1. 概要
ソル・キョン(설경ソルギョン韓国語、Sol Kyongソル・キョン英語、1990年6月8日生まれ)は、北朝鮮出身の元柔道家である。彼女は主に70kg級と78kg級で活躍し、2013年のリオデジャネイロで開催された世界柔道選手権大会の78kg級で金メダルを獲得するという、北朝鮮柔道界にとって歴史的な快挙を成し遂げた。この勝利は、彼女の柔道キャリアにおける頂点であり、国際舞台における北朝鮮の存在感を示すものであった。
ソル・キョンは、その競技人生において卓越した技術と精神力を示した一方で、一部の試合ではルールの解釈や適用に関する議論を呼ぶ場面も見られた。特に、反則負けや失格といった経験は、柔道という競技におけるスポーツマンシップと公平性の重要性を強調するものであり、彼女のキャリアを多角的に評価する上で重要な要素となる。彼女は、厳しい訓練を通じて国際的な頂点に達し、北朝鮮のスポーツ発展に大きく貢献した選手として、その功績が認められている。
2. 人物
本節では、ソル・キョン選手の幼少期、柔道を始めたきっかけ、そして彼女の教育背景と所属チームについて詳述する。
2.1. 生い立ちと初期のトレーニング
ソル・キョンは1990年6月8日に平壌で生まれた。彼女は11歳の時に柔道を始め、平壌にある平壌機械大学女子柔道チームの監督であるジョ・イルスンの指導を受けた。初期の訓練は、彼女の後の国際舞台での成功の基盤を築いた。
2.2. 教育と初期の所属
彼女は恩師の指導により平壌機械大学に入学し、食品工学を専攻した。また、彼女は同大学のスポーツチームに所属しており、学業と競技生活を両立させながら柔道家としての才能を磨いた。
3. 競技キャリア
本節では、ソル・キョン選手の国際大会デビューから引退に至るまでの柔道キャリアを、主要な大会での成果や注目すべき出来事を含め、時系列に沿って詳細に追跡する。
3.1. 国際大会デビューと初期の成果
ソル・キョンは2010年10月、中国の広州で開催されたアジア競技大会で国際大会デビューを果たした。70kg級の決勝で韓国の黄藝瑟と対戦したが、開始直後に頭を畳に突っ込みながら技を仕掛けたため、ダイビングの反則負けを喫し、銀メダルに終わった。この試合は、柔道のルール順守の重要性を改めて示すものであった。2011年の世界選手権では、準々決勝でフランスのリュシ・ドコスに敗れ、敗者復活戦でも日本の國原頼子に敗れて7位にとどまった。
2012年2月にはポーランドのワルシャワで開催されたワールドカップでオランダのキム・ポリングを谷落で破り、国際大会で初の金メダルを獲得した。同年開催されたアジア選手権では銅メダルを獲得した。彼女は2012年ロンドンオリンピックの出場資格が得られる世界ランキング14位以内に入れなかったため、同大会には出場できなかった。
3.2. 世界選手権優勝と全盛期
2013年、ソル・キョンは階級を78kg級に上げ、同年開催のアジア選手権で銀メダルを獲得した。同年8月、ブラジルのリオデジャネイロで開催された世界選手権では、準々決勝で日本の佐藤瑠香を袖釣込腰の技ありで破るなどして決勝に進出した。決勝では2009年の世界チャンピオンであるオランダのマリンド・フェルケルクと対戦し、先に指導2でリードを許したものの、背負投の技ありで逆転勝ちし、世界選手権での金メダルを獲得した。この優勝は彼女のキャリアの頂点となり、北朝鮮にとって大きな栄誉となった。2013年の東アジア大会でも銀メダルを獲得している。
2014年には、グランプリ・ウランバートルとグランプリ・青島で金メダルを獲得し、グランドスラム・アブダビでは銅メダルを獲得した。同年8月の世界選手権では準決勝でフランスのオドレー・チュメオに敗れるなどして5位に終わった。9月には韓国の仁川で開催されたアジア競技大会に出場し、決勝で地元韓国の鄭敬美に指導2で敗れて銀メダルを獲得した。また、女子団体戦では銅メダルを獲得した。
3.3. 後期のキャリアとオリンピック参加
2015年3月、トルコのサムスンで開催されたグランプリ大会では、準決勝でイギリスのナタリー・パウエルに一本勝ちを収めたが、その際に相手の関節を極めるような形で袖釣込腰を仕掛けたとして、畳を降りた後に失格が言い渡された。柔道のルール順守と選手の安全確保の観点から、国際柔道連盟が厳格な判断を下した事例である。同年開催されたグランプリ・トビリシとグランプリ・タシュケントでは銅メダルを獲得した。5月のアジア選手権では、決勝で日本の梅木真美と対戦し、ゴールデンスコアに入ってから崩上四方固の一種である三角固で敗れた。この試合ではソル・キョンが「参った」をしたが、全日本柔道連盟は抑込技「三角固」として発表した。
2016年4月のアジア選手権では日本の高山莉加に敗れて銅メダルを獲得し、同年6月にリオデジャネイロで開催されたリオデジャネイロオリンピックに出場したが、初戦で再びフランスのオドレー・チュメオに敗れ、これが彼女にとって初の、そして最後のオリンピック出場となった。
4. 主な戦績
ソル・キョン選手が出場した主要な国際大会における具体的な成績と順位を以下に示す。
年 | 大会名 | 階級 | 結果 |
---|---|---|---|
2009 | ユニバーシアード | 無差別 | 5位 |
2010 | アジア競技大会 | 70kg級 | 銀メダル |
2010 | アジア競技大会 | 無差別 | 7位 |
2011 | 世界選手権 | 70kg級 | 7位 |
2011 | グランプリ・青島 | 70kg級 | 5位 |
2012 | ワールドカップ・ワルシャワ | 70kg級 | 金メダル |
2012 | アジア選手権 | 70kg級 | 銅メダル |
2013 | アジア選手権 | 78kg級 | 銀メダル |
2013 | ユニバーシアード | 78kg級 | 7位 |
2013 | 世界選手権 | 78kg級 | 金メダル |
2013 | 東アジア大会 | 78kg級 | 銀メダル |
2014 | グランプリ・ウランバートル | 78kg級 | 金メダル |
2014 | 世界選手権 | 78kg級 | 5位 |
2014 | アジア競技大会 | 78kg級 | 銀メダル |
2014 | アジア競技大会 | 女子団体 | 銅メダル |
2014 | グランドスラム・アブダビ | 78kg級 | 銅メダル |
2014 | グランプリ・青島 | 78kg級 | 金メダル |
2015 | グランプリ・トビリシ | 78kg級 | 銅メダル |
2015 | グランプリ・サムスン | 78kg級 | 5位 |
2015 | アジア選手権 | 78kg級 | 銀メダル |
2015 | グランプリ・タシュケント | 78kg級 | 銅メダル |
2016 | グランプリ・サムスン | 78kg級 | 銅メダル |
2016 | アジア選手権 | 78kg級 | 銅メダル |
5. 評価と影響
ソル・キョンは、北朝鮮柔道界において最も著名な選手の一人として、その輝かしい業績、特に2013年の世界柔道選手権大会での金メダル獲得によって国際的な注目を集めた。この勝利は、北朝鮮にとって柔道における歴史的な快挙であり、国民に大きな希望と誇りをもたらした。彼女の柔道キャリアは、その卓越した技術と不屈の精神を示すものであった一方、試合における一部の判断(ダイビングによる反則負けや関節を極める疑いによる失格など)は、柔道の国際的な規範とスポーツマンシップの重要性を改めて浮き彫りにするものであった。これは、競技の公平性と選手の安全を最優先する国際柔道界の姿勢を反映している。ソル・キョンは、厳しい環境下で世界トップレベルの競技力を維持し続けた選手として、その努力と献身は高く評価されるべきである。彼女のキャリアは、柔道を通じて国家の威信を高め、世界舞台で存在感を示したという点で、北朝鮮スポーツ史に重要な足跡を残したと言える。