1. 概要
百田尚樹(百田 尚樹ひゃくた なおき日本語、1956年2月23日生まれ)は、日本の小説家、放送作家、政治家である。彼は右派的な政治思想と、第二次世界大戦中の日本の戦争犯罪、特に南京事件を否定する歴史認識で知られている。代表作にベストセラー小説『永遠の0』や『海賊とよばれた男』などがあり、これらは映画化もされた。
かつてはNHK経営委員を務め、その在任中の発言が国際的な論争を巻き起こした。2023年には日本保守党を共同で設立し、党代表に就任するなど、政治活動にも積極的に関与している。彼の著作や言動は、歴史修正主義、著作権侵害、名誉毀損訴訟、そして女性やLGBTQ+、特定の民族に対する差別的な発言など、多くの論争や批判の対象となってきた。
2. 生涯と学歴
百田尚樹は、自身の幼少期から大学中退までの経緯を公表している。
2.1. 大阪での幼少期と学生時代
百田尚樹は1956年2月23日に大阪府大阪市東淀川区で生まれた。同志社大学法学部に在学中、1978年には朝日放送のテレビ番組『ラブアタック!』に「みじめアタッカー」として出演し、6回にわたる挑戦で全国的に知られる学生スターとなった。大学には5年間在籍したが、卒業することなく中退した。
3. 経歴
百田尚樹は放送作家としてキャリアをスタートさせ、後に小説家として成功を収めた。近年では政治家としても活動している。
3.1. 放送作家・プロデューサーとして
大学中退後、百田は朝日放送のプロデューサー松本修に見出され、放送作家の道に進んだ。彼は人気番組『探偵!ナイトスクープ』の構成を35年間にわたり担当したほか、『大発見!恐怖の法則』など、主に朝日放送制作の番組の構成を手がけた。2023年10月6日付けで、政治活動に専念するため放送作家を引退した。
3.2. 文筆家としての活動
2006年、小説『永遠の0』(太田出版)を発表し、小説家としてデビューした。2009年には『BOX!』が第30回吉川英治文学新人賞候補、第6回本屋大賞で5位に選出され、後に映画化もされた。2012年10月15日には『永遠の0』の文庫版が累計100万部を突破し、これは文庫部門で史上13作目の快挙となった。
2013年には『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞し、「直木賞なんかよりもはるかに素晴らしい、文学賞の中で最高の賞だ」と語り、その発言も注目を集めた。同年9月からは初の週刊誌連載となる『フォルトゥナの瞳』を『週刊新潮』で開始した。同年10月9日には日本メガネベストドレッサー賞文化界部門を受賞。
2019年6月12日には小説家引退を宣言したが、その後も著作を発表し続けている。2019年12月には、自身の著作の累計発行部数が2000万部を突破したと発表した。
4. 主要著作
百田尚樹は数々のベストセラー小説やエッセイを発表しており、その多くが社会的な影響を与え、また論争の対象ともなってきた。
4.1. 『永遠の0』
2006年に発表された小説『永遠の0』は、400万部を超えるベストセラーとなり、2013年には同名の映画が公開され、観客動員数693万5811人、興行収入85.40 億 JPYを記録する大ヒットとなった。この作品は、スタジオジブリの宮崎駿監督から「嘘八百」「神話の捏造」と批判された。宮崎駿は、作品が日本の戦争犯罪や侵略行為を描かず、戦争を背景とした感動的な人間ドラマに焦点を当てることで、戦争の悲劇や犠牲者の苦しみを希薄化し、日本の戦争責任を回避しようとしていると指摘した。これに対し、百田は宮崎駿が「頭がおかしい」と反論した。
4.2. 『海賊とよばれた男』
2012年7月に発表された『海賊とよばれた男』は、出光興産創業者出光佐三をモデルとした経済小説で、数百万部を売り上げ、2013年には本屋大賞を受賞した。2016年12月には映画化され、興行収入23.70 億 JPYを記録した。
しかし、出光興産の関係者からは、この小説が実際の出光佐三の人物像とはかけ離れているという批判が上がった。元社員の奥本康大は、百田が小説のタイトルを「本がたくさん売れるように」と説明したと主張し、出光佐三が貴族院議員を務め、昭和天皇がその死を悼む御製を詠んだ人物であることから、「海賊」と呼ぶのは失礼であり、歴史感覚と見識に欠けると批判した。また、終戦の詔書の翌々日に出光佐三が著した「玉音を拝して」の内容も、小説で扱われているよりもはるかに深いものであると指摘し、映画化においても出光興産は資金面を含め協力していないと述べた。
これに対し、百田は自身のTwitterで反論した。彼は、出光昭介名誉会長との会談は和やかで、タイトルを売上目的で付けたとは一言も言っていないと主張した。また、執筆後には出光興産の経営陣から感謝され、迎賓館に招かれたり、社のイベントで講演したりしたと述べた。さらに、自身は「海賊」という言葉を悪いイメージで捉えていないが、出光佐三がかつて同業者から悪い意味で「海賊」と罵られたことは事実であると説明した。映画のクレジットには「取材協力・資料提供」として「出光興産株式会社」と記載されている。
4.3. 『日本国紀』
2018年に刊行された『日本国紀』は、「究極の日本通史」と謳われ、ベストセラーとなった。しかし、刊行直後からウィキペディアや新聞記事からの盗作、参照文献の明記なしに研究成果を流用しているとの疑惑が浮上した。百田自身もウィキペディアからの引用があったことを認めたが、全体の1ページにも満たないと主張した。
毎日新聞の調査では、単行本の初版から第9刷にかけて少なくとも50カ所以上の修正が行われ、文庫版でも「存在しない天皇の靖国参拝」など重大な歴史的事実の誤りが修正されずに残っていたことが報じられた。著述家の古谷経衡は、この作品に多くの間違いがあることを指摘し、ネット右翼が用いる「日本の中国進出はコミンテルンの陰謀であり、日本は決して中国を侵略したわけではない」といった古典的な陰謀史観をなぞったものであると批判した。
4.4. 『殉愛』
2014年に発表された『殉愛』は、故人であるタレントやしきたかじんの闘病生活を描いたノンフィクション作品である。しかし、この作品を巡って、たかじんの長女と元マネージャーから名誉毀損で訴訟が提起された。
たかじんの長女は、作品中の記述が真実ではないとして、出版元の幻冬舎に対し出版差し止めと1100.00 万 JPYの損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。百田は、作中の人物は実在するが、作品は「フィクション」であると主張した。また、たかじんの長女は、百田のTwitterでの発言が「人権侵害にあたる」として、東京弁護士会に人権救済を申し立てた。
2016年7月、東京地裁は、長女に関する記述が「真実と認められない」として名誉毀損を認定し、幻冬舎に長女へ330.00 万 JPYの支払いを命じた。2017年2月1日、東京高等裁判所は賠償額を365.00 万 JPYに増額する判決を下し、同年12月22日、最高裁判所が幻冬舎側の上告を受理しない決定を下したことで、二審判決が確定した。
さらに、たかじんの元マネージャーの男性が損害賠償を求めた訴訟では、2018年11月28日に東京地裁が百田と幻冬舎に対し、計275.00 万 JPYの支払いを命じる判決を下した。
4.5. その他の主な作品
百田尚樹は、上記の作品以外にも多数の小説やエッセイを執筆している。主な小説には、ボクシングをテーマにした『BOX!』、人間の運命を巡る『フォルトゥナの瞳』、そして現代社会を風刺した寓話『カエルの楽園』などがある。エッセイや評論では、『大放言』や『今こそ、韓国に謝ろう』など、彼の政治的・社会的な見解を表明する作品が多い。
著書名 | 発行年月 | 出版元 | 備考 | ||||
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永遠の0 | 2006年8月 2009年7月 | 太田出版 講談社文庫 | |||||
聖夜の贈り物 輝く夜(改題) | 2007年11月 2010年11月 | 太田出版 講談社文庫 | BOX! | 2008年7月 2010年3月 2013年4月 | 太田出版 太田出版文庫 講談社文庫 | 文庫版はいずれも上下巻 | |
風の中のマリア | 2009年3月 2011年7月 | 講談社 講談社文庫 | |||||
モンスター | 2010年3月 2012年4月 | 幻冬舎 幻冬舎文庫 | |||||
リング 「黄金のバンタム」を破った男(改題) | 2010年5月 2012年11月 | PHP研究所 PHP文芸文庫 | |||||
影法師 | 2010年5月 2012年6月 | 講談社 講談社文庫 | |||||
錨を上げよ | 2010年11月 2019年9月 2019年10月 | 講談社 幻冬舎文庫 | 上下巻 一 出港篇 二 座礁篇 三 漂流篇 四 抜錨篇 | ||||
幸福な生活 | 2011年6月 2013年12月 | 祥伝社 祥伝社文庫 | プリズム | 2011年10月 2014年4月 | 幻冬舎 幻冬舎文庫 | ||
海賊とよばれた男 | 2012年7月 2014年7月 | 講談社 講談社文庫 | 上下巻 | ||||
夢を売る男 | 2013年2月 2015年4月 | 太田出版 幻冬舎文庫 | |||||
フォルトゥナの瞳 | 2014年9月 2015年11月 | 新潮社 新潮文庫 | |||||
殉愛 | 2014年11月 | 幻冬舎 | |||||
カエルの楽園 | 2016年2月 2017年8月 | 新潮社 新潮文庫 | |||||
幻庵 | 2016年12月 | 文藝春秋 | 上下巻 | ||||
夏の騎士 | 2019年7月 | 新潮社 | |||||
カエルの楽園2020 | 2020年6月 | 新潮文庫 | |||||
野良犬の値段 | 2020年12月 | 幻冬舎 |
4.6. エッセイ・評論
著書名 | 発行年月 | 出版元 | 備考 |
---|---|---|---|
至高の音楽 -クラシック永遠の名曲- | 2013年12月 | PHP研究所 | |
大放言 | 2015年8月 | 新潮新書 | |
至高の音楽 -クラシック「永遠の名曲」の愉しみ方- | 2015年12月 | PHP新書 | |
この名曲が凄すぎる -クラシック劇的な旋律- | 2016年2月 | PHP研究所 | |
鋼のメンタル | 2016年8月 | 新潮新書 | |
雑談力 | 2016年10月 | PHP新書 | |
百田百言 百田尚樹の「人生に効く」100の言葉 | 2017年3月 | 幻冬舎 | |
今こそ、韓国に謝ろう | 2017年6月 | 飛鳥新社 | |
図解 雑談力 | 2017年8月 | PHP研究所 | |
戦争と平和 | 2017年8月 | 新潮新書 | |
逃げる力 | 2018年3月 | PHP新書 | |
日本国紀 | 2018年11月 | 幻冬舎 | 「豪華化粧箱入り」の「愛蔵版」も4500円(税抜き)で受注販売された。 |
今こそ、韓国に謝ろう -そして、「さらば」と言おう- | 2019年3月 | 飛鳥新社 | 2017年の「今こそ、韓国に謝ろう」に大幅加筆した文庫版。 |
偽善者たちへ | 2019年11月 | 新潮新書 | |
バカの国 | 2020年4月 | 新潮新書 | |
地上最強の男 -世界ヘビー級チャンピオン列伝- | 2020年6月 | 新潮社 | ノンフィクション |
禁断の中国史 | 2022年7月 | 飛鳥新社 | |
橋下徹の研究 | 2022年12月 | 飛鳥新社 | |
[https://www.shinchosha.co.jp/book/611019/ 大常識] | 2023年11月 | 新潮社 |
4.7. 共著
著書名 | 共著者 | 発行年月 | 出版元 | 備考 |
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ゼロ戦と日本刀 -美しさに潜む「失敗の本質」- | 渡部昇一 | 2013年12月 2015年2月 | PHP研究所 PHP文庫 | |
日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ | 安倍晋三 | 2013年12月 2017年10月 | ワック・マガジンズ WAC BUNKO | |
愛国論 | 田原総一朗 | 2014年12月 2017年2月 | ベストセラーズ ワニ文庫 | |
「カエルの楽園」が地獄と化す日 | 石平 | 2016年11月 | 飛鳥新社 | |
大直言 | 青山繁晴 | 2017年1月 | 新潮社 | |
いい加減に目を覚まさんかい、日本人! | ケント・ギルバート | 2017年11月 2019年9月 | 祥伝社 | 新書 |
百田尚樹 永遠の一冊 | 花田紀凱 | 2017年12月 | 飛鳥新社 | |
「日本国紀」の副読本 学校が教えない日本史 | 有本香 | 2018年12月28日 | 産経新聞出版 |
5. 政治活動と公職
百田尚樹は、小説家としての活動と並行して、公職への就任や政党設立など、政治的な活動も行っている。
5.1. NHK経営委員
2013年、自由民主党の安倍晋三によって、NHKの経営委員12人の一人に選出された。この任命は一部で批判を呼んだが、国会は2013年11月に百田の任命を承認した。しかし、彼の南京事件否定などの歴史認識に関する発言は、国際社会や国内で大きな論争を巻き起こし、NHKの信頼性に対する懸念が表明された。彼は2015年に経営委員を辞任した。
5.2. 日本保守党の結成と代表
2023年6月12日、百田はLGBT理解増進法案が可決された場合、衆議院議員に立候補し、新党を結成すると表明した。この法案は4日後の6月16日に可決・成立したことを受け、百田は2023年9月1日に名古屋市長の河村たかしを共同代表、ジャーナリストの有本香を事務局長とする日本保守党の結成を発表し、自身は党代表に就任した。
5.3. 選挙活動
2024年10月8日、第50回衆議院議員総選挙の比例近畿ブロックに日本保守党から単独3位で立候補したが、落選した。
6. 思想と政治的立場
百田尚樹の思想は、その言動や著作を通じて、保守的かつ右派的な傾向が強く表れている。特に歴史認識や社会問題に対する見解は、しばしば論争を巻き起こしている。
6.1. 右派的政治観
百田は、一貫して右派的な政治思想を表明しており、自由民主党の安倍晋三元首相を支持してきた。2012年9月に行われた自由民主党総裁選挙の際には、「安倍晋三総理大臣を求める民間人有志の会」の発起人に名を連ねた。
2020年11月3日に実施されたアメリカ合衆国大統領選挙では、ドナルド・トランプが「不正投票判明による開票やり直しによって再選する」と主張した。2021年1月8日、ジョー・バイデン次期大統領の当選が正式認定される中、百田はTwitterで「トランプが負けたら、宣言通り小説家は引退する」と投稿したが、その後も「トランプの負けが確定したわけではない」と主張し続けた。
また、民主党については、2012年11月11日放送のテレビ番組で「息を吐くように嘘をつく」と非難した。日教組については、2014年6月18日の講演会で「日教組は何十年間も、純粋無垢な子どもたちに贖罪意識を教え込んでいる。まず『日本は素晴らしい』ということを教えなければいけない」「日本人でいることが恥ずかしいと教え込まれた子どもたちは立派な大人になれない」と述べた。
憲法改正については、渡部昇一との対談で「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と述べるなど、憲法改正による自衛隊の軍隊化を強く主張している。
6.2. 歴史認識と戦争観
百田は、第二次世界大戦前と戦時中に行われた日本の戦争犯罪について、しばしば否定的な見解を表明している。特に南京事件については「なかった」と主張し、東京裁判は東京大空襲や原爆投下といったアメリカの戦争犯罪を隠蔽するための「茶番」であったと主張している。彼は、このような歴史を子供たちに教える必要はなく、日本がいかに偉大な国であるかを教えるべきだと述べている。
2014年には、在日コリアンが日本統治時代に強制的に日本に連行されたという主張は間違いであると述べた。2023年のAbemaTVのインタビューでは、日本が当時の欧米帝国主義の手から東南アジアを「解放」したと主張し、第二次世界大戦への日本の参戦を正当化しようとした。彼は「もし日本がなかったら、アジアの多くが今日まで欧米列強の植民地となっているため、今日の世界は『地獄に似ている』」と主張した。
6.3. 社会・文化に関する見解
百田は、現代日本社会や文化、特に少子化問題、LGBTの権利、沖縄の米軍基地問題、韓国や中国との関係性などについて、自身の見解を積極的に発信している。


2015年6月25日、自民党の若手議員の勉強会である文化芸術懇話会において、「沖縄の2つの新聞(琉球新報と沖縄タイムス)はつぶさないといけない」と発言した。また、「米兵が犯したレイプ犯罪よりも、沖縄県全体で沖縄人自身が起こしたレイプ犯罪の方が、はるかに率が高い」と主張した。普天間基地については、「もともと普天間基地は田んぼの中にあった。周りは何もなかった。基地の周りに行けば商売になると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」「そこを選んで住んだのは誰やねん」と述べた。戦時中の沖縄についても「沖縄は本当に被害者やったのか。そうじゃない」と発言した。さらに、ナウル、バヌアツ、ツバルなどの軍隊を持たない国々を「くそ貧乏長屋」と呼び、「アイスランドは年中、氷。資源もない。そんな国、誰がとるか」と発言した。
2017年10月には、名護市での講演で、基地反対運動の参加者の半分は中国人、韓国人であるというデマを前提に「嫌やなー、怖いなー」と述べ、「日当が何万円と払われている」「中核は中国の工作員だ」と主張した。また、取材に訪れた沖縄タイムス記者に対して「悪魔に魂を売った記者」「中国が琉球を乗っ取ったら、阿部さんの娘さんは中国人の慰み者になります」などと発言した。
2018年9月12日、『真相深入り!虎ノ門ニュース』で在日米軍のヘリ機材の部品落下事故について、「どうも調べていくと、これ全部嘘やったっちゅうことです」「どうもこれは全部捏造やったちゅう疑いがほぼ間違いないと言われて」と発言した。また、日米両政府が本土の反対運動を懸念して在日海兵隊の基地を沖縄に移転させたという事実を「そんな事実どこにもない」と否定したが、これはファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)によって「誤り」と判定された。同年9月30日の沖縄県知事選挙で玉城デニーが当選した際には「沖縄、終わったかもしれん」と投稿した。10月4日放送の同番組では、沖縄が中国領土であると主張する「中華民族琉球特別自治区準備委員会」に触れ、沖縄が中国になった場合、チベットやウイグル、内モンゴルを見ればどのようなことが行われるか誰でもわかると述べ、沖縄が含まれた「国恥地図」にも言及した。
7. 論争と批判
百田尚樹の言動や著作は、その内容や表現から、国内外で数多くの論争や批判を巻き起こしてきた。
7.1. 歴史修正主義と戦争犯罪否定
百田は、南京事件を筆頭に、第二次世界大戦前と戦時中に行われた日本の戦争犯罪を否定する姿勢をしばしば表明してきた。2014年のNHK経営委員在任中にも同様の発言をし、国際的な注目を集めた。米国務省は、彼の東京裁判に関する主張を「不合理」と批判し、駐日アメリカ合衆国大使館の報道担当官は「非常識」であると回答した。中華人民共和国外交部は「南京事件は事実であり、日本の一部の者がその存在を抹殺し捻じ曲げようとする行為は国際正義と人類の良識に対する公然たる挑戦」と批判した。
彼が執筆し、後に映画化された小説『永遠の0』は、スタジオジブリの宮崎駿監督を含む多くの人々から批判された。特に、作品が日本の戦争犯罪や侵略行為を描かず、戦争を背景とした感動的な人間ドラマに焦点を当てたことで、戦争の悲劇や犠牲者の苦しみを希薄化し、日本の戦争責任を回避する試みであると批判された。
2023年には、AbemaTVのインタビューで、日本が当時の欧米帝国主義の手から東南アジアを「解放」したと主張し、第二次世界大戦への日本の参戦を正当化しようと試みた。彼は「もし日本がなかったら、アジアの多くが今日まで欧米列強の植民地となっているため、今日の世界は『地獄に似ている』」と主張した。
7.2. 著作権侵害・盗作疑惑
百田の2018年の著書『日本国紀』は、出版直後からウィキペディアや新聞記事からの盗作、参照文献の明記なしに研究成果を流用しているとの指摘がなされ、大きな論争となった。百田自身もウィキペディアからの引用があったことを認めたが、全体の500ページのうち1ページにも満たないと主張した。
毎日新聞の調査では、単行本では初版から第9刷にかけて少なくとも50カ所以上の修正が行われたが、文庫版でも「存在しない天皇の靖国参拝」など重大な歴史的事実の誤りが修正されずに残っていたことが報じられた。著述家の古谷経衡は、この作品に多くの間違いがあることを指摘し、ネット右翼が用いる古典的な陰謀史観をなぞったものであると批評した。
7.3. 名誉毀損訴訟
百田の著作やSNSでの発言を巡り、複数の名誉毀損訴訟が提起され、彼が敗訴する結果となっている。
- 『殉愛』を巡る訴訟:
2014年、やしきたかじんの晩年を描いた『殉愛』に対し、たかじんの長女と元マネージャーが名誉毀損で訴訟を提起した。長女は出版差し止めと1100.00 万 JPYの損害賠償を求め、百田のTwitterでの発言についても人権救済を申し立てた。
2016年7月、東京地裁は長女に関する記述が「真実と認められない」として名誉毀損を認定し、出版元の幻冬舎に330.00 万 JPYの支払いを命じた。2017年2月には東京高等裁判所が賠償額を365.00 万 JPYに増額し、同年12月には最高裁判所が上告を受理しない決定を下したことで、幻冬舎の敗訴が確定した。
また、たかじんの元マネージャーの男性が提起した訴訟でも、2018年11月28日に東京地裁は百田と幻冬舎に計275.00 万 JPYの支払いを命じる判決を下した。
- 津田大介との訴訟:
2019年のあいちトリエンナーレにおける「表現の不自由展・その後」を巡り、百田は津田大介について「韓国人の怪しげな組織に利用されたんや」「反日左翼に利用されただけだと思う」などとTwitterに投稿した。津田はこれらの投稿を名誉毀損として提訴した。
2023年4月12日、東京地裁は6件の投稿を違法と認定し、百田に30.00 万 JPYの賠償を命じた。百田は控訴したが、同年12月13日の東京高等裁判所の判決では、地裁が認定した6件に加え、さらに別の6件も名誉を傷つける内容であると判断し、賠償額を50.00 万 JPYに増額した。裁判長は、百田が著名な作家でフォロワーも多く、投稿の違法性が低くないと指摘し、津田が受けた精神的損害は軽視できないと述べた。百田の控訴は棄却された。
- 『海賊と呼ばれた男』に関する関係者からの批判:
百田の小説『海賊とよばれた男』はベストセラーとなり映画化もされたが、モデルとなった出光佐三の関係者からは、作品が佐三の実像からかけ離れているとの批判が上がった。元社員の奥本康大は、百田が「本がたくさん売れるように」という理由でタイトルを付けたことや、出光佐三の社会的地位を軽視している点を批判した。また、映画化に出光興産が資金協力していないことも指摘した。百田はこれらの主張に反論し、会談は友好的だったことや、出光興産経営陣から感謝されたことなどを述べた。
7.4. 社会問題に関する発言
百田は、社会的なタブーやマイノリティに関する過激な発言を繰り返し、多くの批判を受けている。
7.4.1. 女性・少子化問題に関する発言
2024年11月8日に配信された自身のYouTube番組で、少子化対策について「これはええ言うてるんちゃうで」「小説家のSFと考えてください」と前置きした上で、過激な提案を行った。具体的には、「女性は18歳から大学に行かさない」「25歳を超えて独身の場合は、生涯結婚できない法律にする」といった発言をした。さらに、事務総長の有本香が「子どもを産むには時間制限がある」と指摘すると、百田は「30超えたら、子宮を摘出する、とか」と述べた。これらの発言は、国内外のメディアで報じられ、強い批判を浴びた。百田は自身のTwitterで「あくまでSF小説としての仮定としての一例としてあげた話です。現実にはあり得ませんとも断っています」と釈明したが、後に発言を撤回し謝罪した。
7.4.2. LGBT関連の発言
百田はLGBTの権利や社会進出に関して、差別的と受け取られる発言を繰り返している。2015年3月にはTwitterで「同性とセックスしたいという願望を持つのは自由だと思うが、そういう人たちを変態と思うのも自由だと思う」と投稿したが、批判を受けて削除した。
2020年7月、お茶の水女子大学がトランスジェンダー学生を受け入れる決定を報じたNHKのニュースに対し、百田はTwitterで「よーし、今から受験勉強に挑戦して、2020年にお茶の水女子大学に入学を目指すぞ!」と投稿し、無神経であるとの批判が殺到した。
2023年6月には、自身のYouTubeチャンネルで、LGBT理解増進法案が可決される見通しとなったことに対し、「トランスジェンダー女性は、局部を切り落とすことを義務付けする法案を通せ」「絶対に女性であるというなら手術をしろ」「義務付けろ」「ちょきんちょきんと切ったらいい」と発言する動画を配信した。
また、性同一性障害と診断された経済産業省職員が職場の女性用トイレの使用を制限された件で、最高裁判所が「トイレの使用制限を認めた国の対応は違法」と判決を下したことについて、百田は雑誌『月刊WiLL』の対談で「女子トイレがOKなら、女湯や女子更衣室もOKになってしまう。今後、LGBT法と判例を悪用して性犯罪に走る"変態"が続出するでしょうね」と発言した。これに対し、漫画家の小林よしのりは、判決文が個々の事例に応じた判断を求めていることを指摘し、百田の発言は判例を誤解しているだけでなく、「変態の芽生え」を想像する百田自身の方が「よっぽど変態的思考だ」と批判した。
2023年6月23日、百田自身が書いた記事の中で、緊急時に女性用トイレに入るべきだったと述べ、「今にして思えば、そこに入るべきでした。緊急避難ですから許されたと思います」と発言した。
7.4.3. 嫌韓・排外的な発言
百田は、韓国や中国、沖縄などに対する差別的・排外的な言動を繰り返しており、韓国の主要なニュースメディアからは嫌韓主義者として報じられている。
2017年には、「漢文の授業は廃止しろ!子供が中国を偉大な国だと勘違いする!」と宣言した。同年、DHCの番組で、「朝鮮人は漢字を書いたが、漢字を文字にすることができなかったので、それらを日本製の教科書として配布しました。私はそう主張してきました。日本人がハングルを統一して今の形になった!」と述べた。
2021年7月31日に行われた2020年東京オリンピックの女子バレーボールの日本と韓国の試合について、Twitterに「女子バレー、日本と韓国を見てるが、韓国人、全員、顔のレベルが高い。オリンピックということで、おそらく全員......おっと、これ以上言うたら、また炎上するから言わん」と投稿した。また、中国の女子陸上選手や台湾の卓球選手について、彼らが男性であるかのような示唆を含む投稿を行ったが、これらの選手は全員ショートカットの女性であった。批判に対し、百田は「わしを誰やと思てんねん! 何も考えんと思い付いたことを呟いてるアホ丸出しの大阪のオッサンやで。 差別意識とか、揶揄とかの意識なんかあるかい!見たまま言うただけや」と釈明した。
7.5. 政治・メディア活動上の論争
百田は、自身の政治活動やメディアとの関係においても、たびたび論争を引き起こしている。
- 「政治家になりたがるような作家やジャーナリストは、すべてイカサマ野郎」発言:
2015年12月26日、百田はTwitterに「作家は孤高で自由な言論者であらねばならない。政治家になりたがるような作家やジャーナリストは、すべてイカサマ野郎だと思っている」と投稿した。しかし、2023年10月には自身が代表を務める政治団体「日本保守党」を設立し、ジャーナリストの有本香が事務局長を務めるなど、自身の過去の発言と矛盾する行動をとっている。
- 「朝日新聞の女性記者に取材されたら、オッパイを鷲掴みしよう」発言:
2018年4月18日、元朝日新聞の女性記者が取材中に胸を鷲掴みにされた経験を投稿したことに対し、百田は「なるほど!これから朝日新聞の女性記者に取材されたら、オッパイを鷲掴みしよう。文句言われたら、『それくらい我慢するのが社の方針というのを知らないのか!』と言ってやる」とTwitterに投稿し、批判を浴びた。
- 森まさこへの発言:
2020年3月3日、新型コロナウイルス感染症によりマスクが不足する中、森まさこ法務大臣がジャック・マーからのマスク寄付に感謝する投稿をしたことに対し、百田は「誰や、このバカは!こんなんが法務大臣やってんのか。情けないで。何が、ありがとうジャックや。そんなに好きなら抱いてもらえや」とTwitterに投稿し、強い批判を受けた。
- 高市早苗に関する発言:
2021年8月24日、百田はTwitterで、丸山穂高議員の糾弾決議文を高市早苗議員が書いたことを知り、「私の中で、高市議員の評価はガタ落ちになった」と投稿した。しかし、わずか11日後の9月4日には、自民党総裁選で「高市早苗さんを押すで!彼女以外に選択肢はない」と投稿し、自身の番組でも「ガンガン押しまくる!」と宣言し、その発言の矛盾が指摘された。
2024年9月28日、2024年自由民主党総裁選挙の結果について「唯一の救いは党員の半分が高市だったこと。」と投稿したが、実際には党員・党友票の合計約70万票のうち、高市への投票は20万票余り(29.3%)であり、党員・党友全体の19.4%に過ぎなかった。
- 橋下徹に関する主張:
百田は、元大阪市長の橋下徹が上海電力に便宜を図る疑惑を主張する著書を出版したが、具体的な証拠は提示されず、橋下はこれを否定している。
- 鳥取県の人口に対する発言:
2024年9月の自民党総裁選で石破茂が新総裁となったことについて、「彼はもともと鳥取県か何かでしょ?鳥取県て人口何人おんねんっちゅう話でしょ?はい、ものすごい少ないですよ人口なんかね。鳥取県の人口がなんてね、はい。もう何人?何人おんのかな?数十万人ぐらいでしょ?はい。そっから選ばれてる奴がね、日本の総理大臣になんねん。もういい加減にせよと思うんですが。」と発言した。しかし、2021年の衆院議員選挙において、石破の選挙区である鳥取県第1区の有権者数は安倍晋三の選挙区である山口県第4区と同等であり、得票数では石破の方が多かった。
7.6. 個別の発言・事件
百田の言動は、特定の事件や社会情勢に関連して、個別の論争を引き起こすことがある。
- 安倍晋三銃撃事件におけるフライング投稿:
2022年7月8日、安倍晋三元首相銃撃事件の際、百田は安倍元首相の死亡が公式発表される前の16時59分に、自身のTwitterで「安倍晋三さんが亡くなられました。悔しいの一言です。今からYouTubeでライブ配信を行ないます」と投稿した。安倍元首相の死亡が医師によって確認されたのは17時3分であり、大手メディアでの第一報は17時48分から49分にかけてであった。このフライング投稿に対し、百田は批判を浴びた。当初は「メディアの発表がすべてなのか?」と反論したが、翌日には「気が動転して、そうした配慮を失念していました。反省です」と謝罪した。
- 愛知県知事リコール署名偽造事件:
2019年のあいちトリエンナーレをきっかけに、大村秀章愛知県知事へのリコール運動が展開された。百田は、河村たかし名古屋市長や高須克弥医師らが設立した政治団体「お辞め下さい大村秀章愛知県知事 愛知100万人リコールの会」の記者会見や街頭演説に複数回参加し、リコール運動を支持した。2020年6月の会見では、あいちトリエンナーレについて「税金詐取。一種の詐欺事件じゃないか」と発言した。
しかし、2021年2月1日、愛知県選挙管理委員会による署名簿の調査の結果、提出された約43万5千人分の署名のうち、83.2%にあたる約36万2千人分が無効とされた。無効署名の約90%が複数の同一人物によって書かれたものであり、約48%が選挙人名簿に載っていない人物の署名であった。この調査結果が報告された日、百田はTwitterに「知らんがな」と投稿した。同年5月20日には、「わしに何の責任があるんや。高須院長から、記者会見をやるから来てもらえないかと、前日に電話を貰ったので、行っただけやないか!リコール運動にエールを送ったが、活動には一切無関係や。不正(署名偽造)のことなんか何も知らんわ」と投稿し、自身は不正行為とは無関係であると主張した。
8. 私生活
百田尚樹の私生活に関する情報は限られているが、健康状態や趣味について公表されている。
8.1. 健康状態
2023年12月27日、自身のYouTubeチャンネルを更新し、がんを宣告されたことを公表した。2024年1月10日には、腎臓癌の手術を受けるために入院した。
8.2. 趣味・関心事
百田の趣味はマジックと囲碁で、囲碁は六段の腕前を持つ。少年時代には戦記雑誌『丸』を愛読しており、1971年3月号には読者投稿が掲載されたことがある。自宅の仕事部屋や書庫は、足の踏み場がないほどに資料等が置かれているという。
9. 社会的影響と評価
百田尚樹は、そのベストセラー作品によって大衆的な人気を博す一方で、歴史修正主義的な主張や差別的と批判される発言によって、日本の社会や文化、保守思想に大きな影響を与え、多様な評価を受けている。
彼の著作『永遠の0』は、戦争の悲劇を描きながらも、日本の戦争責任を曖昧にするという批判を浴び、歴史認識を巡る議論を再燃させた。また、『日本国紀』における盗作疑惑や歴史的事実の誤りは、ジャーナリズムや学術界からの厳しい批判に晒され、彼の著述家としての信頼性に疑問を投げかけた。
NHK経営委員としての発言や、日本保守党の設立とそれに伴う政治活動は、彼の政治的影響力を示すものとなった。しかし、南京事件否定、従軍慰安婦問題に関する見解、沖縄の地元紙や住民に対する批判、女性やLGBTに関する過激な発言などは、国内外から強い非難を浴び、彼の言動が社会に与える負の側面が強調された。特に、女性の子宮摘出を提案する発言は、国際的な報道機関でも取り上げられ、その倫理性が厳しく問われた。
一方で、彼の作品は多くの読者に支持され、特に保守層からは「日本の誇りを取り戻す」言論人として評価されている。彼の存在は、現代日本社会における保守主義の多様性と、それに伴う排外主義や歴史修正主義といった問題が顕在化する一因となっている。
10. その他
- 百田は、新型コロナウイルス感染症の流行の影響で収入が減った国民に対し、政府が現金を給付する案が出た際、生活保護受給者(収入が流行の影響を受けていないとして)、公務員、政治家への給付には反対を表明した。彼は安倍政権のコロナ政策を激しく批判していたが、コロナ禍中に有本香と共に安倍晋三首相と首相公邸で会食し、話題となった。安倍首相は百田の作品の愛読者であることを明かし、TwitterやFacebookで『日本国紀』を購入したと公表したことがある。百田は桜を見る会にも何度か招待され参加している。
- 百田尚樹は、真相深入り!虎ノ門ニュースのレギュラーコメンテーター(火曜日)を2015年7月3日から2022年11月15日まで務めた。また、ニュース女子にも不定期出演していた。これらの番組はいずれもDHCテレビ制作である。
- 百田は、過去に以下のテレビ番組の構成を手がけている。『探偵!ナイトスクープ』(35年間)、『合コン!合宿!解放区』(番組構成の傍ら、ソクラテス・プラトン百田大先生の名で出演)、『清貧テレビ』、『大発見!恐怖の法則』。これらはいずれも朝日放送(ABCテレビ)の制作である。
11. 外部リンク
- [https://hyakuta.com/ 百田尚樹公式コミュニティサイト 百田塾]
- [https://www.shinchosha.co.jp/writer/4943/ 百田尚樹](新潮社)
- [https://hoshuto.jp/ 日本保守党]
- [https://twitter.com/Hoshuto_hyakuta 百田尚樹(作家/日本保守党代表)]
- [https://www.youtube.com/@百田尚樹チャンネル 百田尚樹チャンネル]
- [https://www.instagram.com/hyakutakun Instagram]