1. 概要
キム・ジヒョン(김지현韓国語、金志炫、1974年9月10日生)は、大韓民国出身の元バドミントン選手であり、現在は指導者として活躍している。選手時代は、女子シングルスを中心に国際舞台で顕著な成績を収め、1989年の世界ジュニア選手権では金メダルを獲得するなどの輝かしい実績を残した。
選手引退後は指導者の道に進み、ニュージーランドや韓国のナショナルチーム、そしてインド代表チームのコーチを歴任。特に、2019年にバーゼルで開催されたBWF世界選手権では、インドのP.V.シンドゥ選手を指導し、インドに初の世界選手権金メダルをもたらしたことでその手腕を高く評価された。私生活では、夫の看病のため一時的に指導者活動を中断した期間もあったが、再び韓国ナショナルチームのコーチとして復帰するなど、バドミントン界への情熱と献身を示し続けている。そのキャリアは、選手としての卓越した能力と、指導者としての育成手腕を兼ね備えた、バドミントン界の貴重な人材として広く認識されている。
2. 選手経歴
キム・ジヒョンの選手としての活動と主な成果は以下の通りである。
2.1. 初期および選手としてのデビュー
キム・ジヒョンは1974年9月10日に釜山で生まれた。バドミントン選手として成長し、プロの舞台にデビューした後は、サムスン電機バドミントンチームに所属し活躍した。
2.2. オリンピック出場
彼女は女子シングルス選手として、2度の夏季オリンピックに出場した。
- 1996年アトランタオリンピック
- 2000年シドニーオリンピック
2.3. 主な国内外の大会成績
選手時代には、国内の主要大会で卓越した成績を収めた。特に、全国総合選手権大会の女子シングルスでは、1997年と1998年の2年連続で優勝を果たした。国際大会では、数多くのメダルを獲得し、アジア地域だけでなく世界の舞台で韓国代表としてその名を轟かせた。
2.4. 選手引退
キム・ジヒョンは2001年のコリアオープンを最後に、国際大会からの選手生活を引退することを発表した。
3. 主要国際大会の成績
キム・ジヒョンが選手時代に参加した主要な国際大会でのメダル獲得状況と具体的な成績は以下の通りである。
3.1. 世界ジュニア選手権
世界ジュニア選手権は、若手選手を対象とした国際招待バドミントン大会であり、インドネシアのジャカルタで1987年から1991年まで開催された。キム・ジヒョンは同大会の女子シングルスで金メダルを獲得した。
年 | 開催地 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1989年 | ジャカルタ、インドネシア | カミラ・マルティンデンマーク語 | 11-5, 11-7 | 金メダル |
3.2. スディルマンカップ
スディルマンカップは、混合団体によるバドミントンの国際大会である。
3.3. ユーバーカップ
ユーバーカップは、女子団体によるバドミントンの国際大会である。
3.4. アジア競技大会
アジア競技大会におけるバドミントン競技の女子団体戦でメダルを獲得した。
年 | 開催地 | 種目 | 結果 |
---|---|---|---|
1994年 | 日本 広島 | 女子団体 | 金メダル |
1998年 | タイ バンコク | 女子団体 | 銀メダル |
3.5. アジア選手権
アジアバドミントン選手権の女子シングルス種目における成績は以下の通りである。
年 | 開催地 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1994年 | 中国 上海、上海体育館 | 劉玉紅中国語 | 12-11, 7-11, 5-11 | 銅メダル |
3.6. アジアカップ
アジアカップの女子シングルス種目における成績は以下の通りである。
年 | 開催地 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1994年 | 中国 北京、北京体育館 | 韓晶娜中国語 | 5-11, 8-11 | 銅メダル |
3.7. 東アジア競技大会
東アジア競技大会の女子シングルス種目における成績は以下の通りである。
年 | 開催地 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1993年 | 中国 上海 | 林曉明中国語 | 11-8, 11-12, 1-11 | 銅メダル |
3.8. IBFワールドグランプリ
IBF(国際バドミントン連盟)ワールドグランプリは、1983年から2006年まで国際バドミントン連盟によって承認された大会シリーズであった。
年 | 大会 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1994 | チャイニーズタイペイオープン | スージー・スサンティインドネシア語 | 2-11, 5-11 | 準優勝 |
1994 | コリアオープン | 方銖賢韓国語 | 5-11, 5-11 | 準優勝 |
1994 | スウェーデンオープン | 方銖賢韓国語 | 11-6, 5-11, 3-11 | 準優勝 |
1996 | タイオープン | 王晨中国語 | 11-2, 5-11, 7-11 | 準優勝 |
1998 | スウェーデンオープン | 龔智超中国語 | 12-10, 11-8 | 優勝 |
1999 | スウェーデンオープン | 龔睿那中国語 | 8-11, 5-11 | 準優勝 |
2001 | コリアオープン | カミラ・マルティンデンマーク語 | 7-11, 11-8, 10-13 | 準優勝 |
3.9. IBF国際大会
IBF国際大会における主な成績は以下の通りである。
女子シングルス
年 | 大会 | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|
1991 | ソビエト連邦国際 | エレーナ・ルイブキナロシア語 | 5-15, 7-15 | 準優勝 |
1999 | ハンガリー国際 | イ・スンドゥク韓国語 | 11-6, 11-1 | 優勝 |
1999 | ノルウェー国際 | 王晨中国語 | 2-11, 11-3, 11-6 | 優勝 |
2002 | ニュージーランド国際 | レニー・パーマナ英語 | 7-2, 7-1, 7-1 | 優勝 |
女子ダブルス(パートナー:カン・ボクスン)
年 | 大会 | パートナー | 対戦相手 | スコア | 結果 |
---|---|---|---|---|---|
1991 | ソビエト連邦国際 | カン・ボクスン韓国語 | ナタリア・イワノワロシア語 ユリア・マルティネンコロシア語 | 10-15, 18-17, 12-15 | 準優勝 |
4. 指導者経歴
選手引退後、キム・ジヒョンはバドミントン指導者として国際的に活躍し、多くの選手を育成した。
4.1. 国際舞台での指導者活動
彼女は、ドイツのザールブリュッケンにあるBWF(世界バドミントン連盟)トレーニングアカデミーでコーチを務めた後、ニュージーランド、韓国、そしてインドのナショナルチームで指導経験を積んだ。特に、2019年にはインド代表チームのコーチとして、P.V.シンドゥ選手を指導し、バーゼルで開催されたBWF世界選手権でインド初の金メダル獲得に貢献したことは、その指導者としての手腕を国際的に証明する出来事となった。
4.2. 韓国ナショナルチームへの復帰
2020年11月、キム・ジヒョンは大韓バドミントン協会(BKA)によって、女子シングルスコーチとして韓国ナショナルチームに再び任命された。この再任は、2022年10月31日までの期間とされた。
5. 私生活
キム・ジヒョンは、私生活において夫の健康問題に直面した。2019年9月には、夫の看病のためにインドナショナルチームのコーチを辞任し、一時的に指導者活動を中断した。この決断は、彼女が家族を深く気遣う人物であることを示している。
6. 遺産と影響
キム・ジヒョンは、選手としても指導者としてもバドミントン競技に多大な影響を与えた人物である。選手時代には、世界ジュニア選手権での金メダル獲得をはじめ、多数の国際大会でメダルを獲得し、韓国バドミントンの強さを世界に示した。そのプレースタイルは、後続の選手たちに大きな影響を与えた。
指導者としては、特にP.V.シンドゥ選手を世界選手権の頂点に導いた功績が際立っている。彼女の指導は、単なる技術指導に留まらず、選手の精神的な強さを引き出し、大舞台でのパフォーマンスを最大限に発揮させることに成功した。これは、彼女がバドミントン界に与えた最も重要な遺産の一つと言える。選手として、また指導者として、キム・ジヒョンは世界中のバドミントン選手やコーチにとって、尊敬と模範の対象であり続けている。