1. 生い立ちと背景
梁賢柱は、在日コリアンとしての複雑な背景を持ちながら、サッカー選手としての道を歩んできた。彼の初期の人生と教育は、その後のキャリア形成に大きな影響を与えている。
1.1. 出生と幼少期
梁賢柱は1998年5月31日に日本の埼玉県飯能市で生まれた。彼は日本にルーツを持つ在日コリアンとしてのアイデンティティを持ち、その背景は彼のサッカーキャリアに独自の意味を与えている。
1.2. ユース経歴と教育
梁賢柱は幼少期からサッカーに親しみ、ヴィッセル神戸U-12で最初のユースキャリアをスタートさせた。その後、2011年から2013年には大宮アルディージャU-15に所属。大宮アルディージャジュニアユース時代には、2013年にクラブ史上初となるJFAプレミアカップ優勝を経験するなど、その才能を開花させた。
2014年から2016年にかけては東京朝鮮高級学校に進学し、高校サッカーでプレーを続けた。この期間中、彼は自身のルーツである北朝鮮のユース代表に選出される機会を得た。高校卒業後は、2017年から2020年まで早稲田大学に進学し、大学サッカーでスキルを磨き、プロとしての基礎を固めた。
2. クラブ経歴
梁賢柱は、大学卒業後、日本のプロサッカーリーグでそのキャリアをスタートさせ、複数のクラブを経て現在も活躍を続けている。
2.1. プロデビューと初期の活躍
早稲田大学を卒業後、梁賢柱は2021年シーズン開幕直前の3月3日にJ3のFC今治への加入が発表され、プロとしての第一歩を踏み出した。同年3月14日、J3第1節のロアッソ熊本戦でJリーグデビューを果たした。また、9月12日にはJ3第18節の藤枝MYFC戦でJリーグ初ゴールを記録するなど、初期から活躍を見せた。しかし、FC今治での活動はわずか1年で終わり、同年12月3日に退団が発表された。退団後、同年12月9日にはフクダ電子アリーナで行われたJリーグ合同トライアウトに参加し、新たな所属先を模索した。
2022年2月11日、彼はJFLの東京武蔵野ユナイテッドFCへ移籍。このクラブでは主要選手として活躍し、リーグ戦26試合に出場し10得点を挙げるなど、攻撃面でチームに貢献した。
2.2. ヴィアティン三重
2023年、梁賢柱は同じくJFLに所属するヴィアティン三重へ移籍した。ここでは背番号15を背負い、リーグ戦23試合に出場し2得点を記録。2024年シーズンからは背番号41を着用し、チームの主要フォワードとして活躍を続けている。
3. 代表経歴
梁賢柱は、出生地である日本ではなく、自身のルーツである北朝鮮の年代別代表に選出され、国際舞台での経験を積んだ。
2015年にはU-17北朝鮮代表の一員として、チリで開催された2015 FIFA U-17ワールドカップに参加した。この大会では3試合に出場している。
2016年にはU-19北朝鮮代表としてAFC U-19選手権2016に出場し、3試合出場1得点を記録した。
さらに、2018年から2020年にはU-23北朝鮮代表に選ばれ、2018年アジア競技大会およびAFC U-23選手権2020に参加した。U-23代表では6試合出場1得点を記録しており、年代別代表の主力選手として国際経験を積んだ。
4. キャリア統計
以下の表は、梁賢柱のプロクラブでの成績詳細である。
シーズン | クラブ | リーグ | 出場 | 得点 | カップ戦 | 出場 | 得点 | 合計 | 出場 | 得点 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2021 | FC今治 | J3 | 12 | 1 | 1 | 0 | 13 | 1 | ||
2022 | 東京武蔵野ユナイテッドFC | JFL | 26 | 10 | 0 | 0 | 26 | 10 | ||
2023 | ヴィアティン三重 | JFL | 23 | 2 | 2 | 1 | 25 | 3 | ||
2024 | ヴィアティン三重 | JFL | ||||||||
総通算 | 61 | 13 | 3 | 1 | 64 | 14 |
; 出場歴
- Jリーグ初出場:2021年3月14日 J3第1節 ロアッソ熊本戦(ありがとうサービス. 夢スタジアム)
- Jリーグ初得点:2021年9月12日 J3第18節 藤枝MYFC戦(ありがとうサービス. 夢スタジアム)