1. 概要

田母神俊雄は、日本航空自衛隊の元航空幕僚長であり、退官後は軍事評論家、政治活動家として活動した人物である。彼のキャリアは、日本の防衛大学校を卒業後、航空自衛隊に入隊し、要職を歴任して航空幕僚長にまで上り詰めた。しかし、2008年に第二次世界大戦における日本の歴史認識に関する歴史修正主義的なエッセイを発表したことで、政府見解との相違を理由に更迭され、大きな論争を巻き起こした。
退官後は、政治の舞台に進出し、東京都知事選挙や衆議院議員総選挙に立候補したが、いずれも落選した。特に2014年の東京都知事選挙では、選挙運動中の公職選挙法違反容疑で逮捕され、有罪判決が確定するという法的問題を抱えた。彼の思想は、ナショナリズムと右翼的傾向が強く、第二次世界大戦における日本の侵略行為や南京事件、日本軍慰安婦問題などを否定する歴史修正主義的な見解を公に主張している。また、核武装の必要性や憲法9条の改正、体罰の容認、伝統的価値観の擁護、性的マイノリティへの批判など、多岐にわたる社会・文化的問題に対して保守的で物議を醸す立場を取っている。
田母神の言動は、国内外で強い批判と支持の両方を生み出し、日本の政治・社会に与えた影響は大きい。本稿では、彼の経歴、論争、政治活動、そして彼の思想や社会への影響について包括的に概説する。
2. 初期生い立ちと教育
田母神俊雄の初期の人生は、福島県の農村で始まり、その後の防衛大学校での教育が彼のキャリアの基礎を築いた。
2.1. 幼少期から青年期
田母神俊雄は1948年7月22日、福島県郡山市田村町の農村に生まれた。幼少期を地元で過ごし、中学校を経て福島県立安積高等学校に進学した。
2.2. 学歴
福島県立安積高等学校を1967年3月に卒業後、防衛大学校に入校した。1971年3月、防衛大学校(第15期)を電気工学専攻で卒業した。
3. 日本航空自衛隊でのキャリア
田母神俊雄は防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊し、長年にわたり日本の防衛に貢献した。そのキャリアは、高射運用を専門とし、数々の要職を歴任して最終的に航空幕僚長にまで昇進した。
3.1. 入隊と初期キャリア
防衛大学校卒業後、航空自衛隊に航空自衛官として入隊した。1971年3月に1等空曹に任官し、航空自衛隊幹部候補生学校に入校(45期)。1972年3月に3等空尉に昇任した。その後、1974年7月に2等空尉、1977年7月に1等空尉、1982年7月に3等空佐、1986年1月に2等空佐、1990年1月に1等空佐へと順調に昇進した。彼の職種は高射運用(地対空ミサイルの指揮)であり、操縦士免許は持たず、航空機搭乗員のみの経験があった。本人はパイロットになることを希望していたが、適性検査に合格しなかったという。
3.2. 主要職務と昇進
航空自衛隊でのキャリアを通じて、田母神は以下の主要な職務を歴任した。
- 1991年8月1日:航空幕僚監部防衛部防衛課勤務
- 1992年3月16日:航空幕僚監部防衛部防衛課業務計画班長
- 1993年12月1日:第3航空団基地業務群司令
- 1995年6月30日:航空幕僚監部人事教育部厚生課長。この時期に日本文化チャンネル桜社長の水島総と知り合った。
- 1996年7月1日:空将補に昇任
- 1997年3月26日:南西航空混成団司令部幕僚長
- 1998年7月1日:第6航空団司令兼小松基地司令。この小松基地勤務時代にアパグループ代表の元谷外志雄と知り合った。
- 1999年12月10日:航空幕僚監部装備部長
- 2002年12月2日:空将に昇任し、統合幕僚学校長に就任。統合幕僚学校では「歴史観・国家観」講座を新設し、「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらを講師に招き、「大東亜戦争肯定論」などの内容を教えていた。空将に昇任してからは、靖国神社から春季および秋季例大祭への案内状が届くようになり、自衛隊の将軍が制服で堂々と靖国参拝ができる実績を作るため、参拝を続けた。
- 2004年8月30日:第38代 航空総隊司令官に就任。
3.3. 航空幕僚長在任
2007年3月28日、第29代航空幕僚長に任命された。この人事は当時首相であった安倍晋三によって行われた。航空幕僚長在任中の2008年8月19日には、アメリカ空軍儀仗隊を巡閲し、アメリカ空軍参謀総長ノートン・シュワルツ大将よりレジオン・オブ・メリット勲章を授与され、アメリカ空軍記念碑に献花を行った。
3.4. 勲章・受章歴
2008年8月19日、アメリカ空軍参謀総長ノートン・シュワルツ大将よりアメリカ軍のレジオン・オブ・メリット勲章(コマンダー級)を授与された。この勲章は、外国の軍人に対して与えられる功績勲章であり、彼の航空自衛隊における功績が国際的に認められたことを示すものである。
4. エッセイ論争と更迭
田母神俊雄は、2008年10月31日に発表したアパグループ主催の懸賞論文を巡る歴史観論争によって、航空幕僚長の職を更迭された。
4.1. エッセイ発表と受賞
2008年10月31日、アパグループが主催する第1回「「真の近現代史観」懸賞論文」に「日本は侵略国家であったのか」と題したエッセイを応募し、最優秀藤誠志賞を受賞した。この論文には賞金として300.00 万 JPYが授与された。
この懸賞論文は、田母神がアパグループ代表の元谷外志雄に「財をなしたのだから社会に還元しては」と持ちかけたことがきっかけで企画されたとされている。元谷は2008年に『報道されない近現代史』を出版しており、その出版記念パーティーで田母神が挨拶するなど、両者は親しい関係にあった。田母神は航空幕僚長であった2007年には、元谷代表にF-15への体験搭乗を許可したこともあった。懸賞論文の目的は、日本が正しい歴史認識に基づいて真の独立国家としての方向性を示す提言を支援することとされたが、防衛省内では「出来レース」ではないかという疑念も生じた。田母神は自身が応募するだけでなく、周囲の航空自衛官にも応募を呼びかけ、航空幕僚監部の教育課が全国の部隊に応募要領をファクシミリで通知していた。結果として、田母神以外に94人の航空自衛官が応募していたことが判明した。
4.2. エッセイの内容と歴史修正主義
田母神のエッセイ「日本は侵略国家であったのか」は、第二次世界大戦に関する日本の歴史観について、政府見解とは大きく異なる歴史修正主義的な主張を展開した。
論文の主な内容は以下の通りである。
- 「大東亜戦争は日本の侵略戦争ではなく、蔣介石国民党やアメリカを操ったコミンテルンによる策謀が原因であり、むしろ欧米諸国に侵略されていたアジアの国々の独立の道筋を結果として作り上げた」という見解。
- 「我が国はコミンテルンに動かされた蔣介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」であるという主張。
- 「張作霖列車爆破事件も(中略)少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。コミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている」という見解。
- 「日米戦争は、日本を戦争に引きずり込むために、コミンテルンに操られたルーズベルトによって仕掛けられた策略であった」という主張。
- 「日本は『朝鮮半島や中国大陸に軍を進め』たが、『相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない』」という主張。
- 「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣」であるという主張。
- 「戦争が占領下の中国、台湾、朝鮮に繁栄をもたらした」という主張。
- 「多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価している」という主張。
- 東京裁判を批判し、「諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている」という見解。
- 「アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速し、日本の伝統文化が壊されていく」という見解。
これらの主張は、日本の侵略行為を否定し、戦争をアジア解放のための正当な行為と位置づけるものであり、歴史修正主義的な傾向が顕著である。
4.3. 政府の対応と更迭
エッセイ発表と同日の2008年10月31日夜、浜田靖一防衛大臣は、田母神のエッセイの内容が政府見解(村山談話、小泉談話)と明らかに異なる歴史認識を示していること、そしてそれを外部に公表したことが航空幕僚長として不適切であると判断し、田母神を航空幕僚長の職から更迭し、航空幕僚監部付とした。政府は、田母神が自ら辞職する意思がなく、懲戒手続きが終わる見込みがないことから、早期に処分するため、2008年11月3日付で田母神を定年退官させた。これにより、航空幕僚長としての定年である2009年1月21日を待たずに退官することとなった。
この更迭は、現役自衛官のトップが政府見解と異なる歴史観を公に表明したことで、文民統制の観点から大きな論争を巻き起こした。田母神は、これまでも政府見解と異なる発言を繰り返していたため、自衛隊の幹部の間では「いつか失敗するのではないか」と懸念する声も聞かれていた。実際、田母神は2007年にも同様の内容の論文を、航空自衛隊の内部出版物『鵬友』に掲載していた。
2008年11月11日、田母神は参議院外交防衛委員会に参考人として招致され、問題となった論文について民主党(当時)の浅尾慶一郎から質問を受け、論文内容を否定するつもりはないことを改めて強調した。この委員会では、田母神が2002年から2004年の統合幕僚学校長時代に設置した「歴史観・国家観」講座についても取り上げられ、その教育内容が明らかになった。この講座は「誇るべき日本の歴史」や「大東亜戦争肯定論」などのテーマを含み、「新しい歴史教科書をつくる会」の役員らが講師を務めていたため、第二、第三の田母神を育成する仕組みが作られていたのではないかという批判が上がった。この講座は田母神が統合幕僚学校長を離れた後も継続されていたが、2010年に廃止された。
退官行事は行われず、皇居への参内も認められなかった。また、退職金約7000.00 万 JPYを受領したが、浜田靖一防衛大臣から自主返納を促されたものの、田母神は返納しない考えを示した。
5. 自衛隊退官後の活動
自衛隊退官後、田母神俊雄は軍事評論家としての執筆・講演活動に加え、政治活動家として積極的に政界に進出した。
5.1. 軍事評論・社会活動
退官後、田母神は軍事評論家として活動を開始し、多くの著書を出版し、全国各地で講演活動を行った。2009年2月には講演回数が24回に上るなど、その言論は注目を集めた。2009年2月、株式会社田母神事務所を設立し、代表取締役に就任した。
2010年2月2日には、日本文化チャンネル桜社長の水島総らと共に保守の全国組織「頑張れ日本!全国行動委員会」を結成し、会長に就任した。この団体は、尖閣諸島問題などの領土問題や歴史認識問題で活発な活動を行った。特に2010年10月には、尖閣諸島中国漁船衝突事件に抗議する集会を東京で組織し、「尖閣諸島は日本の伝統的な領土であり、もし守らなければ、中国はそれを奪おうとするだろう」と発言した。2011年8月には、フジテレビが偏向報道を行っているとしてフジテレビ抗議デモに参加し、フジテレビに抗議書を提出した。2012年8月19日には、尖閣諸島に日本の活動家グループを率いて上陸し、数日前に中国の活動家が同諸島に上陸したことへの対抗措置を示した(日本人活動家尖閣諸島上陸事件)。
また、雑誌『アサヒ芸能』で「田母神大学校」というコラムを連載し、中国や北朝鮮の軍事的脅威、体罰の効用などについて持論を展開した。2012年10月には、沖縄で発生したアメリカ軍兵士による性的暴行事件に関して、Twitterで「朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか」と発言し、被害者を非難するような内容がセカンドレイプであると批判を浴びた。
5.2. 政治経歴
軍務退官後、田母神は政界に進出し、複数の選挙に出馬した。
5.2.1. 2014年東京都知事選挙出馬
2014年1月7日、猪瀬直樹東京都知事の辞職に伴い行われた2014年東京都知事選挙に無所属で立候補する意向を表明し、衆議院第一議員会館で出馬会見を行った。会見には石原慎太郎、加瀬英明、すぎやまこういち、中山成彬、西村眞悟らが出席した。日本文化チャンネル桜の水島総が選挙対策本部長を務め、石原慎太郎、平沼赳夫、デヴィ・スカルノ、百田尚樹、三橋貴明らが応援演説を行った。また、葛城奈海ら女性弁士による応援演説も多く、「田母神ガールズ」と称する報道もあった。保守層から絶大な人気を集め、「田母神旋風」が起きた。
主要公約としては、首都直下地震などの災害対策として自衛隊を中心とした救助態勢の構築、首都大学東京へのインターネット上で講義が受けられる国際的な大学の設置、2020年夏季オリンピックに向けた東京の強靭化、消費税増税対策としての都民税減税の実施、中小企業支援策としての公共事業の20.00 億 JPY規模での拡大、安全性を十分確保した原発の再稼働などを掲げた。
選挙結果は、16人中4位の得票数(610,865票)で落選した。
5.2.2. 2014年衆議院議員総選挙出馬
2014年8月31日、「頑張れ日本!全国行動委員会」会長を辞任。同年9月25日、当時休眠状態にあった太陽の党の代表幹事ならびに国民運動本部長に就任した。同年11月26日、太陽の党は次世代の党に合流し、田母神は同党の副代表に就任した。
2014年11月28日、第47回衆議院議員総選挙に次世代の党公認で東京都第12区から出馬すると表明した。東京12区は公明党の太田昭宏国土交通大臣の活動区域であり、一部の保守層には公明党や創価学会に否定的な見方をする者もおり、公明党へ対決姿勢を示した。しかし、最下位で落選し、重複立候補していた比例東京ブロックでも次世代の党が議席を獲得できず、比例復活もならなかった。
5.2.3. 2024年東京都知事選挙出馬
2024年5月、世界保健機関(WHO)が進めるパンデミック条約とCOVID-19ワクチンに反対する日比谷野外音楽堂での集会に参加した。
2024年7月7日の2024年東京都知事選挙に無所属で立候補した。小池百合子、蓮舫、石丸伸二と共に共同記者会見に出席し、ネットで閲覧可能な討論会などにも参加した。主要公約では、「日本軍を取り戻すため占領憲法の無効化を目指す」と掲げた。
選挙結果は、56人中4位の得票数(約267,699票)で落選した。得票が有効投票数の1割未満だったため、供託金の300.00 万 JPYは没収された。2014年の都知事選では約61万票を獲得したが、2024年は約27万票と大きく減少した。2014年は保守界隈が一丸となって応援したが、2024年の選挙では保守界隈の票はまとまらず、百田尚樹も応援を行わなかった。百田は、過去の公選法違反事件を「『金の問題』で有罪って、私の中では恥ずべきこと」と批判的に評価している。
支持層は参政党支持者やファンの人々に留まった。選挙中、街頭演説では参政党の神谷宗幣代表が応援演説を行い、参政党の有志や関係者が選挙を手伝った。田母神は参政党の元アドバイザーであり、参政党DIYスクールの講師も務めている。投票日の出口調査によると、参政党支持層の3割が田母神に投票した。選挙中は、ラップバトルで公約を訴えたり、キャバ嬢との交流を行うなど、若年層の支持を狙った。また、デヴィ夫人や高須克弥、関暁夫などの著名人も応援に駆けつけた。関暁夫はポスター貼りも行った。現代医療に否定的な内海聡候補との共闘もアピールし、選挙戦最終日には内海と共に国会議事堂前で「令和の一向一揆」を掲げた街頭演説を行い、ワクチンに反対する立場を強調した。
5.2.4. 所属政党
田母神俊雄は、自衛隊退官後の政治活動期間中に以下の政党に所属した。
- 太陽の党:2014年9月25日に代表幹事ならびに国民運動本部長に就任。
- 次世代の党:2014年11月26日に太陽の党が合流し、同党の副代表に就任。
6. 法的問題
田母神俊雄は、2014年東京都知事選挙の運動中に公職選挙法違反容疑で逮捕され、有罪判決を受けた。
6.1. 選挙資金法違反容疑による逮捕・裁判
2015年、2014年東京都知事選挙において、田母神の選挙陣営が選挙運動員に報酬として現金を配ったとされる問題が報じられた。この問題は、田母神の資金管理団体が支援者などから集めた1.33 億 JPYのうち、約5000.00 万 JPYの支出が使途不明金として記載されていたことから発覚した。東京地方検察庁特別捜査部が捜査を開始し、政治資金の不正流用による業務上横領の疑いも含めて調査が行われた。
2016年3月、都知事選で選対本部長を務めた水島総の告発を受け、東京地検特捜部が政治資金を私的に流用した疑いで田母神の事務所などを捜索した。水島は、元会計責任者だけでなく、田母神本人と選対事務長を含めた3人が私的に資金を流用していたとする証言があると主張した。関係者によると、使途不明金の一部が運動員への謝礼に充てられていた可能性や、田母神らの個人的な使途に使われた疑いも指摘された。その後の調べで、田母神に関連する3つの政治団体で計約5500.00 万 JPYが「使途不明金」になっていることが判明した。
2014年の東京都知事選の後、田母神の選挙対策本部は、慰労金として複数の運動員に現金を配っていたことが判明した。田母神は選挙対策本部の事務局長から「選挙の慰労として計2000.00 万 JPYを配ろうと思う」と相談を受けたが、額の大きさから本部長に確認するよう伝えた。しかし、約10日後に現金を受け取った運動員から「ありがとうございました」と言われ、現金が配布されたことを知ったという。田母神は、その運動員に「君は100.00 万 JPYの予定だったが、僕が200.00 万 JPYに増額しておいたよ」と声をかけたことを認めた。弁護側から真意を尋ねられた田母神は、「一度支払ってしまった以上、回収は不可能だから、せめて恩を売ろうと考えた」と答えた。
2016年4月14日、田母神は公職選挙法違反(運動員買収)の疑いで東京地検特捜部に逮捕された。同年9月29日、約5カ月半拘置された後、保釈保証金の600.00 万 JPYを支払い保釈された。
2017年5月22日、東京地裁で懲役1年10月、執行猶予5年の有罪判決を受けた。同年7月には元選対事務局長にも「1.00 億 JPY超の寄付金のうち数千万円が運動員らの報酬に充てられた」と指摘し、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決が下された。田母神は判決を不服として控訴したが、2018年3月13日、東京高裁は一審の地裁判決を支持し、控訴を棄却した。さらに上告したが、同年12月18日、最高裁が上告を棄却し、有罪判決が確定した。これにより、5年間の公民権停止処分を受け、その期間は2023年末に終了した。
7. 思想と公的立場
田母神俊雄の思想は、歴史修正主義、ナショナリズム、保守主義が色濃く反映されており、日本の安全保障、憲法、社会・文化、そして特定の事案に対する彼の公的な立場に影響を与えている。
7.1. 歴史修正主義と否定論
田母神は、日中戦争と第二次世界大戦に関する歴史認識で物議を醸している。彼は、大日本帝国による慰安婦の強制動員や南京事件の存在を「戦勝国によるでっち上げ」であると否定している。
7.1.1. 第二次世界大戦に関する見解
田母神は、第二次世界大戦における日本の侵略行為を否定し、「大東亜戦争は日本の侵略戦争ではなく、蔣介石国民党やアメリカを操ったコミンテルンによる策謀が原因であり、むしろ欧米諸国に侵略されていたアジアの国々の独立の道筋を結果として作り上げた」という見解を主張している。彼は「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣」であると述べ、日本の戦時中の行動を「西洋の植民地主義からアジアを解放する」ための正当な努力であったと論じている。また、東京裁判を批判し、戦争が占領下の中国、台湾、朝鮮に繁栄をもたらしたと主張している。
7.1.2. 慰安婦・南京事件否定
田母神は、日本軍慰安婦の強制動員や南京事件の存在を否定している。彼は、これらの出来事を「戦勝国によるでっち上げ」であると主張し、日本会議の立場を支持して慰安婦問題に関する請願署名運動にも参加した。航空自衛隊の隊内誌『鵬友』での連載「航空自衛隊を元気にする10の提言」でも、「東京裁判は誤りであった」「南京大虐殺があったと思い込まされている」とする主張を掲載している。
7.2. ナショナリズムと右翼活動
田母神は「右翼のチャンピオン」「極右政治家」「反体制的なナショナリズム運動の申し子」と形容されるなど、強いナショナリズム的傾向と右翼イデオロギーの強力な擁護者としての立場で知られている。彼は日本会議のメンバーであり、退官後は頑張れ日本!全国行動委員会の会長を務めるなど、日本のナショナリズム団体と深く関わっている。彼の活動は、日本の歴史認識や安全保障に関する保守的な見解を広めることに焦点を当てている。
7.3. 安全保障政策と憲法観
田母神は、日本の安全保障政策と憲法改正に関して、保守的で時に進歩的な立場を表明している。
7.3.1. 核武装擁護
田母神は日本の核武装の必要性を強く主張し、国内外で議論を呼んだ。彼は非核三原則に否定的な立場を取り、「はじめから『持ちません』と言ってしまえば、核抑止力は低下する」と述べている。2004年9月15日には、アパグループの会合で「中国に対抗する勢力を作り、それを中国に認めさせるためには、日本が自立した国となり核武装を行うことが必要なのかもしれない」と発言した。
2008年12月1日には、イギリスのジャーナリストからの質問に対し、「1945年に核保有国日本の将軍であったなら、アメリカに対して核兵器の使用を検討したかもしれない」と回答した。2009年8月6日、広島県で開催された日本会議広島の講演「ヒロシマの平和を疑う」で、「3度目の核攻撃を防ぐため、(日本は)核武装すべきだ」と語った。さらに、平和公園での記念式典への参加者について、「被爆者や被爆二世はなく、左翼ばかり」と述べた。この講演は被爆地広島での原爆記念日に行われたことから、被爆者団体から抗議の声が上がり、講演の中止を求める共同声明が出された。
2020年には、核兵器禁止条約について、Twitterに「核廃絶は平和ではなく戦争に繋がると主要国の指導者は理解している。核武装国は参加していないが日本も参加すべきでない」と否定的な見解を投稿した。
7.3.2. 憲法改正と安全保障観
田母神は、平和憲法、特に第9条に対する批判的な見解を持ち、改憲を主張している。彼は「集団的自衛権を認めるべき」とする改憲論を述べ、「国を守ることについて、これほど意見が割れるようなものは直した方がいいと思います」と発言した。2009年5月2日には、日本青年会議所大分ブロック協議会で開催された憲法タウンミーティングで、現行憲法を「何がやりたいか明確でなく、自分の身も守れない永久子ども憲法だ。今のままでは国益を守れない」と批判し、「憲法9条に『陸海空軍はこれを保持する』と書いたらいい」と主張した。
2024年の都知事選の公約では、「日本軍を取り戻すため占領憲法の無効化を目指す」と掲げた。
その他の安全保障政策では、専守防衛について「専守防衛(今の法律)では抑止力(思いとどまらせる力)にはならない」とし、「防御のみを考えていては、防御すること自体が一歩遅れてしまう危険性が有る」と訴えた。自衛隊法については、「警察職務執行法7条を流用した自衛隊法90条」を「国際法を順守する内容」に改正し、「ROE(交戦規定)を明確にすべきだ」と主張している。徴兵制については、「徴兵制の軍隊は、志願制より弱いのです。志願制で間に合うのであれば、徴兵制は採用すべきではないのです」として否定的立場を取っている。兵器の購入法に関しては、中身(本当の性能)が分からない商品(F-35)を、販売業者の言うがまま買うことに反対し、適正価格で購入する様に要請した。クラスター爆弾については、航空幕僚長時代の2007年5月25日の定例会見で、日本の長い海岸線の防御に有効であり、防衛手段として必要と発言した。彼は「クラスター爆弾で被害を受けるのは日本国民。国民が爆弾で被害を受けるか、敵国に日本が占領されるか、どちらかを考えた時、防御手段をもっておくべきだ」と述べた。
7.4. 社会・文化に関する見解
田母神は、持続可能な開発目標、ヘイトスピーチ規制、LGBT容認、男女平等を「日本弱体化のための罠だ。日本は強くなってこれらから抜け出して欲しい」と断じ、多様な社会・文化的問題に対して保守的で時に物議を醸す立場を表明している。
7.4.1. 体罰に関する見解
田母神は、体罰は子供の成長に必要な要素の一つとして捉えている。大人の言うことを聞かない子供に対して、「1、2発の拳」なしでどうやって何かを学ばせることができるのかと疑問を呈し、体罰に関する基準は文部科学省が定めるのではなく、教師の裁量に任せるべきだと主張している。
2010年には、『それでも、体罰は必要だ!』という本を戸塚宏と共著で出版した。戸塚は、戸塚ヨットスクール事件で傷害致死罪、監禁致死罪で有罪判決を受けた人物である。2013年2月15日には、Twitterで、学校での体罰やいじめ問題をマスコミが取り上げることを批判し、「体罰といじめが大きな問題だとマスコミなどで騒がれています。すでに社会的に認知されているセクハラ、パワハラなどとともに、騒げば騒ぐほど現場の指導的立場の人たちが指導力を失うことになります」「背景には強い者は悪く、弱い者が正しいという左翼思想が存在しているのです。日本弱体化進行中」と投稿した。2022年12月には、保育園での虐待事件に関するTwitter投稿で、子供の足を掴んで逆さづりにすることを「子供が喜ぶことなんかよくあることだ」と述べ、保育士の逮捕を疑問視した。この発言は支持者からも厳しい意見が寄せられた。
7.4.2. 伝統的価値観と反グローバリズム
田母神は、グローバルスタンダードに合わせて日本の国内制度を改変することを批判し、特に米国流の内政改革には批判的である。1990年代以降の規制緩和や市場原理主義は経済の長期低迷を招いたと主張し、デフレ脱却には従来の規制緩和と緊縮財政ではなく、公共事業を中心とした積極財政に転換することこそが有効であると述べている。
彼は、家制度の復活を繰り返しTwitterで呼びかけている。例えば、「戦前の大家族制度を取り戻してはどうかと思う」「家を単位として課税するようにして大家族の方が税が安くなるようにすれば大家族制を誘導できる。年寄りの一人暮らしを無くすには家督相続制度を復活する事がいい」「昔の家制度があれば、今のような孤独死の問題も年金の問題もなくなるのではないかと思います」などと発言した。
また、選択的夫婦別姓制度導入に反対し、2020年には世論調査で選択的夫婦別姓に賛成7割とのニュースに対し、「女性は愛する男性の姓を名乗ることに喜びを感じる」と投稿した。男女共同参画にも反対している。
7.4.3. 性自認・性的指向とジェンダー観
田母神は、性的マイノリティの権利、同性婚、男女の役割などに関する保守的で批判的な立場を取っている。彼はLGBTは間違っていると述べている。2015年には、渋谷区のパートナー条例に触れ、「これでは国が壊れていく」「人類社会が続かなくなる」と述べ、同性婚制度に異議を唱えた。
7.4.4. 移民と国家アイデンティティに関する見解
田母神は、移民政策、外国人参政権に反対し、外国人への生活保護の廃止や、外国人が企業した場合の補助金の見直しを主張している。彼は日本の国家アイデンティティを重視し、自虐史観教育の修正や教科書採択の適正化、道徳教育の強化、教育勅語や修身の教科書の復活、国家・国旗の尊重を訴えている。
7.5. 特定事案に対する立場
田母神は、福島第一原子力発電所事故や関東大震災における朝鮮人虐殺事件など、特定の社会的事案に対しても独自の、時に物議を醸す見解を示している。
7.5.1. 福島原発事故関連の見解
2011年7月末に東京都で開かれた「福島支援シンポジウム」にて、福島第一原子力発電所事故の危険性および原子力発電に関する見解を述べた。彼は「危ない危ないと言われるが、実際そんなに福島の放射線は危なくない。原発の上を飛ぶカラスが落ちましたか。原発近くの海で魚がどんどん浮きましたか。危なくないということがだんだん実証されてきている」と述べた。さらに、「(世田ヶ谷で検出された2.7マイクロシーベルトの)1万倍の放射線でも24時間、365日浴びても健康上有益」「(福島第一原発から)発生する高濃度汚染水は、欧州ではコーヒーを飲むときの水」などと発言した。原発の稼働を巡る論争については、「私は原発推進派。一流の国を目指す上で原発は必要」と主張した。これらの発言から、原発に批判的な考えを持つ小林よしのりとは対立するに至っている。
7.5.2. 韓国人虐殺事件否定
田母神は、関東大震災における朝鮮人虐殺事件について認めない態度を取っている。2024年の東京都知事選に出馬した際に「関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊式典」について、「式典には出席しない、追悼文も送らない」「式典は反日をあおるだけだと思う」と回答した。これは彼の歴史観と密接に関連している。
7.6. 特定の出来事に対する言動
- 自衛隊イラク派兵差止訴訟判決に対して**: 2008年4月に名古屋高等裁判所が自衛隊のイラク派遣を違憲と判断した判決に対し、流行のコメディアンの口調で「そんなの、関係ねえ」と記者会見で発言した。この発言は笑いを取る意図で行われたが、国会などで問題視された。後日、この発言が問題視されたことについて、「失敗したと思う。あんなに叩かれるんだったら、『おっぱっぴー』までちゃんとやっときゃよかった」と語った。
- 言論の自由**: 彼は「日本には反日的言論の自由は無限にある。日本のことをいくらでも悪く言うことができるし、それによって国会が紛糾することもない。一方、親日的言論の自由は極めて制限されている」と主張している。特に自衛隊に関することと歴史認識については言論が封じられ、言っただけで問題を引き起こすとし、自身の論文更迭はその典型であると述べた。彼は、問題になるのが分かっていても発言するのは、問題にしないことが「少しずつ反日に同調する」ことを意味し、日本がやがて崩壊してしまうという危機感からであると説明している。また、敵基地攻撃能力や核兵器について、自衛隊に所属していた間は議論すること自体が難しいと感じていたと述べ、議論することすら許されないのであれば日本は独裁国家と同じであると主張した。
- 拉致問題**: 2009年2月28日、若宮会講塾主催の講演会「拉致問題と国防」において、「自衛隊を動かしてでも、ぶん殴るぞという姿勢を北朝鮮に見せなければ拉致問題は解決しない」と述べた。講演に先立つ記者会見でも同様の発言をし、「『ぶん殴る』とは具体的に何か」と質問されると、「自衛隊を使って攻撃してでもやるぞという姿勢を出さないと、北朝鮮は動かない」と答えた。この発言に対し、北朝鮮の国営通信社「朝鮮中央通信」は、田母神を「日本軍国主義勢力の代弁人」「極悪な右翼反動分子」と非難した。
- 岐阜県岐南町の町長セクハラ疑惑について**: 2024年2月28日、自身のTwitterで、岐南町議会で起きた町長が女性職員に対し体を触るセクハラ行為などをしていたとする事件に対して、「セクハラ疑惑とか言ってテレビが騒いでいる。なんともまあうるさい世の中になったものだ。日本に昔からあった寛容性が失われている。多くの人にとって気を遣いながら生きる息苦しい時代になった。」と発言し、インターネット上で批判を浴びた。
- 沖縄米兵レイプ事件でのデマ発言**: 2012年10月16日、沖縄でアメリカ軍兵士2人による性的暴行傷害事件に関して、「平成7年の女子高生暴行事件も朝の4時だったそうです。朝の4時ごろに街中をうろうろしている女性や女子高生は何をやっていたのでしょうか」とTwitterで発信し、被害者を非難するような内容を発信した。この発言は「朝4時なら女性はレイプされても当然なのか」などの多くの批判を招き、被害者に対する二次的な被害(セカンドレイプ)だと指摘された。さらに、田母神が言及した平成7年の沖縄米兵少女暴行事件の被害者は高校生ではなく小学生の女児であり、犯行時刻も朝4時ではなく夜8時だった。批判を受けた後も田母神はこの投稿について謝罪、訂正などをしていない。
- 統一教会との関係**: 統一教会の関連団体である国際勝共連合などが中心となり設立された「スパイ防止法制定促進国民会議」の発起人を務めた加瀬英明は、田母神が2014年東京都知事選挙に出馬する際の会見で応援メッセージを述べた。2023年2月23日、田母神はTwitterで「昨日加瀬英明氏を偲ぶ会が開催され参列した。私が田母神論文で自衛隊を退官しバッシングを受けている頃、20年後、30年後に田母神論文を境に日本の歴史認識が変わったと言われる時代が来るからがっかりしないで頑張ってくださいと、故渡部昇一先生とともに励まして頂いた。信念の人、侍だった。」と投稿した。2024年1月1日、統一教会系日刊紙「世界日報」のインタビューで、旧統一教会の解散命令請求に関して批判的な見解を示し、「日本を貶める言論の自由は無限にある一方で、日本を擁護する言論の自由は極めて制約が多く、擁護すると袋叩きに遭うことが多い。マスコミが左の方ばかり見ているからだ。それに対する勢力への言論弾圧が常時行われている。30年前の日本国民の方が諸制約もなく豊かで幸せだった」と述べ、さらに「旧統一教会の解散命令請求でもそうだ。合法団体にもかかわらず、自民党はなぜ守ろうとしなかったのか。それどころか、周りが騒いだ結果、違法団体であるかのように扱い、解散させよとなった。その時の一方的な都合で対応をしてしまったが、本来は信者の自由を守る必要がある」と発言した。
8. 人物像とユーモア
田母神俊雄は、そのユーモアのセンスで知られている。彼のトークは「田母神節」と呼ばれ、各所で人気を集めている。彼は自身の身長が低いことを自虐ネタにすることが多く、「私に足りないのは慎重さではなく身長」といった持ちネタがある。また、「こんな顔をしていますが、私は本当にいい人なんです」と自己紹介することもある。

彼は自身のTwitterプロフィール欄で、「明るくユーモアがあるいい人。食事は好き嫌いなし。酒はビールを少し飲んでそのあとは大吟醸。ゴルフが大好きで、結構上手。カラオケも好き」と自称している。自衛隊の同期や上官からは「タモちゃん」と呼ばれて慕われており、宴会の時には士や曹からも「タモちゃん」と呼ばれていたという。田母神は「ここまで気さくな人間は、自衛隊の幹部では私以外にいなかっただろう」と自画自賛している。
長嶋茂雄に憧れており、部下の指導方法として、出来る限り怒らないことを信条としている。怒ってばかりいては、部下が上司の気を使うだけの人間になってしまうと考え、うるさく指導してばかりでは部下が落ちこぼれてしまうと語っている。
漫画やアニメに理解があり、「日本の漫画やアニメは、日本が誇る最強コンテンツ」「しかし、優れた漫画やアニメをつくるためには、巨額の費用が必要」「だから国が、資金面で支援を行っていくべきだ」と訴えている。
落語が好きで、防衛大学校時代は東京・渋谷の東急文化寄席に通った。カラオケも好きで、今井美樹の「PRIDE」、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」が十八番であるほか、甲斐バンドの曲もよく歌うという。
航空自衛隊の隊内誌『鵬友』第29巻第6号(2004年3月号)に寄稿した「航空自衛隊を元気にする10の提言」パートIIの内容で「身内の恥は隠すもの」と記している。
9. 著書
田母神俊雄は、自衛隊退官後、その思想や主張をまとめた多くの著書を出版している。
- 『自らの身は顧みず』ワック、2008年12月
- 『DVD 自らの身は顧みず 田母神俊雄講演』ワック、2009年1月
- 『田母神塾 これが誇りある日本の教科書だ』双葉社、2009年2月
- 『真・国防論』宝島社、2009年5月
- 『自衛隊風雲録』飛鳥新社、2009年5月
- 『座して平和は守れず 田母神式リアル国防論』幻冬舎、2009年5月
- 『田母神流ブレない生き方』主婦と生活社、2009年8月
- 『サルでもわかる日本核武装論』飛鳥新社、2009年8月
- 『田母神俊雄の人生論 めざすは日本人』高木書房、2010年7月
- 『田母神国軍』産経新聞出版、2010年10月
- 『新たなる日中戦争!』徳間書店、2010年11月
- 『田母神の流儀』徳間書店、2011年2月
- 『ほんとうは強い日本』PHP新書、2011年7月
- 『だから日本は舐められる』双葉社、2012年5月
- 『ほんとうは危ない日本』PHP研究所、2012年6月
- 『騙されるな日本! 領土、国益、私ならこう守る』ベストセラーズ、2012年6月
- 『自衛隊の敵』廣済堂出版、2013年4月
- 『田母神俊雄の日本復権』高木書房、2013年8月
- 『安倍晋三論』ワニブックス、2013年8月
- 『日本核武装計画』祥伝社、2013年9月
- 『なぜ朝日新聞はかくも安倍晋三を憎むのか』飛鳥新社、2014年8月
- 『戦争の常識・非常識 戦争をしたがる文民、したくない軍人』電波社、2015年8月
- 『田母神俊雄の「戦争論」日本が永久に戦争をしないための究極の選択』電波社、2016年4月
- 『日本の敵』ベストセラーズ、2017年6月
- 『愛国者』青林堂、2017年11月
- 『田母神式 戦力になる人材づくり』日本文芸社、2009年11月
- 『田母神大学校』徳間書店、2010年2月
- 共著・対談・編著**
10. 選挙歴
田母神俊雄が出馬した主な選挙結果を以下に示す。
当落 | 選挙 | 施行日 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 得票順位 /候補者数 | 比例区 | 惜敗率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
落 | 2014年東京都知事選挙 | 2014年2月9日 | - | 無所属 | 610,865票 | 12.5% | 4/16 | - | 28.9% |
落 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 東京12区 | 次世代の党 | 39,233票 | 18.5% | 4/4 | 重複 | 44.3% |
落 | 2024年東京都知事選挙 | 2024年7月7日 | - | 無所属 | 267,699票 | 3.92% | 4/56 | - | 9.17% |
11. 評価と批判
田母神俊雄の生涯と活動は、日本の政治・社会において様々な評価と批判を呼び起こしてきた。彼の歴史観、安全保障政策、そして社会・文化に関する発言は、支持者からは「愛国者」「言論の自由の擁護者」として称賛される一方で、政治家、学者、メディア、そして国際社会からは「歴史修正主義者」「右翼のチャンピオン」として厳しく批判されてきた。
11.1. 支持と推薦
田母神の思想や活動は、一部の保守派の政治家、学者、言論人、団体などから支持を受けてきた。アパグループの懸賞論文で審査委員長を務めた渡部昇一や西尾幹二などの言論人は、『WiLL』誌上などで田母神を支持した。田母神自身も、自分の歴史観と戦争観は渡部昇一から大きな影響を受けたと述べている。渡部は自衛隊幹部学校の講師を務めており、田母神は渡部の考え方から多くを学び、それが自身の信念の形成に大きな役割を果たしたと語っている。
自民党の国防議員の一部からも田母神を擁護する声が上がったとされ、村山談話に縛られたくない議員がそれに意を強くした可能性も指摘された。田母神は、更迭後は全国の講演で引っ張りだこであったとされ、2009年2月の講演回数は計24回に達した。2014年東京都知事選挙では、石原慎太郎、加瀬英明、すぎやまこういち、中山成彬、西村眞悟、平沼赳夫、デヴィ夫人、百田尚樹、三橋貴明など、多くの著名人や政治家が応援演説を行い、ネット右翼層を中心に絶大な人気を集めた。アメリカの「TIME誌」は、「田母神を最も声高に支持したのは、安倍首相と親交があった作家の百田尚樹氏だった」と報じた。
11.2. 政治家・学術関係者からの批判
田母神の歴史観、思想、発言に対しては、多くの政治家や学者、歴史家から具体的な批判が提起された。
- 秦郁彦:現代史家の秦郁彦は、田母神論文で自身の著書『盧溝橋事件の研究』が恣意的に引用されたことに不快感を示し、「論文というより感想文に近いが全体として稚拙と評ざるをえない」「論文は事実誤認だらけだ。通常の懸賞論文コンテストなら、選外佳作にもならない内容だ」と批判した。また、張作霖列車爆破事件に関する田母神の主張についても「非常に不愉快だ」と述べ、陰謀論であると評価した。
- 石破茂:元防衛大臣の石破茂は、「田母神空幕長は文民統制について全く理解をしていなかった」と批判し、自身のブログで「文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。しかし、このような論文を書いたことは極めて残念」「歴史はその本質が科学である以上、あくまで客観的に捉えるべき」と見解を示した。石破は、自衛官が専門的な立場から意見を述べることは重要だが、歴史観や憲法観について公の場で発言することは促していないと説明した。
- 太田述正:防衛庁出身の評論家である太田述正は、「田母神氏の論文は、典拠の付け方や、典拠の選び方一つとってもシロウトの域を出ていません。しかも、内容的にも論理が首尾一貫していない箇所が散見されます。遺憾ながら、彼は、大将クラスの軍人のグローバルスタンダードに達していない無能な人物である、と申し上げざるをえないのです。」と批判した。
- 日本共産党:日本共産党の機関紙しんぶん赤旗は、田母神が論文でコミンテルンに動かされたアメリカの政治家によって日本は日米戦争に追い込まれていったと主張していることに対して「妄想」と批判し、彼の更迭は当然であると述べた。
- 民主党:民主党衆議院議員の小川淳也は、2014年東京都知事選挙で田母神が多数の票を獲得したことについて「特異な主張をしていた候補だと私は見ていたが、相当数の得票を得た。世論の一定の支持があることを大変、私は不気味に懸念し心配している」と述べた。
11.3. メディアおよび世論からの批判
主要メディアや一般大衆も、田母神の経歴や発言に対して批判的な視点を示した。
- 新聞各社**: 複数の新聞が、田母神の戦前の日本の侵略と植民地支配を正当化する主張に対して強い懸念を示した。岩手日報は「薄気味悪さ」を、琉球新報は「旧日本軍の亡霊が生き返ったかのような錯覚」を覚えたと報じた。茨城新聞や長崎新聞などは、個人の思想信条の自由は認めつつも、自衛隊トップとしての職責上、政治の統制に服する義務があると指摘した。読売新聞も同様の立場を取り、田母神の主張は「言論の自由」を履き違えていると批判した。日本経済新聞や毎日新聞は、田母神の歴史観が自衛隊内部に広がっている可能性を指摘し、懸念を表明した。西日本新聞も、過去の教訓を忘れてはならないと警鐘を鳴らした。朝日新聞や北海道新聞は、この問題を文民統制の危機として捉え、政治の責任を追及した。山梨日日新聞も同様に、政治の責任を検証する必要性を指摘した。新潟日報は、田母神に対する断固とした処分を行うべきだと主張し、これこそが文民統制であると述べた。
- 世論調査**: 2008年11月11日、参議院外交防衛委員会の参考人招致の場で、田母神は「Yahoo!の意識調査では58%が、私を支持している」と述べた。しかし、週刊文春は、このYahoo!アンケートについて、松木国俊などの支持者がネット上で広く協力を要請した痕跡があり、組織票があったと報じた。一方で、メディアが行った電話によるRDD方式の世論調査とは、大きな開きが出た。日本テレビの世論調査では、更迭について「適切と思う」が59%だった。NHKが行った世論調査では、田母神を空幕長にした政府の判断について、「大いに問題」が30%で、「ある程度問題」が35%だった。
- 防衛省**: 2008年12月25日に防衛省から提出された資料では、「自衛隊員が、有する経験や専門的知識に基づき適切な形で意見を述べることは、我が国の安全保障にとって必要なことであると考えている。」としながらも「しかしながら、いかなる場合でも、自衛隊員、特に航空幕僚長のような幹部は、その社会的立場に留意し節度ある行動をとることは当然である。実力組織である自衛隊を運用し、任務を遂行するという重い責任を有している自衛隊員は、自らを格別に厳しく律する必要がある」とされており、自衛官、特に幕僚長という立場の重さを強調した。
- その他**: 笠原十九司、纐纈厚、上杉聰、小林節、水島朝穂が東京新聞上で田母神の近現代史の事実認識が「低レベル」である等と批判した。また自由法曹団、全日本民医連などが抗議声明や意見書を提出した。
11.4. 中国からの批判
中国共産党中央委員会機関紙『人民日報』国際版の環球時報は、2014年1月7日の記事で田母神について「田母神は靖国神社を参拝し国防軍の創設や軍備拡張を主張し我が国に極めて不利益」「日本の良心的なマスメディアと協働し都知事当選を阻止すべき」と論じ、「自国の侵略の歴史を認めないことで悪名高い右翼の人物」「わが国を敵視する田母神氏は公然と中国脅威論を喧伝する人物」と指摘し、第二次世界大戦後における"日本の自虐史観"を改めなければならないと主張している田母神は靖国神社参拝を支持し、国防軍の創設や軍備拡張を主張している人物だとして、都知事選への出馬に警戒感を示した。
12. 関連項目
- 日本文化チャンネル桜
- 水島総
- 石原慎太郎
- 百田尚樹
- 頑張れ日本!全国行動委員会
- 歴史修正主義
- 日本の核武装論
- 公職選挙法
13. 外部リンク
- [https://www.tamogami-toshio.jp/ 田母神俊雄公式サイト]
- [https://ameblo.jp/toshio-tamogami/ 田母神俊雄オフィシャルブログ「志は高く、熱く燃える」]
- [https://twitter.com/toshio_tamogami 田母神俊雄公式Twitter]
- [https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=117013950X00620081111 第170回国会 外交防衛委員会 第6号 平成20年11月11日(田母神俊雄証人喚問時の議事録)]