パリ2024オリンピック選手プロフィール]
- [https://www.japan-wrestling.jp/akari_fujinami/ 日本レスリング協会公式サイト - 藤波朱理]
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