1. 幼少期と背景
1.1. 出生と生育環境
ジョアニー・ロシェットは1986年1月13日にカナダのケベック州モントリオールで生まれた。彼女はケベック州のラ・ヴィジタシオン=ド=リル=デュパで育った。
1.2. フィギュアスケートとの出会い
ロシェットがスケートを始めたのは、母親が彼女をスケートリンクに連れて行った2歳の時であった。別の情報源では6歳でスケートを始めたとされているが、いずれにせよ幼少期からフィギュアスケートに親しんだ。
2. 人物
ジョアニー・ロシェットは、力強いジャンプとエレガントな滑りが持ち味の選手であった。彼女はアクセルを除く5種類の3回転ジャンプをクリーンに跳び分けることができた。
身長は157 cm。
コーチはマノン・ペロンとナタリー・マーティンが務めた。過去にはジョゼ・ノルマン、セバスチャン・ブリテン、N. リキエもコーチを務めている。主な振付師にはシェイ=リーン・ボーン、ローリー・ニコル、デヴィッド・ウィルソン、セバスチャン・ブリテンらがいる。
私生活では、2006年トリノオリンピックで知り合ったスピードスケート選手フランソワ=ルイ・トランブレーと交際し、2008年7月からはモントリオールで同棲していた。また、同年代のスケーターである安藤美姫やカロリーナ・コストナーとはジュニア時代から共に試合に出ており、親交が深かった。趣味は映画鑑賞、読書、ローラースケート、ショートトラック、スピードスケートなど多岐にわたる。
3. スケートキャリア
ジョアニー・ロシェットはジュニア時代からその才能を発揮し、着実に国際舞台での実績を積み重ね、シニア転向後もカナダのトップ選手として活躍した。
3.1. ジュニア時代
1999-2000シーズン、ロシェットはカナダ選手権のノービス部門で優勝した。翌2000-01シーズンにはISUジュニアグランプリシリーズにデビューし、フランス大会で5位、メキシコ大会で4位に入賞した。カナダ選手権ではジュニア部門で2年連続のナショナルタイトルを獲得し、世界ジュニア選手権に派遣され8位に入賞した。2001-02シーズンには、ISUジュニアグランプリイタリア大会で銅メダルを獲得。このシーズン、シニア部門のカナダ選手権で銅メダルを獲得し、四大陸選手権と世界ジュニア選手権の代表に選出された。四大陸選手権では9位、世界ジュニア選手権では5位という成績を残した。
3.2. シニアキャリアの進展
2002-03シーズンからシニアカテゴリーで競技を開始し、カナダ選手権で銀メダルを獲得。世界選手権では17位に入った。2003-04シーズンにはISUグランプリシリーズにデビューし、スケートカナダで10位、ロシア杯で4位、ボーフロスト杯で優勝した。カナダ選手権では2年連続で銀メダルを獲得し、世界選手権では8位に順位を上げた。
2004-05シーズンには、中国杯で銅メダル、エリック・ボンパール杯で優勝し、グランプリファイナルに初進出し銅メダルを獲得した。これはカナダの女子シングル選手としては1995-1996シーズンのジョゼ・シュイナール以来のメダルであった。このシーズン、ロシェットはカナダ選手権で初のシニアタイトルを獲得し、ノービス、ジュニア、シニアの全カテゴリーでカナダ選手権を制した初の女子選手となった。
2005-06シーズン、ロシェットはスケートカナダで銀メダルを獲得。カナダ選手権で2年連続優勝を果たし、トリノオリンピックに出場し5位に入賞した。続く世界選手権では予選で首位に立つも、ショートプログラムとフリースケーティングでジャンプにミスが出て総合7位に終わった。
2006-07シーズンにはスケートカナダで優勝。カナダ選手権で3年連続優勝を達成し、四大陸選手権で銅メダルを獲得した。
2007-08シーズン、スケートカナダとロシア杯で銅メダルを獲得。カナダ選手権で4年連続優勝を果たし、四大陸選手権では銀メダル、世界選手権では5位に入賞した。
2008-09シーズンは好調で、スケートカナダとエリック・ボンパール杯で優勝。特にエリック・ボンパール杯では当時世界チャンピオンだった浅田真央を破り、心理学者との協力がパフォーマンス向上に繋がったと語っている。グランプリファイナルでは4位に終わったものの、カナダ選手権で5年連続優勝を達成。続く四大陸選手権では再び浅田真央を破って銀メダルを獲得した。そして2009年世界選手権では銀メダルを獲得し、エリザベス・マンリー以来21年ぶりにカナダの女子選手として世界選手権の表彰台に上った。
2009-10シーズン、中国杯で銅メダル、スケートカナダで自己ベストを更新して優勝した。グランプリファイナルでは5位に入った。
4. 2010年バンクーバーオリンピックと個人的な試練

2010年バンクーバーオリンピックは、ロシェットにとってキャリアの頂点であると同時に、人生最大の試練の場となった。
4.1. 母の死とオリンピックでの演技
2010年バンクーバーオリンピックの女子フィギュアスケート競技開幕を2日後に控えた2月21日、ロシェットの母親であるテレーズ・ロシェット(55歳)が、競技を観戦するためにバンクーバーに到着した直後、バンクーバー総合病院で心臓発作により急逝した。この悲報を受け、ロシェットは競技への出場を真剣に検討したが、母親の「強くなりなさい」という言葉を思い出し、亡き母に捧げるため競技続行を決意した。
ショートプログラムでは、悲しみを乗り越え、自己ベストとなる71.36点を記録し、3位につけた。2日後のフリースケーティングでも3位の順位を維持し、合計202.64点で銅メダルを獲得した。彼女はオリンピックの女子フィギュアスケートでメダルを獲得した5人目のカナダ人選手となった。
この感動的な演技は世界中の人々に勇気を与え、2月27日に行われたエキシビションでは、セリーヌ・ディオンのフランス語の曲「Vole」(「飛べ」の意)を亡き母への追悼として披露し、演技の最後には天を仰ぎ見る姿を見せた。また、1988年カルガリーオリンピックで姉を亡くした経験を持つスピードスケート解説者のダン・ジャンセンは、ロシェットに励ましのメールを送ったという。
4.2. オリンピック後の称賛と感謝
ロシェットの逆境に立ち向かう勇気と感動的な演技は、国内外で高く評価された。彼女は2010年バンクーバーオリンピックにおいて、ペトラ・マイディッチと共に、痛みや障害を克服して世界を感銘させた選手に贈られる第1回テリー・フォックス賞を受賞した。カナダのスケルトン選手であるジョン・モンゴメリーは、ロシェットが「2010年大会で見せた並外れた心と決意こそ、オリンピックの真髄である」と称賛した。ロシェットは、その功績を称えられ、閉会式でカナダ選手団の旗手を務めた。
2010年12月には、カナダ通信社によって年間最優秀女子選手に選出された。
5. 引退後の活動
フィギュアスケート選手としてのキャリアを終えた後、ジョアニー・ロシェットは新たな人生の道を歩み始めた。
5.1. 引退と医学の道
ロシェットは2010年世界選手権には出場せず、その後2010-11シーズンのグランプリシリーズにも出場しないことを発表した。2012年10月のインタビューでは競技復帰を検討していると語ったが、2013年9月には2014年ソチオリンピックの出場権は目指さず、CBCの解説委員としてソチへ向かうことを表明した。
彼女はコレージュ・アンドレ=グラッセの自然科学プログラムでDEC(大学準備課程修了証書)を取得したが、通常2~3年で修了するこの課程を、競技活動と並行して7年かけて修了した。2015年秋にはマギル大学の医学準備課程に入学し、2016年には医学部生として本格的に学び始めた。2017年9月には、医学部2年目の開始時にホワイトコートセレモニーに参加した。
5.2. 医師としての活動
ロシェットは2020年4月に医師の学位を取得し、新型コロナウイルス感染症の世界的流行の期間中、ケベック州の長期介護施設で働くことを表明した。彼女の医師への転身は、母親の死後、祖父や叔父も心臓発作を経験したことがきっかけとなったと語っている。
彼女はオタワ大学心臓研究所の「iheartmom」キャンペーンの広報担当者として、女性の心臓病に対する意識向上に取り組んでいる。また、ワールド・ビジョンの活動にも協力している。
5.3. メディア・解説活動
ロシェットは、2014年ソチオリンピックでCBCのフィギュアスケート解説委員を務めるなど、メディア分野でも活動した。2017年8月には、スケートカナダの2017年度殿堂入りが発表された。
6. 主要な競技成績
ジョアニー・ロシェットの主な競技成績は以下の通り。
大会/年 | 00-01 | 01-02 | 02-03 | 03-04 | 04-05 | 05-06 | 06-07 | 07-08 | 08-09 | 09-10 |
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オリンピック | 5位 | 3位 | ||||||||
世界選手権 | 17位 | 8位 | 11位 | 7位 | 10位 | 5位 | 2位 | |||
四大陸選手権 | 9位 | 8位 | 4位 | 3位 | 2位 | 2位 | ||||
グランプリファイナル | 3位 | 4位 | 5位 | |||||||
GPエリック・ボンパール杯 | 1位 | 4位 | 4位 | 1位 | ||||||
GP中国杯 | 3位 | 3位 | ||||||||
GPロシア杯 | 4位 | 3位 | ||||||||
GPスケートカナダ | 10位 | 2位 | 1位 | 3位 | 1位 | 1位 | ||||
ボーフロスト杯 | 1位 | |||||||||
世界ジュニア選手権 | 8位 | 5位 | ||||||||
JGPフランス大会 | 5位 | |||||||||
JGPイタリア大会 | 3位 | |||||||||
JGPメキシコ大会 | 4位 | |||||||||
JGPポーランド大会 | 5位 | |||||||||
カナダ選手権 | 1位 J. | 3位 | 2位 | 2位 | 1位 | 1位 | 1位 | 1位 | 1位 | 1位 |
J. = ジュニア
団体戦 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
大会 | 05-06 | 06-07 | 08-09 | 09-10 | 10-11 | 11-12 | 13-14 |
世界国別対抗戦 | 2位 T 2位 P | ||||||
ジャパンオープン | 2位 T 2位 P | 3位 T 3位 P | 2位 T 1位 P | 2位 T 1位 P | 1位 T 2位 P | 2位 T 2位 P | |
T: チーム結果; P: 個人結果。メダルはチーム結果に対してのみ授与される。 |
プロアマ大会 | |||
---|---|---|---|
大会 | 12-13 | 14-15 | 15-16 |
メダルウィナーズオープン | 2位 | 1位 | 1位 |
7. プログラム

ジョアニー・ロシェットが選手時代に披露した各シーズンのプログラムで使用された楽曲、振付師、およびエキシビションプログラムは以下の通り。
シーズン | ショートプログラム | フリースケーティング | エキシビション |
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2009-10 | ラ・クンパルシータ 作曲:ヘラルド・マトス・ロドリゲス 振付:シェイ=リーン・ボーン | サムソンとデリラ 作曲:カミーユ・サン=サーンス 振付:ローリー・ニコル | オブジェクション ボーカル:シャキーラ Vole ボーカル:セリーヌ・ディオン サマータイム 作曲:ジョージ・ガーシュウィン 演奏:レネー・オルステッド マイ・イモータル ボーカル:エヴァネッセンス |
2008-09 | サマータイム 作曲:ジョージ・ガーシュウィン 振付:シェイ=リーン・ボーン | アランフエス協奏曲 作曲:ホアキン・ロドリーゴ 振付:ローリー・ニコル | ダイ・アナザー・デイ ボーカル:マドンナ Believe ボーカル:スージー・マクニール オブジェクション ボーカル:シャキーラ |
2007-08 | ピアノ協奏曲第1番 作曲:ピョートル・チャイコフスキー ピアノ協奏曲 作曲:ロベルト・シューマン 振付:サンドラ・ベジック | ミュージカル「ドン・ファン」より 作曲:フェリックス・グレイ 振付:デヴィッド・ウィルソン | ダイ・アナザー・デイ ボーカル:マドンナ Finally ボーカル:ファーギー サマータイム 作曲:ジョージ・ガーシュウィン 演奏:レネー・オルステッド |
2006-07 | リトル・ウィング 作曲:ジミ・ヘンドリックス 振付:サンドラ・ベジック | サマータイム 作曲:ジョージ・ガーシュウィン 演奏:レネー・オルステッド ハートブレイカー ボーカル:パット・ベネター Vole ボーカル:セリーヌ・ディオン | |
2005-06 | ライク・ア・プレイヤー (インストゥルメンタル版) 作曲:マドンナ、パトリック・レナード 振付:デヴィッド・ウィルソン | 枯葉 作曲:ジョゼフ・コズマ 愛の賛歌 作曲:マルグリット・モノー 振付:デヴィッド・ウィルソン | ライク・ア・プレイヤー ボーカル:マドンナ Vole ボーカル:セリーヌ・ディオン |
2004-05 | ドゥムキー 作曲:アントニン・ドヴォルザーク 振付:デヴィッド・ウィルソン | 火の鳥 作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー 振付:デヴィッド・ウィルソン | Labour of Love by Frente! |
2003-04 | Metamorphoses and Other Plays 作曲:ウィリー・シュワルツ 振付:デヴィッド・ウィルソン | Il Etait Une Fois le Diable 作曲:エンニオ・モリコーネ 振付:デヴィッド・ウィルソン | 黒くぬれ! 演奏:ヴァネッサ・カールトン |
2002-03 | Song from a Secret Garden 作曲:ロルフ・ラヴランド 振付:デヴィッド・ウィルソン | Once Upon a Time in the West 作曲:エンニオ・モリコーネ 振付:デヴィッド・ウィルソン | |
2001-02 | Somewhere in Time 演奏:サー・サイモン・ラトル・オーケストラ 振付:ジャン=ピエール・ブーレ | La Fete des Fleurs a Genzano 作曲:リッカルド・ドリゴ ロンドン・フェスティバル・バレエ・オーケストラ 振付:ジャン=ピエール・ブーレ | |
2000-01 | Istanbul not Constantinople 作曲:ジョー・カー Puttin' On the Ritz 作曲:アーヴィング・バーリン 振付:ジャン=ピエール・ブーレ |
シーズン | プロアマイベント フリースケーティング | エキシビション |
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2015-16 | Gravity by サラ・バレリス | Hands to Myself by セレーナ・ゴメス Sour Cherry Gravity by サラ・バレリス O Holy Night |
2014-15 | ラ・ヴィ・アン・ローズ カバー:ウテ・レンパー 振付:マリー=フランス・デュブレイユ | ラ・ヴィ・アン・ローズ カバー:ウテ・レンパー 振付:マリー=フランス・デュブレイユ Addicted to You by アヴィーチー Keep On Walking by マルク・スウェイ |
2013-14 | ノートルダム・ド・パリ by リュック・プラモンドン 振付:佐藤有香 | ノートルダム・ド・パリ by リュック・プラモンドン 振付:佐藤有香 Shot Me Down by デヴィッド・ゲッタ Santa Baby by ジョーン・ジャヴィッツ、フィリップ・スプリンガー At Last by マック・ゴードン、ハリー・ウォーレン カバー:シンディ・ローパー Hurt by クリスティーナ・アギレラ That Man by キャロ・エメラルド |
2012-13 | For Me, Formidable by フランス・ダモール | Is It a Crime by シャーデー That Man by キャロ・エメラルド What About Me 演奏:ミーシャ・ブルッガーゴスマン Show Me How You Burlesque by クリスティーナ・アギレラ |
2011-12 | 火の鳥 by イーゴリ・ストラヴィンスキー 振付:デヴィッド・ウィルソン | Indestructible by ロビン 振付:ジェフリー・バトル For Me, Formidable by フランス・ダモール The Perfect Gift by ザ・テナーズ |
2010-11 | サムソンとデリラ by カミーユ・サン=サーンス 振付:ローリー・ニコル | True Colors 演奏:シンディ・ローパー Show Me How You Burlesque by クリスティーナ・アギレラ O Holy Night by アドルフ・アダン |
8. 影響力と評価
ジョアニー・ロシェットは、フィギュアスケート選手としての輝かしい実績に加え、2010年バンクーバーオリンピックでの個人的な悲劇を乗り越えた精神力で、世界中の人々に深い感動と勇気を与えた。彼女の物語は、逆境に直面した際の人間の強さと回復力の象徴として記憶されている。
競技引退後、医学の道を志し、医師として社会に貢献する選択をしたことは、彼女の影響力をさらに広げた。特に新型コロナウイルス感染症の世界的流行下で高齢者介護施設での医療活動に従事したことは、彼女の献身的な姿勢と公共の福祉への強い意識を示すものである。母親の死をきっかけに心臓病への意識向上キャンペーンにも積極的に関わるなど、彼女はスポーツ界を超えて社会的な貢献を果たしている。
ロシェットは、その卓越した競技成績と人間性から、フィギュアスケート界における歴史的な存在として評価されており、2017年にはスケートカナダの殿堂入りを果たした。彼女の人生は、アスリートが競技を終えた後も、その経験と精神力をもって社会に多大な影響を与え続けることができる模範を示している。