1. 生涯
ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンの生涯は、デンマークの地方での幼少期から始まり、文学への転身、そして国際的な活動へと展開していった。
1.1. 幼少期と教育
イェンセンは1873年1月20日、デンマーク北部ユトランド半島のファールスーという田舎の村で、獣医の息子として生まれた。彼は田園地帯の環境で育ち、幼い頃から読書を好み、デンマークの農民の生活や自然に親しんだ。主に母親や家庭教師から教育を受け、その後、ヴィボーのカテドラルスクールで3年間学んだ(1893年卒業)。彼はコペンハーゲン大学で医学を学んだが、学費を稼ぐためにジャーナリストとして執筆活動を行った。3年間の学業の後、彼は医学の道を断念し、文学に専念することを決意した。
1.2. 私生活
イェンセンは1896年にイェニー・アナスンと結婚したが、後に離婚し、1900年にエーディト・ネベロンと再婚した。彼の姉であるティット・イェンセン(Thit Jensenデンマーク語)もまた著名な作家であり、初期のフェミニストとして知られ、その活動は時に物議を醸した。
2. 文学活動と作品
イェンセンの文学キャリアは、世紀末のペシミズムに影響を受けた初期作品から、人類の進化を壮大に描いた大作に至るまで、多岐にわたる。彼はデンマーク文学に散文詩を導入し、その革新的な文体と主題探求で知られている。

2.1. 初期作品と影響
作家としての彼の活動の初期段階は、世紀末のペシミズムに影響を受けていた。学生時代には「イヴァル・ルッケ」というペンネームで探偵小説を執筆して学費を稼いでいた。彼のキャリアは、故郷であるヒンマーラン地方を舞台にした物語を集めた『ヒンマーラン物語』(Himmerlandshistorierデンマーク語、1898年 - 1910年)の出版から始まった。この作品群は、彼の文学世界を形成する上で重要な基盤となった。
2.2. 主要作品
イェンセンはデンマーク文学史において数多くの重要な作品を残している。
1900年から1901年にかけて、彼の最初の傑作とされる『王の没落』(Kongens Faldデンマーク語)を執筆した。これはデンマーク王クリスチャン2世を中心とした近代歴史小説であり、文学評論家のマーティン・シーモア=スミスは、この作品を「デンマークの優柔不断と活力の欠如、イェンセンが国民病と見なしたものの告発」と評し、「16世紀の人々に対する鋭い考察」であると述べた。この作品は1999年に『ポリティケン』紙と『ベルリングスケ・ティデンデ』紙によって、それぞれ独立して20世紀のデンマーク最高の小説として絶賛された。
1906年には、彼の最も偉大な文学的業績の一つとされる詩集『1906年詩集』(Digte 1906デンマーク語)を発表し、散文詩をデンマーク文学に導入した。
彼の主要な散文作品とされるのは、6巻からなる連作小説『長い旅』(Den lange rejseデンマーク語、1908年 - 1922年)である。これはダーウィンの進化論を基盤に、旧約聖書の創世記の神話に代わるものとして構想された壮大で印象的な試みである。この作品では、氷河時代からクリストファー・コロンブスの時代に至るまでの人類の発展が描かれ、特に先駆的な個人に焦点を当てている。各巻のタイトルは『失われた土地』(Den tabte landデンマーク語、1919年)、『氷河』(Bræenデンマーク語、1908年)、『ノルネの客』(Norne Gæstデンマーク語、1919年)、『キンブリ族の行進』(Cimbrernes togデンマーク語、1922年)、『船』(Skibetデンマーク語、1912年)、『クリストファー・コロンブス』(Christofer Columbusデンマーク語、1922年)である。この作品は、地質学、人類学、考古学、民族学の知識を背景に、スカンディナヴィア神話やアイスランド・サガの要素も取り入れられている。
2.3. 文学的特徴と主題
イェンセンの作品は、進化論、人類文明史、北欧神話、民族学といった思想的背景を深く探求している。彼は散文詩をデンマーク文学に導入し、直接的で簡潔ながらも豊かなイメージを持つ独特な文体と表現技法を確立した。その言語は正確で、内容が凝縮され、イメージに富んでいると評される。また、彼は執筆形式の実験でも知られており、1900年12月に出版社エルンスト・ボイセンに送った手紙には、現在「スマイリー」として知られる顔文字の初期の形態が含まれていた。
2.4. 影響を受けた作家
イェンセンの作品世界や思想には、複数の主要な作家が影響を与えている。特に、アメリカの詩人ウォルト・ホイットマンからは大きな影響を受けたとされており、イェンセン自身も彼を影響を受けた作家の一人として挙げている。また、ノルウェーの作家クヌート・ハムスンやイギリスの作家ラドヤード・キップリング、アメリカの詩人カール・サンドバーグとも比較されることがあり、ベトナムの資料ではシグリズ・ウンセットやトーマス・マンとも並び称されている。
3. 思想と哲学
イェンセンの作品には、進化論的観点や社会ダーウィニズムが深く根ざしている。彼はチャールズ・ダーウィンの理論に基づいた倫理体系の構築を試み、晩年には生物学や動物学の研究に没頭した。また、彼は後に無神論者となった。しかし、彼の著作に見られる人種理論は論争の的となり、彼の評価を損なう要因ともなった。彼は辛辣な論客として知られ、その言論はしばしば無謀であると評されたが、明らかなファシスト的傾向を示すことはなかった。
4. 言論活動と旅行
イェンセンは長年にわたりジャーナリズムの世界で活動し、日刊紙に記事や評論を寄稿したが、特定の新聞社の専属記者となることはなかった。通信記者としてアメリカ、スペイン、フランスのパリ、イギリスのロンドン、ドイツのベルリン、ノルウェー、スウェーデンなど世界各地を広範に旅した。特にアメリカへの旅行は、デンマークでよく知られている詩「メンフィス駅にて」(Paa Memphis Stationデンマーク語)の着想源となった。また、日本にも立ち寄っており、1906年には富士山に触発された神話を発表している。これらの広範な海外旅行経験は、彼の文学作品や世界観に大きな影響を与え、創作の源泉となった。
5. ノーベル文学賞

ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンは、1944年にノーベル文学賞を受賞した。授賞理由は「広範な知的好奇心と大胆で新鮮な創造的スタイルに結びつけられた、彼の詩的想像力の類稀なる強さと豊かさに対して」であった。
受賞式は第二次世界大戦の影響で延期され、1945年12月10日にストックホルムで行われた。スウェーデン・アカデミー常任書記のアンデシュ・エステルリングは授賞式でのスピーチで、イェンセンを「ユトランドの乾燥した風の強い荒地のこの子は、ほとんど悪意から、驚くほど多作な作品で同時代の人々を驚かせた。彼は最も多産なスカンディナヴィアの作家の一人と見なされるだろう。彼は叙事詩、叙情詩、想像力に富む作品、写実的な作品、歴史的・哲学的エッセイ、そしてあらゆる方向への科学的探求を含む、広大で印象的な文学作品群を構築した」と称賛した。
イェンセンはノーベル文学賞に53回もノミネートされており、最初のノミネートは1925年であった。彼は1931年から1944年まで毎年ノミネートされ続けた。
6. 後期の活動
イェンセンの最も人気のある文学作品は、そのほとんどが1920年以前に完成されている。この年は、彼が故郷ヒンマーランのアースの町に「ムセウムセンター・アース」を設立した年でもある。その後、彼は主に野心的な生物学や動物学の研究に集中し、社会ダーウィニズムの思想に基づいた倫理体系を構築しようと努力した。また、彼は古典詩の復興にも希望を抱いていた。
7. 評価と遺産
ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンは、デンマークの文化界において論争の的となる人物であったが、その文学的業績と影響力は多角的に評価されている。
7.1. 肯定的な評価
イェンセンは、特に現代詩の分野において、デンマークモダニズム文学の先駆者であり「父」と見なされている。彼は散文詩を導入し、直接的で率直な言葉遣いを確立するなど、詩と散文において革新的な貢献を果たした。彼の直接的な影響は1960年代まで感じられた。彼の代表作である『王の没落』は、1999年にデンマークの主要新聞によって20世紀最高のデンマーク小説として評価された。
7.2. 批判と論争
イェンセンは、その辛辣な論客ぶりと、時に物議を醸した人種理論に関連して批判された側面を持つ。これらの理論は彼の評判を傷つけたが、彼は明確なファシスト的傾向を示すことはなかった。彼の論争的な性格は、デンマークの文化生活において常に議論の対象であった。
7.3. 後世への影響
イェンセンの作品、文体、そして思想は、後続の作家たちやデンマークおよび北欧文学全体に具体的な影響を与えた。彼の革新的な散文詩の導入や、直接的で力強い言語の使用は、デンマーク近代詩の発展に不可欠なものとなった。彼はラドヤード・キップリング、クヌート・ハムスン、カール・サンドバーグといった作家たちと比較されるが、地域的な視点と現代の学術的・科学的観察者の視点を兼ね備えている点で独特である。
7.4. 記念と称賛
イェンセンの文学的業績と思想を称えるため、グリーンランド北部の地域には彼の名にちなんで「ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセン・ランド」と命名されている。
8. 作品一覧
ヨハネス・ヴィルヘルム・イェンセンが発表した主要な著作を以下に記す。
| 原題 | 出版年 | ジャンル | 備考 |
|---|---|---|---|
| Danskere | 1896 | 小説 | |
| Einar Elkjær | 1898 | ||
| Himmerlandsfolk | 1898 | 短編集 | 『ヒンマーラン物語』シリーズ |
| Intermezzo | 1899 | ||
| Kongens Fald | 1900-1901 | 歴史小説 | 『王の没落』 |
| Den gotiske renæssance | 1901 | エッセイ | |
| Skovene | 1904 | ||
| Nye Himmerlandshistorier | 1904 | 短編集 | 『新しいヒンマーラン物語』 |
| Madame d'Ora | 1904 | 小説 | |
| Hjulet | 1904 | 小説 | |
| Digte | 1906 | 詩集 | 『1906年詩集』 |
| Eksotiske noveller | 1907-1915 | 短編集 | |
| Den nye verden | 1907 | ||
| Singaporenoveller | 1907 | 短編集 | |
| Myter | 1907-1945 | 神話・伝説集 | 9巻からなる |
| Nye myter | 1908 | 神話・伝説集 | |
| Den lange rejse | 1908-1922 | 連作小説 | 『長い旅』全6巻 |
| Den tabte land | 1919 | 小説 | 『長い旅』第1巻 |
| Bræen | 1908 | 小説 | 『長い旅』第2巻 |
| Norne Gæst | 1919 | 小説 | 『長い旅』第3巻 |
| Cimbrernes tog | 1922 | 小説 | 『長い旅』第4巻 |
| Skibet | 1912 | 小説 | 『長い旅』第5巻 |
| Christofer Columbus | 1922 | 小説 | 『長い旅』第6巻 |
| Lille Ahasverus | 1909 | ||
| Himmerlandshistorier, Tredje Samling | 1910 | 短編集 | 『ヒンマーラン物語 第3集』 |
| Myter | 1910 | 神話・伝説集 | |
| Bo'l | 1910 | ||
| Nordisk ånd | 1911 | ||
| Myter | 1912 | 神話・伝説集 | |
| Rudyard Kipling | 1912 | ||
| Der Gletscher, Ein Neuer Mythos Vom Ersten Menschen | 1912 | 『氷河、最初の人間の新しい神話』 | |
| Olivia Marianne | 1915 | ||
| Introduktion til vor tidsalder | 1915 | 旅行記・エッセイ | |
| Skrifter | 1916 | 全集 | 全8巻 |
| Årbog | 1916, 1917 | 年鑑 | |
| Johannes Larsen og hans billeder | 1920 | ||
| Sangerinden | 1921 | ||
| Æstetik og udviking | 1923 | ||
| Årstiderne | 1923 | 詩集 | 『四季』 |
| Hamlet | 1924 | ||
| Myter | 1924 | 神話・伝説集 | |
| Skrifter | 1925 | 全集 | 全5巻 |
| Evolution og moral | 1925 | ||
| Årets højtider | 1925 | ||
| Verdens lys | 1926 | ||
| Jørgine | 1926 | ||
| Thorvaldsens portrætbuster | 1926 | ||
| Dyrenes forvandling | 1927 | ||
| Åndens stadier | 1928 | 哲学論考 | 『認識の段階』 |
| Ved livets bred | 1928 | ||
| Retninger i tiden | 1930 | ||
| Den jyske blæst | 1931 | ||
| Form og sjæl | 1931 | ||
| På danske veje | 1931 | ||
| Pisangen | 1932 | ||
| Kornmarken | 1932 | ||
| Sælernes ø | 1934 | ||
| Det blivende | 1934 | ||
| Dr. Renaults fristelser | 1935 | ||
| Gudrun | 1936 | ||
| Darduse | 1937 | ||
| Påskebadet | 1937 | ||
| Jydske folkelivsmalere | 1937 | ||
| Thorvaldsen | 1938 | ||
| Nordvejen | 1939 | ||
| Fra fristaterne | 1939 | ||
| Gutenberg | 1939 | ||
| Mariehønen | 1941 | ||
| Vor oprindelse | 1941 | ||
| Mindets tavle | 1941 | ||
| Om sproget og undervisningen | 1942 | ||
| Kvinden i sagatiden | 1942 | ||
| Folkeslagene i østen | 1943 | ||
| Digte 1901-43 | 1943 | 詩集 | |
| Møllen | 1943 | ||
| Afrika | 1949 | ||
| Garden Colonies in Denmark | 1949 | ||
| Swift og Oehlenschläger | 1950 | エッセイ | |
| Mytens ring | 1951 | ||
| Tilblivelsen | 1951 |
- 『ヒンマーラン短編集』竹内孝次訳、主婦の友社、1970年(ノーベル賞文学全集2)
- 『王の没落』長島要一訳、岩波文庫、2021年