1. 生い立ちと教育
オレクシイ・トロフチーはウクライナで生まれ育ち、ウェイトリフティングと工学という異なる分野で学歴を積み重ねた。
1.1. 出生と幼少期
オレクシイ・トロフチーは1986年5月22日、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国(現ウクライナ)ドネツィク州のズフレースで生まれた。彼の身長は1.81 m、体重は104 kgであった(2012年時点)。
1.2. 学歴
彼の学歴はスポーツと工学の分野にまたがっている。
- 2003年:ハルキウ地域体育高等専門学校を卒業し、体育の学位を取得した。
- 2010年:国立航空宇宙大学ハルキウ航空学院を「飛行機械および複合施設の制御システム」を専攻し、エンジニアの資格を取得した。
- 2014年:ザポリージャ国立大学で体育・スポーツ/ウェイトリフティングコーチの2つ目の学位を取得した。
- 2020年:ウクライナ国立体育スポーツ大学に入学し、スポーツ科学の博士号取得を目指している。現在、「遠隔トレーニングプログラムの開発」というテーマで博士論文を執筆中である。
2. 選手としての経歴
オレクシイ・トロフチーは2000年にウェイトリフティングを始め、国際舞台で数々の実績を積んだが、2012年ロンドンオリンピックでの金メダル獲得後にドーピング違反が発覚し、メダルを剥奪された。
2.1. 初期キャリアと代表チーム活動
オレクシイ・トロフチーは2000年にウェイトリフティングを始めた。彼のコーチはヴァレリー・ニクリンとミハイル・マツォハであった。2005年にはウクライナのナショナルウェイトリフティングチームに加入し、国際舞台でのキャリアをスタートさせた。2006年のヨーロッパジュニア選手権ではスナッチとクリーン&ジャークで銅メダルを獲得し、2007年にはアピアで開催された世界ウェイトリフティングカップで優勝した。
2008年の北京オリンピックでは男子105キロ級でトップ10に入る成績を収めたが、財政的な支援の不足から一度競技からの引退を余儀なくされた。しかし、引退から5ヶ月後にはスポンサーを獲得し、再びプロとしてのキャリアを継続することができた。
2.2. 主要国際大会への参加
トロフチーはドーピングによる失格処分を受ける以前に、数々の主要国際大会に出場し、優秀な成績を収めている。
- 2008年北京オリンピック**: 男子105キロ級でトータル390 kgを挙げ、10位となった。
- 2009年ヨーロッパウェイトリフティング選手権**: ブカレストで開催されたこの大会では、クリーン&ジャークで金メダルを獲得し、トータル405 kgで銀メダリストとなった。
- 2009年世界ウェイトリフティング選手権**: 韓国の高陽市で開催されたこの大会では、銅メダルを獲得した。
- 2010年ヨーロッパウェイトリフティング選手権**: ミンスクで開催されたこの大会では、クリーン&ジャークで銀メダル、トータルで銅メダルを獲得した。
- 2011年世界ウェイトリフティング選手権**: パリで開催されたこの大会で、銅メダルを獲得した。
- 2012年ロンドンオリンピック**: 2012年8月6日、男子105キロ級で金メダルを獲得した。この時点では彼のキャリアの頂点と見なされた。
2.3. ドーピングスキャンダルと失格

2012年ロンドンオリンピックでの彼の勝利は、後にドーピング問題によって取り消された。国際オリンピック委員会(IOC)が2012年ロンドンオリンピックのドーピング検体を再分析した結果、トロフチーの検体からパフォーマンス向上薬の陽性反応が確認されたことが、2018年12月22日に発表された。これを受け、国際ウェイトリフティング連盟(IWF)は彼を一時的に資格停止処分とした。そして、2019年12月には、このドーピング違反が確定し、ロンドンオリンピックで獲得した金メダルが正式に剥奪されたことが確認された。この失格処分により、彼のオリンピックチャンピオンとしての記録は抹消された。
2.4. 主要大会の成績
以下は、彼の主要な国際ウェイトリフティング大会における成績と順位をまとめたものである。
年 | 開催地 | 階級 | スナッチ (kg) | クリーン&ジャーク (kg) | トータル | 順位 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 順位 | 1 | 2 | 3 | 順位 | |||||
オリンピック | ||||||||||||
2008 | 北京、中華人民共和国 | 105 kg | 172 kg | 177 kg | 181 | 9 | 213 kg | 220 | 220 | 10 | 390 kg | 10 |
2012 | ロンドン、イングランド | 105 kg | 185 kg | 190 | 190 | 2 | 222 kg | 226 | 227 kg | 1 | 412 kg | 失格 |
世界ウェイトリフティング選手権 | ||||||||||||
2006 | サントドミンゴ、ドミニカ共和国 | 105 kg | 160 | 160 kg | 165 kg | 17 | 200 kg | 205 kg | 208 kg | 13 | 373 kg | 12 |
2007 | チェンマイ、タイ | 105 kg | 167 | 167 | 167 | -- | -- | -- | -- | -- | -- | -- |
2009 | 高陽市、韓国 | 105 kg | 176 kg | 180 kg | 183 | 5 | 215 kg | 221 | 221 | 5 | 395 kg | - |
2011 | パリ、フランス | 105 kg | 176 kg | 181 kg | 185 | 5 | 220 kg | 229 | 229 kg | - | 410 kg | - |
ヨーロッパウェイトリフティング選手権 | ||||||||||||
2008 | リニャーノ・サッビアドーロ、イタリア | 105 kg | 170 | 170 kg | 175 kg | 6 | 210 kg | 217 | 220 kg | - | 395 kg | 5 |
2009 | ブカレスト、ルーマニア | 105 kg | 172 kg | 177 kg | 181 kg | 4 | 213 kg | 220 | 224 kg | - | 405 kg | - |
2010 | ミンスク、ベラルーシ | 105 kg | 175 kg | 180 | 180 | 7 | 217 kg | 221 kg | 225 | - | 396 kg | - |
2011 | カザン、ロシア | 105 kg | 170 kg | 175 | 175 | 11 | 215 | 215 kg | 218 | - | 385 kg | 5 |
3. 引退後の活動
競技引退後、オレクシイ・トロフチーはスポーツ行政、実業家、教育者、そしてソーシャルメディアインフルエンサーとして多岐にわたる活動を展開している。
3.1. スポーツ行政活動
引退後、トロフチーはスポーツ行政の分野でも積極的に活動した。
- ヨーロッパウェイトリフティング連盟執行委員会のメンバーを務めた。
- ウクライナオリンピック委員会選手委員会の副委員長を務めた。
- 2016年から2020年まで、ウクライナウェイトリフティング連盟の副会長を務めた。
3.2. 実業家および教育活動
トロフチーは実業家としても成功を収めている。
- 「ウォーム・ボディ・コールド・マインド(Warm Body Cold Mind)」ブランド**: 2016年に国際的なスポーツウェアおよびアクセサリーブランド「ウォーム・ボディ・コールド・マインド」(WBCM)を設立した。このシャツは、著名なアメリカ人野球選手ブライス・ハーパーがフロリダでの初のメディア対応時に着用したことで注目を集め、ワシントン・ポストやESPNなど複数のメディアで取り上げられ、そのスローガンが有名になった。このブランドは現在、世界中でオンライン販売されており、Amazonでも入手可能である。2019年以降、「ウォーム・ボディ・コールド・マインド」は、レベカ・コハ、ムハンマド・イハブ、ルスラン・ヌルディノフといった世界的に有名なウェイトリフティング選手たちとコラボレーションを行っている。
- マスタークラスとセミナー**: 世界各地でウェイトリフティングに関するマスタークラスやセミナーを積極的に開催している。
- トレーニングプログラムと栄養セットの開発**: 「TORWOD」というトレーニングプログラムや栄養セットの考案者であり、開発者でもある。
- 電子書籍の出版**:
- 2020年には『ザ・スナッチ・マスタークラス:アスリートとコーチのためのオリンピックウェイトリフティングコース(The Snatch MasterClass: Olympic Weightlifting Course for Athletes & Coaches)』という電子書籍を出版した。
- 2021年には、博士課程での研究に基づき、『ザ・オリンピック・クリーン・マスタークラス(The Olympic Clean MasterClass)』という2冊目の電子書籍を出版した。
彼の公式サイトは[https://www.torokhtiy.com/ torokhtiy.com]である。
3.3. オンライン活動と影響力
トロフチーはウェイトリフティング界で最も影響力のあるソーシャルメディアインフルエンサーの一人である。
- YouTubeチャンネル**: 2013年にYouTubeチャンネルを立ち上げ、無料のトレーニング動画が人気を集めた。2019年には登録者数10万人を超えたことでYouTubeクリエイターアワードのシルバークリエイターアワードを受賞しており、現在では28万人以上のチャンネル登録者がいる。
- Instagram活動**: 50万人以上のフォロワーを持つInstagramアカウントでも活発に活動している。
- 他の選手とのコラボレーション**: 彼は自身のチャンネルで、オレクサンドル・ウシク、ノア・オーセン、ルスラン・ヌルディノフ、レベカ・コハ、ジャン・ベレニウク、レヴァン・サギナシヴィリ、アレクサンダー・ラキッチ、ドミトロ・チュマク、オレクシイ・ノヴィコフ、ヤロスラフ・アモソフなど、世界的に有名なアスリートたちと動画でコラボレーションを行っている。
4. 私生活
オレクシイ・トロフチーはギター教師のダリアと結婚しており、2015年には息子のミロンが誕生している。
5. 著作
- 『ザ・スナッチ・マスタークラス:アスリートとコーチのためのオリンピックウェイトリフティングコース(The Snatch MasterClass: Olympic Weightlifting Course for Athletes & Coaches)』(2020年)
- 『ザ・オリンピック・クリーン・マスタークラス(The Olympic Clean MasterClass)』(2021年)
6. 遺産と評価
オレクシイ・トロフチーのウェイトリフティング選手としてのキャリアは、輝かしい実績とドーピングスキャンダルという影の両面を持つ複雑なものである。彼は世界選手権やヨーロッパ選手権でメダルを獲得し、2012年ロンドンオリンピックでは金メダルを獲得するほどの才能と努力を示した。しかし、そのオリンピック金メダルがドーピング違反によって剥奪された事実は、彼の競技人生における最大の汚点であり、その遺産に消えない影響を与えている。
ドーピング違反は、彼の競技者としての誠実さに疑問符を投げかけ、オリンピックの公正な精神に対する裏切りと見なされる。この出来事は、彼の輝かしい功績を曇らせるものであり、彼の名が語られる際には常にこの側面が言及されることとなるだろう。
一方で、競技引退後のトロフチーは、スポーツ行政に貢献し、自身のブランドを立ち上げ、ウェイトリフティングの指導者として活動するなど、多角的な分野で新たなキャリアを築いている。特に、ソーシャルメディアを通じたウェイトリフティング知識の普及活動は、多くのフォロワーを獲得し、このスポーツの発展に貢献している。彼のこの活動は、ドーピングによる失格という過去を乗り越え、スポーツ界にポジティブな影響を与えようとする姿勢を示しているとも評価できる。
最終的に、オレクシイ・トロフチーの遺産は、類まれな身体能力と達成、そして倫理的過ちの結果としてのメダル剥奪という、矛盾する要素が混在したものである。彼の生涯は、スポーツにおける栄光と、ドーピングが個人および競技全体に与える深刻な影響を同時に示す事例として記憶されるだろう。