1. 経歴
夢枕獏は、その創作活動の背景に、多岐にわたる経験と独特の文学的信条を持っています。
1.1. 生い立ちと学歴
夢枕獏は、1951年1月1日に神奈川県小田原市で生まれました。
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彼は神奈川県立山北高等学校を卒業後、東海大学文学部日本文学科に進学し、22歳で同大学を卒業しました。幼い頃から小説家を志しており、大学卒業後は編集者として働きながら作家活動を続けることを考えていましたが、就職に失敗し、一時は山小屋で働いていた時期もあります。
1.2. ペンネームの由来
彼の印象的なペンネーム「夢枕獏」は、伝説上の生き物である獏に由来します。獏は「夢を食べる」とされており、夢枕獏というペンネームには「夢のような話、物語を書きたい」という彼の願望が込められています。このペンネームは、彼が高校時代に同人誌活動をしていた頃から使い始め、それまでに使っていた複数のペンネームの中から約2年かけてこの名前に落ち着いたと語られています。この名称は、彼の作家としてのアイデンティティと作品のテーマ性を象徴するものとなっています。
1.3. 文学的哲学とスタイル
夢枕獏は自身の作品について「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」と自己認識しています。彼は密教的要素を散りばめたエログロな伝奇バイオレンスや、男たちが肉弾戦を繰り広げる本格格闘小説を得意としています。しかし、商業デビュー直後は、そうした得意ジャンルに特化していたわけではありません。集英社コバルト文庫などで少女小説やジュブナイル小説も執筆しており、初期の短編集『猫弾きのオルオラネ』は、現在の作風とは大きく異なる、詩情とユーモアに満ちた大人の童話のような一冊として知られています。彼は特に長編小説に対する深い愛情を持っており、物語を深く掘り下げることを重視しています。
2. キャリアの始まり
夢枕獏の作家としてのキャリアは、同人誌での実験的な作品から始まり、やがて商業誌での成功、そして独特のスタイル確立へと発展していきました。
2.1. デビューと初期作品
1977年、夢枕獏は筒井康隆が主宰するSF同人誌『ネオ・ヌル』に、タイポグラフィを実験的に用いた作品『カエルの死』を発表しました。この作品は「タイポグラフィック・フィクション」と称され、業界内で大きな注目を集め、『奇想天外』誌に転載され、商業誌でのデビューを果たしました。同年10月には、同じく『奇想天外』に小説『巨人伝』(後に『遥かなる巨神』と改題)が掲載され、小説家としての本格的なデビューとなりました。この作品は、柴野拓美が主宰する同人誌『宇宙塵』にも紹介され、夢枕獏は専業作家として活動するに至ります。
2.2. 文学スタイルの発展
夢枕獏の初期の作品は、商業デビュー直後の少女小説的なテイストから、次第に彼独自のスタイルである伝奇バイオレンスや格闘小説へと変化していきました。1979年には初の単独作品『猫弾きのオルオラネ』が集英社コバルト文庫から刊行され、1981年には初の長編小説『幻獣変化』が双葉社から出版されました。
1982年にはソノラマ文庫から『キマイラ・吼』シリーズの第一作『幻獣少年キマイラ』が刊行され、天野喜孝による表紙と挿絵が話題となりました。そして1984年には『サイコダイバー・シリーズ』の第一作『魔獣狩り(淫楽編)』が祥伝社から刊行され、ベストセラーとなります。この作品の成功は彼に莫大な利益をもたらし、「淫楽御殿」と揶揄されるほどでした。同年には『闇狩り師』シリーズが、翌1985年には『餓狼伝』シリーズが開始され、彼は多数の伝奇バイオレンス小説をハイペースで量産する、独自の作風を確立していきました。
3. 主な作品とシリーズ
夢枕獏は、その多岐にわたるジャンルと独特の世界観で、数多くの人気シリーズと作品を生み出してきました。
3.1. 陰陽師シリーズ
1988年に文藝春秋から第一作が刊行された『陰陽師』シリーズは、平安時代の呪術師安倍晴明を主人公とし、その類稀なる能力と人間性が描かれています。このシリーズは「安倍晴明ブーム」の火付け役となり、大きな社会現象となりました。漫画家岡野玲子による漫画化(『陰陽師』)は、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しました。
また、映画化も数多く行われており、滝田洋二郎監督、野村萬斎主演で『陰陽師』(2001年)と『陰陽師II』(2003年)が製作され、特に野村萬斎は『陰陽師』でブルーリボン賞主演男優賞を受賞するなど、高い評価を得ました。さらに『陰陽師』は2002年にヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭で賞を受賞し、国際的な成功を収めました。2015年と2020年にはテレビ朝日でドラマスペシャルが放送され、2021年には中国製作の映画『陰陽師: とこしえの夢』がNetflixで世界配信されました。さらに2023年にはアニメ化、2024年には映画『陰陽師0』が公開されるなど、様々なメディアミックスが展開されています。
3.2. 餓狼伝シリーズ
1985年に刊行が開始された『餓狼伝』シリーズは、格闘小説の金字塔として知られています。主人公の丹波文七をはじめとする個性的な格闘家たちが、極限の肉弾戦を繰り広げる様が緻密に描写されています。このシリーズは、谷口ジロー(1989年~1990年)や板垣恵介(1996年~)といった著名な漫画家によって漫画化され、高い人気を博しました。また、2つのビデオゲーム化、そして1995年には実写映画化もされています。2014年時点では、漫画家野部優美による漫画シリーズ『真・餓狼伝』の脚本も手掛けていました。
3.3. 魔獣狩り/サイコダイバーシリーズ
1984年に刊行が始まった『魔獣狩り』を皮切りとする『サイコダイバー・シリーズ』は、暴力とエロスを基調とした伝奇小説です。このシリーズは、アニメOVA『サイコダイバー 魔性菩薩』(1997年)としてアニメ化されたほか、3つの異なる漫画シリーズとしても展開されました。最終巻である『新・魔獣狩り12・13 倭王の城』は、2010年に上下巻が同時発売され、シリーズは完結を迎えました。
3.4. 神々の山嶺
1997年に集英社から刊行された『神々の山嶺』は、夢枕獏自身のヒマラヤ登山経験を基に、登山を題材とした壮大な物語です。人間と自然の極限的な関わり、そして人間の内に秘められた執念と探求心が描かれています。この作品は、第11回柴田錬三郎賞と第16回日本冒険小説協会大賞(国内部門)を受賞し、高い評価を得ました。メディア展開としては、2016年に平山秀幸監督、岡田准一主演で実写映画『エヴェレスト 神々の山嶺』として公開され、2021年にはフランスでアニメ映画『神々の山嶺』として製作され、国際的にも注目を集めました。漫画家谷口ジローによる漫画化も2000年から2003年にかけて連載され、2002年と2005年にはアングレーム国際漫画祭で賞を獲得しています。
3.5. キマイラシリーズ
1982年にソノラマ文庫から『幻獣少年キマイラ』として始まった『キマイラ・吼』シリーズは、夢枕獏作品の中でも特に独特な世界観とキャラクターを持つ長編シリーズです。天野喜孝が初期の挿絵を担当しました。このシリーズは現在も未完のまま連載が続いていますが、2008年に刊行された新版の序文で、作者は今後の執筆方式について言及し、残りの人生で構想を書き上げることへの不安を表明しながらも、一つの作品を書き上げてから次の作品に移る方針を語りました。2013年には『キマイラ鬼骨変』がニコニコで連載開始され、同年のニコニコ超会議では連載第1回目の原稿の公開執筆やサイン会が行われ、大きな話題となりました。2018年には押井守監督による映像化企画が発表され、大きな話題となりました。
3.6. 闇狩り師シリーズ
1984年にトクマ・ノベルズから刊行が始まった『闇狩り師』シリーズは、伝奇アクション小説の代表作の一つです。このシリーズは、異形の存在を狩る「闇狩り師」たちの活躍を描いており、夢枕獏が得意とするオカルトとバイオレンスの要素が色濃く反映されています。漫画家石川賢によって、シリーズを基にした漫画『九十九乱蔵』(1994年)が描かれました。
3.7. 大帝の剣シリーズ
1986年に角川ノベルスから刊行が始まった『大帝の剣』シリーズは、歴史ファンタジーの要素を多分に含む作品です。独自の歴史観と壮大なスケールで物語が展開され、個性豊かなキャラクターが多数登場します。このシリーズも天野喜孝が表紙や挿絵を担当しました。2007年には堤幸彦監督、阿部寛主演で実写映画化されています。
3.8. 沙門空海シリーズ
2004年に徳間書店から刊行が始まった『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』シリーズは、唐の時代に活躍した日本の僧侶、空海を主人公とした歴史伝奇小説です。空海が中国で体験する不思議な出来事や、密教の奥深さが描かれています。この作品は、2016年に市川染五郎(現十代目松本幸四郎)主演で歌舞伎化され、2018年には陳凱歌(チェン・カイコー)監督により日中共同製作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』として映画化され、世界的に注目を集めました。
3.9. その他の主要作品
夢枕獏は、上記のシリーズ以外にも多数の単独作品や短編集を発表しており、それぞれが独自の魅力を持っています。
- 『上弦の月を喰べる獅子』(1989年):第10回日本SF大賞、第21回星雲賞(日本長編部門)、第22回星雲賞(日本短編部門)を受賞した代表作です。
- 『猫弾きのオルオラネ』(1979年):商業デビュー後の初の単独作品で、現在の作風とは異なる詩情とユーモアに満ちた大人向けの童話です。
- 『遥かなる巨神』(1980年):商業誌デビュー作である『巨人伝』を改題した作品です。
- 『キラキラ星のジッタ』(1980年):幼年向けの作品。
- 『こころほしてんとう虫』(1985年):ロマンチック・メルヘン作品。
- 『悪夢展覧会』(1985年):短編集。
- 『魔獣館』(1985年):伝奇小説傑作集。
- 『半獣神』(1985年):異形な存在を扱った作品。
- 『獣王伝』(1985年):夢枕獏ワールドの一端を示す作品。
- 『獅子の門』(1985年~2014年):格闘小説シリーズで、作者が「バイオレンスの職人」と称されるきっかけの一つとなりました。
- 『荒野に獣慟哭す』(1990年~2000年):伊藤勢によって漫画化もされた人気シリーズで、後に完全版も刊行されました。
- 『神獣変化』(涅槃の王)(1991年~1996年):完結済みのシリーズです。
- 『黄金宮』シリーズ(1986年~):未完のシリーズです。
- 『ハイエナの夜』(1986年):1997年に映画化されたソフトボイルド小説です。
- 『黒塚 KUROZUKA』(2000年):2008年にアニメ化された作品です。
- 『大江戸釣客伝』(2011年):釣りをテーマとした長編小説で、第39回泉鏡花文学賞、第5回舟橋聖一文学賞、第46回吉川英治文学賞を受賞しました。
- 『翁-OKINA』(秘帖・源氏物語 翁-OKINA)(2011年):単行本、文庫、電子書籍の3形態で同時刊行されました。
- 絵本『ちいさなおおきなき』(2016年):第65回小学館児童出版文化賞を受賞しました。
この他にも、『悪夢喰らい』、『風果つる街』、『怪男児』、『歓喜月の孔雀舞』、『青狼の拳』、『奇譚草子』、『鮎師』、『仕事師たちの哀歌』、『ブッダの方舟』、『混沌の城』、『螺旋王』、『戦慄!業界用語辞典』、『純情漂流』、『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』、『聖楽堂酔夢譚』、『牙鳴り』、『瑠璃の方船』、『絢爛たる鷺』、『ほのかな夜の幻想譚』、『雨晴れて月は朦朧の夜』、『風太郎の絵』、『本朝無双格闘家列伝』、『揺籃鬼の祭』、『羊の宇宙』、『平成講釈 安倍晴明伝』、『空気枕ぶく先生太平記』、『果実の森』、『闘人烈伝』、『B-1ザウルスの盃』、『腐りゆく天使』、『怪しの世界』、『ものいふ髑髏』、『鬼譚草紙』、『陰陽夜話』、『陶素人』、『摩多羅神の贄』、『シナン』、『楊貴妃』、『あめん法師』、『東天の獅子』、『天海の秘宝』、『宿神』、『大江戸恐龍伝』、『怪獣文藝』、『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』、『白鯨 MOBY-DICK』、『大江戸火龍改』、『JAGAE 織田信長伝奇行』、『ゆうえんち~バキ外伝~』、『真伝・寛永御前試合』など、多数の小説作品を手がけています。
4. 作品世界とテーマ
夢枕獏の作品は、その多様なジャンルと題材の中に、作家自身の深い関心と哲学が込められています。
4.1. ジャンルと題材
夢枕獏の作品は、伝奇、歴史小説、格闘、SF、オカルト、エロス、暴力といった多様なジャンルを横断しています。しかし、これらのジャンルに共通して、作者の独特のこだわりが見られます。特に彼は長編小説への深い愛情を持っており、物語を緻密に構築し、キャラクターや世界観を深く掘り下げることに情熱を注いでいます。作品はしばしば、人間の肉体と精神の限界、異形のものとの対峙、そして目に見えない力の存在といったテーマを扱っています。
4.2. 主要なモチーフ
彼の作品に頻繁に登場する象徴的なモチーフとして「螺旋」が挙げられます。これは、オウムガイのような自然の形態から、物語の構造そのものに至るまで、様々な形で作品に織り込まれています。また、自然、神話、夢といった要素も繰り返し登場し、作品世界に深みを与えています。これらのモチーフは、夢枕獏の創作における普遍的な関心事、すなわち人間存在の根源や、現実を超えた世界の探求を示唆しています。
5. コラボレーションとメディア展開
夢枕獏の作品は、その独創性から、数多くの芸術家やクリエイターとのコラボレーションを生み出し、様々なメディアで展開されています。
5.1. 漫画・アニメ化
夢枕獏の小説は、多くの著名な漫画家によって漫画化されてきました。
- 天野喜孝:『アモン・サーガ』の作画を担当し、同作はOVAとしてアニメ化されました。また、『餓狼伝』、『大帝の剣』、『闇狩り師』、そして『キマイラ・吼』シリーズでもイラストやカバーデザインを手掛けています。
- 谷口ジロー:『餓狼伝』(1989年~1990年)や『神々の山嶺』(2000年~2003年)の漫画化を担当し、特に『神々の山嶺』の漫画版はアングレーム国際漫画祭で高い評価を受けました。
- 岡野玲子:『陰陽師』の漫画化を手掛け、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞しました。
- 板垣恵介:1996年から『餓狼伝』の漫画化を開始し、その後も『餓狼伝BOY』シリーズなどでコラボレーションを続けています。
- 野辺優美:『真・餓狼伝』の漫画化を担当しています。
- 石川賢:『闇狩り師』シリーズを基にした『九十九乱蔵』(1994年)や、『月の王』を基にした『アーモンサーガ 月の御子』(1998年)の漫画を描きました。
- 伊藤勢:『荒野に獣慟哭す』や、『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』、『闇狩り師 キマイラ天龍変』の漫画化を手掛けています。
- 野口賢:『狗ハンティング』や『KUROZUKA-黒塚-』の漫画を担当しました。
- 藤田勇利亜:『ゆうえんち~バキ外伝~』の漫画を手掛けています。
アニメ化された作品としては、『アモン・サーガ』(1986年)、『夢枕獏 とわいらいと劇場』(1991年、OVA)、『サイコダイバー 魔性菩薩』(1997年、OVA)、『黒塚 KUROZUKA』(2008年)、『陰陽師』(2023年)などがあります。
5.2. 映画・ドラマ化
彼の小説は、数多くの映画やドラマとして映像化されています。
- 『陰陽師』:2001年に滝田洋二郎監督、野村萬斎主演で映画化され、大ヒットしました。続編の『陰陽師II』も2003年に公開されています。野村萬斎は『陰陽師』での演技でブルーリボン賞主演男優賞を受賞しました。この作品はヌーシャテル国際ファンタスティック映画祭でも賞を受賞し、国際的な成功を収めました。中国では郭敬明監督によって『陰陽師: とこしえの夢』(2021年)が製作・配信され、2024年には佐藤嗣麻子監督による『陰陽師0』が公開されました。テレビドラマとしては、2015年と2020年にテレビ朝日でドラマスペシャルが放送されています。
- 『神々の山嶺』:2016年に平山秀幸監督によって実写映画『エヴェレスト 神々の山嶺』として公開され、2021年にはフランスでアニメ映画が製作されました。
- 『大帝の剣』:2007年に堤幸彦監督によって実写映画化されました。
- 『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』:2018年に陳凱歌(チェン・カイコー)監督によって日中共同製作映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』として映画化され、染谷将太が主演を務めました。
その他の映画化作品には、『餓鬼魂』(1985年)、『超高層ハンティング』(1991年)、『餓狼伝』(1995年)、『ハイエナの夜』(1997年)があります。また、手塚プロダクションのアニメーション映画『ぼくの孫悟空』(2003年)の脚本も担当し、手塚治虫の作品である『西遊記』(Alakazam the Great英語)の脚本も手掛けています。
5.3. 芸術家・文化人との協業
夢枕獏は、文学の枠を超えて様々な芸術家や文化人と協業しています。
- 天野喜孝:坂東玉三郎が演出を手掛けた舞台『楊貴妃』では、夢枕獏が歌詞を執筆し、天野喜孝が舞台美術を担当しました。また、共著で書籍『楊貴妃の晩餐』や展覧会を開催し、陶芸家叶松谷と陶芸作品も手掛けています。天野喜孝は、夢枕獏が原作を務めた映画『陰陽師』、『陰陽師II』、『大帝の剣』ではキービジュアルや衣装デザインも担当しました。
- 坂東玉三郎:歌舞伎作品『三国伝来玄奘噺』(1993年)では、夢枕獏が特別に歌舞伎座での上演のために執筆しました。
- 野村萬斎:映画『陰陽師』および『陰陽師II』で安倍晴明役を演じました。
- 筒井康隆:初期の同人誌『ネオ・ヌル』を主宰し、夢枕獏のデビューを支援しました。
- 柴野拓美:同人誌『宇宙塵』を主宰し、夢枕獏の初期作品を紹介しました。
- 手塚治虫:夢枕獏は手塚治虫の『火の鳥』に影響を受けました。
- 佐藤秀明:詩集『あめん法師』で写真を手掛けています。
- アルボムッレ・スマナサーラ:対談集『幻想を超えて』を共著しています。
- 山村浩二:絵本『ちいさなおおきなき』で絵を担当しました。
6. その他の活動と関心事
夢枕獏は、執筆活動以外にも多岐にわたる活動と趣味を持っています。
6.1. 旅行と探検
夢枕獏は冒険的な旅行家としても知られています。1975年には初めてネパールを訪れ、その経験は後の著作『神々の山嶺』に繋がりました。玄奘三蔵が歩んだ道を追体験するルートや、アラスカの原野紀行といったハードな探検にも挑んでいます。南米ペルーのアマゾン川源流域に釣行した際には、現地のガイドに勧められてピラニアを刺身で生食し、後に顎口虫(寄生虫)に感染したのではないかと現在も心配・後悔していると語っています。これらの旅の経験は彼の作品に深く影響を与え、数々の写真集やエッセイにもまとめられています。
6.2. 釣り
彼は釣り、特に鮎釣りに対して深い造詣と情熱を持っています。鮎の「チンチン釣り」(餌釣り)を得意としており、鮎の解禁日には執筆意欲が削がれるほど鮎に心を奪われてしまうと語るほどです。釣りに関する著書も多数あり、「川の学校」で講師を務めるなど、その知識と情熱を広く伝えています。彼の釣りへの熱中ぶりは、小説『大江戸釣客伝』のような作品にも結実しています。
6.3. 格闘技・スポーツファンとしての活動
夢枕獏自身は格闘技経験がないものの、長年にわたり熱心なプロレスや格闘技のファンであり、その方面に関する著作も多数発表しています。リアリズムを追求するため、格闘技経験のない中年男性が武道に出会う姿を描いた『空手道ビジネスマンクラス練馬支部』の執筆にあたっては、大道塾(東孝塾長)に一日入門し、倒れるまで稽古に参加したほどです。また、藤原喜明に数十もの関節技を実際にかけられた経験を語るなど、体当たりな取材を通じて格闘技ファンの間で高い人気を誇っています。格闘技関係の評論やエッセイも多く、K-1の提唱者のうちの一人でもあります。
6.4. 写真とエッセイ
彼は写真家としても活動しており、自身の旅の経験を記録した写真集を複数出版しています。また、エッセイストとしても多数の著作があり、自身の人生観や創作に対する思想を綴っています。パズル雑誌での連載エッセイや、読売新聞夕刊でのコラム執筆も行っていました。彼は小説作品とは別に、俳句の投稿も別の名義で行っていることを公表しています。2020年4月13日には、新型コロナウイルスの国内流行を受け、「静かに、しかし強く、なお強くこみあげてくるもの」と題した短文を発表しました。
7. 受賞歴
夢枕獏は、その長年の文学活動において、数々の権威ある文学賞を受賞し、公的な栄誉にも輝いています。
7.1. 文学賞
- 日本SF大賞:第10回(1989年)『上弦の月を喰べる獅子』
- 星雲賞:
- 第21回(1990年、日本長編部門)『上弦の月を喰べる獅子』
- 第22回(1991年、日本短編部門)『上弦の月を喰べる獅子』
- 柴田錬三郎賞:第11回(1998年)『神々の山嶺』
- 日本冒険小説協会大賞:第16回(1998年、国内部門)『神々の山嶺』
- 泉鏡花文学賞:第39回(2011年)『大江戸釣客伝』
- 舟橋聖一文学賞:第5回(2011年)『大江戸釣客伝』
- 吉川英治文学賞:第46回(2012年)『大江戸釣客伝』
- 小学館児童出版文化賞:第65回(2016年)絵本『ちいさなおおきなき』
- 日本ミステリー文学大賞:第21回(2017年)
- 菊池寛賞:第65回(2017年)
- 日本歴史時代作家協会賞:第8回(2019年、功労賞)『陰陽師』シリーズ、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』シリーズ
7.2. その他の栄誉
2018年春の褒章では、長年の文学活動の功績が認められ、紫綬褒章を受章しました。また、同年には小田原市より平成29年度小田原市民功労賞を受賞しています。
8. 私生活
夢枕獏の私生活は、その創作活動を支える趣味や関心事、そして困難な闘病経験によって特徴づけられます。
8.1. 趣味と個人的関心事
彼の趣味は、文学活動にも大きな影響を与えています。前述の釣りや旅行、格闘技観戦の他に、陶芸、芸術、書道など多岐にわたる関心事を持っています。『楊貴妃の晩餐』では、天野喜孝や陶芸家の叶松谷とのコラボレーションで陶芸作品も手掛けています。彼は1994年から1995年まで日本SF作家クラブの会長も務めました。ファンを大切にする面も強く、若いファンの過失に対して自らに責任がない場合でも共に頭を下げたり、ファンの不幸に際しては見舞いや葬儀への参列を厭わないなど、その人柄は多くの人に慕われています。
8.2. 健康と闘病
夢枕獏は、年に一度受けている人間ドックで、2020年11月に縦隔のリンパ節に腫れがあると指摘されました。精密検査の結果、翌2021年3月に悪性リンパ腫と診断されました。この診断を受け、彼は連載を減らして闘病生活を送りました。自身の闘病経験については、読売新聞夕刊の土曜日付コラムで2024年12月に公表しました。
9. 影響力と評価
夢枕獏は、その独創的な作品群を通じて、日本の文学界および大衆文化に多大な影響を与え続けています。
9.1. 文学および大衆文化への影響
彼の『陰陽師』シリーズは、平安時代の呪術師安倍晴明への関心を再燃させ、一大ブームを巻き起こしました。また、『餓狼伝』に代表される彼の格闘小説は、その後の格闘技ブームや格闘漫画の発展に大きな影響を与え、日本のファンタジー文学の裾野を広げました。彼の作品が数多く漫画化、映画化、アニメ化されていることは、彼が漫画・映画業界にもたらした影響力の大きさを物語っています。2018年3月25日には、彼が自費で朝日新聞朝刊に全面広告「夢枕獏の変態的長編愛」を展開し、話題となりました。
9.2. 批評的評価
夢枕獏は、その独創的な世界観、生々しい暴力描写、そして複雑な物語構造において、批評家からも高い評価を受けています。彼は「エロスとバイオレンスとオカルトの作家」と自らを称し、密教的要素を織り交ぜた伝奇バイオレンスや、男たちの肉弾戦を徹底的に描く格闘小説で独自の地位を築きました。
その一方で、複数のシリーズを並行して執筆するスタイルや、一度始めたシリーズの構想が膨らんで長期化すること、あるいは雑誌の都合による休載などにより、一部の単独中編を除いて、現在までに完結した長編小説が少ないという特徴も指摘されています。彼自身も、抱える膨大な構想を「残りの人生(寿命)を逆算しても書き上げることが出来るかどうか不安」と語ったことがあります。そのため、2008年に刊行された『キマイラ・吼』新版の序文では、「一作書き上げたら次の一作を書く」という執筆方式へのシフトを表明し、2011年までに『キマイラ』、『餓狼伝』、『陰陽師』以外のシリーズ連載を全て終了させるという構想を語りました。このような挑戦的な姿勢も、彼の作家としての総合的な文学的位置づけを形成する要素となっています。