1. 生涯
ヴァルテル・キアーリの生涯は、第二次世界大戦への参加、華やかな俳優キャリア、そして私生活での波乱に満ちていた。
1.1. 出生と幼少期
ヴァルテル・ミケーレ・アルマンド・アンニキアーリコは、1924年3月8日にイタリアのヴェローナで生まれた。彼の家族はもともとプッリャ州の出身であった。
1.2. 第二次世界大戦への参加
第二次世界大戦中、キアーリはデチマ・フロッティリア・マス(Decima Flottiglia MASイタリア語)に参加し、その後ドイツ国防軍(Wehrmachtドイツ語)に徴兵されたことが、彼の死後に明らかになった。彼はノルマンディーのフランス北部で対空砲部隊に配属され、オーバーロード作戦(Operation Overlord英語)におけるノルマンディー上陸作戦の戦闘中に軽傷を負った。その後、捕虜となり、コルターノのアメリカ軍捕虜収容所に収容された。
1.3. 私生活
キアーリは、映画『オンドリとキツネ』(The Little Hut英語、1957年)の製作中にフランク・シナトラと別居中であったエヴァ・ガードナーと出会い、関係を始めた。
1969年にはイタリアの歌手で女優のアリーダ・ケッリと結婚し、テレビ司会者となる息子シモーネ・アンニキアーリコをもうけたが、1972年に離婚した。

2. 経歴
ヴァルテル・キアーリは、その卓越したコメディセンスと演技力で、イタリアの映画界と演劇界において重要な足跡を残した。
2.1. 演技キャリアの始まり
キアーリは、舞台とスクリーンでその演技キャリアをスタートさせた。特に、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の映画『ベリッシマ』(Bellissimaイタリア語、1951年)で若い恋人役を演じる機会を得たことは、彼のキャリアにおいて重要な転機となった。
2.2. 映画出演
キアーリは数多くの映画に出演し、その存在感を示した。主要な出演作には、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の『ベリッシマ』(1951年)のほか、『オンドリとキツネ』(1957年)、オットー・プレミンジャー監督の『悲しみよこんにちは』(Bonjour Tristesseフランス語、1958年)、オーソン・ウェルズ監督の『真夜中の鐘』(Chimes at Midnight英語、1966年)、『バラキ』(The Valachi Papers英語、1972年)などがある。
また、オーストラリア映画にも出演しており、ジョン・オグレイディの人気小説を原作としたパウエル=プレスバーガー作品の最終作である『彼らは奇妙な連中だ』(They're a Weird Mob英語、1966年)では主演を務めた。この作品には、当時の恋人であったアリーダ・ケッリも出演している。さらに、1970年のオーストラリア映画『スクイーズ・ア・フラワー』(Squeeze a Flower英語)にも出演した。

2.3. 演劇およびその他の活動
映画での活躍に加え、キアーリは舞台俳優としても精力的に活動した。ミュージカルコメディでは、デリア・スカラと共演した『ブオナノッテ・ベッティーナ』(Buonanotte Bettinaイタリア語、1956年)や『イル・グーフォ・エ・ラ・ガッティーナ』(Il gufo e la gattinaイタリア語、1958年)に出演。1960年にはサンドラ・モンダイーニ、アーヴェ・ニンキ、アルベルト・ボヌッチと共にガリネイとジョヴァンニーニ(Garinei and Giovanniniイタリア語)作の『ウン・マンダリーノ・ペル・テオ』(Un mandarino per Teoイタリア語)に出演した。
また、プロゼ劇にも出演し、1961年には『ザ・ゲイ・ライフ』(The Gay Life英語)、1965年にはジャンリコ・テデスキとマレー・シーガル作のコメディ『ラヴ』(Luv英語)で共演。1966年にはレナート・ラシェルとニール・サイモン作の『ラ・ストラーナ・コッピア』(La strana coppiaイタリア語)で舞台に立った。
3. 死去
ヴァルテル・キアーリは、1991年12月20日にミラノの自宅で突然の心臓発作により死去した。彼の墓はミラノ記念墓地(Cimitero Monumentale di Milanoイタリア語)内のチーヴィコ・マウソレオ・パランティ(Civico Mausoleo Palantiイタリア語)にある。彼の墓石には、かつてディーノ・リージ監督に語ったというお気に入りの墓碑銘、「心配するな、ただ眠り足りない分を取り戻しているだけだ」という言葉が刻まれている。
4. 受容と評価
ヴァルテル・キアーリは、その才能とキャリアを通じて、イタリアのエンターテイメント界に大きな影響を与えたが、同時に論争の的となる出来事も経験した。
4.1. 肯定的な評価
キアーリは、その卓越したコメディセンスと幅広い演技力で高く評価された。特にコメディ作品での彼の存在感は際立っており、多くの観客を魅了した。彼はイタリア映画および演劇界において、その多才さで重要な貢献を果たしたと認識されている。
4.2. 批判と論争
1970年、キアーリはローマでコカイン所持および密売の容疑で逮捕・投獄された。この事件は彼のキャリアに壊滅的な影響を与えた。その後、彼は密売の容疑については無罪となり、個人使用目的の薬物所持については寛大な判決を受けたものの、彼のキャリアが完全に回復することはなかった。この事件により、彼はイタリア国営放送(RAI、RAIイタリア語)への出演を禁じられ、低予算のコメディ映画での端役や、地方テレビ番組、舞台での出演に活動が限定されることとなった。この逮捕とそれに続くキャリアの低迷は、彼の人生における大きな転換点であり、社会的な影響も大きかった。
5. フィルモグラフィー
ヴァルテル・キアーリが出演した主な映画作品は以下の通りである。
年 | 邦題(原題) | 監督 | 役名 |
---|---|---|---|
1947 | ヴァニティ(Vanity英語) | ジョルジオ・パスティーナ | |
1948 | トト、イタリアを巡る(Toto Tours Italy英語) | マリオ・マットーリ | ブルーノ |
1948 | ケ・テンピ!(Che tempi!英語) | ジョルジオ・ビアンキ | エウジェニオ・デヴォート |
1950 | エルシヴ・トゥエルヴ(The Elusive Twelve英語) | マリオ・マットーリ | カルレット・エスポージト / ブランドレッティ |
1950 | ガスコーニュの士官候補生(The Cadets of Gascony英語) | マリオ・マットーリ | ヴァルテル・マントーニ |
1950 | マイ・ハズバンドのあの幽霊(That Ghost of My Husband英語) | カミッロ・マストロチンクエ | ジャンニ・アルベルティ |
1951 | アッビアーモ・ヴィント!(Abbiamo vinto!英語) | ロバート・ステムレ | ジョルジオ・シルヴェストリ |
1951 | アッリーヴァノ・イ・ノストリ(Arrivano i nostri英語) | マリオ・マットーリ | ヴァルテル・イントロッチ、運転手 |
1951 | 恋が私を破滅させる(It's Love That's Ruining Me英語) | マリオ・ソルダティ | ヴァルテル・パラッチオーニ |
1951 | O.K.ネローネ(O.K. Nerone英語) | マリオ・ソルダティ | フィオレッロ・カポネ |
1951 | 汽船のオーナー(The Steamship Owner英語) | マリオ・マットーリ | 本人 |
1951 | エラ・ルイ...シ!シ!(Era lui... sì! sì!英語) | ヴィットリオ・メッツ、マルチェッロ・マルケージ | ヴァルテル・ミラーニ |
1951 | ベリッシマ(Bellissimaイタリア語) | ルキーノ・ヴィスコンティ | アルベルト・アンノヴァッツィ |
1952 | サルデーニャの復讐(Sardinian Vendetta英語) | マリオ・マットーリ | グァルティエロ・ポルキッドゥ |
1952 | ゾロの夢(The Dream of Zorro英語) | マリオ・ソルダティ | ドン・ライムンド・エステバン |
1952 | 5人の貧しい自動車乗り(Cinque poveri in automobile英語) | マリオ・マットーリ | パオロ |
1952 | 真実の時(L'ora della verità英語) | ジャン・ドラノワ | キャバレーの客 |
1952 | 私たち二人だけ(Noi due soli英語) | マリーノ・ジローラミ | ヴァルテル |
1952 | ポピー(Poppy英語) | ヴィットリオ・メッツ、マルチェッロ・マルケージ | グァルティエロ / ヴァルテル |
1952 | ヴィヴァ・イル・シネマ!(Viva il cinema!英語) | ジョルジオ・バルダッチーニ、エンツォ・トラパーニ | |
1953 | 彼女が望んだ(It Was She Who Wanted It!英語) | マリーノ・ジローラミ、ジョルジオ・シモネッリ | ヴァルテル・マルティーニ |
1953 | 古き良き時代の映画(Cinema d'altri tempi英語) | ステーノ | マルチェッロ・セルヴェンティ |
1953 | ヴィヴァ・ラ・リヴィスタ!(Viva la rivista!英語) | エンツォ・トラパーニ | |
1953 | 私たちは皆ミラネーゼ(Siamo tutti Milanesi英語) | マリオ・ランディ | |
1953 | なんて悪党な男たちだ!(What Scoundrels Men Are!英語) | グラウコ・ペッレグリーニ | ブルーノ |
1954 | 法廷での一日(A Day in Court英語) | ステーノ | ドン・ミケーレ |
1954 | これが人生だ(Questa è la vita英語) | アルド・ファブリツィ | 警部(「タイトな燕尾服」の章) |
1954 | グラン・ヴァリエタ(Gran varietà英語) | ドメニコ・パオレッラ | |
1954 | アヴァンツィ・ディ・ガレーラ(Avanzi di galera英語) | ヴィットリオ・コッタファーヴィ | ジュゼッペ・ラージ |
1954 | 警察署で起こったこと(It Happened at the Police Station英語) | ジョルジオ・シモネッリ | ルイージ・ジョヴェッティ |
1955 | 愛の休暇(Vacanze d'amore英語) | ジャン=ポール・ル・シャノワ | モモ |
1955 | ナナ(Nana英語) | クリスチャン=ジャック | フォンタン |
1955 | 私はセンチメンタル(Je suis un sentimental英語) | ジョン・ベリー | デデ・ラ・クーレヴル |
1955 | アッカデ・アル・ペニテンツィアーリオ(Accadde al penitenziario英語) | ジョルジオ・ビアンキ | ヴァルテル・ポラッキ |
1955 | 私は好きだ(Io piaccio英語) | ジョルジオ・ビアンキ | ロベルト・マルディ教授 |
1955 | 赤と黒(Red and Black英語) | ドメニコ・パオレッラ | |
1956 | 私の叔父ジャチント(Mio zio Giacinto英語) | ラディスラオ・ヴァイダ | エレガントな紳士 |
1956 | ドナテッラ(Donatella英語) | マリオ・モニチェッリ | グイド |
1956 | 妻たちと曖昧さ(Wives and Obscurities英語) | レオナルド・デ・ミトリ | フランク・カッタブリガ、彼の息子 |
1957 | オンドリとキツネ(The Little Hut英語) | マーク・ロブソン | マリオ |
1958 | 悲しみよこんにちは(Bonjour tristesseフランス語) | オットー・プレミンジャー | パブロ |
1958 | 5月の祭り(Festa di maggio英語) | ルイス・サスラフスキー | ジルベール |
1958 | 一目惚れ(Amore a priva vista英語) | フランコ・ロッシ | ルイージ |
1958 | 独身者たち(I zitelloni英語) | ジョルジオ・ビアンキ | マルチェッロ |
1958 | サン・ピエトロ広場の少女(La ragazza di piazza San Pietro英語) | ピエロ・コスタ | ロベルト・グラディ |
1959 | ジャガーの友人(The Friend of the Jaguar英語) | ジュゼッペ・ベンナーティ | アウグスト |
1959 | マドリード公園(Parque de Madrid英語) | エンリケ・カヘン・サラベリー | アルベルト |
1959 | 彼、彼女、そして祖父(Lui, lei and il nonno英語) | アントン・ジューリオ・マヤーノ | エウジェニオ |
1960 | 愛の驚き(Le sorprese dell'amore英語) | ルイージ・コメンチーニ | フェルディナンド・アロイージ |
1960 | ティベリウスのバッカナーレ(I baccanali di Tiberio英語) | ジョルジオ・シモネッリ | カッシオ、シチェローネ |
1960 | アルゼンチンでの休暇(Vacanze in Argentina英語) | グイド・レオニ | バリスタ |
1960 | ウン・マンダリーノ・ペル・テオ(Un mandarino per Teoイタリア語) | マリオ・マットーリ | テオ・トッシ |
1960 | 豪華な女性たち(Femmine di lusso英語) | ジョルジオ・ビアンキ | ヴァルテル |
1960 | 恐怖の1ドル(Un dollaro di fifa英語) | ジョルジオ・シモネッリ | マイク |
1960 | ビキニでのフェラゴスト(Ferragosto in bikini英語) | マリーノ・ジローラミ | 「ハロルド」パスクアーレ・エスポージト |
1960 | 夫を狩る(Caccia al marito英語) | マリーノ・ジローラミ | 本人 |
1961 | 私の夫の妻(La moglie di mio marito英語) | トニー・ロマン | ジュリオ |
1961 | ビーチの美女たち(Bellezze sulla spiaggia英語) | ロモロ・ジローラミ | ヴァルテル・クロッチ |
1961 | ヴァルテルと彼のいとこたち(Walter and i suoi cugini英語) | マリーノ・ジローラミ | ヴァルテル・コラスオンノ / ロザリオ・コラスオンノ / ニコラ・コラスオンノ |
1961 | 議会の夫たち(Mariti a congresso英語) | ルイージ・フィリッポ・ダミーコ | |
1961 | シーツの下の少女(La ragazza sotto il lenzuolo英語) | マリーノ・ジローラミ | ブルーノ |
1961 | 素晴らしき3人(I magnifici tre英語) | ジョルジオ・シモネッリ | パブロ |
1962 | コパカバーナ・パレス(Copacabana Palace英語) | ステーノ | ウーゴ |
1962 | モーターライズド(I motorizzati英語) | カミッロ・マストロチンクエ | ヴァレンティーノ |
1962 | 2対全員(Due contro tutti英語) | アルベルト・デ・マルティーノ、アントニオ・モンプレット | ブル・ブリヴァン |
1962 | イタリア人と女性たち(Gli Italiani and le donne英語) | マリーノ・ジローラミ | レナート・ネッリ(「服は僧侶を作らない」の章) |
1963 | 最も短い日(The Shortest Day英語) | セルジオ・コルブッチ | 弁護士 |
1963 | 屋根裏(L'attico英語) | ジャンニ・プッチーニ | ガブリエーレ |
1963 | 帰郷(La rimpatriata英語) | ダミアーノ・ダミアーニ | チェザリーノ |
1963 | ガールズ・ターゲット(Obiettivo ragazze英語) | マリオ・マットーリ | アントニオ・ザネッリ |
1963 | モーターライズド・ウーマン(Le motorizzate英語) | マリーノ・ジローラミ | ヴァルテル(「ラ・シニョーラ・チ・マルチャ」の章) |
1963 | 詐欺師たち(Gli imbroglioni英語) | ルチオ・フルチ | コルティ博士(「医師と婚約者」の章) |
1963 | 名誉ある人々(Gli onorevoli英語) | セルジオ・コルブッチ | サルヴァトーレ・ダニーノ |
1963 | 夏の狂気(Follie d'estate英語) | カルロ・インファスチェッリ、エドアルド・アントン | 「ヴァノーニ」の男 |
1963 | 他人の女はいつも美しい(La donna degli altri è sempre più bella英語) | マリーノ・ジローラミ | ヴァルテル、ライフガード(「ライフガード・ラバー」の章) |
1964 | 西部の英雄たち(Gli eroi del West英語) | ステーノ | マイク |
1964 | 木曜日(Il giovedì英語) | ディーノ・リージ | ディーノ・ヴェルシーニ |
1964 | よろしければ、女性について話しましょう(Se permet permesso, parliamo di donne英語) | エットレ・スコラ | 浮気者 |
1964 | マニアック(I maniaci英語) | ルチオ・フルチ | シチリアのヒッチハイカー(「ヒッチハイク」の章) / 車の運転手(「追い越し」の章) / パスクアーレ・タッデイ(「抗議」の章) / ナイトクラブの客(「ストリップ」の章) |
1964 | テキサスの双子(I gemelli del Texas英語) | ステーノ | エゼキエル / ジョー |
1964 | 熟女たち(Le tardone英語) | マリーノ・ジローラミ、ハビエル・セト | ボルトロ・マステギン(「40歳だがそうは見えない」のエピソード) |
1965 | ここにバーサーカーが来る(Här kommer bärsärkarna英語) | アーネ・マットソン | ポッロ |
1965 | サッカー(The Sucker英語) | ジェラール・ウーリー | (クレジットなし) |
1965 | スリリング(Thrilling英語) | ジャン・ルイージ・ポリドーロ | ベルタッツィ(「サディク」の章) |
1965 | 真夜中の鐘(Chimes at Midnight英語) | オーソン・ウェルズ | サイレンス氏 |
1965 | メイド・イン・イタリー(Made in Italy英語) | ナンニ・ロイ | エンリコ(「1つの習慣と風習、エピソード3」の章) |
1966 | 私、私、私...そして他の人々(Io, io, io... e gli altri英語) | アレッサンドロ・ブラゼッティ | サンドロ |
1966 | イスキア愛の作戦(Ischia operazione amore英語) | ヴィットリオ・サーラ | エンリコ・ラテッラ - 別名トレマ・ラ・テッラ |
1966 | 彼らは奇妙な連中だ(They're a Weird Mob英語) | マイケル・パウエル | ニーノ・クロッタ |
1966 | イタリア風の愛(Amore all'italiana英語) | ステーノ | 卵売り / アントニオ / フラヴィオ / 007 / 旅行者 / ロベルト・マトラッソ |
1968 | 世界で最も美しいカップル(The Most Beautiful Couple in the World英語) | カミッロ・マストロチンクエ | ヴァルテル |
1968 | イタリア式変調(Capriccio all'italiana英語) | マウロ・ボロニーニ | パオロ(「嫉妬深い女」の章) |
1969 | あの無謀な者たち、彼らの狂った、暴走した、ぼろぼろの荷車に乗って(Quei temerari sulle loro pazze, scatenate, scalcinate carriole英語) | ケン・アナキン | アンジェロ |
1970 | スクイーズ・ア・フラワー(Squeeze a Flower英語) | マーク・ダニエルズ | ジョージ修道士 |
1972 | バラキ(The Valachi Papers英語) | テレンス・ヤング | ギャップ |
1974 | 愛しい人よ、私を傷つけないで(Amore mio, non farmi male英語) | ヴィットリオ・シンドーニ | パオロ・デ・シモーネ |
1975 | ジグザグ(Zig Zag英語) | ラースロー・サボー | ヴァルテル、浮浪者 |
1975 | バラが再び咲き始めた(Son tornate a fiorire le rose英語) | ヴィットリオ・シンドーニ | パオロ・デ・シモーネ |
1975 | モナーテ銀行(La banca di Monate英語) | フランチェスコ・マッサーロ | ラジョニエール・アデルモ・ピゴリーニ |
1976 | チェザリーナのために(Per amore di Cesarina英語) | ヴィットリオ・シンドーニ | ダヴィデ・カンポレージ |
1976 | 悪夜の忍び足(Passi furtivi in una notte boia英語) | ヴィンチェンツォ・リーゴ | ポンペオ・ピレッティ |
1976 | どうやって子供を誘拐するのか(Come ti rapisco il pupo英語) | ルチオ・デ・カーロ | ステルツィ - ジミーの父 |
1977 | ビドナータ(La bidonata英語) | ルチアーノ・エルコリ | レナート |
1977 | 最後に笑う者がよく笑う(Ride bene... chi ride ultimo英語) | ヴァルテル・キアーリ | ローリス・マルテガーニ(「強制された司祭」の章) |
1978 | 猫がラードに行くように...(Tanto va la gatta al lardo...英語) | マルコ・アレアンドリ | テオドーロ・カサデイ |
1978 | 笑いながら冗談を言いながら(Ridendo and scherzando英語) | マルコ・アレアンドリ | ジョルジオ |
1979 | 美男も醜男も皆笑う(Belli and brutti ridono tutti英語) | ドメニコ・パオレッラ | ドン・エンツォ |
1979 | シーツの下の3人(Tre sotto il lenzuolo英語) | パオロ・ドミニチ | ジョルジオ・モリ(「いいえ、嫉妬ではありません」の章) |
1986 | ロマンス(Romance英語) | マッシモ・マッツッコ | ジュリオ |
1988 | カフカの流刑地(Kafka la colonia penale英語) | ジュリアーノ・ベッティ | |
1990 | 愛の人生の痕跡(Tracce di vita amorosa英語) | ピーター・デル・モンテ | ジョルジオ(最終出演作) |
6. 外部リンク
- [https://www.imdb.com/name/nm0157067/ Walter Chiari - IMDb]
- [https://www.ibdb.com/broadway-cast-staff/walter-chiari-81378 Walter Chiari - IBDB]